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今日も宝山寺参りをしてきました。
病み上がりのせいか、今日はしんどかったです。
現在、宝山寺では獅子閣というものが公開されています。
明治15年の建造です。
漆喰の白壁があまりにも美しい白です。
とても明治15年からのものとは思えませんが、当時のままの白壁だそうです。
洋と和が非常にうまく融合している建物です。
内装は見事な和。
しかし、ガラス窓は一転して洋です。
赤いガラス窓から外を眺めると、夏の景色。
青から眺めると冬の景色。
緑から眺めると春の景色。
オレンジから眺めると秋の景色になるのだそうです。
窓からのこの景色が色ガラスによって色々と変化し、当時の人たちはその変化を楽しんでいたのですね。
裏には茶室。
これまた見事な風景。
玄関前にはこんなものが迎えてくれます。
大きな自然石をほとんど加工せず、そのまま使ってるようです。これ相当大きいです。
横は2m以上ありそうです。
宝山寺を楽しんだ帰り、いつもすれ違う小太りのお爺さんと今日もすれ違いました。
このお爺さんと少し話してショックをうけました。
「あーー!えらいですね。」 (しんどいですね。の意味)とお爺さん。
「もう少しですよ。」と私。
するとお爺さんは、「いやいや、私はここには寄りません。 石切まで行くんです。」と・・・
なんと、私は勝手にこのお爺さんは、宝山寺にお参りに行くのだと思っていたのですが、山向こうの石切神社までいくみたいです。
驚きました。
生駒山は標高642m。 宝山寺は標高360m。まだまだ登って、山向こうの麓の石切神社まで毎週行っているとは・・・
帰りは電車だそうです。
宝山寺に毎日参拝している、杖をついたおばあちゃんといい、このお爺さんといい、凄いです。
我々も負けてられませんね。
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平城遷都1300年〜
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さて、奈良観光お勧めプランその2は、二泊三日バージョン。
とはいえ、一泊二日バージョンに三日目を加えればよいだけ。。。
三日目に行く前に、二日目に帰らなければ良いなら、少ーし時間があるので法隆寺、中宮寺の後にもう一軒!
いや、もう2軒!
3、法輪寺
法隆寺から北へ1km 三井寺とも呼ばれる。
聖徳太子の病気平癒を願い子の山背大兄王が622年に建立。
飛鳥時代からの貴重な仏像が間近に鑑賞できる。薬師如来坐像、伝虚空蔵菩薩立像、吉祥天立像、地蔵菩薩立像、十一面観音立像(いずれも重文)
4、法起寺
法輪寺からさらに東へ行くと、三重塔(国宝)が見える。これが法起寺の現存する最古の三重塔である。世界遺産でもある。
さて、奈良は商売っ気が少ないのか夜が早い。
交通の便も悪いので観光客を根こそぎ京都に持っていかれる。
京都がカラー写真だとすれば、奈良は白黒写真だと思う。
京都の風景は色鮮やかだ。それは、建物が奈良に比べると新しいので色が残っている。それに比べ奈良の建物は古くて、色が残っているものはほとんどない。
三日目に向かうべく飛鳥は平城京よりさらに古い。
まず建物そのものが残っていない。
したがって飛鳥は里山風景を楽しむ。
しかし、それが日本人の原風景といわれる。
三日目 飛鳥 近鉄奈良駅から近鉄飛鳥駅 約1時間 片道560円
飛鳥を散策するにはレンタサイクル
飛鳥駅→高松塚古墳→橘寺(聖徳太子誕生の地 拝観350円)→石舞台古墳→犬養万葉記念館(300円)→飛鳥板蓋宮跡→奈良県立万葉文化館(600円)→飛鳥寺(350円 蘇我氏の氏寺 入鹿の首塚 飛鳥大仏)→飛鳥水落遺跡(日本最古の水時計 NHKドラマ「大化改新」のセットが残る)→甘樫丘(明日香村を見渡せる)→橿原神宮前駅でゴールしても良い。または飛鳥駅まで引き返しても良い。
道中は猿石、鬼の雪隠、鬼の俎、亀石、二面石、亀型石造物、酒船石などの遺物を見るのも飛鳥散策の楽しみです。
まぁ一日これで十分潰れます。
食事は古代米なんかを使った素朴な食事が売りです。
また牛乳と出汁をブレンドし、野菜と鶏肉を煮込む飛鳥鍋も名物です。
飛鳥では古代のチーズも名物です。これを「蘇」と言います。「飛鳥の蘇」1050円
以上・・・帰りは新幹線で!
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東京より夜行バス利用プラン
二日目 午前
思い切って初日の晩を「江戸三」か奈良ホテルで過ごしたとしよう。
二日目は再び近鉄電車で大和西大寺駅へ。
駅前でレンタサイクル(8時間1,000円)
1、不退寺
在原業平ゆかりの寺。業平自らが刻んだとされる聖観音立像(重文/平安時代)が本尊。五大明王が取り巻いている。10月1日〜11月23日在原業平朝臣画像特別開帳。
2、法華寺
藤原不比等の邸宅跡に娘の光明皇后が創建。
光明皇后を写したとされる十一面観音立像(国宝/平安時代)が安置されている。6月5日〜6月9日、10月23日〜11月10日十一面観音立像特別開帳。10月1日〜11月30日名勝庭園
3、海竜王寺
金色に輝く本当に美しい奇跡の十一面観音立像(重文/鎌倉時代)が安置。
10月23日〜11月10日特別開帳。
4、西大寺
東の東大寺に対抗して、孝謙上皇と道鏡が建立。
当時は東大寺に匹敵する壮大さを誇ったが、道鏡が失脚し都が京都に移ると急速に衰退した。
愛染明王坐像(重文/鎌倉時代)10月11日〜11月15日特別開帳。
5、秋篠寺
東洋のミューズと言われる、伎芸天立像(重文/頭部 天平時代 体部 鎌倉時代)は日本唯一の伎芸天像。
11月8日〜11月21日大元帥明王立像特別開帳
以上レンタサイクルで回りましょう。
午後
斑鳩へ
大和西大寺駅から郡山駅乗換え法隆寺駅へ(約30分、370円)
1、法隆寺(共通券1,000円)
南大門から入り→中門(日本最古の金剛力士像)→五重塔(日本最古の塔 最下層内陣の塑像群は見逃せません 特に北面の釈迦涅槃では侍者の泣き叫ぶ様が迫真で見事 懐中電灯があると良い)→金堂(世界最古の木造建築 本尊は釈迦三尊像 日本最古の四天王像も安置)→大講堂→廻廊(見事なエンタシスの柱が並ぶ)→大宝蔵院・百済観音堂(国宝夢違観音、国宝九面観音、なんといっても異様な美しさの百済観音にはびっくりする。これは写真で見るのとは大違い 玉虫の厨子)→夢殿(国宝 本尊は東洋美術の真を悟ったという秘仏救世観音立像)
2、中宮寺
法隆寺夢殿のすぐ横の尼寺
本尊の弥勒菩薩半跏思惟像は絶対に見なければならない大変美しい飛鳥仏です。
終了
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東京でお世話になった方から、「お勧めの奈良観光プランを!」と頼まれましたので・・・
まずは一泊二日夜行バス利用プラン
夜行バス(4,500円〜10,000円)
東京22時頃発
奈良駅7時頃着
初日 午前
何と言っても世界遺産社寺が点在する奈良公園エリアの散策です。
ここはたっぷり時間を取ります。
早朝の奈良公園、特に飛火野、春日大社の空気は最高です。
1、東大寺
南大門(あの有名な仁王像が)→右手に鏡池を見ながら中門を超えて正面に→大仏殿(大仏様)→戒壇堂(四天王像)→大仏殿の裏の裏参道を登り→二月堂(お水取りでおなじみ)→三月堂(法華堂 現在修復中で拝観は不可)→四月堂(つい見逃されますが、三月堂の向かいにあります)→南大門へ戻る
2、春日大社(本殿特別参拝500円、宝物殿420円)
一の鳥居(日本三大木造鳥居のひとつ)→二の鳥居→祓戸神社(二の鳥居脇すぐ まずここで祓い清めましょう)→南門→中門・御廊→風宮神社(風の神様)→若宮神社(知恵の神様)→夫婦大國社
その他摂社はまだまだあります。
3、浮見堂も見ておいたほうが良いでしょう。
4、奈良国立博物館(基本500円 催しにより違いあり)
日本唯一の仏教美術専門博物館。
収蔵品は3000点!
本館自体が重要文化財!
5、猿沢池から興福寺を望む
有名な五重塔を望むベストポイントです。
6、興福寺
猿沢池から52階段を登って先ずは五重塔→東金堂(本尊薬師如来)→国宝館(何といっても阿修羅像)→北円堂(境内で最も古い建造物)→南円堂(西国三十三所第九番札所)
午前中は以上で十分時間潰れます。
食事は公園内の茶屋で早い時間なら軽くわらび餅と抹茶がお勧めです。
昼食とするならやはり茶屋で茶粥膳がお勧めです。
午後は移動です。
近鉄奈良駅から大和西大寺乗換え西ノ京駅へ・・・10分250円
1、薬師寺(500円〜)
2、唐招提寺(600円)
以上西の京の二大寺です。隣り合ってますので存分に楽しめます。
建物も仏像も超一級品です。
さて宿泊ですが・・・
個人的には料理旅館「江戸三」を利用したい。
あるいはせっかくの奈良だし、憧れの奈良ホテル。もちろんディナーも!
しかし値が張る・・・
次回は二日目を・・・
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今日は地元の宝山寺に行って来た。
宝山寺は生駒山の中腹にある。
地元の中学の陸上部時代は、練習で宝山寺の参道を走ったり、パートナーを肩車して登ったり、はたまた手押し車などして体力作りをしていた。
そんな経験があるので宝山寺まで家から歩いて登っても、軽く登れると思っていたが、とんでもない!
ゼェゼェハァハァものすごくしんどかった・・・途中2度ばかり参道の階段でへたり込んでしまった。
これが参道の始まり。
宝山寺はもとは巨石信仰の場で、古くは修験者の行場だった。役行者や弘法大師が修行したともいわれる。
本尊は不動明王である。
現在、平城遷都1300年祭に合わせて、厨子入五大明王像(重文)が5月1日〜5月20日まで公開されている。
次に向かったのは、西大寺。
奈良時代には東大寺に対し、西の大寺だった。七大寺に数えられたが、平安時代に急速に衰退した。
しかし、鎌倉時代に叡尊が再興させた。
この叡尊がすごい方なのだ。
日本の偉人としてもっと評価されるべきだ。
戒律を守らない当時の僧のあり方に疑問を持ち、戒律を復活させた。
そのため強い反対にもあった。
しかし、そんな叡尊を慕い、日本中から信者や弟子が西大寺に集まった。その数男性915人、女性633人。情報収集手段の乏しい当時としては驚異的だ。
また女性の数がとても多い。
これは法華寺に戒壇を設け、正式な比丘尼を誕生させた。
女性を救済される側から、救済する側へと立場を確立したのだ。
また病人や恵まれない人たちの救済活動を積極的に行い、物質的にも精神的にも支え続けた。
また、叡尊の立てた誓いが凄い。
生まれ変わっても浄土に生まれ変わるのではなく、もっと穢れた悪い世界へ生まれ変わる事を願った。そしてその世界でもっとも苦しむ人々を救うと誓いを立てたのだ。
何という方だ・・・
1281年蒙古襲来の祭、叡尊は七日七夜祈祷を行った。すると愛染明王坐像の持つ鏑矢が飛んで行き、暴風雨を起こしたという。
そして、蒙古軍は全滅した。
この出来事によって、叡尊の名声は決定的になった。
しかし、叡尊は悔いた。
敵兵を傷つけることなく、東風が船を本国に送り返すように祈ったのに、自分の精進が足りなかったとこのあとますます修行に励んだという。
これがその重文・愛染明王坐像である。
鎌倉時代の作だが、秘仏だったため保存状態が極めて良い。
叡尊は今の時代にいるのだろうか・・・
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