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感謝の心 〜復活へ〜 仙台いちご 宮城産とちおとめ
父の甲状腺癌手術(1)に記しました通り、上の画像は、東日本大震災で被災した父の友人が、兄弟の農園で初実りしたイチゴです、と送って下さったものです。
宮城県沿岸部で大津波に被災、庭の大木に逃れ、2時間以上首まで海水に漬かって間一髪救出されたご夫婦でしたが・・・ご自宅も屋根まで水に漬かり、家財道具や乗用車は、みな流されてしまったそうです。 しかし力尽きて流されて逝ったご近所の皆様を想うたび、ご夫婦ともに命が助かっただけでも御の字だと、心からそう思われるそうです。
その後の避難所生活でも、大変なご苦労をされたそうです。奥様は、とても内気で内向的な御方でしたが・・・避難所生活で、人生180℃変わるほど、色々学ばせて頂いたと話されていたそうです。
ご夫婦が避難所生活をなさっている頃、ご夫婦と共有の友人と父の2人で、昔からの友人達にご夫婦への義捐金を募ったそうです。するとみなが喜んで義捐金を送って下さり、たくさんの義捐金を送る事ができたそうです。
そして震災から半年程経過、新しい生活が落ち着いて来た秋頃、私の両親が再び友人達に声をかけ、みなでご夫婦を温泉慰安旅行に招待する事が実現しました。その時、被災時のなまなましいお話や、避難所生活でのご苦労を、色々と伺ったそうです。
その温泉旅行の宴会場で撮った記念写真を、私も見せて頂きましたが・・・ご夫婦のお顔はとても晴れ晴れとして生き活きと輝き、強い生命力にあふれておられるようでした。まるで心に内在する神様が、お顔に現れていらっしゃるようにも見えました。
間一髪生き延びて友人達と再会、温泉につかり宴会が出来た事を大変喜ばれたご夫婦が、その時の御礼にと贈って下さったのが、上記画像のイチゴです。
ご夫婦の兄弟も、やはり宮城で被災してしまったそうですが・・・震災後に農地を借り、初めてイチゴ栽培に取り組み、みやぎの大地で初実りを迎えた果実だという事でした。
ちょうど父の手術の翌日実家に届き、母が病院に持参して父に見せたところ・・・おもゆが飲めるようになった父が、そのイチゴが食べたいと言い、1つだけ食べたそうです。
すると父は、美味しいなあ、美味しいイチゴだなあ、と言い・・・○○さんも命拾いしたけど、俺も命拾いしたなあ・・・でも俺達こうして、今年もまたイチゴが食べられて、有り難いなあ・・・後は、孫達に食べさせてやってくれ、と母に頼んだそうです。それで我が家に、立派なイチゴのおすそ分けが届きました。
我が家に届いた、真っ赤に輝く、宝石のようなイチゴ・・・その果実を見ていると、宮城の大地の命の息吹が聴こえてくるようで、何だかとっても嬉しくなりました。
父に御礼のメールをすると、MYUは子どもの頃からイチゴが大好きでしたね。RUNEもMYUに似てイチゴが大好きですから、みんなでたくさん食べて下さい、と返信がきました。
母からは、放射能とか、気になるかもしれないけど・・・と電話がきたので、我が家は全然気にしないよ!よく洗って、有り難く頂きます、と答えました。
とちおとめにしては、やたらと大きいイチゴですが(笑) 子ども達にも、このイチゴが我が家に届いた事情をすべて話し、人間は震災で全てを失っても、こんなに立派なイチゴがつくれる強さがある事、他人から受けた恩義を決して忘れない、優しさが持てる素晴らしい存在である事を、話しました。
そして家族みんなで頂いたとちおとめは、とても甘くて、本当に美味しかったです
このとちおとめ(女峰)は・・・お正月に、日光男体山・女峰山と御縁を頂いた事もあり、ひときわ心に深く残りました。日光で頂いたご縁については、また機会がありましたら記事にしたいと思います。
すべての命一切を ともにいかしていただいて ありがとうございます
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