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今年、宮城の大地で、初実りを迎えた、とちおとめ(女峰)
1月18日、私の父が甲状腺癌による甲状腺摘出術を受けました。
事前に受けた執刀医からの術式説明によると、甲状腺摘出の為には、首回りをU字形に10cm以上切開する必要がある事。また切開してみない事には、癌がどの位置にあるか正確には判らないとの事。
よって、もし癌が言語神経に癒着していた場合は言語神経ごと摘出、今後通常の発声法による言語は失われる事。また首周りには、言語神経以外にも人体の主要神経が集中しておりますが、人命確保を第一に執刀させて頂きますとの説明があり、同意のサインを求められました。つまり、人命確保のためには、例えどんな後遺症が残っても了承するというサインです。
手術前日の夕方、学校から帰宅した子供達を連れ、父のお見舞いに行きました。
1年生の娘(RUNE)は、赤ちゃんの時から私の父(祖父)が大好きで、顔をみると抱っこをせがみます。父もそんな娘をとても可愛がり、いつも膝に座らせてくれます。すると父は決まって、「RUNEちゃんはお母さんそっくりだな。じいじはRUNEちゃんのお母さんのことも、いつもこうして膝に座らせて、毎日一緒にご飯を食べたんだよ。じいじが、myun myunて呼ぶと、飛んでくるお母さんが可愛くてな・・・じいじはRUNEちゃんのお母さんの事が大好きなんだよ。だからRUNEちゃんの事も大好きだよ。」と言います。
すると娘も、「あたしも、お母さんの事もじいじの事も、みいんなだあい好き
私の父はとても素直な人で、大好きとか、ありがとうとか、ごめんなさいとか、感謝してますとか、そういう言葉をごく普通に使います。ですから家族一族みんな、太陽のように温かく優しい父が大好きです。
家族一族には優しい父ですが、自分には非常に厳しく働き者で、黙々と人の2倍3倍働く姿を見せてくれます。また従業員さんに対しても、欠点より長所を見てとても温かく見守り、ありがとうとか感謝してますとか、心から暖かく話しかけます。そして働き者で人一倍の実績があるのに、会社が順調なのは皆さんが一生懸命働いて下さる御蔭です。が口癖で、威張った社長ふうな態度は全く見せませんから、従業員のみなさんからも本当に慕われ、尊敬されています。従業員さんにも素直な方が多く、「社長の喜ぶ顔がみたいから、仕事も頑張り甲斐があります」と言って下さる方が多いです。
息子(MAR)も、じいじが大好きです。父は夏休みなど幼稚園や学校の長期休暇になると、私の子連れ出勤を許してくれ、社長室の奥に子ども達を呼んでは、書類の整理やシール貼りやハンコ押しなど、子ども達に簡単な業務を教え、アルバイトをさせてくれました。そうして子供達が一生懸命働くと、とても誉めて、ご褒美だよと昼食をご馳走してくれたり、約束の仕事がきっちり終わると、ちゃんとアルバイト代を出してくれます・・・一生懸命働いてアルバイト代を頂いた子供達はとても誇らしげで、2人とも決して無駄遣いはせず、大切にアルバイト代を貯めています。
その大切に貯めたアルバイト代で、子供達が母の日のプレゼントを買い、「お母さんいつもありがとう、大好きだよ」という手紙と一緒に、MYUにプレゼントをくれる時は、いつも嬉しくて涙が止まりません。
子ども達にも、今度の手術は、じいじの声が出なくなったり、起き上がれなくなったり、もしかしたらお家に帰れないかもしれない可能性がある事を伝えました。
我が家の子ども達には、人間の命とはいつどうなるかわからない事、今日元気な家族の誰かが、突然事故で死んでしまうかもしれない事。だからひとつしかない命を大切に、いま一瞬一瞬を大切に生きる事を大切にしようね、と常々子ども達の瞳を見つめながら、話し聴かせています。すると我が家の子ども達は、ちゃんと私の瞳を見つめ返し、「うん。もしお母さんが居なくなっても、ちゃんと生きていくから大丈夫だよ。」と言います。「でもお母さん、せめて100歳まで生きてね。」と、涙をいっぱいためた眼で子ども達に抱きつかれると、思わず苦笑してしまいます・・・
今回の父の手術は、昨年11月に決まりました。子供達にも病名や手術の内容を包み隠さず話し、これからもじいじと一緒に居られる時間を大切に、仲良く楽しく過ごしていこうね、と話しました。
年末年始には、家族一族14人で毎年恒例の温泉旅行に出かけ、子供達はトランプ大会、男性達は麻雀大会、女性達はおしゃべり大会と、みなで楽しいひと時を過ごす事が出来ました。毎回利用している温泉地は、大震災時に震度6強の揺れを記録したそうですが、龍神の守る固い岩盤だという伝説がある土地で、お皿一枚割れなかったそうです。
毎年帰り際に来年の予約もして帰る両親でしたが、来年は受験生(兄の長男)が居るから予約しないぞ、と言って予約しませんでした。またいつか、みんなで温泉旅行が出来たら良いね・・・と、みなで話し解散しました。
「じいじ、温泉旅行、ほ〜んとう〜に楽しかったね
そのうち母と弟がやってきて、昼間顔を見に来た兄からも連絡が入り、父は「なんだ、また正月がきたみたいに賑やかだなあ、緊張がふっとんだよ。」と嬉しそうでした。
翌日8時過ぎに手術が始まり・・・御蔭様で無事成功、昼前には病室に戻ってくることが出来ました。
首に大きな止血用ギプスをはめられ、ドレーン管を繋がれ、酸素マスクをつけた姿も痛々しく・・・そして
麻酔が切れ始めてからの苦しみ様は、見ているしか出来ない者には、本当に辛いものがあります・・・
しかし昨日やっとドレーンが外れ、感染症のリスクもグンと低くなり、言語や視野その他にも異状なく、
退院の見込みもついて、心底安堵しています。社運をかけたプロジェクトに、新たな難問が降りかかってきた現状ではありますが・・・もう少し、父と一緒に苦労が出来そうです。
上の写真は、宮城で東日本大震災に被災した父の友人が、今年初実りしたイチゴを贈って下さったものです。ちょうど父の手術の翌日に届き、まるでお見舞いのようだね、何かが知らせたのかな?(笑)
と、母と話していました。
その友人は、宮城県の沿岸部に住んでおり、あの大津波を経験したそうです。最初、自宅の2F屋根に避難したそうですが、みるみる津波がせまってきたので、奥様に庭の大木に飛び移るよう指示。
奥様が飛び移った後、自分も飛び移り、もっと登れ!てっぺんまで登れ!早く!早く!と、2人とも夢中で木に登ったそうです。
その間にも水位はどんどん上昇、奥様の後から木に登ったご主人は、ついに首まで海水に浸かってしまったそうです。しかし幸い首のところで水位が止まり・・・更にラッキーな事に、駅近くの立地だったため
駅ビルなど崩壊しない建物が多く、引き潮が発生しなかったそうです。もし引き潮が発生していたら、その勢いに飲まれていただろうと、ご主人は後から思ったようです。
引き潮が発生しなかったため・・・ご主人は3月の冷たい海水に首まで浸かりながら、奥様も木のてっぺんにしがみついたままご夫婦励まし合いながら、必死で救助を待ったそうです。そして救助を待つ間、たくさんの人達が力尽きて流されてゆく様子を、なす術もなく見送ったそうです・・・約2時間が経過、ご夫婦とも身体が冷え切って手足の感覚がなくなり、もう限界と思った時、自衛隊の救助ヘリが現れ・・・間一髪で救出されたとの事でした。
文字制限のため、(2)に続きます。
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