国際短波放送情報

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『モンゴルの声』 日本語放送は5月5日,『世界報道自由デーとモンゴルのメディア』 と
題する特別番組を放送した。ナレーションは,新人アナウンサーのジャルガルマーさん
が担当した。番組の概要は次のとおり。
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毎年5月3日は 『世界報道自由デー』 です。
この日に因んで,モンゴルの報道情勢について,ご紹介いたします。

そもそも 『世界報道自由デー』 は,1993年に国連総会が決定しました。
この日は,メディアの独立を妨げる存在から報道活動を守り,職務中に命を落とした
ジャーナリストたちの業績を称えるための日となっています。

モンゴルでは,と言いますと,報道の自由が言われるようになったのは,1990年の
民主化以降です。1990年までは,モンゴルには人々の発言権やメディアの自由は
ありませんでした。少数ながら,活動していた新聞や出版社は,国の厳しい管轄下に
ありました。当時のテレビとラジオ局と言えば,モンゴル国営テレビ・ラジオ局,現在の
モンゴル公共テレビ・ラジオ局だけでした。

そんな社会に疑問を持った若者たちが,1990年に民主化と同時に,モンゴルで
初めての民間新聞社 『アルドチラル』 を起ち上げたのです。『アルドチラル』 とは,
日本語で『民主主義』と言う意味です。国民の声を代表し,意見や発言の自由を
訴えていくと言う想いを込めてつけた名前だと,当時の編集長は話します。
実は,『当時の編集長』と言うのは,現在のモンゴル大統領エルベグドルジさんでした。
そうです,彼も元々ラジオジャーナリストだったのです。

その,6年後の1996年9月,モンゴルで初めて,民間テレビ局 『25番チャンネル』 が
放送を始めました。それから20年近く過ぎた今は,と言うと,現在では,テレビ局は
160局以上,ラジオ局も80局以上と増え,新聞社と出版社は200近くにもなりました。
更に,インターネットを使ったウェブサイトは,60ページ以上まで増えています。

モンゴルで,報道の自由,表現の自由に関する法律が制定されたのは,1998年の
ことです。この法律により,報道の自由が,以前より重視されるようになりました。
この法律には,国家関連機関がメディアを監視したり,管轄下に置いたり,指導したり
することが禁止されました。

しかし,報道人の数が増えると言うことは良いことばかりではないようです。
沢山の情報が入り乱れる社会では,現実と異なった情報や中傷目的,プライバシーに
反する情報も出て来るようになりました。また,『ヤミ契約』 と言って,政治家や有名人と
ジャーナリスト,若しくは編集者が契約を結び,契約相手への中傷や問題記事を世に
出さないと言う手段も出てきているそうです。

更に,政治的宣伝やビジネス目的の報道局も増えています。
報道の自由を研究している,NGO団体の調査によりますと,モンゴルのジャーナリスト
の大半は,誰かの主導の下,若しくは個人が金銭目的のための記事を書いていると
いう結果が出ています。最近では,政治家が絡んでいないテレビ局や新聞社はないと
言われるまでになっています。
このような情勢について,アルドチラル新聞設立者の一人,クランダさんは,

  報道の世界だけではなく,現在のモンゴルは全ての分野において政治家の影響が
  とても強いように思えます。報道と言う世界は,どこの国でも,大きな権力と影響力
  を持っています。国が発展するかどうかも,メディアの報道ひとつで,大きく変わる
  こともあります。

  報道者の数が増えると言うことは,競争率も激しくなると言うことです。現在のモン
  ゴルのメディアは,次代の流れとともに,大きな変化の中にいると思います。
  最近は,フェイスブックやツイッターと言ったソーシャルメディア,つまり,プロの
  ジャーナリストではないところからの情報も,手に入れることが出来るような時代
  になりました。

  このような時代に,報道の本当の価値を見出すには,現実をしっかりと伝えること
  と正義感を持ち続けることしかないでしょう。正義感を持たない報道陣は,やがて,
  必要とされなくなるはずです。
  何より視聴者やリスナーの方々も,情報の質をしっかりと見極める力が付いて行く
  のです。これが,私たちの望んだ民主主義社会なのです。

と,このように述べています。

ここで,一息入れて,『世界報道自由デー』 に因んでお送りする曲は,『万年筆』 という
歌です。

モンゴルのジャーナリストたちが,報道の自由と正義感を忘れないために,自分たちで
歌った歌です。
意味を簡単に紹介しますと,
  現実を言葉にし,万年筆で文字にする。
  愛の歌があっても,悪の手があっても,愛する国のために,万年筆を片手に,
  愛する国の未来のために,愛する国の発展のために,勇気を持って,この身
  を捧げる。
となっています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 『万年筆』 が流れる ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
それでは,番組に戻りましょう。
モンゴル公共ラジオ局番組制作管理部長で,報道人生30年のベテランジャーナリスト
のバイグラマさんに,モンゴルの報道情勢について,お話をお伺いすることが出来ました。

  メディアに関する法律が決定されて以来,それまで,報道の自由に制限があった
  報道人は,自由を手に入れ,様々な分野のニュースを世に出してきました。
  どこかの政党を異常なまでに褒めたり,若しくは中傷的な情報を世に出してきた
  場合もあります。しかし,そこにジャーナリズムがなかったわけではないと思います。
  90年まで,我慢することしかできなかったモンゴル報道人にとって,勇気を持って,
  現実を伝えるようになったのです。

  永年,メディアの仕事をしてきた私には,今のモンゴルに2種類の報道人がいるよう
  に思います。仮に,一人の政治家の汚職を暴くニュースがあったとしましょう。
  ジャーナリストによっては,報道すると言うよりも,情報を売り買いしたり,その政治家
  を脅したりすることで,収入を得る場合があります。

  一方,情報を暴露することによって,ジャーナリスト生命が問われたり,政治的圧力で,
  家族が危ない目に遭うことがあります。
  もちろん,その場合は,報道の自由法で守られますが,実際,目に見えない圧力が
  ないとは言えません。

  このように,報道の自由法というバリアに頼り過ぎたメディア人の人徳を問われるよう
  になっているのは間違いありません。
  しかし,このような状況も,やがてはなくなるでしょう。

  民主化後の混乱した社会情勢も,落ち着きを取り戻しいる今,物事を冷静に判断して
  行かなければいけない時代になりました。
  そんな時代だからこそ,モンゴルジャーナリズムの向上のため,私たちは頑張ります。

と語りました。

このように,モンゴルでは,改善されなければならない問題は沢山ありますが,今年の
『世界の報道自由度ランキング』 では,モンゴルは前年度の98位より10ランク上がり,
88位になりました。これは,私たち,メディア人としては,とても嬉しい情報です。

きょうは,『世界報道自由デーとモンゴルのメディア』 について,お伝えしました。
皆さん,きょうは,有難うございました。次の番組まで,さようなら。

『モンゴルの声』 日本語放送のホームページは次のとおり。
http://jp.vom.mn/

( 当ブログ 『世界の報道自由度ランキング』 関連記事 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/33674420.html


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