昭和レトロ&インコのブログ 水色のときめき

1/25 今日の1曲・かげろう・高井麻巳子・1987年

思い出のプロ野球選手

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7,80年代に巨人・阪神で活躍された小林繁さんが17日に亡くなった...

まだ57歳の若さだった。現日本ハムのピッチングコーチで前日までは元気だったそうです。

ショックでした...

小林さんは自分が中学の頃巨人のエースで憧れの投手でした。

それはそれは人気のある人でかっこよかったんです。

追憶の意をこめて2008年4月7日に小林さんの記事を書いてたので再アップさせていただきます。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


江川卓と小林繁、オールドファンならご存知の通り因縁の2人です。

空白の1日


当時日本中を大騒ぎさせたプロ野球界いや日本の大事件まで発展したこの出来事、この事件を振り返る前に江川卓と小林繁とはどう言う人物なのかを振り返って見たいと思います♪

江川卓


イメージ 1


自分が高校野球をはじめて見るようになったのが昭和48年の選抜大会からでした。
その選抜で鮮烈なデビューを飾ったのがこの江川卓。

ものすごいピッチャーでした! 衝撃をうけましたね。
こんなにすごいピッチャーがたった2度しか甲子園に出場できなったのが不思議なぐらいでした...

48年の夏の甲子園の予選大会では5試合で44回を投げて打たれたヒットがたったの2本、75奪三振と言う驚異的な数字を出して甲子園に出場してます。

高校時代に完全試合2回、ノーヒットノーランが9回。 まさに怪物でした。
松坂なんて問題じゃないぐらいでしたね、文句なく今まで見た高校野球ではナンバー1の投手だと思います。

イメージ 2


しかし江川卓って今ひとつ運に見放された所があり甲子園では優勝できず大学では通算47勝とタイ記録の48勝にあと1勝たりなかった。

そしてドラフト会議でも3度も1位指名されながら阪急・クラウン・阪神と希望球団(在京セリーグだったらしい)に指名されなかった...

まぁそこが江川らしいと言えば江川らしいのだが...

プロでは実働9年間で135勝。最多勝 2回(1980年〜1981年) 最優秀防御率 1回(1981年) 最高勝率 2回(1981年、1984年) 最多奪三振 3回(1980年〜1982年) MVP 1回(1981年) ベストナイン 2回(1980年〜1981年) オールスターゲーム選出 8回(1980年〜1987年)

もっと努力して燃え尽きるまでプロでやってたら300勝ぐらいいけたんじゃないかと思いますね。

彼が巨人に入団して巨人と言う球団がかなり変わったと言われてます...
根性とか気迫を出すと言う感じじゃなく適当に手抜きをして毎年ちょっとずつ成績を伸ばしていった方が年棒も上がるし利口なやり方みたいに回りに言ったり等...

非常に頭がいい、それが江川卓と言う人物評かな? 

個人的には江川が高校時代から大ファンでした♪ それだけにもっとプロで頑張ってほしかったですね。 32歳で引退は早すぎた...
ちなみに引退記者会見での鍼の話は作り話だったと後年話してました...

(映像)高校時代の江川



小林繁


イメージ 3


第1次長嶋政権時代のエースピッチャーでした♪ 背番号は19

小林繁。 大好きでしたね♪ 当時よく小林のアンダースローの投球フォームを真似たものでした。 177センチで60キロそこそこのスリムな体系で気迫を前面に出して投げる姿が印象的でした。

高校時代は無名でしたが社会人の大丸で巨人のスカウトの目にとまり47年末に巨人に入団。
社会人時代は大丸デパートの婦人服売り場にいたと言う異色の選手でした。

野球選手というよりファッションモデルじゃないかと思うほどファッションセンスが抜群でおまけにハンサムでしたから女性ファンの非常に多い選手でした。

イメージ 4


彼が出現するまでは野球選手といえばおじさんっぽいファッションをしてる豪傑のような選手が多かったのですが彼が巨人に入団してそのファッションスタイルは以後の野球選手にかなり影響をもらせたと言われてます。

その点は江川卓同様非常に個性的なキャラの選手でした。

実働11年間で139勝。 昭和51年から引退した58年まで毎年コンスタントに二桁勝利をあげてます。

そしてこれも偶然ですが江川と同じように引退した年に13勝もあげていながらあっさりと「15勝できなかったから」と言い31歳の若さで引退してしまいました。

最多勝 1回(1979年) 沢村賞 2回(1977年、1979年) 最優秀投手 2回(1977年、1979年) ベストナイン 2回(1977年、1979年) オールスターゲーム出場 7回(1976年〜1981年、1983年)

特に阪神にトレードされた54年のシーズンは22勝をあげ巨人相手に無傷の8連勝をあげたのは感動しました。

ある巨人選手は「コバの心情を思うととても打つ気になれなかった」と本音を漏らした選手もいました。 
彼は巨人時代もみんなに好かれる人気者でしたから...

引退後はこれまた江川と同じようにタレントとしても大活躍、テレビドラマやバラエティー、司会者などをやりレコードも数枚出してます♪
特に54年に発売された「亜紀子」はオリコンで最高41位、8万枚を超えるスマッシュヒットを放ってます♪

イメージ 5


江川卓と小林繁、2人とも非常にマルチな才能をもった人物で意外と共通点があるんだなと思いました。

空白の1日


昭和53年のドラフト会議の前日にこの事件はおきました。
前年、江川はクラウンから1位指名をされ拒否しました。そのクラウンとの交渉権がドラフトの二日前に切れ、このドラフト前日のみドラフトの準備日と言う感じでどことの交渉権もないと言うのが当時のルールでありました。

そのドラフトの盲点をついたのがこの空白の1日。 江川は巨人に行きたい、巨人は江川をどうしてもほしい、そしてそのドラフトの準備日と言う暗黙のルールをやぶり巨人と江川は電撃契約をしてしまいました。

これは江川自身の判断ではなく江川の周りの人間たちが仕掛けた作戦だったと言われてます。
しかしセントラル・リーグ会長の鈴木龍二は巨人との契約を無効とする裁定を下した。これに対し巨人が反発。その抗議として、翌22日のドラフト会議を欠席(ボイコット)することになる。

そしてドラフトで阪神が江川を指名。 当時のプロ野球のコミッショナーの金子は巨人の訴えを退ける一方で、「江川には一度阪神と入団契約を交わしてもらい、その後すぐに巨人にトレードさせる」という“強い要望”を提示した。

これにより、1979年1月31日、江川は一度阪神と入団契約を交わし、その後すぐに巨人が阪神に提示した投手・小林繁との交換トレードに出され、念願の巨人入りを果たした。

ごり押しで入団した江川にはダーティーなイメージがつき「エガワル」と言う流行語まで生まれ当時日本中を敵に回した。

対照的に小林には日本中が同情しトレードをさわやかに受け入れた姿勢にさらに人気が上昇していきました。

この頃からかな?巨人の人気が低下していったのは... この江川の入団した54年は巨人にとっても最悪のシーズンで5位と言う結果。

できることならクラウンに入団して2,3年頑張ってから巨人にトレードと言う形もあったんじゃないかな? 希望的にはそうしてほしかった...

(映像)江川・小林・CMで共演


江川卓と小林繁

江川卓と小林繁、オールドファンならご存知の通り因縁の2人です。

空白の1日


当時日本中を大騒ぎさせたプロ野球界いや日本の大事件まで発展したこの出来事、この事件を振り返る前に江川卓と小林繁とはどう言う人物なのかを振り返って見たいと思います♪

江川卓


イメージ 1


自分が高校野球をはじめて見るようになったのが昭和48年の選抜大会からでした。
その選抜で鮮烈なデビューを飾ったのがこの江川卓。

ものすごいピッチャーでした! 衝撃をうけましたね。
こんなにすごいピッチャーがたった2度しか甲子園に出場できなったのが不思議なぐらいでした...

48年の夏の甲子園の予選大会では5試合で44回を投げて打たれたヒットがたったの2本、75奪三振と言う驚異的な数字を出して甲子園に出場してます。

高校時代に完全試合2回、ノーヒットノーランが9回。 まさに怪物でした。
松坂なんて問題じゃないぐらいでしたね、文句なく今まで見た高校野球ではナンバー1の投手だと思います。

イメージ 2


しかし江川卓って今ひとつ運に見放された所があり甲子園では優勝できず大学では通算47勝とタイ記録の48勝にあと1勝たりなかった。

そしてドラフト会議でも3度も1位指名されながら阪急・クラウン・阪神と希望球団(在京セリーグだったらしい)に指名されなかった...

まぁそこが江川らしいと言えば江川らしいのだが...

プロでは実働9年間で135勝。最多勝 2回(1980年〜1981年) 最優秀防御率 1回(1981年) 最高勝率 2回(1981年、1984年) 最多奪三振 3回(1980年〜1982年) MVP 1回(1981年) ベストナイン 2回(1980年〜1981年) オールスターゲーム選出 8回(1980年〜1987年)

もっと努力して燃え尽きるまでプロでやってたら300勝ぐらいいけたんじゃないかと思いますね。

彼が巨人に入団して巨人と言う球団がかなり変わったと言われてます...
根性とか気迫を出すと言う感じじゃなく適当に手抜きをして毎年ちょっとずつ成績を伸ばしていった方が年棒も上がるし利口なやり方みたいに回りに言ったり等...

非常に頭がいい、それが江川卓と言う人物評かな? 

個人的には江川が高校時代から大ファンでした♪ それだけにもっとプロで頑張ってほしかったですね。 32歳で引退は早すぎた...
ちなみに引退記者会見での鍼の話は作り話だったと後年話してました...

(映像)高校時代の江川



小林繁


イメージ 3


第1次長嶋政権時代のエースピッチャーでした♪ 背番号は19

小林繁。 大好きでしたね♪ 当時よく小林のアンダースローの投球フォームを真似たものでした。 177センチで60キロそこそこのスリムな体系で気迫を前面に出して投げる姿が印象的でした。

高校時代は無名でしたが社会人の大丸で巨人のスカウトの目にとまり47年末に巨人に入団。
社会人時代は大丸デパートの婦人服売り場にいたと言う異色の選手でした。

野球選手というよりファッションモデルじゃないかと思うほどファッションセンスが抜群でおまけにハンサムでしたから女性ファンの非常に多い選手でした。

イメージ 4


彼が出現するまでは野球選手といえばおじさんっぽいファッションをしてる豪傑のような選手が多かったのですが彼が巨人に入団してそのファッションスタイルは以後の野球選手にかなり影響をもらせたと言われてます。

その点は江川卓同様非常に個性的なキャラの選手でした。

実働11年間で139勝。 昭和51年から引退した58年まで毎年コンスタントに二桁勝利をあげてます。

そしてこれも偶然ですが江川と同じように引退した年に13勝もあげていながらあっさりと「15勝できなかったから」と言い31歳の若さで引退してしまいました。

最多勝 1回(1979年) 沢村賞 2回(1977年、1979年) 最優秀投手 2回(1977年、1979年) ベストナイン 2回(1977年、1979年) オールスターゲーム出場 7回(1976年〜1981年、1983年)

特に阪神にトレードされた54年のシーズンは22勝をあげ巨人相手に無傷の8連勝をあげたのは感動しました。

ある巨人選手は「コバの心情を思うととても打つ気になれなかった」と本音を漏らした選手もいました。 
彼は巨人時代もみんなに好かれる人気者でしたから...

引退後はこれまた江川と同じようにタレントとしても大活躍、テレビドラマやバラエティー、司会者などをやりレコードも数枚出してます♪
特に54年に発売された「亜紀子」はオリコンで最高41位、8万枚を超えるスマッシュヒットを放ってます♪

イメージ 5


江川卓と小林繁、2人とも非常にマルチな才能をもった人物で意外と共通点があるんだなと思いました。

空白の1日


昭和53年のドラフト会議の前日にこの事件はおきました。
前年、江川はクラウンから1位指名をされ拒否しました。そのクラウンとの交渉権がドラフトの二日前に切れ、このドラフト前日のみドラフトの準備日と言う感じでどことの交渉権もないと言うのが当時のルールでありました。

そのドラフトの盲点をついたのがこの空白の1日。 江川は巨人に行きたい、巨人は江川をどうしてもほしい、そしてそのドラフトの準備日と言う暗黙のルールをやぶり巨人と江川は電撃契約をしてしまいました。

これは江川自身の判断ではなく江川の周りの人間たちが仕掛けた作戦だったと言われてます。
しかしセントラル・リーグ会長の鈴木龍二は巨人との契約を無効とする裁定を下した。これに対し巨人が反発。その抗議として、翌22日のドラフト会議を欠席(ボイコット)することになる。

そしてドラフトで阪神が江川を指名。 当時のプロ野球のコミッショナーの金子は巨人の訴えを退ける一方で、「江川には一度阪神と入団契約を交わしてもらい、その後すぐに巨人にトレードさせる」という“強い要望”を提示した。

これにより、1979年1月31日、江川は一度阪神と入団契約を交わし、その後すぐに巨人が阪神に提示した投手・小林繁との交換トレードに出され、念願の巨人入りを果たした。

ごり押しで入団した江川にはダーティーなイメージがつき「エガワル」と言う流行語まで生まれ当時日本中を敵に回した。

対照的に小林には日本中が同情しトレードをさわやかに受け入れた姿勢にさらに人気が上昇していきました。

この頃からかな?巨人の人気が低下していったのは... この江川の入団した54年は巨人にとっても最悪のシーズンで5位と言う結果。

できることならクラウンに入団して2,3年頑張ってから巨人にトレードと言う形もあったんじゃないかな? 希望的にはそうしてほしかった...

(映像)江川・小林・CMで共演


自分が現役時代、元巨人の高田繁さんの大ファンだったというのは以前にも何度か書きましたがとうとう昨日念願だった監督発表記者会見がおこなわれました☆

ヤクルト>高田氏が監督就任…「1点を大事にする野球を」


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 ヤクルトは25日、前・日本ハムゼネラルマネジャー(GM)の高田繁氏(62)の監督就任を発表した。3年契約で契約金はなく、年俸は8000万円(金額は推定)。背番号は「88」に決まった。

 東京都内で会見した高田監督は「投手力を中心とした守りや機動力を生かした、1点を大事にする野球がしたい」と抱負を述べ、優勝を目標に掲げた。

 背番号については、現役時代の8を二つ並べた番号であることに加え、88を付けた日本ハムのヒルマン監督が2年連続リーグ制覇を遂げるなど「結果を残しているので、あやかりたい」と選んだという。

 高田監督は、浪商高(現・大体大浪商高)、明大を経て68年ドラフト1位で巨人入りし、外野手などで活躍、80年に現役引退した。85年から4年間、日本ハム監督。04年10月にGMに就任し、24日付で退任した。選手時代の通算成績は1512試合出場で打率2割7分3厘、139本塁打、499打点。ベストナイン4回、ゴールデングラブ賞6回を受賞した。監督としては235勝255敗30分。

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巨人の現役時代は王さん長嶋さんに次ぐ人気者で特に若い女性ファンの多さは球界一だった。
当時高田さんはすでに結婚してたけどその誠実で優しい人柄ときりっとしたプレーが女性の心をとらえたと言われてます。ダルビッシュのお母さんが熱狂的な高田ファンで高田さんの追っかけをしてたとか...
初恋の人と結婚して2男1女に恵まれ、奥さんや子供を大切にする模範亭主だったんですね。欠点のないのが欠点。やはり高田さんは欠点がない不思議な人です。

皆さんは好きなスポーツ選手っていますか?(いましたか?)


今日の1曲はさだまさしさん(グレープ)の「朝刊」(この曲に高田さんが出てくる)といきたいところですが映像がないので...「♪また巨人が〜負けたってさって〜高田の背番号もしらないくせに〜♪」

関白宣言、さだまさし、昭和54年


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昭和54年7月10日発売。オリコン最高1位、122.7万枚のビッグヒット♪

当時同名の映画があって見に行きました♪

さだまさしさんの歌は暗い感じのするものが多いのですが朝刊や関白宣言などほのぼのとする曲も多く今聴いてもいい曲だな−と思います♪

(映像)


野球観戦

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今朝も5時に起きてソフトボールの練習に行ってきました♪
昨夜はほとんど寝てないのに(1時間ぐらいしか)疲れた〜...

僕が中学まで野球をやってたと言うのは以前書いた事がありましたがプロ野球を見るのも結構好きなんです♪

ただ今のプロ野球は年々つまらないものになってきてしまったように思います...
日本のプロ野球界がもっともおもしろく輝いてたのは1970〜1980年代ぐらいまでだったんじゃないか?と思います。

なんせ昔はスタープレイヤーが目白押しでしたから♪

今、ジャイアンツが期間限定で(4試合のみ)昔の強かった頃のユニフォームを着て戦ってますがそれを見て思わず昔のプロ野球が光り輝いてた頃の時代を思い出してしまいました♪

巨人の9年連続日本一の時代


あの当時の巨人はレギュラーメンバーが固定しててそれぞれの選手がとても素晴らしかった♪

1番センター柴田勲、2番レフト高田繁、3番ファースト王貞治、4番サード長嶋茂雄、5番ライト末次利光、6番セカンド土井正三、7番ショート黒江透修、8番キャッチャー森昌彦そしてピッチャーは右のエースが堀内恒夫、左のエースが高橋一三。
今でもスターティングメンバーをそらで言えますからね。

僕は高田繁さんの大ファンで憧れましたね〜!野球のプレイはもちろんの事外見や人格などすべて好きでしたね♪
もともとは姉が大の高田ファンで一緒に見てるうちに好きになったんですけどサインを一度高田さんの自宅まで行って直接頂いた事があるんですがとても優しい対応してくれて感激したんですね♪奥様もいい人でジュースまで頂いちゃったりして...
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現在高田繁さんは日本ハムのゼネラルマネージャー(最高責任者)をやられてるんですけど日本ハムってどこか温かいイメージがありませんか?
今、日本ハムのレギュラーに小谷野栄一選手と言うのがいるんですが彼は昨年までパニック障害に苦しんでて練習すら出来ない日々が続いてたそうです...
そんな時でも日本ハムのフロントや周りの人そしてGMの高田さんは温かい励ましの声をかけてくれてたそうです。どことは言いませんが他のチームではくびになっててもおかしくない...その甲斐あって今季は病気を見事克服してしかも大活躍をされてます♪
日本ハムは初期の大沢監督の人情味がまだ生きてるんだな−と感じましたね。

日本ハムが現在素晴らしい球団になった裏には高田繁さんの多大な力があったんですね♪
でも特にどこのファンと言う訳ではなくてプロ野球全体のファンなんですが...

みなさんはスポーツ観戦は好きですか?


昭和53年の巨人広島戦の映像


昭和55年オロナミンCのCM

プロ野球

イメージ 1

あー!今日は変な時間に寝てしまい夜中に目が覚めて眠れないのでブログ書いちゃってます...

プロ野球って好きですか?
野球がわからない人にはおもしろくない話ですがお付き合いください。

日本のプロ野球って本当に面白くなくなりましたね...
その第一の理由が魅力のあるスター選手がいない...
本当にプロ野球が面白かった時代は1980年代ぐらいまでだったんじゃないかな?
巨人の衰退とともに人気がなくなっていったように思います。

僕の少年時代は野球はものすごい人気でした。スター選手も数多くいて巨人は負け知らず
毎日ワクワクドキドキしながら見てました。
それに比べて今のプロ野球はスター選手が少なすぎる...
いい選手は大リーグに行ってしまうし。。。

そこで僕が独断で選んだ日本プロ野球70年以上の歴史で好きだった選手ベスト3。
まずは打者から。
1位、高田繁(巨人)功走守3拍子揃った好打者。若い女性に絶大な人気。現在日本ハムのGM
2位、中畑清(巨人)明るくておもしろい。ニックネームが絶好調男!。現在解説者
3位、王貞治(巨人)世界のホームラン王。現在ソフトバンクの監督

そして投手。
1位、江川卓(巨人)怪物と言われすごいピッチャーだった。現在解説者
2位、星野仙一(中日)燃える男と言われ気迫がすごいピッチャーだった。
3位、江夏豊(阪神)素晴らしいコントロールの天才投手。9連続三振の記録を持つ!

好きな監督。
1位、大沢啓二(日本ハム)人情味があり、けど怒るとすごい!乱闘の常連...やくざの親分みたい。
2位、金田正一(ロッテ)こちらも乱闘の常連...前人未到の400勝投手。
3位、広岡達郎(西武)すごいクール...けど逆にそこが魅力だった。

すべて1970−1980年代に活躍してた人ばかりです...

今の選手で選べと言われるとすごく困ってしまうけどとりあえず...
打者。
1位、立浪和義(中日)立浪が高校時代から注目してた選手。
2位、稲葉篤紀(日本ハム)功打者。昨年の日本シリーズMVP
3位、小久保裕紀(ソフトバンク)リーダータイプのホームランバッター。

投手。

1位、川上憲伸(中日)セリーグナンバーワンじゃないかな?
2位、工藤公康(横浜)同い歳だから頑張って欲しい...
3位、田中将大(楽天)将来有望。いいピッチャーになって欲しい。初勝利おめでとう!

すんなり出てきたようだけどすごく考えちゃうぐらい魅力ある選手がいないんですよね.....
これからのプロ野球人気大丈夫なんだろうか?

これ昔巨人が強かった頃の成績...今の巨人と大違い。
1965(昭40) ☆優勝 91 47 2 .659 川上哲治
1966(昭41) ☆優勝 89 41 4 .685 川上哲治
1967(昭42) ☆優勝 84 46 4 .646 川上哲治
1968(昭43) ☆優勝 77 53 4 .592 川上哲治
1969(昭44) ☆優勝 73 51 6 .589 川上哲治
1970(昭45) ☆優勝 79 47 4 .627 川上哲治
1971(昭46) ☆優勝 70 52 8 .574 川上哲治
1972(昭47) ☆優勝 74 52 4 .587 川上哲治
1973(昭48) ☆優勝 66 60 4 .524 川上哲治

☆=日本シリーズ優勝

東京出身だから巨人は嫌いじゃないしむしろ気になる球団なんですけど今の巨人は魅力がなくなってしまった...昔のように素晴らしい球団になる事を心から願います☆

http://www.youtube.com/watch?v=eh42mfHoJ1g(映像)
http://www.youtube.com/watch?v=JbxnzAR__Eo
http://www.youtube.com/watch?v=ltr5n-0Ou_4

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