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せっかく記事を書いたのに誤って消してしまいました... ショック... 2時間もかけて書いたのに... 気を取り直してもう一度書きます♪ 今日は日本の歌謡ポップスの原点でもあるアメリカンポップスの曲♪ 1950年代中頃エルビスプレスリーの出現によりロックンロールと言う音楽が生まれその後続々と色々な音楽が生まれたのですがこのアメリカンポップスも1950年代末〜60年代初期に大流行した音楽です♪ ニールセダカ、ポールアンカ、コニ−フランシス、ブレンダリー、ナンシーシナトラetc... 当時の日本ではこれらのアメリカンポップスを日本語に訳してザ・ピーナッツをはじめ弘田三枝子、伊東ゆかり、森山加代子、坂本九、田代みどりなど多数の歌手がカバーバージョンを歌いヒットさせてました♪ 60〜80年代の日本のアイドルなどが歌ってた歌謡ポップスの原型はこのアメリカンポップスが基盤になってるんです♪ ポニーテールもリーゼントもこの夢多き1950〜60年代の産物です♪ 幼少の頃からアメリカンポップスは母や姉がレコードをたくさん持ってた影響でよく耳にしてました。 本格的に興味をもったのは中学1年生の時にラジオでアメリカンポップスの特集をやっててその曲のメロディーに魅せられました。 そんな数多いアメリカンポップスの中からこの2曲を選んでみました♪ この曲はヘレンシャピロと言う女性シンガーが1961年にヒットさせた曲で日本では弘田三枝子さんをはじめ数多くの歌手が競作してヒットさせてます♪ 個人的に非常に好きな曲で原曲のヘレンシャピロ、弘田三枝子のレコードが家にあります♪ 当時の日本はアメリカの曲を日本語に訳してヒットさせるカバーバージョンが大流行でその先駆けとなったのが渡辺プロダクションでした。 昭和34年〜45年まで11年続いた「ザ・ヒットパレード」と言う番組も渡辺プロの制作です。 今日紹介するのはクレイジーキャッツやザ・ピーナッツ、ザ・ドリフタ−ズなどと同じ渡辺プロ所属のキャンディーズの伊藤蘭さんの「悲しき片想い」 伊藤蘭さんは昭和30年1月13日、東京都武蔵野市吉祥寺の育ちで子供の頃は非常に活発で「鉄人28号」が大好きな女の子だったそうです♪ 父親は公務員と言う家庭で育ちました。 デビュー当時は非常に目立たない存在でどちらかと言うと地味な存在に思えました。 まさか後年キャンディーズで大ブレイクして伝説化していくとは夢にも思いませんでした... 正直、歌唱力はスーちゃん(田中好子)の方が数段上だったように思いますが彼女の持ってる真面目さと言うか雰囲気はリーダー向きなのかなと思いました。 「GOGOキャンディーズ」と言うラジオ番組を毎週楽しみに聴いてたのですがこのラジオではテレビでは見れない素のキャンディーズがわかって楽しかった。 非常にユニークなトークと言うかアイドルが言わないような事も平気で言ってたりして非常に身近な存在に思えたものです。 キャンディーズは歌で頂点にいきましたがもしかしたらエンターテーメント(お笑い)のジャンルでも一流になれたのでは?と思います。 それほど人を惹きつける魅力にあふれてました。 (映像) 数多いアメリカンポップスの中でもベストスリーに入る好きな曲です♪ この曲はコニ−フランシスが1961年に大ヒットさせた曲です♪ 作曲はニールセダカだったかな? 日本では伊東ゆかりさんをはじめ数多くの歌手が競作してヒットさせてます♪ またこの曲は数多くの歌手に多大な影響をあたえたようで古くはザ・ピーナッツ、竹内まりや、八神純子、サザンオールスターズなど数え切れないぐらいいます。 恋する女性のせつない女心?を歌ったとても素敵な曲だと思います♪ 今日は後年、西田ひかるさんが歌ったボーイハント♪ 西田ひかるは昭和47年8月16日、神奈川県藤沢市の出身。 父親の転勤で生後10ヶ月から米カリフォルニア州ロサンゼルスで育つ。 1985年に帰国。 知的で才媛な素敵な女性だと思います。 会社勤めの頃、後輩が西田ひかるの大ファンでよく話しを聞かされました。 63年、日本エアシステム(当時「東亜国内航空」から社名変更。現・日本航空)のキャンペーンガールとしてCM初出演、続いてミュージカル『小公子セディ』の全国公演において主役セディを演じ舞台デビュー。 同年、『フィフティーン』で歌手デビュー。その後、歌手として数々のシングルを発表し、女優としても映画にドラマにと活躍。1990年代前半の代表的なアイドル。 現在は夫婦でカリフォルニアに在住し、仕事の度に帰国。『どっちの料理ショー』、『世界ウルルン滞在記』などのバラエティーやCM、ドラマなどを中心にタレントとして活躍している。 (映像) |

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