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セビーリャの南12kmのところに,コリア・デル・リオという小さな町がある。
路線バスは,われわれを含めて7〜8人の乗客を乗せて,様々な村落を
経由して,50分ほどで到着する。車窓からはスペイン南部の農村風景を
楽しむことができる。
伊達正宗の命を受けた支倉常長を中心とする慶長遣欧使節がローマに向かう
途中,スペイン国王に拝謁するため,1614年10月に,この街に立ち寄ったと
いう。
そのような縁から,1992年の慶長遣欧使節団渡航380年記念事業により,
宮城県からコリア・デル・リオの町に支倉常長の銅像が贈られた。
この銅像は,川沿いの公園に静かに建っている。
そのことを,ガイドブックの小さな囲み記事で知り,彼の銅像を訪ねてみよう
と思い立った。
終点でバスを降りたものの,方向が全くわからない。ウロウロしていると,
ちょうど,巡回中の若い男女の警察官が通りかかったので,『支倉の銅像は
どちらですか』 と尋ねたところ,『この道を真っ直ぐ行けば良い』 と指差して
くれた。
ところが,行けども,行けども,たどり着けない。
途中,歩道で立ち話をしているオバちゃん連中に,尋ねてみた。
すると,貫録のある,ひとりのオバちゃんが,『オーッ,ハセク〜ラ!』 と言って,
連れ合いの手を引っ張って歩き出した。1ブロック歩いたところで,『あっちだ』
と教えてくれたので,お礼を言って,そこで別れた。
教えてもらったとおり歩いても,未だ分からない。
今度は,向こうから,颯爽と歩いてきた女性に尋ねてみた。
この女性も親切で,われわれと一緒に,大きな通りに出るまで,歩いてくれた。
そして,『あの角を,左に入ったところだ』 と教えてくれた。
この街の人々は,皆んな,『ハセクラ』 を知っているのだ。
多くの人たちの親切によって,ようやく支倉常長の銅像に達することができた。
帰国後,インターネットで関連情報を調べてみると,この銅像が落書きなどで汚さ
れているとの情報に接した。この銅像を贈った宮城県の担当部署と関連サイトの
主宰者に,現在は綺麗になっていることを,写真を添付して知らせたが,現時点
までに何の反応もない。
しかし,ご自身のホームページで支倉常長のことを書いておられた,元宮城県知事
の浅野史郎先生に 『ネットで,支倉常長の銅像が汚されているとの情報に接したが,
現在は綺麗に維持されている』 と知らせたところ,多忙にも拘らず,直ぐにお礼の
返信メールをいただいた。
これも,一つの旅の想い出となった。
( 『スペイン旅行記』 タイトル一覧 )
http://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1045214.html?m=l
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