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プサン旅行記

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朝鮮通信使歴史館に行くには地下鉄か路線バスを利用することと、ガイドブックに書いてあるが、
調べてみると地下鉄の最寄り駅からは、かなり歩くことになりそうなので、プサン駅からバスに
乗ることにした。路線バスは3本ほど通ることになっているので、最初にやって来たバスに乗った。

ところが、このバスはバス停をどんどん通過してしまう。急行バスに乗ってしまったようで、本当に
通信使歴史館の近くで停まるのかどうか不安がよぎったが、心配し始めた頃、車内には最初のバス停
のアナウンスが流れた。
その発音が、降りるバス停の名前に聞こえたので、念のため、連れ合いが、隣の席に座っている子供
連れの母親にガイドブックを見せながら「朝鮮通信使歴史館ですか?」と尋ねると、「そう、そう」と
うなずいてくれた。何と、急行バスに乗って、ワンストップで目的地に着くことが出来たのだった。

朝鮮通信使歴史館は、高層マンション群に囲まれた、小高い丘の麓にあり、想像していたほどの規模の
建物ではない。しかし、館内には、朝鮮通信使の歴史を解説するパネルや通信使を乗せた板屋船の模型
など、様々な資料が展示されている。

館内でもらったリーフレットには、次のように解説されている。
通信使は、朝鮮国王が徳川幕府の将軍の代替わりや慶事の際、幕府の要請により派遣した公式の外交使節
であり、信頼を基に築かれた朝鮮と日本両国の平和的外交関係を象徴している。
派遣手続きは、日本で新しい幕府将軍の承襲が決まると、対馬島主は幕府から命を受けて通信使請來差倭を
朝鮮に派遣した。
これにより朝鮮朝廷は、3人以下の中央管理から正使、副使、書状官を任命し、300〜500人からなる
使節団を編成した。道程は漢陽を出発してから釜山までは陸路で、その以降、釜山からは対馬島主の案内で
海路で対馬島を経て下関を通り、各藩の持て成しを受けながら大阪の淀浦に上陸した。それから陸路で京都
に着いた。朝鮮前期には、そこに将軍がいたため、京都が最終目的地であったが、朝鮮後期には将軍が江戸
へ移住したため、目的地は江戸となった。

なお、朝鮮通信使関に関連する記録物、全111件333点 (韓国63件124件、日本48件209点)
は、2017年に 「ユネスコ世界記憶遺産」 に日韓共同で登録された。

朝鮮通信使歴史館については、次のサイトで詳細が紹介されている。
https://www.busannavi.jp/spot/10107

(プサン旅行記一覧)
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1145397.html?m=l

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現在、「臨時首都記念館」 と呼ばれている建物は、日本の植民地だった時代の1926年に
慶尚南道の道知事官邸として建てられたが、朝鮮戦争の勃発により、1950年代には臨時
の首都がプサンに置かれたことから、この建物は 「大統領官邸」 として使われた。当時の
イ・スンマン (李承晩) 大統領が使用した応接室、書斎、寝室などが再現されている。

地下鉄の駅を出ると、街灯の支柱に 「臨時首都記念館」 のサインが見えた。
各所のサインを頼りに、坂道を歩いて行くと、広い公園のようなものがあって、漸く記念館に
辿り着いたと思われた。
ところが、われわれの後ろを歩いて来た、中年の女性から、日本語で声を掛けられた。「ここは
駐車場です。臨時首都記念館は、もう少し先。私も行くから案内します」 という。

歩きながら、彼女と話していると、彼女はボランティアで記念館の案内役を務めているという。
記念館に到着したので、「案内していただき、有難うございます」 とお礼を言って、後は、自分
たちだけで見学を始めようと思った。

すると、彼女は、朝鮮戦争のこと、イ・スンマン大統領のこと、現在の韓国の政治状況、南北関係、
日韓関係など、韓国を取り巻く様々な状況を解説し始めた。われわれも、歴史上の出来事については
少しだけ知識は持ち合わせているつもりなので、相槌を打ちながら聴いていたが、細部にわたる事柄は
知らないことも多い。

私が、短波放送で、毎日、KBSの日本語番組を聴いていること、韓国が好きで何回も旅行に来ている
ことを話すと、驚いた様子だった。
日韓の歴史を振り返れば、日本が反省すべき点もあるが、政治レベルでの問題解決には時間がかかる
と思うので、旅行やラジオを聴くことなどによって、先ずは、日韓の 「普通の人々」 が相互理解を進めて
いくことが必要だと思っていると、日頃考えている持論を展開したところ、彼女も同意してくれた。

また、彼女の話によれば、前日の夕方のテレビニュースで、この 「臨時首都記念館」 が紹介されたので、
この日は来館者が多いのだという。大人の見学者も多いが、先生に引率された小中学生のグループが
目立った。
彼らは、館内に再現された展示物にはあまり関心がないようで、学習室で上映されている 「臨時の首都
釜山、千日の歴史」 というタイトルのDVD映像を喰い入るように観ていたのが印象に残った。

彼らが学習室を去った後、われわれは音声を日本語に切り替えて、DVD映像を観た。
朝鮮戦争の時代の苦難の様子が記録されていて、大変興味深い映像である。

「臨時首都記念館」 については、次のサイトで詳細を知ることができる。
https://jbit.bufs.ac.kr/~web01d/임시수도기념관.html

(プサン旅行記一覧)
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1145397.html?m=l

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プサンの街で地下鉄に乗ったところ、その車両は 「女性専用車輌」 で、ビックリした。
幸いと言うか、偶々われわれが乗った時間帯は、指定時間外だったので、男性客も座って
いて、ホッとした。

車輛のガラス窓にも、ドアにも、「女性専用車輌」 であることを示すステッカーがいっぱい
貼ってあったので、車内の様子を写真に収めようと思ったが、撮影するのを思い留まった。
乗客が写ってしまうと、プライバシー侵害となる虞れがあったためである。

それでも、このステッカーを撮っておきたいと思い、電車を降りた後、ホームドアにピンク色
の紙が貼ってあるのを一枚だけ撮った。(上記画像)

日本では、最近、「女性専用車輌」 は逆差別だとの意見が表面化して、その是非が話題となって
いるが、韓国ではいつ頃から 「女性専用車輌」 が導入されたのであろうか、その時に賛否の議論
が起きなかったのだろうか。
ネット検索すると、次のような報道記事が現れた。やはり、賛否の議論はあったようだ。
https://japanese.joins.com/article/j_article.php?aid=217406&servcode=400§code=400

(プサン旅行記一覧)
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1145397.html?m=l

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テグから新幹線KTXに乗って、プサンに戻ったときには、夕刻6時を回っていた。
大きなショッピングバッグに入った 「韓国のり」 をホテルに置いて、夕食を食べるため
街中に出た。
いろいろな店の店頭のサンプルを眺めながら、決め兼ねているうちに、小さな店の看板に
様々なチキンの写真があり、美味しそうに見えた。チキンなら、日本のものと同じだろう、
われわれも食べられるだろうと思い、苦手の辛い香辛料が入っていないことを願って、店内
に入った。

テーブルは6卓だけで、20人ほどが入ることのできる小さな店で、若いお母さんが取り
仕切っていた。隅のテーブルには5〜6歳と見える息子がスマホでゲームを楽しんでいた。
奥の調理場では、彼女の母親と思われる女性が、チキンを料理していた。家族が皆んなが
一緒になって、店を営業しているのであろう。

メニューに載っている写真を指しながら、ビールとチキンを頼んだ。
初めに、ビールと大根の甘酢漬けと海老煎が出てきた。これで、先ずは乾杯である。
ビールが1本空いたころになって、山盛りのチキンが出てきた。味も絶妙で、これで
ご飯を食べたら美味しいだろうなあと思い、2人分を頼むと、ステンレス茶碗に入った
ご飯が出てきた。大根の甘酢漬けも、お代わりを頼んだ。
チキンとご飯だけでなく、大根の甘酢漬けとの取り合わせが抜群である。「これぞ、韓国」
である。ビールを3本空けた頃には、満腹となってしまった。

チキンとご飯と大根の甘酢漬けで 「幸せいっぱい」 の気分になり、写真を撮るのを忘れて
しまった。上の写真は、かなり食べてしまった後のもので、残念である。

最初は、店内はわれわれだけだったが、間もなく、男女4人のグループが入って来た。
彼らは何を頼むのだろうと思い、ちらちら横を眺めていると、やはりビールを頼んだ。そして、
横の冷蔵庫に入っているビールと大根の甘酢漬けを、勝手に取り出してきた。どうやら、彼らは、
この店の常連客と思われた。
そう言えば、以前、テグの街で入った焼き肉屋では、われわれも地元の人たちに倣って、自分で
勝手に冷蔵庫からビールを持ち出して飲んだことがあった。
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/35324220.html

彼らは、料理は、われわれと同じように、チキンの山盛りを頼んだようだ。話が盛り上がってくる
に従って、一人の男性客は、飲み物をビールから焼酎に変えたようだ。それからは、皆んなで
ワイワイ・ガヤガヤとなった。私もサラリーマン時代はこうだったなあと、懐かしさも込上げてきた。

チキンとビールの取り合わせで、もう一つ、ふと想い出した。
かなり前になるが、韓国KBSの日本語放送を聴いていたら、日本では 「枝豆で、ビール」 が多い
けれども、韓国では 「チキンで、ビール」 と言うことが多いという話題を紹介していた。
あの番組を想い出し、思わぬところで 「韓国社会」 を実感した。

(プサン旅行記一覧)
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1145397.html?m=l

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テグの街の午後、地下鉄の駅から地上に出ると、既に雨は上がり、青空も見えていた。
歩道のイチョウの葉は、黄色と言うよりは金色に近く、正に 「錦秋のテグ」 の趣きである。

目指すは、ホームセンター "Home plus" である。韓国の土産を買うためである。
店の位置は、ネットで事前にチェック済みで、略図をメモして行ったのだが、地下鉄の出口を
間違ってしまったようだ。出口を出れば、直ぐ見えるはずの 「大通りの十字路」 が見えない。
ウロウロしながら、探しているところに、若者のグループが向こうからきたので、リーダー格の
青年に、英語で 「Home plus は、どちらの方向ですか」 と尋ねると、「私たちも Home plus
に行くところです」 というので、一緒に連れて行ってもらうことにした。

彼と女性3人のグループで、みんな普段着姿だったので、「皆さんは学生さんですか」 と尋ねると、
彼は 「プサンに住んでいる学生で、テグには遊びに来ました。あなた方はどちらからですか」 と
いう。「東京です。われわれも観光でプサンに滞在中ですが、テグに遊びに来たんです」 と答えた。
すると、彼は日本語で話し始めた。

彼は、日本が大好きで、2回ほど旅行したことがあるという。
そして、京都の祭りは素晴らしい、甘いものが好きで、日本の餡子は美味しい、韓国にも餡子はあるが、
日本の餡子は格別だなどと話しながら、われわれを案内してくれた。彼の話す日本語は正確で、独学で
覚えたのだという。

われわれが「韓国の人たちは、皆んな親切にしてくれるので、旅行者は本当に助かります」 というと、
彼も 「日本を旅行中に出会った日本の人たちも、皆んな親切にしてくれましたよ」 と返し、「韓国の人
は、外国の人には親切にするが、韓国の人には親切にしないことがある」 とも言う。彼の本音かどうか
わからないが、何処も自国民には厳しい見方をするものなのかも知れないと思われた。
テグの街で出会った、「小さな国際交流」 であった。

(プサン旅行記一覧)
https://blogs.yahoo.co.jp/swl_information/folder/1145397.html?m=l

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