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HCJB日本語放送 [アンデスの声] 50周年記念集会では,BCLにとっては
本当に懐かしいお顔を拝することが出来た。PBA (太平洋放送協会) の関係
者,KTWR 『太平洋の声』 のアナンサーたちである。
◆ 中川信義さんは祝賀スピーチの中で,『HCJB日本語放送50周年をお祝い
するとともに,今後とも,尾崎さんが,温かいお人柄で,福音を電波に乗せて,
リスナーに届けていただきたい』 と述べた。
◆ 渡辺時子さんは,数日前に身内の不幸があり,疲れから体調不良のところ,
お粥で体力を繋ぎながらお祝いに駆け付けた。『太平洋の声』 時代を彷彿と
させる,落ち着きのある声で,尾崎さん宛に届いた祝電を披露した。
◆ 慶田菜穂子さん (現姓・北上) は,CGNTVの記者兼カメラマンとして,記念集会
の模様を取材した。その颯爽と動き回る姿に,どこのジャーナリストかと関心を
持ったが,あの慶田さんだった。記念集会がお開きとなった後,数人のリスナー
にインタビューした。
記憶が薄れてしまったため,帰宅後,様々な資料を掘り起こして,記憶を辿って
みた。PBAは,かつてはグアム島のKTWRから日本語番組の 『太平洋の声』
を放送していた。
◆ 中川さんには2004年,当時放送されていた 『しのぴろの “教えてBCL”』 の
制作責任者であったことから,収録日程の調整等のため,初めてお会いした。
◆ 渡辺さんからは,BCLを再開した年,1994年4月の受信報告に対してベリ
カードをいただいたが,カードには受信データの他,『はじめまして。これから
も,よろしくお願いします。渡辺時子』 というコメントが,伸び伸びとした文字で
付記されていた。(上記,上段画像)
◆ 旧姓・慶田さんからは,2000年にバースデーカードを送っていただいた。
当時は,スタッフの遊び心から 『BCL村』 というものが作られ,リスナーが
『村民登録』 をしていた。このバースデーカードは,BCL村郵便局で投函され,
発信者として 『村長 : 北上,局長 : K田』 のサインが見て取れる。
(上記,下段右画像)
KTWR 『太平洋の声』 は,リスナーに惜しまれながら,2007年3月に日本語
放送を休止した。
同局のベリカードには,グアムKTWRが他言語リスナーの受信報告にも応えら
れるように,同局のアンテナサイトや送信設備の写真をデザインしたものの他,
PBAが日本語放送専用に特製したものもあった。その中で最もユニークなカード
は,グアム島で行われた市民マラソンで,『太平洋の声』 のスタッフが完走した
時のものであろう。(上記,下段左画像)
※ 尾崎一夫さんの 『ふるさと訪問日程』 は次のとおり。
http://japanese.hcjb.org/SW_Schedule/2013Japan_Schedule.pdf
※ HCJB日本語放送のホームページは次のとおり。
http://japanese.hcjb.org/
※ HCJB日本語放送 [アンデスの声] 50周年記念集会の記事一覧
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/879687.html?m=l
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