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土曜の夜のお化け番組と言ったら! 以前「ザ・ドリフターズ」の記事で少し書いたのですが、(http://blogs.yahoo.co.jp/sweeturutora7/46268596.html) 今回はもう少し深く書いてみたいと思います♪ 昭和44年10月4日から60年9月28日までTBSテレビ土曜日夜8時に全803回放映されました。 メインはザ・ドリフターズ(いかりや長介、加藤茶、荒井注、仲本工事、高木ブー、志村けん(49年4月に荒井注に変わり新加入)) 番組は、ザ・ドリフターズによるコントによる前半部分、ゲストの歌のコーナーを挟んで体操や合唱団などのミニコントからなる後半部分から構成されていた。 最盛期には視聴率40〜50%を稼ぎ「お化け番組」と呼ばれ、土曜8時戦争と呼ばれる視聴率競争の王者であった。年に数回は9時25分まで約1時間半の放送もあった。 平均視聴率27.3%、最高視聴率は48年4月7日放送の50.5%。 すごい番組でした!毎週土曜日が早く来ないかと思ってたほど待ち遠しい番組でした♪ オープニング 午後8時丁度になると、いかりやがカメラに向かって大きく指を差しだし「8時だョ!」と掛け声をかける。それと呼応するように、観客席から観客とドリフの残りのメンバー4人が片手を拳にして上げながら「全員集合!」と返し、4人が客席後方から舞台上に登場する。 その後、いかりやの「行ってみよう!」という掛け声にあわせてオープニングテーマ曲が流れ出す。このオープニングテーマは北海道の民謡である『北海盆唄』の替え歌である。 そしておなじみの22分コント〜ゲストの歌1アイドル歌手、2組〜ゲストの歌2中堅実力派歌手〜少年少女合唱隊〜ショートコント〜エンディング エンディングテーマは『ドリフのビバノン音頭』(ザ・ドリフターズの往年の名曲『いい湯だな』の替え歌)。中間部分にある「はぁビバノンノン」の部分は加藤茶がゲストの一人にマイクを振りそのゲストが歌う。 加藤茶の「風邪ひくなよ」「風呂入れよ」「宿題終わったか」「歯磨いたか」「また来週」など色々な掛け声で終了。 生放送ゆえのトラブルも見どころの一つになった。その一方、コントの内容や番組から生まれた流行語が下品という理由で、PTAからの苦情もつきものだった。また、生番組にこだわったため、停電やボヤ騒ぎ、ゲストの負傷等のアクシデントに見舞われた回もあった。 45年7月2日、加藤茶が交通事故を起こし、約1ヶ月の謹慎。この間、仲本工事が加藤のいじめられ役を代行。 52年5月14日、探検隊コントの途中、ピストルの火花が小道具の蛇に着火し炎上。すぐに消し止められたが、場内(取手市民会館)の非常ベルが鳴り、コントは中止となった。蛇のスプレー塗装を本番直前にしたため、ピストルの火花が塗料に引火してしまったのが原因であった。このアクシデントの直後に歌う為に登場したいしだあゆみの表情は笑顔を見せてこそいたがさすがに引きつっていた。 55年9月13〜20日、いかりや長介が声帯ポリープの手術で声を出せず、2週間いかりやは声を出さずに出演した。「8時だョ!」のかけ声は加藤、前半コントのツッコミ役は志村、少年少女合唱隊の司会は仲本と他メンバーが持ち回りでいかりや役を代行した。 56年2月、仲本工事と志村けんが番組プロデューサーの居作昌果と共に競馬のノミ行為で摘発され謹慎していた時期に、しばらくの間いかりや、加藤、高木の3人だけで全員集合を放送していた。二人の代わりに椅子などを使ってコントを進行し、場がしらけると加藤が「帰って来いよ」を歌っていた。また、この間に新しいギャグ、加藤茶の「5秒前、4、3、2、1、デーン」と高木ブーの「ピップエレキバン」が生まれた。この間、視聴率が平常に比べ10%アップしていた。 58年6月4日、爺さん役の加藤がふすまを勢いよく閉めると、隣のトイレに入っている婆さん役の志村がその弾みで壁を突き破って外へ飛び出すというコントで、トイレのセットそのものが転倒、志村が下敷きとなった(トイレのセットは本来、傾いて途中で止まるはずだった)。コントは続行されたが、想定外の事故が起きたせいか縁側が落ちるタイミングが遅れるなど、スタッフの段取りの悪さが目立った。後にこの事件は加藤と志村がゲスト出演した特番で語られ、当時を回想した加藤は「あの時ね、『やった〜!(志村が)死んだ!』って思った」と衝撃的な発言をしている。 59年6月16日、生放送の開始直前にその日の会場である埼玉県入間市の会場ホール(入間市市民会館)が突然停電になった。原因は、消費電力超過によりブレーカーが作動したため。停電中は懐中電灯を使用してゲストを紹介した(実際に停電になったのは会場内の照明のみで、テレビカメラやマイクなど放送機材には会場外の中継車から電源が確保されていたため、完全に放送できなくなる事態は回避された)。やむを得ずスポットライトでステージを照らし、いかりや長介が「8時9分半だョ!」の掛け声を掛け、歌やコントを物凄い勢いで行った。また、視聴率が通常よりも10%アップしていた。なお、この日フジテレビはプロ野球中継だったため、通常はひょうきん族を見ている視聴者も全員集合に流れこんできたと思われる。なお、このトラブルがきっかけとなって、この回以降、中継による放送が減少し、かわりにTBSGスタジオに同様のセットを組んで放送する形式に変わっていった。 (映像、 (ドリフのズンドコ節、昭和45年のヒット曲) (昭和59年6月16日、停電事件) |

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こーたろーさんへ、昭和が生んだ最高傑作ですよね♪
ドリフは永遠ですね!
僕も何度か公開放送を見に行きました☆
2007/6/16(土) 午前 3:48
おていさんへ、毎週土曜日が待ち遠しかったな〜♪
ご両親厳しかったんですね...
2007/6/16(土) 午前 3:49
みるくさんへ、当時は子供にはこう言う低俗な番組を見せるなみたいなのがありましたからね...
えっ!そんなに身近にスクールメイツの方が!
うらやまし〜な♪
2007/6/16(土) 午前 3:52
シャボン玉さんへ、国民の2人に1人以上が同じ時間帯に見てた番組ですから今考えるとすごいことですよね!
2007/6/16(土) 午前 3:54
MAYUさんへ、おっ!MAYUさんも全員集合のファンだったとはうれしいですね〜♪ドリフのコントは今見てもすごくおもしろいですよね!
やはりドリフは永遠ですね☆
2007/6/16(土) 午前 3:56
mihiromiさんへ、カミナリさんのコントはおもしろいですよね〜♪
全員集合はひょうきん族に視聴者をかなり奪われて終了してしまったんですよね.....残念...
2007/6/16(土) 午前 3:59
夏希さんへ、内容が盛りだくさんで楽しかったですよね♪
下品で過激な部分がありましたからね〜...
でも子供はそう言う所がおもしろくて見てたんですけどね☆
2007/6/16(土) 午前 4:01
マイペースさんへ、今では絶対にありえないでしょうね...
逆に今はこう言う番組がないからテレビがつまらなくなってしまったんでしょうね...いや〜!本当にすごい番組でした♪
2007/6/16(土) 午前 4:04
レギュラーにキャンディーズがいましたね。キャンディーズファンだったので毎週見ていましたよ。
2007/6/16(土) 午前 7:37
私はドリフが始まる前は土曜夜に書道教室に通ってたのですが始まったら即やめました。それほど面白かった。
2007/6/16(土) 午前 10:03
今、TUTAYAにこの番組のDVDがたくさん出ています才才−!!w(゜o゜*)w!何かと思って手に取った事があります今度借りてみますねっ(⌒^⌒)b
2007/6/16(土) 午前 10:14 [ - ]
あたしの通っていた小学校は指定模範小学校だったため、この番組は不良が観るもの!と決めつけ禁止されてましたが、父親が不良だったため(笑)「かまわん!面白いから子供は観ろ!」と言ってみせてくれました〜。友達にも内緒ですごい悪いことをしてるようなドキドキ感もあって興奮して観てました〜。
2007/6/16(土) 午前 10:34
DVDみて、子供が笑ってました・・
今でも十分楽しめる番組ですね・・・
2007/6/16(土) 午後 0:02
シンさんへ、渡辺プロ制作でしたからキャンディーズはこの番組には欠かす事のできない存在でしたね♪
2007/6/17(日) 午前 0:18
スリングさんへ、僕も土曜日の8時だけは必ず家にいました♪
史上最高のバラエティーだと思ってます☆
2007/6/17(日) 午前 0:20
小悪さんへ、今DVDがたくさん出てますよね♪今見てもおもしろいと評判のようですよ!是非見てください☆
2007/6/17(日) 午前 0:21
ぴんさんへ、厳しい小学校だったんですね〜...
でもいいお父さんだ!この番組は子供にとって悪影響はそんなになかったと思いますよ。だって楽しい笑いが多かったもの☆
2007/6/17(日) 午前 0:24
ころんさんへ、今でも充分おもしろいと思いますよ♪
むしろこの時代の笑いの方が楽しかったような気がします☆
2007/6/17(日) 午前 0:25
東村山音頭大好きです!
中2の僕でも1丁目の色々なコスプレで笑えました。
2017/2/26(日) 午前 1:33 [ kei***** ]
この画像どこで拾いましたか?
2019/1/2(水) 午後 11:03 [ 昭和さん ]