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【2017年/イギリス/105min.】
来る日も来る日も呑んだくれ、フラつきながらも、
足が不自由な父に代わり、一家が所有する牧場を一人で切り盛りするジョニー。
手伝ってくれる人を募集するが、応募してきたのは、たった一人だけ。
ゲオルグというその青年は、ルーマニアからやって来た労働者。
寝床用に、オンボロのトレーラーを一台与えられ、
早速ジョニーと一緒に仕事をすることになるが…。



地元英国インディペンデント映画賞で、作品賞、紫苑男優賞、音響賞、新人脚本家賞の4部門に輝く他、
サンダンス映画祭のワールド・シネマ・ドラマ・コンペティションで監督賞を受賞する等、
海外の多くの映画祭で評判を呼んだ話題作。

メガホンをとったのは、フランシス・リー監督。
脚本も、監督自身による。

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写真を見ると、すでにベテランの貫禄を醸すフランシス・リー監督だが、私は名前すら聞いたことが無かった。
それもそのはずで、本作品が長編監督デビュー作。
では、これまで何をしていたのか?
短編を撮っていたのか?それともテレビ番組の制作か?カメラマン出身??などと疑問も湧くけれど、
公式に発表されている具体的なプロフィールは見当たらない。
確実なのは、ウェスト・ヨークシャーの出身で、実家が牧場であったこと。
映画制作をする前は、どうやら舞台、テレビ、映画を活躍の場に、俳優をやっていたらしい。
私は、“俳優フランシス・リー”も知らないのだけれど、演者としてのキャリアは約20年もあり、
女優のキャシー・バークやヴィクトリア・ウッド、マイク・リー監督などとも仕事をしてきたのだとか。
誕生年は、1969年説が有力。
もしそれが正しければ、40代後半で監督業に乗り出し、本作品を発表したということになる。


日本で、この『ゴッズ・オウン・カントリー』は、
2018年夏、レインボーリール東京で紹介された後、同年11月、シネマートの“のむコレ”で数回だけ上映。
評判の良い作品なので、観逃してガッカリしていたら、その後、2019年2月に正式に劇場公開。
有り難い。今度こそちゃんと観に行ってきた。




本作品は、ヨークシャーを舞台に、牧場を一人で切り盛りする青年ジョニーと、
そこに臨時雇いでやって来たルーマニア人労働者のゲオルグが、
衝突しながらも、徐々に心を通わせていく様を描くラヴ・ストーリー

日本初お披露目が、レインボーリール東京であった事からも察しが付くように、
本作品はLGBTQ関連の作品。
農場を管理しているイギリス人青年と、臨時雇いのルーマニア人労働者という、男性同士の恋物語。

が、いざ観たら、恋物語とか、それが同性同士だとかという以上に、
田舎町で自堕落に生きている青年が、人として一回り成長する姿を描く彼の成長記という側面が、
より印象に残った。

“自堕落”なんて書いてしまったけれど、“自暴自棄”と言うべきか。
ジョニーは、祖母と父との3人暮らしで、一家は牧場を経営しているが、
祖母は高齢、父は身体が不自由で、労働力はジョニーただ一人。
周囲には、学校を卒業してから、街を飛び出していった同級生もいるけれど、
ジョニーには人生の選択肢など無く、牧場に縛られっ放し。
儲かってウッハウハならともかく、経営はドン詰まりで、仕事は肉体酷使。
若い内に親族から半ば強制的に進む道を決められ、しかもそれが、将来性の無い職業だったら、
その先の人生が真っ暗闇と分かった上で、
寿命を全うするまでの何十年もを、ただただ生き続けなければならないかのようで、
夢も希望も無く、そりゃあ自暴自棄にもなるわよねぇ…。


暮らしているのが閉塞感漂う田舎町というのも、気分が滅入る。
人々が非常に保守的で排他的、経済発展にも取り残され、ドヨーンと重い空気が立ち込めている。
ただ、主人公のジョニー自身、生粋の田舎モンなので、保守的で排他的であることが、フツーになっている。
初めてゲオルグに会った時だって、彼の濃いぃ顔を見て、不躾に「パキ(パキスタン人)か?」。
ゲオルグが、ルーマニア人だと正すと、「じゃぁ、ジプシーか」と、差別発言連発。

ゲオルグは雇われの身だし、精神的に大人なので、
お馬鹿な雇い主・ジョニーの差別発言にも、当初は過剰反応することなく、
そのお陰で、二人は表面的には穏やかな主従関係でいられるが、
逆に言うと、大人なゲオルグがじっと耐えているため、ジョニーは自分の非にも気付かない。
そして、お調子に乗ってまたまたゲオルグを“ジプシー”呼ばわり。
遂に堪忍袋の緒が切れたゲオルグは、ジョニーを押し倒し、
「そういう言い方はやめろ!」と初めて強い姿勢で勧告。

これを機に、二人の関係は、分かり易いまでに一変…!
こういうの、昔から有るわよねぇ?
子供の頃から一緒に育った庭師の息子を、ずっと当たり前のように従わせてきたワガママお嬢様が、
成長して大人になった彼から、ピシャッと叱られたことで、ハッとしてフォーリンラヴ♪…みたいな。
ヨークシャーを舞台にした、男性同士のお話だけれど、本質的には、少女漫画と変わらないベタな展開。

ベタで少女漫画ちっくな割りに、案外この早急な展開をすんなり受け入れてしまった私。
その“ジプシーって呼ぶな事件”以降、二人は恋仲に発展。
恋が順調だと、仕事も順調(←これも、よく有る話)。
二人は新規事業を考え、牧場の未来に明るい希望が見えてくるのだが、
そんな矢先、ジョニーの父親が倒れたことで、状況が変わり、
精神的に脆いジョニーはまたまた“お馬鹿なジョニー”に逆戻りし、
軽はずみな行動で、ゲオルグを失望させてしまう。
出て行ったゲオルグの居場所をジョニーが探し、追う展開も、
まぁ、普通の恋愛娯楽映画によくあるパターンである。



私にとって、意外にも本作品の見所だったのは、牧場のお仕事を覗けたこと。
ヨークシャーは、かつて羊毛とか紡績といった産業で栄えた土地だから、牧場と言えばやはり牧羊。

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母羊に子を産ませ、育てて、売る、というのがお仕事みたい。
子羊、超カワイイです。
ゲオルグは、臨時雇いの出稼ぎ労働者だが、
実家が牧場だったため、経験も知識もジョニーよりむしろ豊富で、
「このままでは牧場運営が立ち行かなくなる。なぜチーズを作らない?もっと稼ぎになる」等とアドバイスもする。

フランシス・リー監督自身、実家が牧場だったからであろう、
本作品は、牧場のお仕事に関する描写が非常にリアルで、
他の映画では、なかなかお目に掛れない動物の出産シーンなども出て来る。
一番見入ったのは、死んでしまった子羊の処理。
その子羊の足をボキボキと折り、身体から毛をきれいに剥ぎ取るゲオルグ。
すると、ちょうど子羊型のファーコートのような物ができるので、それを別の子羊に着せ、防寒させるの。
こういうのを見慣れていない私には、かなりエグイ映像だし、
昨今は、動物愛護の観点から、映画でこういう描写を避ける傾向にあるけれど、
このシーンでは、いにしえの頃から牧羊をしている人々の知恵を見せてもらった気がした。




主人公を演じているのは、(↓)こちらの二人。

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実家の牧場を一人で切り盛りするジョン・サックスビーにジョシュ・オコナー
その牧場に臨時雇いでやって来るルーマニア人青年ゲオルグ・イオネスクにアレックス・セカレアス


昔から、同性愛を描く映画は、腐女子を喜ばせるような耽美な作風が好まれがちで、
主人公には、美しい男性がキャスティングされていることが多い。
昨年、話題になった『君の名前で僕を呼んで』(2017年)も然り。
でも、この『ゴッズ・オウン・カントリー』の主演の二人は、
お世辞にも“美しい”という形容が似合う男性ではない。

牧場を切り盛りしているジョンなんか、本当にイギリス北方の労働者階級の青年の雰囲気。
ヨーロピアンには珍しく、野球のマー君(田中将大)のように、剃って整えた眉をしているせいで、
余計に、洗練されていない田舎モンの顔に見えるのかも。
(実際には、眉はいじっていない天然なのだろうけれど、“マー君眉”に見えてしまう。)

しかも、初登場が、おトイレでゲロのシーン。
その後、ものの数分の間に、立ちション、
行きずりの金髪美男子とのセックス(お相手に対する態度も非常に悪い)と続いたから、とても印象が悪く、
こんな主人公に感情移入できるだろうかと、ちょっと心配になった。

映画を観進めていっても、実際、ジョンに感情移入したり、好きになることは無かったが、
色々な事に雁字搦めにされ、夢も希望も持てず、鬱憤が溜まっている田舎町の若者の心情は、
痛いほど伝わってきた。

扮するジョシュ・オコナーは、1990年生まれ、サウサンプトン出身。
私は初めて見る若手俳優。
まぁ、私と限らず、広く世界で彼が知られるようになったのは、やはりこの『ゴッズ・オウン・カントリー』であろう。
本作品で注目が高まり、Netflix制作のドラマシリーズ『ザ・クラウン』でも、
今後配信されるシーズン3とシーズン4で、チャールズ皇太子役に抜擢されたのだとか。

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どう、雰囲気似ています?
『ゴッズ・オウン・カントリー』の労働者階級から、一気に皇族ですヨ。
今後も色んな顔を見せてくれるかも知れませんね。


助っ人外国人ゲオルグに扮するアレックス・セカレアスも、本作品で初めて知った俳優さん。
実際に、ルーマニアで活躍するルーマニア人の俳優らしい。
ゲオルグも、最初の内は、私は良さが分からなかったのだけれど、
徐々に、彼の豊富な知識や、成熟した精神面を、魅力と感じるようになった。
幼稚な所があるジョンも、ゲオルグのそんな部分に惹かれていったのではないだろうか。
じゃぁ、ゲオルグは、ジョンのどこに惹かれたのかと考えると、イマイチ分からないが…。
ジョンはお馬鹿で危なっかしいから、守ってやらなければ!と親心も近い愛情が湧いてしまったのだろうか。
“馬鹿な子ほど可愛い”とも言うしね。



主演の二人は実質新人であるが、脇を固めているのはイギリスの大ベテラン。

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ジョンの祖母ディードレ・サックスビーにジェマ・ジョーンズ
ジョンの父マーティン・サックスビーにイアン・ハート

欧米の家族というと、何かにつけ子をハグするなど、愛情豊かな温かな家族というイメージを抱きがちだが、
サックスビー家では、祖母も父も無表情で、口数が少なく、たまに喋ると、お小言で、
どちらかと言うと、感じが悪い。
でも、本当にイヤな奴なのかというと、そうでもない。
ジェマ・ジョーンズもイアン・ハートも、北方特有の不器用で表現下手な大人の雰囲気を上手く醸しており、
さすがはベテランの演技。






まったく目新しさは無く、むしろ、かなりオーソドックスな物語であったが、
詩的に美しい自然と、田舎町ならではの閉塞感が同居するヨークシャーを舞台にすることで、
ただの恋愛映画に収まらない“プラスα”を感じた。

台詞の聞き取りが困難だったのだけれど、あれって、ヨークシャー訛り?
何を言っているのか知りたくて、英語字幕を入れて欲しいほどであった。
ルーマニア人ゲオルグが喋る外国人訛りの英語が、一番聞き取り易いくらい。
ジョン役のジョシュ・オコナーは、南部出身なので、本作品のためにヨークシャー訛りを習得したのでしょうね。


余談になりますが、他国で命名されたお題について。
日本で、海外作品が公開される場合、邦題が悪趣味という批判がよく出るけれど、
今回は、『God's Own Country』をそのまま片仮名読みにしているためか、そのような批判は目にしない。
私個人は、“そのまま片仮名読み”信奉者たちには、共感しかねるのだけれど。
そもそも『God's Own Country』と『ゴッズ・オウン・カントリー』じゃぁ、まったく発音が違うし…。
コテコテに片仮名英語の『ゴッズ・オウン・カントリー』だと、まるで変テコな関西弁。
「ごっつぅ、追うんか、鳥ぃー」みたいな。

では、この映画、近場の中華圏では、どのようなタイトルになっているかというと…

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左から、中国、台湾、香港。
中国の『上帝之国』は、英語の原題に一番近い。
台湾の『春光之境』は、同士片の名作『ブエノスアイレス(原題:春光乍洩)』(1997年)を意識か?
そして、私が最もイケていないと思ったのは、香港の『神的孩子在戀愛(=神の子、恋愛中)』。
使っている書体も、可愛すぎでしょー。
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【2016年/香港/102min.】
トラック運転手・黃大海の電話に、精神科の病院から連絡が入る。
「御子息の黃世東さんは、回復しました。ご家族の支えが必要です。引き取りに来て下さい。」

家庭を顧みず、妻の介護も、長男の阿東に押し付けってしまった大海。
全てを一人で背負い込み、精神を病んでしまった阿東が入院したのは、もう一年前。
大海は、久し振りに再会した阿東を連れ、自分の家へ。
そこは、薄暗く、2歩進めば壁に当たる小さな部屋。
これまでろくに会話したことさえ無かった父子は、ここで新たな生活を始めるが…。



香港の黃進(ウォン・ジョン)監督による、この長編デビュー作は、
2013年、新たな才能の発掘を目的に、香港政府機関の商務及經濟發展局が試験的に設立した
FFFI 首部劇情電影計劃(First Feature Film Initiative)の、第1回受賞企画作品。

黃進監督は、短編作品『三月六日〜6th March』(2011年)で注目された1988年生まれの新人さん。
私も観た陳木勝(ベニー・チャン)監督作品『レクイエム 最後の銃弾』(2013年)では、
脚本チームに参加していたらしい。

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脚本を担当している陳楚珩(フローレンス・チェン)は、黃進監督と私生活でもパートナー。
『誰がための日々』のために、4年前から二人三脚で、取材や資料収集をし、脚本執筆などに2年を費やし、
200万香港ドルの制作費で、たったの16日間で、撮り上げている。

そんな黃進長編監督デビュー作である本作品では、
2017年、地元香港の第36回香港電影金像獎で、
最佳女配角(最優秀助演女優賞)、最佳男配角(最優秀助演男優賞)、新晉導演(新人監督賞)の3冠、
2016年、第53回金馬獎では、
最佳女配角(最優秀助演女優賞)、最佳新導演(最優秀新人監督賞)の2冠に輝いている他、
ここ日本でも、2017年、第12回大阪アジアン映画祭でグランプリを受賞した話題作。

実はこれ、日本で正式に劇場公開されるちょっと前に、Netflixで配信開始。
これまで、私が観たいと思う中華映画は、
Netflixでの配信が決まると、劇場公開の希望がことごとく絶たれていたので、
『誰がための日々』のような公開方法は珍しい。
“スクリーン至上主義”の私は、もちろん有り難く映画館で鑑賞!




本作品は、たった一人で母親の介護をするも、殺人を疑われる事故でその母を亡くし、
双極性障害を発症し、一年の入院治療を経た元会社員の阿東と、
ずっと家族を避け生きてきたものの、唯一の身内として阿東を病院から引き取ることになったの父・大海が、
狭い部屋で、二人暮らしを始め、
久し振りに向き合う父子関係に戸惑ったり、周囲の偏見や無理解に晒されながらも、
少しずつ前進していく姿を描く人間ドラマ


親子や家族といった個人の問題と、社会が抱える問題という二種の問題を散りばめた問題テンコ盛り映画。
黃進監督は、一香港人として、香港ならではの問題を取り上げたつもりみたいだけれど、
いえいえ、作品に描かれているのは、日本人にとっても他人事とは思えぬ事の数々。

物語の主人公・阿東は、本来会社員であったが、
母親に介護が必要になった時、近くに身内が誰もおらず、かと言って、介護施設に頼るのもイヤで、
自分で母の面倒を見ると決め、介護離職。
そこまで母親の為を思い、下の世話までして、尽くしているにもかかわらず、
母はアメリカに居る次男・阿俊を褒めちぎり、阿東には辛く当たるばかり。
仕舞いに母は、ちょっとした事故で命を落とし、
すでに精神を病んでいた息子の阿東は、母親殺しの容疑で逮捕。
幸い潔白は証明されたものの、阿東は双極性障害で入院。
ベッド数が不足している病院側は、いつまでも阿東を留めておくわけにもいかず、
回復が認められた一年後、唯一連絡の取れた阿東の身内、父・大海に彼を引き取らせ、
狭い部屋での二人の生活が始まるが、周囲の目は冷ややか。
阿東は、収入を得たくても、精神病という病歴が社会復帰の壁となり、なかなか職に就けず、
旧友・ルイスに仕事を手伝わせてくれと頼むが、
実はルイス自身が仕事で追い込まれており、過度のストレスを抱え、突如自殺…。

ふぅー…・。不幸に次ぐ不幸の連鎖…。
でも、介護離職、介護のストレスで生じる精神疾患、仕事のストレスによる自殺、貧困、格差といった
これら諸々の問題は、香港に限った物ではなく、日本もほぼ同じ。
とても他人事とは思えない問題を、
舞台を香港にした香港ヴァージョンで見せてくれるのが、この映画という感じ。



勿論、“香港ならでは”と感じられる部分も色々と有る。
そもそも、一般的に、自分を育ててくれた実の親を介護施設に入れることへの抵抗感は、
日本人より華人の方が強いと見受ける。
この映画では、結婚を控えた阿東の婚約者・ジェニーが、阿東の母親のために、良い介護施設を探すのだが、
その事で、阿東は「そんな所に母は入れないと言っているだろ!?」と激怒し、口論に発展。
家で母の面倒を見ようとする阿東は、確かに優しい孝行息子である。
だからと言って、自分も“嫁”という立場になるかも知れない日本人女性の多くは、
ジェニーを“姑の介護施設を探す非情な嫁”などと責められないのでは…?


退院した阿東が、父・大海と暮らし始める部屋の狭さも、香港ならでは。

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二人が暮らすのは、一つのアパートを小分けにし、複数の世帯に賃貸する“劏房”と呼ばれるタイプの物件。
今どき風に“ルーム・シェア”とも呼べるかも知れないが、そんなオシャレな物ではない。
日本の家も充分プチサイズだが、
元々土地が日本以上に狭い上、地価高騰の激しい香港では、住居問題の改善は難しそう。
“住めば都”とは言うけれど、
住環境が、そこに住む人の人格形成や精神面に影響することは、多かれ少なかれ有ると感じる。
いい年をした男が、薄暗く湿っぽい部屋で、老父と鼻を突き合わせて暮らすだけでもストレスフルだが、
劏房では、四方八方、薄い壁の向こうに赤の他人が居るのだから、気分も休まらないわよねぇ…。


その劏房で、阿東の隣部屋に暮らす母子も、香港ならでは。
母親の余師奶は中国本土の女性。
香港人男性との間に、余果という男児をもうけるも、余果のその父親は行方知れずで、結果的に母子家庭。
香港では、香港の居留権を持たない中国本土出身者の両親を持つ子供“雙非兒童”、
もしくは、片親がそのような中国本土出身者の子供“單非兒童”の問題が出て、幾久しい。
本作品に登場する男の子・余果は、後者の“單非兒童”に当たる。
香港生まれの余果は、香港の居留権は持つが、大陸に籍が無い。
よって、大陸では、公立学校に通うなど公的権利が得られない。
一方、母親の余師奶は、香港の居留権を持っておらず、
恐らく、本土と香港を行き来するための許可証“雙程證”で、香港へ入り、息子の面倒を見ているが、
雙程證だけでは、香港で合法に働くことが出来ない。
日本でも、経済的に困難に陥る母子家庭が多いと言うけれど、
映画の中の余師奶&余果のようなケースは、とても香港的と言えそう。
脚本家の陳楚珩は、この問題も大きく取り上げたかったようだが、
制作費や尺の関係から、脚本は阿東&大海父子の話にフォーカスし、
主人公の御近所さんとして余師奶&余果母子を登場させることで、單非兒童の問題に軽く触れたみたい。




悩める一家を演じるのは、(↓)こちらのお三方。

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介護の末、精神を病んでしまった“阿東”こと黃世東に余文樂(ショーン・ユー)
阿東の父・黃大海に曾志偉(エリック・ツァン)、阿東の母・呂婉蓉に金燕玲(エレイン・ジン)


新人監督の低予算映画とは思えぬスタア級の顔ぶれです。
当然彼らの出演料は通常なら高額なのだが、三人とも脚本を気に入り、
余文樂と曾志偉に至っては、実質ノーギャラで出演を決めたという。

特に余文樂は、実際に作品を観て、その選択が正しかったように感じた。
彼が、地元香港の電影金像獎で、最佳男主角(最優秀主演男優賞)にノミネートされたのは、
デビューから約15年で、なんと本作品が初めて。
以前は、年間6〜7本の作品に出演し、常に2〜3本を並行して撮影している状態で、
感情が不安定になったり、不眠に陥ることもあったそうだが、
現在は一年に1〜2本の作品に絞り、一つの役に専念するようになったらしい。
“量より質”にシフトした結果、アクションでもクライムサスペンスでもコメディでもないこの作品で、
これまでとは違う一面を出すことに成功。

余文樂扮する阿東は、見ているこちら側まで、胸を締め付けられるキツイ役…。
仕事を辞め、たった一人で母の介護をしているのに、その母からはクズと罵られ続け、
それでも病んだ母には反撃など到底できるわけもなく、忍耐に次ぐ忍耐…。
結果、俗に“躁鬱病”と呼ばれる双極性障害に陥る。そりゃあ、心も折れるわよねぇ…。
一年の入院治療を経て、一応回復と診断され、退院するも、
一度貼られた精神病患者のレッテルが、阿東の前途を塞ぐ。
人生が思い通りに進まない事が、精神面に影響するのか、退院後の阿東は、確かにしばしば不安定。
友人の結婚式に飛び入り参加し、マイクを握り、語りまくる姿には、ハラハラさせられた。

そして、遂に起こしてしまう“スニッカーズ無銭頬張り事件at近所のスーパー”…!

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作中登場する医師曰く、チョコレートには、精神を安定させる効果があるのだとか。
それにしても、よりによってキャラメルやヌガーがギッシリ詰まったスニッカーズを、食べまくるとは…。
余文樂は、クランクアップ後、当分の間、チョコレートは見るのもイヤだったという。


曾志偉はコメディのイメージが強いので、こういうシリアスな作品への出演は、やはりちょっと貴重かも。
扮する大海は、トラック運転手。家を空けることが多く、家庭は有っても無いようなもの。
結果、妻・呂婉蓉の介護も、長男の阿東に押し付けることとなってしまう。
駄目な夫、駄目な父親の印象がある大海だが、
話が進むにつれ、大海は大海なりに悩み、家を空けていた事情が見えてくる。
お嬢様育ちの呂婉蓉と恋に落ち、娶ったものの、
呂婉蓉は徐々に大海との結婚を悔やみ、大海を疎んじるようになったので、
トラック運転手として外で働き、稼いだお金だけを家に入れようと考えた、大海なりの心遣いだったのヨ。
コミュニケーションが上手く行っていないと、心遣いも裏目に出ることは、よく有る。


金燕玲は好きなベテラン女優。今回の彼女は凄まじかったぁー。
“病を患う母親を演じる金燕玲”で、パッと思い浮かんだのは、『ブラッド・ウェポン』(2012年)。
謝霆鋒(ニコラス・ツェー)扮する主人公の、病気で余命幾ばくも無い母親を演じていた。

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死期が迫り、車椅子生活を余儀なくされても、小奇麗で、品の良さを醸すママであった。

ところが、今回、『誰がための日々』で金燕玲が演じているのは、
髪や顔のお手入れなど放置状態の寝た切り老人。
しかも、しおらしいおばあさんではなく、
自分を介護してくれている長男・阿東に悪態をついたり、罵倒したりするイヤーなババァ。
病気だから仕方が無いと、自分に言い聞かせても、
介護している親からこんな風に罵られ続けたら、キツイに決まっているではないか…。

金燕玲自身は、十代からずっと芸能人で、人から見られる事が当たり前になっているだろうし、
実際、普段、お化粧をせずに外出することなど無いという。
でも、作品の中だと、髪も顔も手入れをしない寝た切りの老女を、躊躇なく演じてしまうのですね。
話が反れるけれど、ちょっと前、NHK大河ドラマ『西郷どん』で、篤姫を演じた北川景子が、
晩年のシーンでも、若々しい姿で登場し、視聴者から「美しい!」と称賛を集めたというニュースを見て、
私は非常にシラケたのよ。
リアリティより、いつまでも「綺麗!」、「若い!」と褒められる事に執着する北川景子は、所詮二流。
『西郷どん』では、時の流れに合わせ、実年齢以上の老女に変化していった幾島役の南野陽子の方が、
私の中でお株が上がった。
ベテランのお姐サマ・金燕玲も然り。女優魂を感じる。

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本作品の演技で、金馬獎、香港電影金像獎、両方で最佳女配角(最優秀助演女優賞)を受賞したのは納得。






原題の『一念無明』は、仏教にまつわる言葉。
<大乘起信論>の中の一説、「一念無明生三細,境界為緣長六粗」から取られており、
考え過ぎると、真意を見抜けず、煩悩に遮られてしまう事を意味するという。
人生の過程で、色々余計な考えに囚われるようになり、目の曇った大人たちを連想する。
一方、阿東の隣部屋で母と暮らす少年・余果は、
何事にも囚われることなく、真っ直ぐな目線で、真意を見抜く、鋭くも純粋な存在。
作品の終盤では、ギコチなかった阿東と父・大海の気持ちが近付いていくし、
未来を感じさせる余果のような少年の存在もある事で、
気分をドヨーンと沈ませる重いテーマを扱った作品にもかかわらず、
観終わった時、なぜか“今日よりマシな明日”を感じ、不思議と気持ちがちょっと軽やかに。


監督の黃進も、脚本家の陳楚珩も、本作品制作中は、20代でしょ…?
映画制作の技術面のみならず、
このようなテーマをこんな風に解釈し、表現する精神面も、早熟だと感心する。

そして、何より、アクションやクライムサスペンス以外の香港映画が、
日本のスクリーンで鑑賞できたことが、これまた嬉しい。
非アクション、非クライムサスペンスの香港映画では、
昨年日本で『29歳問題』(2017年)が、ちょっとした話題になったけれど、
私の好みは今回の『誰がための日々』の方。
(但し、日本語字幕に関しては、
『29歳問題』の方が、人名を漢字表記にするなど分かり易い上、工夫があって、ずっと良かった。)


この映画、私は、たまたま伊勢丹へ行くついでに、K's cinemaにふらりと立ち寄って観たのだけれど…

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初日だったので、期せずして、来場者プレゼントで李錦記の麻婆豆腐の素を頂いた。

しかも、上映終了後には…

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スカイプで香港と結んだ黃進監督のQ&A付き。こんなイベントが用意されていたことも知らなかった。
黃進監督は、劉偉強(アンドリュー・ラウ)監督のワークショップに参加中とのことで、
そのスタジオからの中継であった。
機材にちょっとしたトラブルがあり、音声は多少不明瞭であったが、
毎度の周さん(サミュエル周)が通訳するちゃんとしたイベント。
家族に精神病患者を抱える事に関して、「中国人は伝統的に家の恥を隠そうとする。
それで状況が余計に悪化してしまうことも多い」と黃進監督は語っていたけれど、
“臭い物に蓋”の意識は、日本も似たような物ではないだろうか。
あと、音楽を担当した日本人作曲家・波多野裕介の話なども出た。
こんなイベントが有るとは知らなかったので、ちょっと得した気分。


プレゼントが有って、Q&Aも付くのに、客席に人がまばらだったのは、非常に残念。
こういう映画にちゃんと人が入らないと、“Netflixで配信される作品は、スクリーンで上映しても意味ナシ”、
“香港映画は、やはりアクションや犯罪サスペンス以外に需要ナシ”という事になってしまいそうで、怖い…。
こういう作品が、この先、映画館のスクリーンで観られるかどうかは、ちゃんと儲かるか否かにかかっている。
皆さま、頼むから、お金を払って、映画館で観て。お願い。

それにしても、私のパソコンは、どれだけ馬鹿なのでしょう…?!
この映画のタイトルを“たがため”と入力すると、どうしても“タガタメ”と変換され、“誰がため”の選択が無い!
“タガタメ”では、まるで、タガメか亀の一種みたい。
私は、仕方なく、いちいち“だれがため”と入力しております…。
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【2018年/中国・香港/99min.】
ヲタク青年の李浩銘は、
ある日、まるでアニメの中から飛び出して来たような理想の美少女・蘇儀と偶然出逢い、一目惚れ。
…が、実は、この出逢いは偶然などではなく、蘇儀の恋人・喬飛が仕組んだものであった。
闇の世界で暗躍する大物テロリスト・閆岳(もり・たけし)から仕事を請け負った喬飛だが、
この大仕事には、高度な技術を有するハッカーの助けが必要。
そこで目を付けたのが、
その昔、まだ学生時代、“斑馬(ゼブラ)”のハンドルネームで参加した世界ハッカー大会で、
喬飛を負かした最強のライバル、“海盗船長(海賊船長)”こと李浩銘。
喬飛と蘇儀の脅しにビビり、逃げようとする李浩銘だが、今度は香港警察の周正元が彼に接近。
「喬飛と組んで、犯罪の証拠を掴んでくれ。君の身柄は、我々が守る」と捜査協力を要請。
李浩銘は渋々喬飛と蘇儀に同行し、大仕事の舞台、マレーシアへ飛ぶことになるが…。



李海龍(リー・ハイロン)監督長編デビュー作。

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最近、大陸の映画監督は、垢抜けてカッコイイ人が多いですよね。
この李海龍監督は、1980年生まれ、北京電影學院の美術系動畫專業本科(アニメーション専科)卒。
蒙古族の著名監督・烏爾善(ウーアールシャン)に師事し、
これまでは主に広告の演出を手掛けてきた人みたい。

記念すべきデビュー作の原題は『解碼遊戲〜Reborn』。
邦題があまりにも違うので、危うくスルーしそうになったが、
そう、これ、2016年6月、第21回上海國際電影節(上海国際映画祭)で記者発表が行われた(→参照
“山P”こと山下智久の海外初進出作品である。

初海外で、新人監督の作品なんて、リスキーな選択にも思えるけれど、
本作品のプロデューサーは、『キャノンボール』シリーズや『ウィンター・ソング』(2005年)等々、
これまで中華圏のヒット作も数多く手掛けてきてるアンドレ・モーガン。
つまり、山Pにとっては、結構手堅い選択だったのかも知れない。

で、山Pは、訪中したり、微博にアカウントを開設するなど、プロモーションにも頑張っていたが、
「退社した元SMAPの女性マネージャーが取ってきた仕事だから、
これをヒットさせるわけにはいかないと、ジャニーズ事務所上層部が日本公開に難色を示している」
などという噂が、まことしやかに流れていたため、
もしかして日本のスクリーンでは観られないかも…と、私は懸念。

でも、結局日本での公開に漕ぎ着けましたね。
まぁ、ジャニーズ所属タレントの初海外進出作品にしては、宣伝も公開規模もひっそりとしたものなので、
やはり、ジャニーズ事務所としては、あまり有り難くない作品なのだろうと想像している。
山P本人にはちょっと気の毒だけれど、とにかく日本公開となったので、私も早速鑑賞。




本作品は、かつてハッカー大会で競ったライバル、“斑馬(ゼブラ)”こと喬飛と彼の恋人・蘇儀に接近され、
脅迫されるままに彼らのサイバー犯罪に加担する羽目となったヲタクのプログラマー李浩銘が、
次第にさらに大きな犯罪事件に巻き込まれ、喬飛、蘇儀と力を合わせ、
最大の敵である大物テロリスト閆岳に挑んでいく姿を描くクライム・アクション映画

さらに簡単に説明すると、ハッキング能力を買われてしまったがばかりに、サイバーテロに巻き込まれ、
テロリストと死闘を繰り広げる羽目となったヲタク青年・李浩銘の物語、…って感じ。

李浩銘の能力を見込んで、彼に仕事を手伝わせようと試みる喬飛は、
学生時代、世界ハッカー大会で、李浩銘に負けた“斑馬(ゼブラ)”というハンドルネームを持つ男。
李浩銘が、二次元美少女好きなのを知った上で、自分の恋人・蘇儀にコスプレさせ、彼に接近させる。
能天気な李浩銘でも、さすがに喬飛&蘇儀が危険な裏社会の人間だと気付き、逃げようとするが、
今度は香港警察の周正元がコンタクトしてきて、「君の身は守るから、捜査に協力してくれ」と頼まれ、
渋々喬飛&蘇儀とチームを組み、サイバー犯罪に加担。

この喬飛&蘇儀は、単独で犯罪を犯しているのではなく、
閆岳(もり・たけし)という大物テロリストとのコラボでお仕事をしている。
ところが、協力者であるはずの閆岳が裏切り、暴走。
閆岳という共通の敵ができたことで、李浩銘、喬飛、蘇儀3人の結束は強まり、
共に閆岳という大きな悪に立ち向かうことになるのだが、ここで新事実発覚。
なんと、喬飛はただのハッカーなどではなく、
実のところ、ユーロポール EC3(欧州サイバー犯罪センター)の捜査官で、
悪名高き閆岳の尻尾を掴むため、身分を偽り、接近していたのだ。
このように、二転三転しながら、現代ならではのサイバー犯罪を描く娯楽作品。


ハッキングやサイバー犯罪と聞き、私が真っ先に思い浮かべる比較的身近な事件は、
個人情報を得て、お金を盗むこと。
最近、うちの父も、普段まったく使っていないクレジットカードから、
少額を繰り返し抜き取られるという目に遭った。

本作品の後半で描かれるサイバー犯罪は、もっと大規模なもの。
オアシス2.0という新OSを乗っ取り、世界中の交通網を麻痺させるの。
近未来交通は全てコンピューター制御されているので、電車も飛行機も滅茶苦茶になってしまう。
そんな事をして、何が面白いのか?閆岳はただのサイコパスか?と疑問に思ったら、
実は、ヨーロッパ金融界の大物CEO4人を乗せた飛行機を墜落させ、
ユーロの大暴落を引き起こすのが、彼の目的であった。
交通システムを掌握すると、世界経済も牛耳れるというワケ。

そこまで大胆な犯罪は、私にとっては無縁だけれど、もっと身近で現実味を感じられる描写も。
この映画の中には、自分のスマートフォン上で、他人の自動車のハンドルを操作するシーンも描かれている。
これを見て、私、ちょっとゾッといたしました。
以前は、すっかりペーパードライバーになってしまった自分を悔やみ、
講習に通い直そうかと考えたこともあったのに、
近年は、「私の運転技術が復活するより早く、車の自動運転が一般化する!」と開き直り、
自分で運転する気がすっかり失せていたのだ。
でも、この映画を観たら、機械任せにせず、自力で運転した方が安全に思えた…。

もう一つ、映画を観ながら、ふと頭に思い浮かんだのが、お台場辺りを無人運転で走行するゆりかもめ。
悪い奴がその気になれば、運転システムを乗っ取り、満員のゆりかもめを暴走させ、
フジテレビ本社に撃墜させて、フジテレビ株を暴落させる事だって、可能かも?!
まぁ、そんな事は多分無いだろうけれど、
映画の中に描かれる非現実とも思えるサイバー犯罪は、案外有り得る近未来の姿なのかも知れない。




主な出演は、以下の通り。

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ヲタクなプログラマー李浩銘に韓庚(ハン・グン/ハンギョン)
李浩銘の腕を買い、仲間に引き込む喬飛に鳳小岳(リディアン・ヴォーン)
喬飛の恋人・蘇儀に李媛(リー・ユエン)
そして、世界の混乱を目論む大物テロリスト閆岳(もり・たけし)に山下智久


観て初めて知ったのだが、この映画は、韓庚主演作であった。
元SuperJuniorのメンバー韓庚は、
“韓国アイドルユニットを裁判沙汰になってでも脱退して独立し、成功した中国芸能人”のはしりである。
1984年生まれで、今年はもう35歳だって!時の流れは速い。あの韓庚がもう30代半ばとは。
この映画で演じている李浩銘は、“30代半ばのオトナの男”というイメージではなく、ヲタクなハッカー。
ハッカーと聞くと、暗い感じの変人を想像するけれど、李浩銘は呑気で善良なヲタ。
<ワンピース(中文タイトル:海賊王)>が好きで、
自分自身使っているハンドルネームは“海盗船長(海賊船長)”。
この映画では、カッコイイ韓庚というよりは、お茶目な彼を楽しめます。


この映画の“カッコイイ”担当は、むしろ喬飛役の鳳小岳である。
台湾とイギリスの混血で大人っぽく見えるけれど、実年齢は韓庚より年下の1988年生まれ。
東洋より西洋の血が強く出た顔立ちなので、演じられる役が限られてしまうという懸念もあったが、
『親友の結婚式』(2016年)にしても本作品にしても、その容姿と英語力を生かし、
“中国語も喋れる中国系イギリス人”といった訳回りで、順調に活躍していますね。


出演作の日本公開が少なく、日本での知名度が最も低いキャストは、紅一点の李媛であろう。
私が初めて彼女を見たのは、ドラマ『ハッピー・カラーズ 僕らの恋は進化形〜摩登新人類』
長身でスタイルが良いため、磨けば光るボーイッシュな美女という印象を受けた。
その後も、脇で出演している作品ならボチボチ観ていたけれど、
メインキャストで出演している本作品で久し振りにバッチリ見たら、
顔立ちといい背格好といい宋佳(ソン・ジア)にソックリ!こざっぱりしたナチュラル系美女かも、李媛。
でも、一般的に美女というのは、大人びていたり、若干男顔だったりするものである。

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だから、ツインテールの女学生ルックは、
アニメから飛び出た二次元美少女というより、ニューハーフの雰囲気で、まったく似合っていなかった…。
(↑この画像は、可愛く映っている物を選択。)


これら3人より、日本の観衆の注目度が高いのは、山P・山下智久であろう。
想像していたより出演シーンは少なかった。出演は主に終盤に集中。
扮する閆岳は悪役で、最後の大きな敵なので、登場の比重が終盤にあるのは、もっともであろう。

この閆岳は、アレンジした学生服のような、中国伝統の長袍のようなジャケットを身にまとっており、
テロリストにして、能面師という摩訶不思議な設定。
普段の山Pより貧相に見えると思ったら、実際、役作りのために6キロ落とし、さらに体毛まで剃ったという。
体毛はどうせ見えないのだが、山Pは、少しでも気味の悪い感じを出したくて、剃ってみたのだとか。
体毛剃りは、役作りの“隠し味”って感じでしょうか。
私が“普段より貧相”と感じたくらいだから、山Pが狙った役作りは上手くいったのかも知れない。
言語は、主に英語で、中国語も多少あり。
英語の発音矯正の先生についてレッスンしている姿を、以前日テレ『アナザースカイ』で見たけれど、
頑張っている成果はちゃんと出ており、とても自然な感じで台詞を口にしている。

役名の“もり・たけし”は、漢字で書くと閆岳”。エンディングにそうクレジットされている。
“岳=たけし””は分かるけれど、“閆=もり”は予想外であった。


他、お馴染み廖啟智(リウ・カイチー)が、香港警察の周正元役で出演。
廖啟智は、香港映画より、近年出演している大陸作品の方が、役が型に嵌っていなくて、良い味を出している。



ロケ地についても、ちょっとだけ触れておく。
華人による中国語作品なので、中国の都市を舞台にしているのかと思いきや、
物語が主に展開する地は、マレーシアのクアラルンプール。
他、上海、香港、ロンドン等も少し出てきて、約70日かけて撮影されたという。
スクリーンには各地の名所が映し出され、ちょっとした観光映画という感じ。

上海のシーンで印象的に登場するのは、こちら(↓)

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故ザハ・ハディド設計の凌空SOHO。
そのままカメラに収めるだけで、近未来を感じさせる建築。





主人公・李浩銘の性格が明るく、
アニメや漫画が好きなヲタクという設定であることも大きく関係しているけれど、
典型的な香港製クライム・アクションなどと比べ、大陸新世代の監督によるこれは、ライトで観易い。
アニメーションを学んだ広告出身の映像作家である李海龍監督の好みや特徴が出ているのでしょう。
アニメと広告という経歴が裏目に出た駄作かも…と、まったく期待せずに観たこともあり、
傑作と讃えないまでも、それなりに楽しめた。
ただ、山Pが出演していなかったら、やはり日本には入って来なかった作品、
もしくは、入って来たところで、シネマート新宿のスクリーン2で地味に上映されていたであろうと想像。
大きなスクリーンで鑑賞できたのは、山Pのお陰。
私が行った新宿ピカデリーでは…

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エントランスで、こんなディスプレイも。
山P出演作でなかったら、日本でこのような扱いはされなかったと思う。
ありがとう、山P。
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【2018年/中国/132min.】
やる気無く、ただ一日一日を過ごしている鄭開司の元に、親友の李軍が訪ねて来て、
家を担保に大きく稼げるチャンスが有ると、儲け話を持ち掛ける。
あの家は、亡くなった父が遺した唯一の財産。
それをリスクに晒すわけにはいかないと、一度は話を蹴った開司であったが、
意識が戻らない母の入院代もろくに支払えず、
幼馴染の劉青に甘えるばかりの自分の不甲斐なさに嫌気がさし、考えを一転、李軍に家の権利書を託す。
ところが、その後、李軍は音信不通に。
途方に暮れる開司に、謎の人物が接近してきて、耳を疑う話を告げる。
なんと李軍は、開司を騙していたのだ。
彼は、開司から託された権利書を失うばかりか、カジノでさらに借金を増やし、トンズラ。
李軍が残した多額の借金は、いつの間にか保証人にされていた開司が背負う羽目に。
日々の生活もままならない開司に、多額の借金など返済できるわけがない。
そこで、アンダーソンと名乗る負債者が、開司に一つの提案をする。
間も無く港を出るディスティニー号に乗船し、そこで行われるゲームに参加しろというのだ。
上手く行けば、多額の借金も一括で返済可能だという。
心を決めた開司は、「一週間で戻る。もし戻らなければ、母さんの面倒を頼む」と劉青に言い残し、
一か八かのチャンスに賭け、ディスティニー号に乗り込むが…。



日本の福本伸行によるコミック<賭博黙示録カイジ>を、
中国の韓延(ハン・イエン)監督が映画化。

この原作コミックは、余程人気があるのだろうか。
中国で映画化される以前にも、日本国内で、アニメ、ゲーム、実写映画等になっている。
日本で実写映画を手掛けたのは、佐藤東弥監督で、
『カイジ 人生逆転ゲーム』(2009年)と『カイジ 人生奪還ゲーム』(2011年)の2本が制作されている。

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私は原作未読。日本の映画版は、一本目の『カイジ 人生逆転ゲーム』のみ観ている。

原作コミックを知らないくらいだから、中国版映画も、題材に惹かれて観に行ったわけではない。
興味が湧いたのは、良い評判を耳にするから。
日本では、Netflixでの配信以外にも、
現地中国で公開され数ヶ月後の2018年10月に、東京・中国映画週間で上映。
スクリーンで鑑賞できるまたと無いチャンスだったのに、日程が合わず、断念。
そうしたら、“未体験ゾーンの映画たち2018”のラインナップに入っていたので、今度こそ鑑賞。




本作品は、寝た切りの母を抱え、困窮する青年・鄭開司が、
いつの間にか保証人として、背負わされた6百万元もの大借金を一括返済するため、
負債者から提案で、謎の大型船舶・デスティニー号に乗り込み、
船内で行われる命懸けのカードゲームに参戦する様子をスリリングに描く人生再生人間ドラマ


原作コミックを知らない私は、
無意識の内に日本版の映画『カイジ 人生逆転ゲーム』と比較しながら鑑賞。

日本版とこの中国版では、異なる点が数多く有るけれど、ここでは、大きな違いを2ツだけ挙げておく。
一つ目は、主人公の性格設定。
日本版では、主人公の伊藤開司はクズだったけれど、中国版の主人公・鄭開司は、それ程のクズではない。
日本の伊藤開司が謎の船に乗船するのは、勿論借金返済が目的だけれど、
それだけではなく、グダグダの自分の人生を変えたい、最低な自分自身を変えたいという気持ちも大きい。
一方、中国の鄭開司は、彼自身がクズと言うより、今が人生の低迷期。
寝た切りの母親を抱えるが、入院費用も賄えない自分の不甲斐なさに自信喪失状態。
そこで、親友・李軍から持ち掛けられた儲け話に乗り、
唯一の財産である亡き父が残した家の権利書を託すが、李軍はそれを持ってトンズラ。
家を失ったばかりか、いつの間にか保証人として、李軍が残した大借金まで背負わされ、
止むを得ず、デスティニー号に乗船することになる。

もう一つの違いは、作中描かれるゲーム。
日本版の伊藤開司が作中行うのは、
カードゲーム限定ジャンケンと、上空に設置された電流の走る細い鉄骨を渡り切る電流鉄骨渡り、
そして、皇帝、市民、奴隷のカードで競うEカードという3種類のゲーム。
一方、中国版は、限定ジャンケンだけに絞って描いている。

限定ジャンケンとは。
各参加者は、配布された星のバッジ3個と、グー、チョキ、パーそれぞれ4枚、計12枚のカードを持って、
他の参加者と一対一でジャンケンを行い、勝ったら対戦者から星をもらい、負けたら相手に星を差し出し、
アイコならそのままというルールの中で勝負を繰り返し、
制限時間内にカードを使い切り、星を最低3個得ていなければ負けで、別室に送られるというゲーム。
ジャンケンなんて運任せだなんて思ったら、大間違いで、
心理戦であり、また緻密な計算で勝ちも有り得る頭脳派ゲームなの。

日本版だと、限定ジャンケンは、3ツのゲームの内の一つでしかないので、描き方はシンプル。
中国版だと、この限定ジャンケンが作品のメインになるので、当然詳細に描かれている。
日中どちらにも、長所も短所も有り。
日本版は、描き方が浅いので、“頭脳ゲーム”の印象は薄いが、ゲームの進行状況や勝敗が分かり易い。
中国版の方は、完全に“頭脳ゲーム”のプロセスを見せる描き方である。
丁寧に説明されるし、ハラハラ感も有るけれど、
原作コミックを知らない上、計算も苦手な私は、イマイチ進行状況が掴めず。
家のテレビで観ていたら、説明の度に一時停止し、理解してから、また先に進むことも出来るけれど、
映画館じゃぁ、そんな事出来ないから、
スクリーンの中でなんか凄い計算と駆け引きが行われているんだろうなぁと傍観しつつ、
チンプンカンプンなままゲーム終了、…って感じ。




出演者をザッと日本版と比較。

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借金を背負わされ、デスティニー号に乗船する鄭開司に李易峰(リー・イーフォン)
鄭開司に借金返済を迫り、デスティニー号への乗船を勧めるアンダーソンにマイケル・ダグラス
鄭開司と曖昧な関係を続ける看護師・劉青に周冬雨(チョウ・ドンユィ)等々…。


日本版で主人公・伊藤開司を演じているのは、藤原竜也。
藤原竜也を見る度に、ガタガタな歯並びが気になってしまう私。
あの歯並びのせいで、セレブな二枚目社長の役などには説得力がない藤原竜也だが、
逆に、ビンボー臭い役や、貧相な役はとても合う。
日本版『カイジ』でも、藤原竜也扮する伊藤開司からは、
いかにも開店前からパチンコ店で列を作ってそうなニートな雰囲気がプンプン漂って来て、適役なのだ。

藤原竜也=開司というイメージが、私の中ですっかり定着してしまったため、
中国版でその主人公を李易峰が演じると知った当初は、藤原竜也と比較して、ちょっと懸念。
李易峰ではイケメン過ぎて、ビンボー臭さやクズ感に欠ける!と感じたのだ。

いざ映画を観たら、前述のように、中国版ではそもそも開司の設定が多少違う。
寝た切りの母親を抱えているのに、お金も無く、若干自暴自棄にはなっているけれど、クズとは言い難い。
さらに、乗船してゲームを開始すると、亡き父が数学者だっただけあり、息子の開司もかなり頭がキレるし、
決断力やリーダーシップもある。

そう、そう、もう一つ、日本版には無い設定が。
中国版の鄭開司は、子供の頃に観たアニメ『無敵小醜怪(無敵のピエロ)』で、
ピエロが怪物たちを倒していくシーンを、なぜか克明に記憶しており、
今でも事あるごとに、自分がそのピエロになる妄想に襲われる。

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だから、李易峰が、度々このような扮装で登場。
この厚化粧では、中身が李易峰かどうかなんて、見分けが付きませんよねぇー。
こういうピエロのシーンが、かなり挿入されていることもあり、
現実味のある日本版より、中国版はハリウッド娯楽超大作のような雰囲気がある。


ハリウッドと言えば、日本版で香川照之が演じている利根川幸雄に当たるアンダーソンの役を、
なんと中国版では、ハリウッドスタア、マイケル・ダグラスが演じている。
日本版の香川照之と比べると、出番はやや少ない“特別出演”といった感じだけれど、存在感は抜群。
ちなみに、台詞は中国語ではなく英語。
このアンダーソンに限らず、中国版は、日本版より乗船者の顔ぶれが国際色豊かで、
皆それぞれに母国語を喋っている。
(みんな最先端の翻訳機を装着しているから、各々が母国語で喋っても、通じ合えるという設定。)


周冬雨が演じている劉青は、日本版で天海祐希が演じている遠藤凛子に当たる役ではない。
まったく関係ナシ。日中それぞれの作品で、唯一の女性重要人物なので、一緒に並べて出しただけ。
劉青は、鄭開司とは幼馴染みの看護師。
鄭開司は、本当は劉青のことが好きなのだけれど、
自分の惨めな現状を考えると、積極的になれず、曖昧な関係を続けている。
本作品では、周冬雨ちゃんのナース姿が見られますヨ。



他には、こんな面々が出演。

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鄭開司から家の権利書を奪って消えた諸悪の根源である親友・李軍に曹炳琨(ツァオ・ビンクン)
限定ジャンケンで、最初に鄭開司を騙す張景坤に蘇可(スー・コー)
鄭開司&李軍とチームを組むことになるおデブの孟國祥に王戈(ワン・ゴー)
敗者が集められた小部屋で、鄭開司に息子と連絡を取ることを頼む初老の男に姚安濂(ヤオ・アンリエン)

卑劣な手段で鄭開司を最初に裏切る蘇可扮する張景坤は、
日本版で演じていた山本太郎も、非常に印象深かった。
作品終盤に登場する姚安濂扮する男性は、日本版で光石研が演じていた役。





私の頭では、限定ジャンケンの解説について行けなかったのが、残念。
あそこをよく理解できれば、この映画をもっと知略の作品として、より深く楽しめた気がする。
主人公の鄭開司が、ピエロの幻想に囚われる設定は、
原作コミックのファンだと、もしかして受け入れ難いかも知れないけれど、私は、これはこれで“アリ”。
しかも、このピエロの幻想や、謎の男アンダーソンは、鄭開司の父の死にどうも関係している事を匂わす。

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2020年に現地公開予定の続編は、どうやらその数学者の父親にもっとフォーカスしていくみたい。
で、韓延監督の手で、中国版『カイジ』は3部作まで制作されるようです。

なお、この『カイジ 動物世界』、
未体験ゾーンの映画たち2019、東京での上映は、もう全て終了してしまったけれど、
大阪だと、まだこれから。
日本版より豪華でスタイリッシュな映像を、劇場のスクリーンで堪能したい方は、この機会にどうぞ。

映画『夜明け』

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【2019年/日本/113min.】
ある朝、涌井哲郎は、川辺で気を失い倒れている青年を見付け、自宅に連れ帰り、介抱する。
間も無くして、見知らぬ家の布団の中で目覚めた青年は、
戸惑いながらも、元は渋谷に居た事と、名前が“ヨシダシンイチ”である事をポツリと告げる。
多くを語りたがらないシンイチに、哲郎も多くを尋ねることなく、  
そのまま家に住まわせ、自分が経営する小さな木工所で働かせるように。
シンイチは、木工所の従業員たちからも温かく迎え入れられ、徐々に言葉を交わすようになり、
哲郎が、8年前に妻と息子を交通事故で亡くしている事、
木工所の事務員・成田宏美との再婚を控えている事、
そして、哲郎の亡き息子の名が“涌井真一”であった事を知る。
そう、偶然にもシンイチは、哲郎の息子と同じ名を名乗っていたのだ…。



是枝裕和監督、西川美和監督が中心となって、2014年に設立された制作者集団・分福が送り出す新人、
広瀬奈々子監督による長編デビュー作。

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広瀬奈々子監督は、1987年生まれ、武蔵野美術大学映像学科で学び、
前出の是枝・西川両監督のもとで、助手を務めた人らしい。
オリジナル脚本を重視する師匠たちと同じように、
広瀬奈々子監督もまた、このデビュー作を自身のオリジナル脚本で撮っている。

私が、この『夜明け』という映画を気にするようになったのは、
第19回東京フィルメックスのコンペティション部門に選出された時。
すでに配給が付いていたので、その時は、観なかったけれど、
結果、スペシャル・メンションを受賞。(→フィルメックス授賞式については、こちらを参照)
正式な公開が、余計に楽しみになった。




本作品は、秘密を抱え、素性を隠した青年・シンイチが、息子を亡くした孤独な男・哲郎と暮らすようになり、
徐々に絆を強めていくも、現実と向き合い、新たな一歩を踏み出そうとするまでを描く人間ドラマ


疑似家族のユニット結成から解散までを描いた物語という点では、
広瀬奈々子監督の師匠、是枝裕和監督のパルム・ドール受賞作『万引き家族』(2018年)と共通。
但し、この『夜明け』は、
お金で繋がった赤の他人同士が、血縁者以上の絆で結ばれている疑似家族を描いた『万引き家族』とは、
またちょっと異なる。

主人公のシンイチ、本名・芦沢光は、
毎週日曜は全員揃って食事をするという理想的な家族の中で育った青年。
でも、彼は、そんな理想を演じる家族を“茶番”だと言う。
彼自身は、大学を出たものの、就職先が見付からず、ファミレスのキッチンで働き、
結局、後々引きずることになる、ある事件に関わってしまう。

川辺で倒れていたところ、救出し、何も詮索せず、住む家から仕事まで与えてくれた哲郎の優しさは、
芦沢光の閉ざした心にも徐々に響き、芦沢光もまた哲郎の優しさに応えようとし、
二人は、本当の父/息子とは築けなかった穏やかな疑似親子関係を築くようになる。

最初に、芦沢光が、哲郎の亡き息子と同じ“シンイチ”と名乗ったのは、偶然でしかないけれど、
その後、髪を哲郎の息子・真一と同じ金髪に染めたり、真一が着ていたジャケットを着るようになったのは、
芦沢光自らが、真一代わりになって、哲郎の優しさに応えようとした、意識的な行為と見受ける。


では、涌井哲郎側の心情や如何に。
この人、川辺で救出した青年の名が“ヨシダシンイチ”なんかじゃない事を、実は最初から知っていたのだ。
何も詮索せず、芦沢光を温かく迎え入れた哲郎は、慈悲の心に満ちた善良な大人に思えるけれど、
実のところ、哲郎もまた、芦沢光と接する事で、、息子・真一の死で空いた心の穴を埋めている。

血縁なんか無くても、互いが互いを必要とし、支え合えるのなら、疑似親子も悪くない。
…が、ある時から、芦沢光は、哲郎が、自分に真一を完全に重ねて見ていることに気付いたのであろう。
このままでは誰も幸せになれない、そう悟ったからこそ、再び自分の意思で髮を元の黒に戻したのよねぇ?
現実が見えなくなっている孤独なおっさんを目覚めさせる決意の染髪…!




心に重しのある老若二人を演じているのは…

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素性を隠し、“ヨシダシンイチ”の偽名を名乗る26歳の青年・芦沢光に柳楽優弥
シンイチに救いの手を差し伸べる、妻子を亡くしな孤独な男・涌井哲郎に小林薫


フィルメックス授賞式で、スペシャル・メンションを受賞し、登壇した広瀬奈々子監督が、
「受賞は柳楽さんの繊細な演技のお陰」、「この喜びを柳楽さんと分かち合いたい」と
盛んに柳楽優弥の名前を連発していたので、彼がどんな演技をしているのか興味津々だったのだけれど、
実際に作品を観たら、その興味も期待も裏切らない演技であった。

私が柳楽優弥を知ったのは、勿論、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004年)である。
この作品で、柳楽クンは、若干14歳にして、第54回カンヌ国際映画祭の主演男優賞を受賞。
ただの噂なのか本当なのかは知らないけれど、
『2046』が同じくカンヌでノミネートされていた梁朝偉(トニー・レオン)が、
「まだ演技も分かっていないこんな子供に受賞させるとは…」と批判したという話も漏れ聞こえた。

私自身、あの主演男優賞は、疑問であった。
『誰も知らない』は大好きな作品だし、柳楽優弥もとても魅力的で印象深かったけれど、
あくまでも是枝裕和監督の演出力の賜物であり、主演男優賞とは違うと感じた。

その後、案の定と言わんばかりに長く続いた低迷期から見事抜け出し、
近年は若手の実力派と称される柳楽クン。
私も、良い俳優になったと思っているが、
『誰も知らない』以降で、“代表作”と呼べる作品となると、もうこの『夜明け』なのでは…?
それくらい『夜明け』での柳楽優弥は良いし、『夜明け』がほぼ“柳楽優弥の演技鑑賞作品”にも感じた。


まぁ、そんな風に言ってしまうと、『夜明け』がまるで“柳楽優弥独壇場作品”のようですね。
実際には、小林薫の存在感も非常に大きい。
私にとって、『夜明け』は、柳楽優弥&小林薫のダブル主演作という認識。
双方の想いに共通点と、その後見えてくる相違点が有って、成り立っている作品。

小林薫が演じている涌井哲郎は、
恐らく無意識の内に、妻子を亡くした心の穴を、成田宏美という女性で埋めようとしていたのに、
まるで神様からの贈り物かのように、芦沢光が目の前に現れ、彼が成田宏美以上の安定剤となっていく。
人との出逢いで希望が湧いたり、人に尽くすことで自分も生き甲斐が感じられるなら、それも悪くない。
そんな哲郎に、明らかな異変を感じられたのは、彼が芦沢光の免許証を燃やすシーン。
「お前は悪くない、そんな過去は忘れてしまえ」
と芦沢光を肯定し、励ます哲郎は、一見頼れる大人の男性であるが、
あの瞬間、哲郎が、芦沢光というアイデンティティを焼却し、
彼を完全に自分の息子・涌井真一にしてしまったようにも思え、ゾッとした。

あと、もう一つ。
こっそり出ていこうとする芦沢光に、「行くなっ!お前が必要なんだ!」と叫ぶ哲郎に、
『おっさんずラブ』を重ねてしまったなんて白状したら、
『夜明け』に感動した皆さまから、ヒンシュクを買いますよね、やっぱり…。





タイトルの『夜明け』は何を意味しているのか。
自分の名前は“シンイチ”ではない、本当は“芦沢光”だと堂々と言い放ち、木工所を出ていった青年には、
長いトンネルから抜け出たような清々しさも感じた。
全てがクリアになった訳ではないけれど、次の新たな一歩を踏み出した彼にとっては、“夜明け”であり、
あの幕締めはハッピーエンディング。
でも、じゃぁ、木工所で置いてけ堀りになった哲郎は…?と考えると、ちょっと切ないワ。
まだ26歳の芦沢光とは違い、もう初老のおっさんである哲郎が、立ち直れるのか、心配。

人が抱える心の空白部分とか、簡単には割り切れない人間関係とか、色々考えさせられると同時に、
青年の過去や正体が徐々に紐解かれていくミステリー的な要素にも観入ったし、
柳楽優弥の演技も良くて、楽しめた。

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