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MYUのブログ
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私は自分の書いた以下文章が、我ながら非常に気に成りました
 
 
 
『原発について想う』 テーマからは、随分脱線したようにも感じますが・・・
しかし案外実は、この人身売買の歴史・・・つまり、命をお金で売買する事、生命を金銭と交換する事に、罪悪感を持つのか?持たないのか?とゆう視点 こそが、原発問題の最も深い闇・・・・暗黒の歴史なのではないか・・・・・そんなふうに思われるのです。
この件に関しても、今後も慎重に検証を続けていきたいと思います。
 
 
 
また、同記事に書いた、以下文章も、やはり非常に気に成ります。
 
 
 
縄文遺跡に囲まれた土地に、住まわせて頂いている私自身としては・・・・・正直言って、やはりどうしても、弥生時代以降急激に増えたと思われる、渡来人を疑いたくなってしまいます。
何しろ、中国や韓国・朝鮮半島の歴史を見ると・・・・・人を金銭で売り買いするのは、公然と行われていたようなのです。しかも、中国や朝鮮半島の人身売買とは、奴隷にするためだけではなく・・・・・
臓器売買の歴史も長いようなのです。
古来から、臓器売買の歴史が長いのは、その習慣は臓器移植のためではなく・・・・・
なんと、「人の臓器を、食していた」習慣が、あるためのようなのです。
私は、この人間で言えば、カニバリズム、他の生命体で言えば、共食い の歴史に・・・・・
生命体としての、大きな暗黒・闇を感じます。
 
 
 
 
この中国と韓国・朝鮮半島の【人身売買】【臓器売買】とゆう闇の歴史ですが
カマちゃんさまの『美し国』ブログにおいて、
日本よ、こんな中国とつきあえるか?(台湾医師の直言)
記事として、その書籍内容を、大変詳細にご紹介下さっておられます。
秀逸記事につき、転載させて頂きました。
カマちゃんさま、いつもあどうもありがとうございます。
 
 
この【人身売買】【臓器売買】とゆう、暗黒の歴史を拝見しておりましたら
私の心中から、声なき声で、
白頭山の呪縛
とゆう言葉が聴こえてきました。
 
 
そして何故か、白頭山と富士山は、繋がっていて
白頭山の慰霊・鎮魂・浄化が、富士山の清浄・正常化には、欠かせない・・・・・
とゆう想いが浮かんで来ました。
 
 
この 白頭山の呪縛 についても、
これから、検証・確認・考察を、継続して生きたいと思います。
秀逸な記事をご紹介下さったカマちゃんさまに、心より感謝御礼申し上げます。
どうもありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
 
 
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林 建良 著



投稿文字数制限の為、二分割しました。今回はその続編です。

日本よ、こんな中国とつきあえるか?(四)より続きます。



●海外のマスコミも注目する臓器売買の実態

中国が臓器売買を国際ビジネスにしようとしていたことは、香港や海外のマスコミでも詳しく報道していた。


一九九四年一一月二七日付の「南華早報」という新聞では、中国の医学界が問題のある臓器移植に参加することに対して批判記事を掲載している。翌九五年の五月三〇日付「東方快報」という新聞も、広東省深B市のある会社が臓器売買の広告を出したという記事を載せ、シンガポールの「海峡タイムス」(Straits Times)の一九九七年一月七日付は、タイ人が中国で秘密の移植手術を受けたという記事を掲載している。さらに、アメリカの新聞社「アソシエート・プレス」(Associated Press)も一九九八年四月一八日付で「中国の臓器提供者の秘密追跡」というタイトルの記事を掲載している。


また、アメリカの新聞社「パイオニア・フォーラム」の二〇〇〇年六月一五日付は、トマス・フラーという記者が「中国では臓器のために死刑にされ、その腎臓はマレーシア人に一万二千ドルで提供された」という内容の記事を発表している。


このように中国人にとっては、お金に換えられるものであれば、たとえ人間の体であろうが平気で利用する。罪悪感などない。人体を商品にして金儲けをしているビジネスに、国家が取り組んでいるのが中国なのである。


だから、中国は話せばわかるという相手ではない。この臓器売買ビジネスの例は日本人には想像を絶することかもしれないが、中国人は人間の拠って立つ思想や道徳などが日本人や台湾人と根本的に違うのだということをよくよく知ってもらいたいのである。

産経新聞が臓器売買の実態を報道

日本ではなかなか取り上げられなかった中国の臓器売買だが、ようやく最近になって知られるようになった。二〇〇五(平成一七)年一二月九日付の「産経新聞」(北京=野口東秀)が次のように報道している。


中国誌「財経」(二〇〇五年十一月二十八日号)によると、中国の黄潔夫・衛生次官が国際会議で「人体器官移植条例(臓器移植法)を公布し、死刑囚からの臓器提供に関して管理、規定する」と述べた。死刑囚をドナー(臓器提供者)にする「死刑囚ドナー」の不透明な実態を法で管理する方針を打ち出した。臓器移植法は近く公布される見通しで、不透明な臓器売買を禁止し、死刑囚ドナーも、死刑囚本人か、家族の同意を求める方向だ。……世界的ドナー不足にもかかわらず、中国でドナーが多いのは「死刑囚をドナーにしているからだ」と指摘されてきたが、「今年七月の世界肝移植大会で黄次官は中国政府として初めて、中国の大部分の利用臓器は死刑囚からだと認めた」(「財経」)。……中国での臓器移植は、司法機関と医療部門が連携して準備される。二〇〇〇年五月には江西省の裁判所が銃殺の死刑囚の腎臓を勝手に病院に売却したため、死刑囚の父親が悲観して自殺、姉が裁判所を訴える事件が起きている。〇三年九月には、甘粛省の刑務所が死刑囚の同意なしに死刑執行後の臓器を取り出したことが発覚して、遺族に二千元(約二万八千円)の賠償金を支払っている。


先に中国では司法部が「死刑囚の臓器摘出に関する注意事項」を出していたことを紹介したが、不透明な臓器売買の実態が世界から非難され、二〇年以上も経ってようやく「人体器官移植条例」(臓器移植法)を制定するのだという。それも、〇五年八月に草案ができていたのに、ようやく条文の詰めの段階だという。これではいつ制定されるやらわからない。二〇〇五年三月に制定され、即日施行された「反国家分裂法」は、草案からたった三カ月半で制定されているのである。


少しでも中国人の本質を知る者にとっては、どんなに甘く見ても、この衛生次官発言はアメリカや日本などから再度の非難を避けるための時間稼ぎ、と解さざるを得ない。


中国は法治国家ではない。もしこの法律が制定されたとしても、これは世界の非難をかわすためのその場しのぎの措置でしかないことは明々白々なことだ。中国がこれほどの「金のなる木」をそう簡単に手放すはずがない。この産経新聞の記事のなかでも「北京オリンピックを前に表面的には死刑囚の人道問題に配慮する姿勢を示し、国際社会からの批判をかわすのが狙いのようだ」とあるが、その通りであろう。


法律を作ったから安心と考えるのは法治国家に生きる日本人の習いだが、中国人がこの法律を楯に、あるいは法律の陰で、さらに巧妙に臓器売買をおこなうことは想像に難くない。法治の精神を日本の統治時代に身につけた台湾人は、戦後の二・二八事件以来、厭というほど中国人のその場しのぎのウソに騙されてきた。中国人のウソを見抜く力は充分培ってきているのである。




実にシナ人の本質を見抜いておられます。
筆者ごときが評するにおよびません。



続く・・・

転載元転載元: 美し国(うましくに)

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林 建良 著
 
 
 
 
 
 
 
 
4.臓器移植は政府と軍のおいしいビジネス

●新興ビジネスとなった臓器売買


 八〇年代に入ってから、中国ではB小平の開放政策のもとで資本主義や市場経済を取り入れたため、経済が急速に発展してきたことは周知の事実だ。お金に敏感な中国人は、ここである新興ビジネスを編み出した。中国の政府や軍関係者と医療機関が連携して、まさに「金になる木」を生み出したのである。


 どういうビジネスかというと、臓器移植に関する商売である。


 中国では、八〇年代に入ってからさかんに臓器移植がおこなわれるようになった。臓器移植は、まず臓器を必要とする患者がいて、臓器提供を仲介するコーディネーターがいて、臓器提供者がいるという三つの要素からなる。需要があって、仲介者がいて、供給者がいる。需要と供給を仲介するのがコーディネーターであり、この三要素はどのビジネスでも必要不可欠のものである。


 臓器の需要が少なくないことは、日本でも腎臓移植や目の角膜移植、脳死による心臓移植、肺臓移植、肝臓移植、骨髄移植などがさかんにおこなわれていることから、一般的にもかなり知られている。腎臓の場合、日本では透析を受けている患者さんは二五万人もいる。透析の苦しみから抜け出すには腎臓の移植手術を受けるしかない。つまり、腎臓のマーケットは厖大だということになる。


 金に敏感な中国人がこのようなビジネス・チャンスを見逃すはずはない。実際、先にも述べたように八〇年代以降、中国では新しい薬や技術を開発したこともあって、移植するケースがかなり増えて年間一万件以上となり、先進国並みになってきている。


 臓器移植をする場合、最大のネックは提供可能な臓器が少ないという点だ。世界のほとんどの国は、医療として、人道的に臓器の提供をしている。日本でも「ドナー・カード」という制度があり、自分が脳死状態になったら、臓器を提供してもよいという意思表明のカードだ。臓器の提供は、もちろん売買を意味するものではなく、善意にもとづいて、困っている患者さんに臓器を提供するということである。


 中国人には伝統的に「全屍」(チェンスー)という信仰があり、死体は完全でなければならないと考えている。死んだあとでも、体にメスを入れて臓器を提供するなどという発想はない。だから、中国では一般の人が善意で臓器を提供するケースはほとんどない。
 しかし、不思議なことに中国では、前述したように八〇年代に入ってからさかんに臓器移植がおこなわれるようになった。なぜ中国で医療ケースが増えたのかといえば、もちろんそれは臓器の供給が可能となったからにほかならない。では、なぜ可能となったのか?


 誰が、誰の臓器を提供しているのか?


 実は、臓器の提供者は死刑囚だった。そして、臓器移植にからんでいるのは、政府、司法、軍と関係している病院の三者である。


 日本ではほとんど知られていないが、中国は八〇年代、開放政策とともにもう一つの政策を打ち出していた。それは「厳打政策」と呼ばれるものだ。「厳打」、つまり、犯罪者に対して厳しい打撃(厳罰)で臨む政策のことである。この政策のもとで、中国には大量の死刑囚が発生した。


 中国は人治社会であって法治社会ではない。法律は役人次第でどうにでもなる。犯罪者と見なされた場合、とても早い段階で刑が確定したり、死刑と決まった場合も早い段階で処刑されるケースが少なくない。刑が確定してから数日後に執行されることもある。もちろん、数年間拘留されて処刑されることもある。


 中国の死刑囚の数は、先にも述べたように全世界の死刑囚を上回っている。国際人権団体アムネスティ・インターナショナルの調査によれば、中国における死刑執行件数は二〇〇四年で三四〇〇人にものぼっている。その要因の一つが、死刑囚が臓器提供者と位置づけられているからである。


●臓器売買の実態を暴いた呉宏達レポート


 ここに中国の死刑囚の臓器売買に関するレポートがある。このレポートの英文版は、中国からアメリカに移住した中国人の呉宏達(ハリー・ウー)氏により、二〇〇一年五月に出版されている。中国語版は翌〇二年二月に出版され、台湾でも話題になった。


 呉宏達氏はアメリカに移住したのちも、自分の家族に臓器移植を希望している者がいるとの触れ込みで数度にわたって中国に潜入し、臓器売買の実態を調査してきたという。当時しきりに呉宏達氏に臓器を売り込もうとしていたのは、なんと王誠勇という海南省の検事だったことも明かされていて、レポートには王検事の写真も掲載している。


 このレポートの題名がまたふるっている。『共産党の慈善事業』(Communist Charity)とつけられている。


 呉宏達氏の調査は一九九一年から始まり、翌九二年に米国ワシントンに「労改基金会」を設立、それから精力的に中国による臓器売買問題を提起している。一九九四年には英国のBBCが取り上げて注目を浴びた。


 一九九五年、アメリカのパスポートで中国に入国した際、スパイ容疑で中国当局に逮捕されたもののアメリカ政府の圧力で釈放された。この釈放をきっかけに、中国による臓器売買問題はさらに関心を集め、アメリカの国会でも取り上げられ、数度にわたって公聴会が開かれている。そこで、国会から当時のクリントン大統領に対して中国への申し入れが提案され、そこでクリントンは一九九七年、江沢民国家主席が訪米した際に問題提起している。


 また、ほぼ同時期の一九九七年一〇月一五日、アメリカの全国ネットABCテレビが中国の死刑囚の臓器売買問題を「血生臭い金」(Bloody Money)というタイトルで取り上げ、ゴールデン・アワーの生放送で放映したのだった。


●臓器の注文を受けてから死刑囚を選定する


 呉宏達氏の『共産党の慈善事業』で取り上げられている内容の一部を紹介してみたい。
 まず、中国の臓器売買システムは、病院側がどのような臓器が必要なのかを刑務所に注文するところから始まる。


 中国では祝日の前日に死刑執行する。なぜ祝日の前日なのかというと、中国では八〇年代以前までは公開処刑が一般的で、処刑はお祭り気分で見るものとして定着していた。国民の娯楽の一つであったため、祝日の前日におこなわれるケースが多い。ここにも中国人の国民性が如実に現れているが、中国人にとって他人の苦しみは自分の楽しみなのである。


 次に、刑務所で病院側の注文に見合う死刑囚が選ばれる。なぜ死刑囚の臓器が対象となったのかというと、中国の刑務所には人権問題など存在しないからである。麻薬歴や肝炎あるいはエイズなどのウイルス感染の事前チェックが容易であるし、事前に処刑日を特定できる。また、死刑囚は若くて健康な人間が多いからでもある。


 臓器は新しければ新しいほどよいので、死刑が執行されたらすぐに臓器を取り出すため、刑場には医者が待機している。執行されるや臓器を取り出し、病院へ搬送して移植手術をするというシステムになっている。


「医食同源」の猿の脳味噌を食べるケースで紹介したように、中国人は新鮮なものほどよいと考えているため、死刑執行の前に臓器を取り出すケースもよくあるという。レポートでは、「開放雑誌」(一九九五年八月号)が取り上げた例を紹介している。思想問題で死刑とされた一九歳の女性、黎蓮のケースだ。これは、死刑を執行する前に、医者が待機する車のなかに強引に押し込み、麻酔なしで二つの腎臓を取り出したというのである。


 この残酷かつ残忍な実例を報告しているのが、なんとこの女性から腎臓を取り出した陳Bという成都華西医科大学出身の医師だった。現在、この陳医師は中国を脱出してドイツのハンブルグに住んでいるというが、レポートにはこの医者の実名と顔写真も掲載されている。彼によれば、研修医のとき、翌日に死刑が執行される死刑囚から何度も腎臓を摘出したという。


●臓器移植の手術費用は死体の七〇〇倍!


 では、病院が支払う死体の値段はいくらかというと、おおよそ三〇〇人民元から六〇〇人民元(一人民元=約一五円。四五〇〇円から九〇〇〇円)。一方、中国国内における臓器移植の値段はいくらかというと、一二万人民元から一五万人民元(一八〇万円から二二五万円)だそうである。外国人の場合はそれが倍近くにはねあがり、三万ドルから五万ドル(一ドル=一一〇円。三三〇万円から五五〇万円)になるという。なんと死体の六〇〇倍から七〇〇倍にもなるのだ。なかには、間に複数のコーディネーターが入った場合は一〇〇〇万円以上かかるケースもあるという。


 外国人患者のなかには日本人も少なくない。中国人コーディネーターの手引きにより、中国に渡って移植手術を受けている。それ以外は東南アジアを中心に、マレーシア、シンガポール、香港、台湾などからの患者が多くいるという。


私は栃木県の片田舎で医療に従事しているが、糖尿病を専門とする私のところには糖尿病腎症によって腎不全になり、人工透析を余儀なくされている患者も少なからずいる。そのうちの一人が「臓器移植を中国で受けたい。紹介してくれないか」と頼んできたことがある。なぜ中国なのかと訊くと、「すぐに移植できるし、若くて健康的な腎臓だと聞いている」と言うのである。


 中国の臓器移植(臓器売買)ビジネスがついに日本の田舎まで浸透してきたのだとつくづく感じた。


●軍と政府が関与する巨大ビジネス


 実は、この臓器移植には最初から最後まで中国政府が深くからんでいる。中国司法部(法務省に相当)から一九八一(昭和五六)年六月一三日付で出された公文書に「死刑囚の臓器摘出に関する注意事項」(八一司法普一六三号)があり、そのなかで「秘密を厳守せよ」と明記されている。また「医者が車を使う場合は、医療機関のマークを隠すこと」という事項も入っているし、「摘出した死体は速やかに処理するため火葬に付すこと」とも指示しているのである。


 また、実際、移植手術をおこなっている中国の病院のほとんどが人民解放軍や政府機関の病院、あるいは関係病院である。私の手元にはその医療機関のリストがあり、「北京友誼医院」から「人民解放軍第一四八医院」まで、ほぼ中国全土を網羅する一九地域、七〇カ所にものぼっている。その地域と病院数を次ページに掲載する。


 つまり、移植というビジネスは、中国の司法部の官僚や病院関係者にとっては非常に大きな財源となっていることがよくわかるのである。
引用ここまで
 
 
 
投稿文字数に制限がありますので、この章は分割します。
 
何にせよシナという国、民族は理解し難い国であることだけは間違いなさそうです。
 
 
 

転載元転載元: 美し国(うましくに)


林 建良 著



日本よ、こんな中国とつきあえるか?(一) より続きます。


2、中国人の恐ろしい「医食同源」信仰

■ 中国人が猿の脳味噌を食べるのに理由がある


中国の料理がおいしいというのは、今やほぼ世界共通の評価になっている。とことんおいしい料理を追及するという面もさることながら、中国の食文化にはもうひとつの思想が入っていて、その中に中国人独特の哲学がある。それはなにかというと、「医食同源」という考え方である。


この「医食同源」という言葉は日本でも以前から使われていて、プラスの価値観を伴って使われている。しかし、日本で使われる「医食同源」と、中国で使われている「医食同源」とはまったく違った考えに基づいている。


日本人は栄養学的な観点から「医食同源」を考えている。口から入れるものは体にとって大切なもので、病気も、食べるものによって引き起こされたり、治すこともできると考えられている。つまり、病気を治すのも食事をするのも本質は同じで、生命を養う栄養学的な面から医食同源を捉えている。しかし、中国人が考えている医食同源とは、日本人が考えていることと次元が違うのである。


私も台湾の医学部時代、中国の漢方薬や漢方医学について勉強させられたことがある。というのも、私の出身大学ではこの漢方薬や漢方医学は必修科目であって、どうしても勉強しなければならなかったからである。


私たち学生に漢方について教えていたのは中国からやってきた先生で、彼らが強調する漢方医学の概念は、科学よりも哲学ということだった。この哲学の概念で人を治したり、薬を処方したりする。陰と陽、実と虚の概念を使うが、この薬の組成は金に属するか、土に属するか、水に属するかなど、陰陽五行の概念でものごとを判断する。


これはこれでいいのだが、恐ろしいことに漢方医学には、例えば「肝臓を食べると肝臓に効く」「脳を食べると脳にいい」「心臓を食べると心臓にいい」という考え方が厳然としてある。どうしてもそのようなものが手に入れられなければ、似たような形のものを食べると体にいいと教える。科学的な根拠はないが、中国人は実際そう信じているのである。


そこで、中国の市場をのぞいて見たことのある人にはお分かりだろうが、よく売られているのは精力剤としての「狗鞭」で、犬の鞭、すなわち犬の生殖器である。もっと効くと信じられているのが虎のペニスで「虎鞭」である。犬よりも虎が強いという発想からだ。


このような概念に基づけば、根本的な医食同源とは、その臓器を食べるということになる。それも、できるだけ人間に近い方がよいとされ、また新鮮なものほどよいとされている。例えば、広東省や四川省では、昔から猿の脳を食べるという食習慣がある。では、どのようにして猿の脳を食べるかというと、真ん中に丸い穴が開いているテーブルの下に生きた猿を縛りつけ、頭の部分だけを穴から出す。そこで、金槌でその頭を割り、脳味噌をスプーンですくって食べるのである。


中国人は平気でこのような残酷な食べ方をする。私には猿の脳がおいしいかどうか知る由もないが、単においしいというばかりでなく、脳にいいということで食べているのである。

実は、私も高校のときよく筋緊張性頭痛に悩まされたため、豚の脳を薬として飲まされたことがある。この時は台北のある中国人の漢方医にかかり、ある処方をされた。処方には条件があって、漢方薬は必ず豚の脳と一緒に煎じなければならないというのだ。そのため、高校三年間、週に一回のペースでその豚の脳と漢方薬を服用させられた。頭痛なら豚の脳だという発想に基づいた処方のようだが、今もって苦々しい思い出である。

これが実は、中国人の医食同源の発想なのである。つまり、人間に近ければ近いほど、その臓器に近ければ近いほど、体にいいと考えているのである。だから中国人は、好んで犬や虎のペニスを食べ、猿の脳味噌を食べるのである。


では、究極的な医食同源とはどういうものかといえば、もう読者はお分かりだろう。そう、人間の臓器そのものを食べることなのだ。だから、中国では胎児を食べたりすることもあるのである。


このように、中国人は体にいいという理由だけで、大自然にあるもの、命のあるものをすべて食材や「健康食品」にしてしまう。これが中国における医食同源の基本的な発想なのである。この発想の下では、医学よりも科学よりも一つの哲学が大事にされる。中国人の哲学として大事にされる。その哲学とは、人間の体をも部品としてみなし、それを食べるという考え方なのである。


■ 饅頭を持って処刑場に集まる中国人


中国の漢方医学の中でもっとも権威のある書物は、明時代の一五七八年に李時珍が執筆した『本草綱目』である。本草とは基本的に薬用になる植物を指すが、薬物として役に立つ動植物や鉱物の総称でもある。


この『本草綱目』では、綱目別に、金石部、草部、火部、木部、虫部、鱗部、獣部と分けてあり、その下に処方した漢方薬を説明している。

なんとその最後の部が「人部」、つまり人間が入っていて、人体を薬剤として扱っているのである。そこでは細かく、人間の髪の毛、尿、唾、汗、骨、生殖器、肝臓などが何々に効くということが書いてあり、さらにその処方についても次のようい細かく書いてある。「再三、連年にわたる瘧(おこり、マラリア)、食にむせんで飲み込めないとき。生の人肝一個、もち米を十分に用意し、麝香を少々入れ、陰干しする。人肝の青い半分は瘧を治す。黒い半分は、むせる病を治す」。
生の人肝をどうやって手に入れるのかを考えるだけでぞっとする。しかし、その処方は中国人にしてみれば、四千年間積み重ねた経験による賜物のようだ。

要は、手に入れられるものは何でも使って人の病気を治すということなのだが、しかし、中国人は病気になる前に食べてしまう。だから、これが体にいいと知れば、手に入るものはすべて食べてしまう。それでよく中国人は「四本足で食べないのは机だけ」とも揶揄されるのである。だが、揶揄ではない。これが中国人の本当の姿であり、医食同源の本当の意味なのである。


日本人は「医食同源」は中国の素晴らしい文化だと、中国人を美化しているが、自らの体のためには、人間を含む他の生命を平然と犠牲にする中国人の哲学はいたって恐ろしいものなのである。


この医食同源の概念は中国の医学分野に止まらず、一般庶民の生活にも浸透している。例えば、日本でも有名な魯迅の『薬』の中にも、実は医食同源を表した描写がある。


この作品の中に、公開処刑の場面が出てくる。これは実際に行われた女性革命家、秋瑾の処刑の情景をモデルにしたものだ。作中では、処刑場の周りに人垣ができているが、その人々は手に手にお饅頭を持っている。なぜ人々は処刑場にお饅頭を持っていっているのか。実は処刑された瞬間に血が噴出するが、その血をお饅頭に染み込ませるためである。なぜそんなことをするのかというと、新鮮な人間の血は体にいいという発想があるからだ。


人々には処刑者に対する同情心も恐怖感もない。ただただ自分の体にいいからということで、手に饅頭を持って処刑場に走り、我先にと飛び散る血を待っているのである。この『薬』には、人肉を漢方薬として売っている場面も出てくるのである。


■ 親孝行として人肉を奨励する中国人


また、中国には昔から『二十四孝』という子供の教材がある。二十四の親孝行の例を著した本で、そのひとつに「割股療親」がある。つまり、自分の太腿をえぐって病気の親に食べさせて病気を治すことを親孝行として奨めているのだ。中国ではこのようなことを平気で子供に教えているのである。


さらに、中国の南宋時代の有名な将軍である岳飛がつくった「満江紅」という漢詩がある。この中に「壮志飢餐胡虜肉」、つまり、お腹が空いたら胡人の俘虜の肉を食え、「笑談渇飲匈奴血」、談笑して喉が渇いたら匈奴の血を飲め、というフレーズがある。中国ではこの漢詩に曲を付け、今でも小学校の唱歌のひとつとして教えている。


このように中国では、子供の教育の中でも、人の肉を食えとか人の血を飲めと奨め、親孝行として人肉を食べさせることを、教材として子供たちに教えているのである。


■人間の皮膚から作った化粧品を最高とする中国人


二〇〇五年九月十三日付のイギリスの「ガーディアン」という新聞に、次のような記事が掲載された。中国の化粧品会社が処刑された死刑囚の皮膚を利用して化粧品を開発し、ヨーロッパに向けて輸出しているという内容だった。


これもまさに皮膚なら肌にいいという考え方をする「医食同源」から出た商売で、人間の皮膚から作った化粧品なら最高最善とする考え方に基づいて作られたものだ。このように、死んだ人間の皮膚まで商品化してしまうのが中国人の考え方なのである。


恐らく日本人にはショッキングな内容の記事かと思われる。しかし、日本ではまったくといっていいほど報道されなかった。日本人には見たくないものから目をそむける国民性があり、信じたくないものを信じないようにする傾向があるので、非常にショッキングな記事にもかかわらず報道されなかったのかもしれない。


因みに、中国での死刑数は明らかにされていないが、二〇〇四年に世界で執行された死刑数は約五千五百件であり、その中の少なくとも三千四百件は中国だ。非公開で処刑されるケースもあるから、実際にはもっと多いかもしれない。


中国ではなぜこんなに死刑数が多いのかというと、実は死刑囚の人体は役人の収入源だからである。役人の収入源とはどういうことかというと、死刑囚の人体は商品であり、臓器売買が行われているということだ。


■中国人医師が語った恐ろしい話


中国ではまた、子供の誘拐も頻繁にある。その中の一部は商品として臓器の売買が行われている。その数こそ定かではないが、かなりの件数に上るものとみられている。それを証言する話を実際に中国人から聞いたことがある。


十九年前、日本に来て東大で研究していたとき、たまたま同じ第三内科に中国の蘭州大学で血液学を教えていた教授が留学にきていた。彼の日本語はあまり通じないので、日本人の医師たちとうまくコミュニケーションをとれず、そのためか北京語のできる私とよく雑談をしていた。その雑談のなかでのことである。


当時は骨髄移植がはじまって数年しか経っていない時期で、白血病や骨髄の癌に冒された患者さんはわざわざ放射線で骨髄を破壊して、他人の骨髄を移植する。当時としては最先端の医療技術だった。しかし、なぜか蘭州大学のその教授は日本で行われた骨髄移植手術を軽蔑していた。彼は私に「このようなことは、中国ではとっくにやっている」と言うのだ。

しかし、骨髄移植というのは、日本ならまず骨髄バンクをつくり、そこに集めた骨髄の中から患者さんと遺伝子的に合っているようなタイプを探し、マッチングしたものしか使えないので、骨髄バンクを持たない中国がそのような最先端の医療技術を持つ日本よりも優れているとはとても考えられなかった。

そこで彼に「中国ではすでにこのような移植をやっているのか」と聞くと、彼は、胎児の肝臓を使うのだと答えた。確かに肝臓というのは血液の再生能力がある臓器で、骨髄と似たような機能を持っている。

そこで、「どうやって胎児の肝臓を患者さんの体に入れるのか」と問うと、彼は「胎児の肝臓を取り出してすりつぶし、メッシュで濾過したものを点滴すれば、骨髄移植と同じような効果がある」と強調するのだった。「では、どこから胎児の肝臓を手に入れるのか」と聞くと、彼は笑いながら「あんなものは、いくらでも手に入る」と言い放ったのである。

その時に私は、さすが中国は世界一人口の多い国だから、胎児を手に入れることはたやすいことなのかもしれないが、「あんなもの」として命を軽んじ、恐ろしいことを平気でやるのが中国人だということを改めて認識した。その教授が「いくらでも手に入る」といったときの乾いた笑い声は、未だ耳朶から離れない。
(引用ここまで)


シナ人は「四つ足で食べないのは机だけ」と言われるほど、 何でも食べてしまいます胎児の死体であっても・・
おぞましい限りです。

次回に続く・・・



転載元転載元: 美し国(うましくに)

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