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今年も秋分の日は実家に出かけ、家族一族でお墓参りに行った事を、書かせて頂きました。
その時の続きなんですが、あるお墓の前でMYUの両親が、息子にとても印象深い話をしてくれました。
9月22日の関東地方は、前夜から早朝にかけて、 どしゃぶりの雨が降りました。
しかし午前8時頃には雨がやみ・・・・・、11時過ぎには晴れ間が見えるくらいとなりました。
傘をささずにお墓参り出来るのは、大変ありがたかったのですが、足元がぬかるんで大変かな・・・・・
3歳の甥や4歳の姪が、走り回って転ばないといいな・・・・・なんて、少し心配していました。
しかし実際に訪れてみますと、整然と区画された寺院内は、通路にも綺麗に石が敷き詰められていて、通路を歩いている限り、ぬかるんで転ぶような場所は、見当たりません。
(あまりに綺麗すぎるのも・・・・・ちょっと複雑ですが^^;)
そして、ほとんどのお墓が、ちゃんと清掃され、お花が供えられていることに、驚きます。
日本人の多くは、本当に綺麗好きで、亡くなった人も大切にして、立派だなあと思います。
しかし中には、草ぼうぼうのお墓や、枯れ果てた花の残骸が、花瓶に残されたままのお墓、
そして囲いも何もない、むき出しの土の上に、ただ角材の柱が立っているだけのお墓などもあります。
みなさん、それぞれ、色々な事情があるのでしょうね・・・・・
お参りも済んで、さて、そろそろ帰ろうと歩きだした時、何を考えたのか、我が家の息子・・・・・
通路の途中にあった、囲いもなにもない、むき出しの土の上に、角材の柱だけが立っているお墓・・・・・
昨夜からの豪雨で水浸しとなり、まるで水たまりの真ん中に柱だけ立ってるような、その場所を・・・・・
ぴよ〜〜んと、飛び越えてしまったのです。
「こらーっ!なんて罰当たりな! その柱の下にも誰かが眠ってるんだから、謝りなさい!!」
私が慌てて厳しく注意すると、「え?そうなの?知らなかった・・・・・ごめんなさい。」
すぐ素直に謝った息子ですが・・・・・すると、MYUの母が急に息子にむかって、
「このお墓をよく見ておきなさい。これが、この人の、一生だったんだよ。」と言い出しました。
「死人は文句を言えないからね・・・・・お墓には、その人の本性が、現れるんだよ。」
すると父が、「生きてる間に我儘放題して、他人様に迷惑かけるとなあ・・・・・こうして死んでから、
淋しい想いをするんだよ。 泣いてくれる人も、花を供えてくれる人も、感謝してくれる人も、誰もいない。
するとなあ、あの世で肩身が狭くて淋しくて・・・・・結局自分が、泣く破目になるんだよ。
だから死んでから後悔しないよう、生きてる間は出来るだけ、他人様に迷惑をかけるんじゃないぞ。」
そう言って、息子の肩を、ポンポンと叩きました。
息子は、とても神妙な顔をして頷き・・・・・水たまりのお墓を、じっと見ていました。
私もつられて、水たまりをよく見てみると・・・・・水たまりの底には、燃えていない長いままのお線香と、
まだ咲いてるお花が数本、散らばり沈んでいました。
(草ぼうぼうではないところを見ると、誰かが除草には来たのかもしれない・・・・でも花瓶も線香立てない所を見ると、土の上にじかに置いていったのだろう・・・・・だからお線香は燃えずに長いまま残っている。
じかに置く理由は何だろう・・・・・それとも除草やお供えは、住職さんが気持ちで行ってるのだろうか?)
私はとりとめもなく、そんな事を考えながら・・・・・お墓を後にしました。
思えばMYUの両親は、私達兄弟が幼い頃から・・・・・お墓参りのたび、機会あるたび、上記のような話を、色々と教えてくれました。そんな父は、口癖のように、いつもこう言います・・・・・
「人の一生なんて、人間の価値なんて、死んでみなけりゃ判らんよ。」
うん、そうだよね・・・・・
誰が正しいか、どんな人間に価値があるか、なんて
今を生きる人間同士が、決めることじゃない。
それは未来の子孫達が、世界の未来が、想うことだよね・・・・・
だから、我儘放題しないよう、他人様に迷惑かけないよう、
一人一人みんなが一所懸命、それぞれ自分の人生を
精一杯生きれば、それでいい。
MYU個人的には、寺院の中で眠るより、海か山に灰をまいてもらい、千の風になって飛びたいなぁ〜
なあんて思ってます(笑) 子ども達にも、そう話していますが・・・・・現在の法律・社会では難しいかも?
こんな話題、普通は親子でしないのかもしれませんが・・・・・我が家では、ごく普通に、アタリマエに、
話し合っています☆ そんなMYUの、子ども達への口癖は・・・・・
最大の親不孝とは、親より先立つ事だよ。
だから親不孝したくなかったら、健康管理に気を付けて、
親より長生きして頂戴ね。
そして親が居なくなった後も、生活に困らないよう
自分の事は、自分できちんとする事。
親は我が子がどんなに可愛くても、
いつまでも生きていては、あげられないんだよ。
命ある者は、いつか必ず死ぬのだから
死んだら説教も聞けないし、ケンカだって出来ないよ
だから生きているうちに、
いっぱい笑って、いっぱい泣いて、いっぱい怒って、いっぱい喜んで
毎日を精一杯、大切に生きようね。
子ども達が、あ〜はいはい☆ お母さんの説教が、また始まった〜〜って、逃げるくらい(笑)
ことあるたび、口酸っぱく、言い聞かせています(笑)
しかしこれは、MYU自身が子供の頃から、さんざん両親に聞かされ続けてきたことでもあり・・・・・
我が子達にも、ぜひ子孫代々に、受け継いで貰いたい・・・・・子を想う、切ない親心なのです。
2012年8月19日 家族旅行にて 「十和田湖に降り注ぐ 美しい光」 Photo By MYU
2012年8月19日 家族旅行にて 「十和田湖の夕陽に黄昏る白鳥」 Photo By SHIRYU
本日も統べての総べてを 今ここに ともにいかしていただいて ありがとうございます
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愛する心





こんばんは。
(私はとても涙もろいんです)
読んでるうちに涙が… 極め付けは 夕日の写真
ご両親のお話 感動しました。昔 同じ様な話を聞いた記憶があります。
私もMYUさんと同じ考えで 主人には 私が先に逝ったら 骨の一部を海と 沈丁花の咲いてる所に こっそりとまいてね と言ってあるんです。
そして 子ども達にも「一番の親不孝は 親より先に死ぬ事だ」と 話しています(これは 母から 何度も聞かされてきた言葉です)
なんだか 共通してる事を見つけると 嬉しくなってしまいますね。
ナイスです(携帯なので 押せないけど…)
[ クラスター ]
2012/9/25(火) 午後 9:41
私たちも子供たちに
『私たちの子育てが正しかったのか間違っていたのかは あなたたちが最期、天国行くまではわからんよ。だからね、もうダメだなんて思わないで最期まで 楽しく生きてね』
と念仏みたいに言います
2012/9/26(水) 午前 1:55
墓で他人の人生をとやかくいうのは間違ってますよ。
屍を跨いじゃダメだとしたら、どこも歩けませんね。
[ 易坊 ]
2012/9/29(土) 午前 2:41
素敵なお話ですね
最近はお墓参りする人も少なくなりました
この伝統は
日本の誇るべき習慣だと思います
[ 天の浮舟 ]
2012/9/30(日) 午後 5:58
クラスターさん、夕陽の写真に涙が?



どうもありがとうございます〜
MYUも、とても涙もろいんですよ。
ちなみにこの写真の夕陽にかかってる雲、ハートの形に見えませんか?
夫が撮影した写真ですが、MYUお気に入りの一枚です
>私が先に逝ったら・・・・・海と 沈丁花の咲いてる所に こっそり
・・・あはは、素適☆ 私も真似しちゃおうかな(笑)
今はキンモクセイの香りが、とっても素適ですよね
MYUは今生でこそは、絶対夫に見送ってもらうって、そう決めてるんですよ
彼はいつもいつも、私達を置いて、戦場に逝ってしまって・・・
私が16で先に逝ったことも、あったけれど
だから現世で、19歳でまた夫に出逢ってしまった時は、本当にビックリしました。
でも将来の夢は何?って聞いたら、「幸せなおじいちゃんになること」って言ってくれたので、とっても嬉しかった・・・
きっと今生でこそ、彼は約束を果たしてくれるはずって、そう信じてます。
うふふ、MYUの心の夢ですけどね(笑)
いつも、どうもありがとうございます
[ MYU ]
2012/10/17(水) 午前 8:28
ICHIGO さん、コメントありがとうございます。


>『私たちの子育てが正しかったのか間違っていたのかは あなたたちが最期、天国行くまではわからんよ。だからね、もうダメだなんて思わないで最期まで 楽しく生きてね』
・・・本当に、おっしゃる通りですね。
そう考えると親の役割って、子供が寿命を全うするまで、自分らしく生き抜ける力をつけてあげる事が、一番大切なのかなって思います。
だから例え、どんな職業に就こうが、どんな経験をしようが、何があっても、本人達が最後まで自分らしく生き抜いて、そして
「ああ、たくさんの人と出逢えて、たくさんの事が学べて、面白い人生だったな、みんなありがとう・・・・・」って、最後にそう感じる事が出来たら、いいですね。
よく考えてみたら、これは私自身が、そう思ってる事なのかな?
という事はうちの両親、子育てに成功したか失敗したかはさて置き(笑)
親の役割は、立派に果たしてくれた事になるのかな?
ICHIGO さんの素適なコメントの御蔭で、またひとつ親に感謝する事が増えました。
どうもありがとうございました
[ MYU ]
2012/10/17(水) 午前 10:03
易坊さん、コメントを頂き、どうもありがとうございます。
>墓で他人の人生をとやかくいうのは間違ってますよ。
・・・そうですね。実はMYU自身は、そう思っています。
ですから私自身は、他人のお墓で他人の人生についてとやかく言うことを、あまり好みません。
しかし同時に
(1)人間とは、自分の願望を語る生物である
(2)"よって"「人の口に戸は立てられない」
それが人間とゆう生物だと・・・私はそう認識しています。
ですから、それらぜんぶをひっくるめた上で、
「お墓とは、その人の本性を現している」は、的を得ているのではないかと・・・
私はそう認識しておりますし、それを「一つの論点」として、大切に想っています。
[ MYU ]
2012/10/21(日) 午前 1:50
例えば私の両親は、お墓を非常に大切にします。
そしてお墓を大切にするという想いや習慣は、両親の生活全般に現れており・・・
それは「伝統や義理人情など秩序とルールが、人の一生において何よりも大切」とそう物語っています。
極論を言えば、お墓を大切にしない人とは、伝統や秩序を大切にしない人間であり、決して出世しない。それが私の両親の考え・教えです。
対して夫の両親は、全く別の考えです。
特に夫の父は、「墓なんて坊主を儲けさせるだけ、墓が立派かどうかなんて何の意味もない」それが口癖です。
そしてその想いや習慣はやはり、義父の生活全般に現れており・・・
「伝統や秩序に縛られる事無く、自分のやりたい事を成す事こそ、人の一生の意義である」そう物語っていると感じます。
よって、お墓とゆう媒体を通し私が感じるのは、
私の父と夫の父、それぞれの「一つの論点」=「・」=「良心」のみなのです。
[ MYU ]
2012/10/21(日) 午前 1:56
また私は、(1)人間とは、自分の願望を語る生物である
と思っていますので、お墓と言う媒体に関しても、生前本人が希望していた通りに弔って差し上げるのが、最善ではないかと考えています。
つまりお墓を大切に思い、伝統や義理人情を大切にする私の両親には、その願望通りの弔いをさせて頂き・・・・その後も私が伝統・義理人情を大切にする事で、その恩義に報いたいと思っています。
そしてお墓のような形式に固執する事無く、伝統や義理人情にこだわる事無く、自分のやりたい事を成すべきと教えて下さった義父には、その願望通りの弔いをさせて頂き・・・その恩義に報いたいと思っています。
よって私は、自分の両親と夫の両親のお墓に関して、大変な差別をすることになるかもしれません・・・それらひっくるめ、「お墓とは、その人の本性を現している」は、真実だと・・・そう思わずにいられないのです。
[ MYU ]
2012/10/21(日) 午前 2:14
(1)人間とは、自分の願望を語る生物である
(2)"よって"「人の口に戸は立てられない」
その人間の本能・本性・愚かさ・哀しみを理解し知覚した人とは・・・
おそらく生前から、縁者にその想いを、上手に伝えられるのではないでしょうか?
「人に罪を犯させない」これが私にとっては、とても大切な視点なのです。
また私は「お墓とは、その人の本性を現している」の「一つの論点」=本元と思います。
よって「秩序と伝統、義理人情とルールを大切にすべし」とゆう「一つの論点」および
「伝統や秩序・義理人情に縛られることなく、自分のやりたい事を成すべし」とゆう「一つの論点」
その対極する「一つの論点」双方を、実父と義父の想い「=良心」として、大切に胸に抱き、常に向き合って生きたいと、そう考えています・・・
[ MYU ]
2012/10/21(日) 午前 2:36
MYUさん、おはようございます。
→人間とは、自分の願望を語る生物である←
「自分」の領域の広さがポイントですね。
例えば、優れたリーダーとはどんな人でしょうか?
誰よりも高いユニヴァーサルな視点に立って、多様なオピニオンを抽出・捨象し、集約できる人だと思います。
MYUさんが、そしてMYUさんのお子さんが、新しい時代のリーダーになっていけばいいと思いますよ。
ちなみに「自分」の領域を時間的・空間的に拡大する瞑想訓練を日本の密教では遮那業といいますが、坊さんは修行が足りなりようです。
私たちが死後の世界や葬送に絡む宗教的利権構造から解放されることは、憲法の精神、信教の自由を実現する上で重要なことですね。
子供に特定の宗教教育を施すのは、違憲行為です。
罪を犯させない。
大事なことですね。
[ 易坊 ]
2012/10/21(日) 午前 6:47
天の浮き舟さん、コメントを頂き、どうもありがとうございます。


>この伝統は
日本の誇るべき習慣だと思います
・・・はい、おっしゃる通りと思います。
もし一人でもご先祖様がいらっしゃらなければ、こん日の私は誕生させて頂くことが出来ませんでした。ですからすべてのご先祖様に感謝したいと思いますし、先人たちの人生の賜物が、今日の繁栄であるとも思っています。
しかし先人達から受け継いだものの中には、もちろん負の遺産もあります。
ですから命を頂戴した私達一人一人が、その生命に感謝しながら、負の遺産を正そうと努力しながら生きてゆく事が、とても大切と思います。
そして先人達のご恩に報い、ご先祖様達の菩提を弔うためには、「心」が最も大切と思います。
既成概念や形式に囚われず、拘らず、頂戴した命に感謝しながら、世界中の生命を大切にして生きたい・・・そんなふうに思っています。
またのご訪問、お待ちしておりますね
今後とも、どうぞよろしくお願い致します (*^-^*)
[ MYU ]
2012/10/21(日) 午後 1:51
何度、読んでもいい話ですね。新鮮で色褪せない不変の思いを感じさせてもらいました。いつもありがとうございます。 感謝♡
[ 100のありがとう ]
2015/11/19(木) 午後 6:09