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帰国便の出発時刻13時10分から5時間以上も待たされて、揚げ句の果てに、ホテルに
一泊して、翌朝、11時に出発することになった。
機外に出て、スーツケースを返してもらい、数時間前に出国手続きをしたばかりなのに、
再び入国手続きをし、航空会社が用意したバスに乗って、ホテルに向かうことになった。
そう言った全体像は、機長のアナウンスで解っていたが、具体的なことは全く聞き取れて
いないので、同じ便の乗客の後ろについて歩き出した。ところが、彼らも足早に歩くので、
見失ってしまった。
入国手続きのラインに並んでいると、彼も同じ便に乗っていたなぁと思われる青年の姿が、
隣りのラインに見えたので、「香港行きの便に乗っていた方ですか?」 と尋ねると、「そうだ」
と言う。
「荷物を受けとるコンベアの番号、バスに乗る場所、ホテルの名前を教えてほしい」 と
頼むと、彼はスマホを取り出して、見せてくれた。航空会社のサイトで遅延トラブルの対応に
ついて告知されている。その情報を書きとった。本当に助かった。そして、スマホの必要性を
改めて知るところとなった。
入国手続きの順番を待っていると、われわれの後ろに並んでいる女性が 「本当に参ったなあ」
と日本語で独り言を言っているのが聞こえた。「日本の方ですか」 と尋ねると、「中国です」 と
いう。日本語の上手い彼女は、大阪でビジネスをしているので、香港経由で関西国際空港に飛ぶ
のだという。彼女も、この日のトラブルに関する、全ての情報を把握している模様だったので、
われわれを一緒に連れて行ってくれるように頼んだ。
正に、「旅は道連れ、世は情け」 である。
再び入国のスタンプを押してもらい、スーツケースを返してもらうため、コンベアのラインに
並んで待っていると、連れ合いが 「旅行日記のノートを、座席前のポケットに忘れてきた」 と
いう。
急いで、搭乗していた機体に戻ったが、ドアが締められて、係員の姿も見えず、機内に入ることは
出来ない。「遺失物案内」のデスクを探そうと思い、一旦、コンベアのところに戻った。
幸い、その近くに、航空会社の案内デスクがあり、年配の男性スタッフと2人の若い女性スタッフが
座っていたので、座席番号と事情を話すと、男性スタッフが、われわれが飛ぼうとしていた飛行機の
機内を清掃しているスタッフに電話を掛けてくれた。
彼が、座席番号を伝えると、清掃スタッフは直ぐに確認してくれて、「青色の小さいノートか?」 と
問い返してきたようだ。彼は私に 「青色の小さいノートか?」 と言うので、「そうです!」 と答え
ると、「見つかった。直ぐ、持ってきてくれるから、ここで待っていなさい」 と、悲しみ、慌てている
われわれ夫婦を諭すように、慰めてくれた。
こんな遣り取りをしている間に、降ろされた乗客たちは、皆んなスーツケースを受けとり、ホテル行き
のバス停に行ってしまい、われわれ夫婦と、一緒に連れて行ってくれるよう頼んだ中国人の女性客だけ
が取り残されてしまった。
彼女に申し訳ないので、ホテル行きのバス停は 「17番」 であることを確認し、ホテルの名前を念押し
して、彼女には先に行ってもらうことにした。
30分ほどして、ようやく、遺失物担当のスタッフがやって来た。
彼女が持っている段ボール箱は、様々な遺失物でいっぱいである。こんなに忘れ物が多いのかと驚く。
一番上に、わが連れ合いの「旅行日記」 のノートが載っている。
われわれが大きく息を吐いて、ホッとした表情をすると、航空会社のスタッフは皆んな、「良かったね」
と言って、ほほ笑んだ。彼らに何回も礼を言って、その場を離れた。
スーツケースを引いて、小走りに、「17番」のバス停を目指したが、これが、また、外国の特徴と言うか、
われわれの常識を超える。15、16、17、18と続くものと思いきや、17だけが、とんでもない外れ
のところにあった。
何人かの人たちに尋ねながら、ようやく「17番」のバス停にたどり着いたが、ホテル行きのチャーター
バスが遅れているようで、多くの乗客が、夕刻の冷え込みが強くなってくる中、待ちくたびれていた。
われわれもすっかり疲れたが、これでバスに乗って、ホテルに行くことができ。一安心である。
( オランダ旅行記 一覧 )
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1142583.html?m=l
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