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今日、父の納骨に行った。
11月4日 享年67歳
食道癌
父は唯物論者だった。「死んだら灰になるだけ。」元気な頃からずっと言っていた。
そして、実際そんな生き方をしていた。
父は極道者だった。
金持ちの子が行く幼稚園に通っていた時、私は父親参観で父の仕事はマージャンだと言ったらしい。
この時、このままではダメだと思ったという。
そしてサラリーマンになった。
アスベストを扱った会社だった。
定年退職をした人たちは、皆65歳を迎えず死んでいく。
そして父も癌を発症した。
父の死を意識した。
私はその時が来たらどういう精神状態になるのだろうと不安に思った。
東大寺へ父が苦しまないよう祈願に行った。
その日は功徳日だった。
仏教の本を読み、死に関する本も買ったがこれは読む気が起こらなかった。
私は私なりに死別に対する気持ちの準備を始めていた。
私は唯識論を信じた。
最期の入院では、唯物論者の父の様子が変化してきた。
10月に父の母が亡くなった。
その日の朝、病院の父の元へ光がやって来たという。
そして父は自分の母親の死を知った。
祖母の葬儀の日に父は最期の退院をした。
最後の時間を父は再婚した女性(私の義母)と家で過ごした。
聞き取りにくい声で一人でしゃべる事が多くなった。
黒い人がやってくるという。
私が話しかけると「分かってる。だけど色々と段取りがあるやろ。」と言った。
私の話しかけた内容と全然違う返答が帰ってきた。
私と話していないようだった。あるいは黒い人と話したのかもしれない。
いずれ来るその時の整理を、また準備をしているような感じだった。
ある日私は父に「帰るわ。」と声を掛けた。
すると「今度いつ会えるか分からんから。」と言って、握手を求めてきた。
父が私に握手を求めてきたのは人生で初めてだった。
翌朝、父は亡くなった。祖母の死から2週間後だった。
病院で看護士や医師にバタバタと囲まれて逝くのではなく、家で好きなった女性にだけ看取られ逝った。良い最後だったと思う。
私は寂しかったが、悲しくなかった。どちらかと言うと落ち着いた気持ちだった。
今度いつ会えるか分からんから・・・この言葉は、もう会えないかもしれないから・・・とは全然違う。
父は今度会うことを前提にした言葉を遺してくれた。
この言葉を聞いて私は、輪廻転生を確信した。
皆は泣いたが、私は泣かなかった。そのため妹は私のことを冷たいと言った。
しかし、それは輪廻転生を信じる事が出来たからなんだ。
納骨で骨壷を渡した時、唯識論者の私でもなんだか少し寂しかった。
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