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2012年6月30日 PM6:00頃、大宮氷川神社に向かいました。
参道の途中に咲いていた、くちなしの花。
子ども達と一緒に、香りをかいでみたら・・・・・と〜っても、いい薫り
たくさんの露店で賑わう、氷川大社参道。
奥に見えているのは、氷川大社境内入り口の鳥居。
毎年茅の輪をくぐるため、たくさんの人が並びます。
・・・・・それにしても、今年は例年にないほどの、ものすごい行列。
境内入口から、100mは並んでいて・・・・・
毎年やってくる、露店の人も、
「こんなに並んでるのは、初めてみた」 と話してました(笑)
6月30日の大祓は、例年平日が多いのですが、
今年はたまたま土曜だったため・・・・人出が多かったのかもしれません。
行列に並んでいたら、RUNEのママ友に、声をかけられました。
もうご参拝が終わり、これから帰宅されるとの事ですが
「1時間半くらい、並んだよ〜〜がんばってね〜」
と、教えてもらいました。
そんなに待つのか〜〜
日本人はみんな、待つのが得意とゆうか・・・・
がまん強いなあ(笑)
6月30日の月。
半月より、やや丸いようです。
参道に並び始めた頃は、朧月のようでしたが
だんだんハッキリしてきて、
虹色の銀の光に、包まれているように見えました。
1時間と少し並んで、ここまで来ました。
茅の輪まで、もう少し♪
ここで、『茅の輪のくぐり方』の、おさらいです☆
☆ 茅の輪はこうしてくぐります ☆
茅の輪をくぐって祓い清め、健康な心身を授かりましょう。
箱根神社HPより
『 ∞ + ○ 』 = 『 二 + 一 』
合計三回くぐるのが、伝統的なくぐり方のようですネ。
月と茅の輪
氷川大社では、ほとんどの人が、正しいくぐり方を心得ていて・・・・・
みんなぐるぐると、ちゃんと3回くぐっていました。
さすが須佐之男命の本拠地・・・・・蘇民将来の子孫たち?
かどうか、わかりませんが(笑)
毎年、ちゃんと3回くぐっている人の多さに、正直驚いています。
ご参拝層は、ご年配か、家族連れが多いです。
若い方達にも、大祓の伝統が、伝わると良いなあ・・・・・と思っています。
氷川大社桜門
御神楽殿
御神楽殿から、拝殿を臨む
茅の輪守り お授け所
茅の輪の由来は・・・・・小さい茅の輪の疫病除の古事が、元なんですね☆
帰路の茅の輪
氷川大社では、ご参拝が終わったあとの帰路に、
もうひとつの茅の輪が、設置されています。
最初の茅の輪は、御手水舎の手前、
神池の上の神橋にあり
茅の輪をくぐって、お清めをしたのち、御本殿に参拝できる順路です。
御本殿の参拝が終わったら、
再び茅の輪をくぐって、帰路につきます。
帰路の茅の輪も、みんな丁寧に、3回ぐるぐるとくぐっていて・・・・・
警備をしていた方が、「帰りは一回で大丈夫ですよ〜」
なんて、声をかけていました。
実際どうなのかわかりませんが・・・・・
一番大切なのは、『気持ち』 かもしれませんね。
今年も、茅の輪守を、お分けして頂いて参りました〜☆
帰路の茅の輪から見た月は
虹色の金の光に、包まれているように見えました・・・・・
2012年前半が、終了しました。
今年も無事に過ごさせて頂く事が出来た事に・・・・・
心から感謝しています。
2012年後半も、どうか無事に過ごす事が出来ますよう・・・・・
精一杯、精進して生きたいと思います。
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清らかな気持ちにさせていただきました。
ありがとうございます。
いいね
2012/7/5(木) 午前 9:57
コメントといいねを頂き、心より感謝御礼申し上げます (*^-^*)
[ MYU ]
2012/7/6(金) 午前 0:05
縄文海進で海面は10mほど上がり、弥生海退で海面は2m下がったと言われています。数字に差はあるものの、瀬戸内海や鹿児島さらに新潟の貝塚の高さを観察すると海進・海退は事実です。
弥生海退の時代には、宍道湖や中海のほとんどは水耕栽培の適地になり、食料の過剰生産性を産みだしました。 弥生海退の時代は。シナでは戦争が多発し、秦の始皇帝が中国を統一したと、言われる時代です。 九死に一生を掛けて、大陸から多くの棄民流民難民が日本列島に流れ着きました。 ポルポト政権時代のポートピープルと同じのようにです。 九州大分付近の人口爆発はちょうどこの頃です。 日本列島には3万年前から人間が居たことは確認できています。
極東の島(日本列島)の人口増加は、シナ大陸の戦争並びに海水面変動に、明確な相関関係があります。 食べられなくなった人が、極東の島に流れてきました。
その人たちが、ユートピア(日本)を創ったと思います。
[ 高砂のPCB汚泥の盛立地浄化 ]
2013/5/23(木) 午後 8:15