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私の住んでいる地域には、縄文時代の遺跡がたくさんあります。我が家のすぐ側も住居の遺跡です。
そして私が毎日のように買い物に行く場所付近は、縄文時代の祭祀場遺跡であるそうです。
過去記事にも書いた事があるのですが・・・・・私はこの地域に引っ越してきたばかりの頃、その一角に行くといつも不思議な現象が起こるので、なぜなのか理由が知りたくて、色々と調べました。
するとそこは縄文時代の祭祀場として有名だった場所で、小高い富士塚を中心とする神社には、わざわざ遠くから訪問される方達も居るらしい、そんな事がわかりました。
毎日買い物に通っていた場所の裏側が神社だった事に、調べてみるまで全然気がつかなかった私
ですが・・・・・ 調べたらとても気に成り、早速ご参拝に伺ってみました。
そしてその神社に、初ご参拝に伺った時の、畏ろしさと言ったら・・・・・・・
鳥居をくぐった途端、全身がビリビリと痺れ始め、畏ろしいほどの威圧感、空気の重さ、圧倒感・・・・・
一歩歩くたび、何故かごめんなさい、ゆるして下さい・・・・・と涙があふれてきて、神社でそんな経験を
したのは、生まれて初めてでした。
この縄文祭祀場遺跡神社の本殿は、浅間神社です。
本殿の右奥側には、摩利支天の文字が刻まれた白山大神の石碑と、木造の小さな祠があります。
左側には、八王子社があります。
そして本殿奥に、小高い富士塚があります・・・・・歴史書の記録では、20m級だったそうですが、
現在は、7〜8mくらいです。私はこの富士塚を見るたび「古墳」と思い浮かびます。
そしてこの富士塚頂上には、山王権現様の祠が、お祀りされています。
また富士塚の頂上に至る階段入口には、猿田彦大神の石碑があり、途中には富士大神の石碑があります。この富士大神の石碑の近くには、鬼神達が居て、階段を護っています。
そして富士塚頂上は八卦の結界に囲まれていて、その真ん中に、山王様が鎮座されています。
私の中では、この神社の山王様は、まるで厳しく優しいお父様のような存在です。
そして白山大神の石碑とは、とても大切な約束があります・・・・・
木花咲耶姫ともかつて、大切な約束をしました。八王子社は、なんとなくお母様のような存在です。
衝撃の初ご参拝(笑)以来、私の中では本当に大切な聖地となっている神社ですが・・・・・
その後も私は人生の節目のたび、やはりここに呼ばれます・・・・・よほどご縁が深いのでしょうね。
先日12月27日も、夕方の買い物帰り精霊に拉致され、この神社にご参拝に伺いました。
夜の神社なんて、怖いし寒いし、嫌だよお〜〜と、散々抵抗を試みたのですが(涙)
ほとんど拉致状態で、無理矢理連行されてしまいました・・・・・・・
そして白山大神の石碑前と、山王権現様の祠前で、ほとんど土下座状態でそれぞれ小一時間づつ、
真っ暗な寒空の下、たっぷりどっぷりと絞られて参りました・・・・・・・(T-T)
富士塚の頂上からは、満月のような月と金星が、やたら美しく輝いていました・・・・・・
こんな辛い経験も、いつか想い出に変わるのでしょうか??
そしてフラフラのボロボロになって帰宅しようとしたところ、写真を撮るよう指示されたので、夜の神社で写真なんて撮っていいんですかぁ〜〜と、また泣きそうになりながら、携帯で写真を撮りました・・・・・
真っ暗・・・・・・なんとなく木の影だけが、映っています
また真っ暗・・・・・と思ったら右下に、なんとなく光らしきものが映ってますね
上記写真の右下拡大図・・・・・う〜ん、精霊さんの一種かな??
何か紋様が見えますが・・・・・ あれ?パソコンにアップした途端に、左下や右上にも、何か光が浮出て来たかも?
どんどん濃くなってゆく・・・・・・不思議な現象です(笑)
何か紋様のような物が見えますが?
まるで、もののけ姫の、シシ神の紋様みたいですね
写真を撮った時は、真っ暗で何も映ってないと思ってましたが・・・・・不思議です。
精霊さんの指示で境内の写真を撮ったものの、その時は真っ暗で何も撮れてないように見えたし、
もう携帯の充電もないし、寒くて堪らないし家族が心配してるし、早く帰りたいよ〜〜とベソかいてたら、
「浅間神社本殿を撮って下さい」と指示され、「本殿正面は撮影出来ません」と抵抗すると、「上部空間で良いです」との事だったので、浅間神社の上部空間を、撮影しました。
すると、真っ暗な空間に向かってシャッターを押し始めたら、なぜか画面に不思議な光満ちてきて・・・・・
シャッターを切り終わると同時に、携帯の充電がなくなってしまったので、どんな写真が撮れたのか、
その場で確認する事は、出来なかったのですが・・・・・
帰宅して携帯を充電し、果たして画像が保存されているか心配しながら確認してみたら・・・・・
こんな写真が、撮影されていました。
2012年12月27日20時過ぎ頃、真っ暗なはずの浅間神社本殿上空
右下のほうに、微かに木の影が映っています。
私はこの写真に映っているのは、何か大いなる光の意識体、のような気もしますが・・・・・?
木花咲耶姫の光は、金色だったはず
岩永姫は、もっとパープルの光だったはず
天之御中主は、グリーン系の光で降臨されるはず
この朝焼けに染まった薔薇色の雲母のような光は、一体どちら様だったかしら・・・・・
はて???
どなたか、おわかりになる方がいらっしゃいましたら、是非教えて下さい・・・・・
よろしくお願い致します。
「あなた様のお名前が知りたい」と思いながら、上記光の写真を見ていたら
『 ト・ヨ・(ノ?)グ・モ・(ヌ?)』
心中からそんな音が、聴こえてきました・・・・・・・
そこで 「 ト ヨ グ モ 」 と検索してみたところ、
『豊雲野神』(とよくものかみ) とか、『豊雲主神』(とよくもぬしがみ)
というお名前の神様が、いらっしゃるようです。
古事記には、高天原の神様と記載されているそうですが
また時間のある時、浅間神社と豊雲神の関連について、調べてみたいと思います・・・・・
なんとなく今の感覚では、以前夢の中でみた、『 カ・ガ・セ・オ 』 さまと、
関連ある御方のような気もします・・・・・
以前天津甕星神社で撮影した、『水色の光』と、この浅間神社の『桃色の光』は
なんとなく、<対> のような気がしますので・・・・・
あとで調べてみたいと思います。
12月29日19時追記
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最近 御神木に除草剤を注入し枯らす悪徳業者がいるそうです。高く売買するために根元に穴を開けて枯らすそうです。樹齢600年の木たちが何本も手にかけられています。許せません。業者を必ず捕まえて再発を許さない対策をとってほしいです!!
2012/12/29(土) 午後 8:44
素晴らしい感性です。
ナイス
2012/12/30(日) 午前 5:37
ICHIGO さん、カマちゃん様、コメントを頂き、感謝申し上げます



シックハックさん、7G-angelさん、ナイスを頂き、感謝申し上げます
神社の御神木も社の森も、すべては私達と同じ生命体であり、かけがえのない命です・・・
人類一人一人みんなが、すべての命と生命の仲間達を、大切にして生きたいですね。
どうもありがとうございました(*^-^*)
[ MYU ]
2012/12/31(月) 午前 6:57
水.土壌.心の汚染や、アジア太平洋の歴史を現場で考え真実を伝える様
縄文海進についての、詳しい解説記事をトラックバックして頂き、どうもありがとうございます。
我が家は大宮氷川大社から、3kmくらいの場所にあるのですが・・・
ご指摘の通り、縄文海進時代は海辺の地域だったようです。
また大宮氷川大社は「高鼻」とゆう地名(まさにスサノオそのものです・笑)に鎮座しておられますが
古地図によりますと「高鼻」とは、「見沼」とゆう御沼の縁から「沼に突き出した大地」であったとか。
この見沼とは当時、霞ヶ浦規模の内海であったと言われ、今でも『竜神伝説』が数多く残り伝わっている地域です。
また見沼竜神伝説は、この地域の人にとっては特別な伝説のようで・・・
小学校の教科書にも記載され、地域博物館には伝説の資料展示もあるそうです。
ちょっと気になって調べてみましたら、見沼竜神伝説資料や縄文遺跡資料は、氷川大社裏の民俗博物館に色々展示されているようなので、ぜひ伺ってみたいと思います。
[ MYU ]
2013/1/14(月) 午後 2:10
私は4年前この土地に来て以来ずっと、土地の精霊達からの強いメッセージを感じてしまい・・・
近隣の神社仏閣や遺跡について、色々と調べてきました。
やはりその中心的な存在は、氷川大社なのかもしれません。
この大宮氷川大社を中心とする氷川神社群たちは、三ツ星である氷川大社、中氷川神社、氷川女體神社に、調神社、宗像神社、越谷の久伊豆神社まで含めたものは、『オリオン座の形』つまりカムド(神門)の形に並んでおり、脇を流れる荒川を天の川とすれば、ちょうど天を映した形になっている。
またこの氷川神社群は秩父神社群(北斗七星(=アメノトリフネ、ウケフネ)の形に並んでいる)と
比企郡ときがわ町の萩日吉神社において一点で交わり、一対一で対応していることから(その測量技術の精度の高さもあることから)、古代朝鮮道教との強いつながりを窺わせる。
民俗学者吉野裕子女史は、かつてそのように言われたそうです。
[ MYU ]
2013/1/14(月) 午後 3:03
この氷川オリオンの話を掘り下げてゆくと、出雲とシリウスと伊勢神宮とアラハバキなど、どうやってもヤマト時代の話に繋がってしまいます。
私はこの地域に越して来た途端、土地の精霊達のとんでもない怒りのメッセージを受け、身体が不自由になってしまいましたので・・・・・
なんとか解放されたい一心で、遺跡について一生懸命調べていた時期がありました。
この氷川三ツ星社のうち「氷川女體神社」にも、見沼に付き出した大地で竜神伝説が在ります。
またこの地域では、最も重要な祭祀と言われていた「御船祭」が見沼干拓により喪失して以来、竜神の祟り伝説があるそうです。
私はこの氷川女體神社の御船祭跡地「磐船祭祭祀遺跡」に立った時、空がぐるぐる回って身体全体がビリビリ痺れ、周囲の木々がざわめいて池の水が波打ち、魚達がたくさん寄ってきて・・・・・土地と一体となりテレパシーやテレキネシスが増幅したように感じました。
[ MYU ]
2013/1/14(月) 午後 3:08
その感覚が怖かったのと、その後氷川大社に行き、神池の橋の上からまた魚達を集めていたら、
それを見ていた人に「すっごいパワーですね!あなた何者ですか?」と声をかけられ、びっくりして逃げました
それ以来、氷川女體神社には近寄りたくない気分だったのですが・・・
今年氷川大社に初詣に伺い、また精霊の指示があって写真を撮ったら、竜神様らしき光??がたくさん写ってしまい、とてもびっくりしました
今回、水.土壌.心の汚染や、アジア太平洋の歴史を現場で考え真実を伝える様から、元旦にトラックバックして頂いた縄文海進と、この地域の関連についてもっと深く知りたいと検索をかけたら、真っ先に氷川大社裏の民俗資料館の竜神伝説がヒットしたのも、何かのご縁なのかもしれません
民俗資料館の竜神伝説を拝見したら、また氷川女體神社に伺わなければいけないような、急に居ても立ってもいられないような、そんな気持ちになり驚いています・・・
出雲に行く前、ご挨拶に伺う必要があったのかもしません
気がつかせて頂いて、感謝申し上げます。ありがとうございました。
[ MYU ]
2013/1/14(月) 午後 3:23