国際短波放送情報

海外からの日本語短波放送を中心に、メディア関連の様々な話題を紹介します

アッピア街道、ポンペイ旅行記

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

イメージ 1

ポンペイの遺跡を全て観て回ろうとしたら、いくら時間があっても足りないくらいである。
われわれがポンペイを訪ねた日は、朝の出発から、乗るべき電車を間違えてしまい、ほぼ
2時間のロスを生じたため、見学の時間が足りなくなり、もっと観たい遺跡が幾つかあった
が、入場する時に預けたリュックサックは16時45分までに返却してもらわなければなら
ないこともあり、それ以上の遺跡の見学は諦めざるを得なかった。

「時間切れ、アウト!」 で、観ることができず、心残りの遺跡が二つある。
円形闘技場と、遺跡の壁に描かれた様々な広告の跡である。

円形闘技場は、紀元前80年頃に建設されたが、ポンペイの全市民2万人が集まると予想され
たことから、混雑を避けるために、町外れに置かれたのだという。古代ローマの円形闘技場と
しては最古の部類に入るらしい。ローマのコロッセオよりも迫力があるという人もいる。
残念ながら、ポンペイの町外れまで行く時間がなくなった。

もう一つの、遺跡の壁に描かれた 「広告」 の跡は、広告批評家でコラムニストの天野祐吉さん
が、以前、ラジオの番組で紹介されるのを、わが連れ合いが聴いていて、ポンペイを訪ねること
があれば、ぜひ観たいと思っていた。幾つかのガイドブックを読んでみたが、その広告の跡の
位置を確認することができず、探している時間もなく、これも諦めてしまった。
http://amano.blog.so-net.ne.jp/2009-06-10

後ろ髪を引かれる想いで、ポンペイの遺跡を離れた。
ガイドブックやリーフレットに載っている有名な遺跡も然ることながら、ポンペイの街に入って
最初に見た 「これがポンペイだ!」 と言った風景 (左) に強烈な印象を受け、2000年前の
人々が行き交ったであろうポンペイの街路で見た、晩秋の午後の陽が映す遺跡の長い影 (右)
の、どことなくもの悲しい風景が強く印象に残っていて、この二つの風景が脳裏を離れない。

( アッピア街道、ポンペイ旅行記 一覧 )
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1139574.html?m=l

イメージ 1

ポンペイの遺跡を回っていると、ガイドブックには載っていなくても、レストランか食料品店
だったのかなと思われる遺跡に出会うことがしばしばである。上記画像の遺跡は、パン屋さん
ではなかったかと推察した。石臼のようなものやカマドの跡と思われるものが見える。

ガイドブックによれば、ポンペイの裕福な市民は豪邸に住み、そこには台所や食堂があったが、
庶民が住む住宅には台所がなく、普通の人々はお店で外食することになり、そこで出来立ての
温かい料理を食べていたようだと解説されている。

( アッピア街道、ポンペイ旅行記 一覧 )
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1139574.html?m=l

イメージ 1

「スタビアの浴場」 と呼ばれているところに入ってみた。
このような石造りの遺跡を一見して、直ちに 「浴場」 を連想することは難しいが、
ガイドブックでは、次のように解説されている。
  施設には脱衣場があり、それに続く低温の浴室、更に中温の浴室、最後に高温の
  浴室が備わっていた。暖房は、壁の中の配管を通じて巡り、床面も二重の構造で
  窯から来る熱い空気と移動可能な火鉢によって暖められていた。
  男性用と女性用は区別されていて、それは、古代世界では一般的なことであった。
  スタビアの浴場の起源は前2世紀まで遡ることができ、古代ローマ世界のうちで
  最も古い浴場の一つに数えられる。

こう言った形で解説されると、ポンペイで暮らしていた人々の生活が、何となく目に浮かんで
くるように思われた。

( アッピア街道、ポンペイ旅行記 一覧 )
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1139574.html?m=l

イメージ 1

ポンペイ遺跡は、ガイドブックを持って行っても、しっかりと予習をして行かないと、
後悔することになる。私も、その一人で、旅行から帰ってきて、このブログを書くために
旅行を想い出しながら、復習をするにしたがって、後悔することばかりである。

ポンペイ遺跡を見学していて、高校生の修学旅行の団体や日本人観光客のグループに
何回か出会った。高校生の団体では、添乗員と日本人のガイドさんが案内していたが、
大人のグループでは日本人のガイドさんが付いている場合と、外人のガイドさんが英語
で解説し、その内容を日本人のガイドさんが通訳している場合があった。

ガイドさんの日本語による解説が聞こえてくると、タダで日本語の解説を聴くのは、盗み
聞きしていることになりかねず、決して良いことではないと思いつつ、日本語が懐かしく
思い始めている頃だと、つい、そちらに聞き入ってしまう。グループ後方の、少し離れた
ところで日本語の解説を聴いていると、ガイドブックには書いていないことも、いろいろと
解説されているので、「そうだったのか」 と驚き、より理解を深めることができる。

ずうっと追いかけて行くわけではないので、ちょっとだけ耳を傾ける程度は許してもらえる
だろうと甘えた。

( アッピア街道、ポンペイ旅行記 一覧 )
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1139574.html?m=l

イメージ 1

ポンペイ遺跡の中には、大劇場と小劇場が幾つかある。
リーフレットには、次のような解説が載っている。
これらの円形劇場は、古代ローマ時代で知られたものの中で最も古い劇場である。
紀元前70年、ポンペイがローマの植民都市となってから間もなく、建造された。
劇場にはポンペイの住人だけでなく、周辺の沿岸地域からやってくる観客2万人を
収容することができた。
劇場の建物は町の中心を外れた位置に建てられ、大勢の観客の移動を容易にするよう
工夫されていた。外部に取り付けられた二重の階段によって上層の階へ行けるように
設計され、一方、下りのスロープによって下層階への移動ができるようになっていた。

大劇場 (上記画像) に入って、観客席の上を見上げると、すり鉢の底にいるような感じ
になる。一番上の客席まで上って、下を見渡している人が見えたが、良い眺めだろうなあと
思われた。残念ながら、われわれはそこまで上っていく元気がないので、諦めた。

大劇場は、舞台の高さが数メートル、舞台下にはオーケストラボックスがあり、悲劇や喜劇
などが上演されたという。
大劇場と隣り合わせで、「オデオン座」 と呼ばれる小劇場がある。ここは、音楽会のほか、
政治の集会などにも使用されたという。

( アッピア街道、ポンペイ旅行記 一覧 )
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1139574.html?m=l


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事