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『循環する生命世界』(2)記事で私は、偉そうにも、現代科学を否定するような発言をさせて頂きました。
人間の科学とは、一体どれほどのものなのか??
時間の仕組み、生命の仕組み、脳の役割も、まだまだわからない・・・・・
地震予知も、噴火予知も出来ず、大自然の前に、なす術もない・・・・・
未知のウィルス、未知の宇宙、未知の深海・・・・・
人間とは、まだまだわからない事だらけの、この現実世界に生かされてきた、生かされている
とゆうのに、現代科学で証明されないから、ありえないなんて・・・・・
人間とは、現代科学の権威に溺れた、傲慢な科学者達の戯言に、どれほど騙されてきたのか?
しかし、それでもやはり、現代科学の発展があったから、あるからこそ
私たちは、毎日の日常生活の中で、こうしてパソコンでブログをしたり
冷蔵庫から新鮮な食材を出したり、美味しいお水を飲ませて頂いたり身に余るような、素晴らしい恩恵を、日々享受し続けているのです。
そうやって、現代科学の恩恵を受け誕生させて頂き、生きながらえさせて頂いてる自分自身を想う時、
私は矛盾する想いを、感じずにはいられません・・・・・
もし現代医療がなければ、私は5歳の時、おそらく麻疹(はしか)で死んでいたでしょう。
もし麻疹を生き延びてたとしても、10歳の時の盲腸で、間違いなく死んでいたに違いない・・・・・
そうしたら、私自身は現実世界に存在せず、子ども達も誕生せず・・・・そうして遡って考えてしまうと、
私の両親達だって、誕生していたかどうかすら、アヤシイ・・・・・と、果てしなく妄想は膨らみます。
そうなのだ。人間とはきっと、矛盾する生き物なのに、違いない・・・・・
思えば私は子どもの頃から・・・・・ずっと、こんな事ばかりを考えていました。
例えば、私が子供の頃から大好きだった、手塚治虫氏の漫画、『ブラック・ジャック』
秋田文庫 ブラック・ジャック 第11巻 『人生という名のSL』 より抜粋
少年時代、爆破事件に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った少年=ブラック・ジャック。
奇跡的な手術で、その少年の生命を救った恩師、本間医師。
もし本間医師が、ブラック・ジャック少年の、生命を救っていなかったら?
もしブラック・ジャックが生き延びて、医師とならず、多くの人間の生命を救わなかったら??
世界は、歴史は、変わっていたのだろうか・・・・・???
たった一人の生死を変化させる事 = 世界の歴史さえ変化させる事
そんな事が、あるのだろうか・・・・・?
いや、きっとそれが、世界の真相に違いない。
たった一人の生死の重さ
ブラック・ジャックは・・・・否、手塚治虫氏とは、凄い事を教えてくれたのだ!!
私は小学生の頃から、ずっとそう思いながら、この漫画を読んでいました・・・・・
ですから自分のこども達にも、絶対に小学生のうちから、この漫画を読ませたいと思い・・・・・
文庫本を全巻揃え、本棚に置いています。
いま本棚を見てきたら、これしかなかったので・・・・・残りはきっと、子ども達の部屋にあるのでしょう(笑)
中学1年の長男は、すでに何度も繰り返し読んでるはずです。
長女も小学2年になりましたから、そろそろ読めば、理解出来る時期でしょう。
男児の場合、あまり幼い内から暴力的な描写・残酷な描写(手術シーンなど)を読むことは、性格形成・精神発達上、非常に好ましくないため(これはFBI捜査官が立証しています)、長男に与える読み物とその時期については非常に気を遣い、9歳までは絵本をたくさん読み聞かせ、メルヘンやファンタジーの比重の高い世界で育てました。
しかし11歳を機に、「母は本日より、お前を一人前の男と見なす。本日が元服である」と宣言(笑)
ブラック・ジャックやデビルマンを解禁、色々な漫画を読ませ、活字に親しませました。
活字に慣れた頃を見計らい、アースシー(ゲド戦記原作)やロードオブザリング始め、様々な小説を与えました。今は面白くて為になる小説をたくさん読み、読書好きになって欲しいです。
やはり勉学の基本とは、何と言っても読書です。
子どもを読書好きに育てる事は、子どもの将来の可能性を、大きく広げてあげる事であると・・・・・
金銀財宝を残すより、読書好きとゆう習慣を残してあげた方が、よほど本人の為に成ると・・・・・
貧乏暇なしの言い訳ではなく(笑) 私は心底から、そう思っています (*^-^*)
また、親が子に善悪を厳しく躾けるのは、小学生まで。それ以降反抗期の年齢になったら、親の価値観を押し付けるより、様々な『文学』や『経験』に学ばせ、本人らしさを育てるのが一番
これが我が家流、子育ての基本です☆ もちろん親から伝えるべき意見は、きちんと伝えますが・・・
『自立』を見守る事も、非常に大切と思っています。
もうタイトルテーマから遠く離れ、一体何を言いたいのだ?? 状態ですが・・・・・(笑)
現在、現代科学と現代医療とは、もはや生命の尊厳を犯す領域に侵入しつつありますが・・・・・
命の尊厳と生命の主権なくして、
テクノロジーだけの世界など、決して存続し得ない
要は、そうゆう事が、言いたい訳です。
この記事の最後は、ブラック・ジャックの生命を救った、恩師本間教授の言葉で締めたいと思います。
ブラック・ジャックくん。我々は医者なんだぞ。神様じゃないんだ。
このクランケ(患者)を、たとえロボットのようにまで かえてなおしたとしても
クランケが悲観して、生きるのぞみを失ったらどうする?
これだけは、きみもキモに めいじておきたまえ
医者は 人をなおすんじゃない。 人をなおす手伝いをするだけだ
なおすのは・・・・・本人なんだ。 本人の気力なんだぞ!
医者が 人の生き死にの カギをにぎるなんて・・・・・
思い上がりも はなはだしいんじゃないか?
本間教授のこの言葉は、実際に医師でもあった手塚氏の、魂の言葉であると思います。
そして、この「医者」の部分を、「人類」と「科学」 そして「人」の部分を「地球」と置き換えてみると、
また非常に味わい深い言葉と成るのではないでしょうか・・・・・
人類が、科学が、地球を救うんじゃない
人類は、科学は、地球を救う、手伝いをするだけだ
地球を本当に救うのは、地球自身(地球の全ての命達)なんだ!
人類が、科学が、地球の生死の カギを握ろうなんて
思い上がりも はなはだしいんじゃないか?
今、私の心の中には、そんな想いが、響き渡っています・・・・・
最後までお読み頂き、どうもありがとうございました
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2012年09月11日
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『循環する生命世界』(1)で紹介させて頂いた通り・・・・・
MYUは、この世界に満ち溢れる、生命達の美しさ、素晴らしさに感動するたび、
感激のあまり、アヤシイ人に変身してしまいます(笑) しかし実は、ふと考えてみると・・・・・見えない物、語らない物達に、命や心を感じていた、子どもの頃の心のまま、大人になってしまった私は・・・・・やっぱり普通とは、少し違うのかもしれません??
例えば私は、「家」にも命や意思を感じるので・・・・・家を出入りする際はいつでも、「家」に向かって
「言ってきます。ただいま。」と言うのが、子どもの頃からアタリマエです。
今でも家や車や、身の回りのあらゆるものに愛称をつけ・・・・楽しく意思疎通しています^^
子どもの頃、お花畑の妖精さん達とお話してたような・・・・そんな感覚のまんまなんですネ(爆)
MYUは、レンゲ畑で遊ぶのが大好きな、子どもでした。
レンゲ畑に来る、ミツバチやバッタ、ありんこ達を見ているだけで
いつも、とっても幸せな気分になりました。
農薬散布で、すっかり姿を消してしまった、レンゲ畑・・・・・
あの美しいレンゲ畑を、いつの日か
子ども達や孫達と一緒に、再び見られる世界にしたい・・・・・
そんな夢も、膨らみます。
また私は、自分自身が身に着けていたもの・・・・例えば穴のあいた靴下でも、処分する時はいたたまれなくなり・・・・・「今日まで本当にどうもありがとう。さようなら。」と涙目になってしまいます。
この物捨ての際の儀式は、こども達が幼い頃は、いつも母子一緒に行い・・・・・壊れたおもちゃを捨てるたび、毎回母子で涙目になって、大変でした(大笑)
また、壊れていないおもちゃで不要になったものは、全てダンボール箱に入れ、リサイクル屋さんに持ち込み、一箱100円とかで買い取って頂きます。
そして「お世話になったおもちゃさん達を、捨てないで済んでよかったね☆ あのおもちゃさん達を、必要としてくれるお友達のもとで、また楽しく遊んでもらえるといいね♪」と、子ども達と一緒に喜びあい、そのわずかなお金で食べ物を買い、一緒に美味しく頂きます。
また、お誕生日やクリスマスのプレゼントだった、「トミカの立体駐車場」や「プラレールセット」などは、記念撮影をした後、欲しがるご近所や親戚の幼児に譲りました。
「トランスフォーマー超合金」「○○レンジャー超合金」なども、記念撮影した後、リサイクル屋さんに持ち込みます。これらは箱つきで綺麗で比較的最近だと、割と高価(定価の10〜20%くらい)で買い取って頂けます。
それらのお金は、「大好きだった超合金を、売ったお金だよ。大切に使うんだよ。」と念を押し、持ち主だった息子に、おこずかいとして渡します。息子はそうして得たおこずかいは、ぜんぶ貯金しているようです。
そうやって選別しても、やむを得ず捨られたゴミ達が、一体どうなるのか・・・・・
息子が小学校に入学して、最初の自由研究の課題として選んだのは、地域のゴミ焼却場とリサイクルセンターでした。友達親子と一緒に見学を申込み、説明を受けながら、隅々まで丁寧に見学させて頂き・・・・・ゴミの行方を親子で学びました。
翌年の課題として選んだのは、汚水処理センターでした。下水として流された汚水が処理され、上水道として戻ってくるまでを学び、水の大切さありがたさを、8歳の身体に叩き込みました。
そうやって我が家では、夏休みの自由研究のたび、ゴミ処理や水循環、大気循環や森林循環などについて親子で学び、想い出づくりと魂の教育の両立に取り組んでいます。
この世界では、目に見えないもの達にも、すべてに命があって、意思があって・・・・・
みんな、ちいさくささやきながら、ただよったり、流れたりしている。
そんなちいさな命たちの想いに、耳を傾け、大切にする心を、こども達にも伝えたい・・・・・
〜 コドモタチガウマレクルズットマエカラソウオモイネガイツヅケテキタ 〜
しかし、これまでの現実世界では、目に見えない世界とゆうのは、科学的に証明出来ない部分が非常に多く・・・・・現代科学で証明されないことは、『精神世界』とゆうカテゴリーで括られてしまい、非科学的として、排除される傾向にあります。
そして私は思います・・・・・人間の科学とは、一体どれほどのものなのか??
時間の仕組み、生命の仕組み、脳の役割も、まだまだわからない・・・・・
地震予知も、噴火予知も出来ず、大自然の前に、なす術もない・・・・・
未知のウィルス、未知の宇宙、未知の深海・・・・・
人間とは、まだまだわからない事だらけの、この現実世界に生かされてきた、生かされている
とゆうのに、現代科学で証明されないから、ありえないなんて・・・・・
人間とは、現代科学の権威に溺れた、傲慢な科学者達の戯言に、どれほど騙されてきたのか?
私は、自分の子ども達にも、そう堂々と教えていますから、学校の先生・塾の先生達の天敵です?(笑)
成長した子ども達も、私が変わった母親らしいのは、最近随分わかってきたようで・・・・・(苦笑)
学校ではこう習ったけど、お母さんは違うって言うんだろうね(笑) なんて、上手に対応してくれます☆
私はこれからもこうして、自分自身の五感のすべて、心と魂と命のすべてで感じる、見えない世界・・・・
いわゆる、『精神世界』 (←私はあまり、好きな言い方ではないのですが・・・現時点では、多分一般的な単語と思いますので、そう表現します)も、大切にして生きたいと思います。
そして、その精神世界で感じた事・学ばせて頂いた事を、現実生活の暮らしにリンクさせ・・・・
豊かに展開、拡げてゆく事が出来るよう・・・・・自分なりに、試行錯誤を続けて生きたいと思います。
そうやって現実生活の中で、精神世界=命・心・魂・物質・生命〜 世界のすべてのすべてを大切にしながら、喜怒哀楽に彩られた、豊かな日常生活を創造してゆく事・・・・・
そうしてすべての命を鎮魂・慰霊して癒し鎮め、すべての愛を世界に奉祝・奏上し、還元し続けてゆく事
この愛おしい日常生活のすべてこそ、真正なる世界の創造・循環であると・・・・・
私は、そう思っています
青森、白神山地一体の、山里の中で踊る、精霊さんたち
ともに いかしていただいて ありがとうございます
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MYUの自宅には、神棚があります。
2009年9月9日、神宮大麻と氏神様と武蔵国一宮の神札を、我が家にお迎えしました。
そして神祭りを始めてから・・・・先日、満3年と成りました。
この3年間は、私にとって・・・・事実は小説より奇なりの、激動の日々でした。
本当に、大きな喜怒哀楽を与えられた、激動の日々でしたが・・・・・(現在も継続中・笑)
それでも生かされてきた事実に、まずは心より感謝御礼申し上げたいと思います。
我が家の神棚は、一社祭りのお社が、横に三つ並んでいます。
横三つ並んでいるといっても、真一列ではなく・・・・・正面に向かって、凹になるように並んでいます。
つまり、少し奥まった真ん中のお社を、両脇のお社が包むような並び方です。
これは伊勢神宮 『外宮式』であると、ある御方から、アドヴァイスを頂きました。
ちなみに正面に向かい、凸になるように並べる(真ん中のお社を、前に出す)と、『内宮式』だそうです。
私は最初、無意識に内宮式に並べていたのですが・・・・・
そのアドヴァイスを伺ってから、昨日は凸形、今日は凹形と、日々試行錯誤を重ね・・・・・
なんとなく、凹形がしっくりするように思ったので、以来ずっと外宮式です。
三つ並んだお社の中には、それぞれ神札をお祭りしますが、通常は以下のようにお祀ります。
正面=神宮大麻(伊勢神宮内宮札)
右側=氏神様神札
左側=崇敬神社神札
我が家の場合、それぞれのお社の中に、2〜3枚づつほど、神札をお祭りしてあります。
神札の種類と、組み合わせ方は・・・・・いまのところ、内緒です(笑)
そして両脇のお社の手前に、一対のお榊を供え、正面のお社の手前に、御水をお供えします。
お供えする御水は、あちこちの神社にご参拝にいくたび、水神様からお水とりさせて頂くご神水だったり、地元の宗像神社のご神水だったり、自宅製造の蒸留水だったり、色々です。
お榊は、国産榊です。お店の人の話によると、山の中に自生している榊を、切り出してくるのだとか。
榊の切り出し職人も年々減ってきていて・・・・・最近では、中国産の本榊しか置かない生花店も、増えているのだとか。確かに、我が家の近くの生花店やスーパーの中のお花コーナーには、中国産しかないので・・・・・いつも決まった店に足を運び、毎回国産榊を購入しています。
我が家で購入している国産お榊は、花瓶のお水を毎日交換すれば・・・・・
だいたい、3ヶ月くらいはもちます。
余所のお家では、半年以上もつお家もあるそうですが・・・・・
我が家は割と痛みが早い方なので、だいたい1〜2カ月おきに、株ごとお取替えします。
そして神棚からお下げした榊は、家中の洗面所やおトイレなど、水回りに飾ります。
このように、お供えした御水と、お榊の花瓶のお水は、毎朝お取替えします。
我が家では、この御水交換は、毎朝夫の仕事です。
我が家の夫は、羨ましいばかりの、強烈な零能体質なんですが・・・・・(笑)
なぜか神棚のお世話は大好きらしく、毎朝嬉々として、甲斐甲斐しくお世話してくれます☆
さて、そんな我が家の神棚ですが・・・・実に正直なんです。
精神世界と、ちゃあんとリンクしていて・・・・・その変化を、きっちり現実世界に反映して下さいます。
最も判りやすいのは・・・・・お榊の、枯れっぷりです☆
自宅にたくさん来客が来た後、会社でトラブルが起こった後、大規模な有名神社に行った後など・・・・・
日頃と違う「想念」を受けたな、何かが「昇華」されたな・・・・・そう感じるたび、まるで私の身代わりになって下さったかのごとく・・・・・翌日ちゃあんと、お榊の葉がチョリチョリに縮れたり、茶色く変色したりして、枯れているのです☆
こうしてお榊が、一日でちゃあんと枯れる姿を見るたび、自然の正直さ・本当の素直さに対する、感謝の想いが湧いてきて・・・・思わず頭を垂れ、反省せずにいられません。
今年の8月は、月山〜鳥海山〜白神山地〜永平寺など、念願の東北地方旅行に出かけられましたし、真夏な事もあってお榊の痛みが早かったので、ひと月で全交換させて頂きました。
よって、9月1日(おついたち)に、真新しい、青々としたお榊に交換したばかりなのですが・・・・・
9月6日〜8日の2日間の枯れっぷり が、あまりに見事だったので・・・・・
おもわず写真に撮ってしまいました(笑)
いや〜〜枯れた枯れた・・・・・
実にお見事な、枯れっぷりです(大笑)
写真のお榊の枯葉ですが、正確な経緯を申し上げますと・・・・・
9月6日の朝、夫が榊のお世話をした時は、枯葉は見当たらなかったようです。
6日夜、私が見た時は、「・・・色が少し変?」という葉が、数枚ありました。
9月7日の朝、夫がお世話した時には、相当部分が変色してるように見えたそうです。
しかし購入して1週間ですから、夫も「???」自分の目の錯覚かと思い、処分はしなかったそうです。
7日夜のお世話はさぼってしまい、8日は5時起きで夫が法事に出かけ、私も一日バタバタしてたので、夕方になってからお世話をさせて頂きました。
そうしたら、この枯れっぷり・・・・・いやあ驚いた驚いた(笑)
一両日でお榊がこんなに枯れたのは、約2年前、○○ー○○ ○が開き・・・・・
シャンバラの使者だとか、天上界の光のネットワークの使者だとか、日本神界の使者だとか、イスラエルの使者だとか、魔界の使者だとか、冥界の使者だとか・・・・・そんなふうに名を騙る人達と、大量のUFOが、大挙して我が家に押しかけ・・・・・私の全てが物凄いエネルギーに曝された時、以来ですね(大笑)
あの頃もお榊が、毎日毎日「これでもか!」と笑ってしまうくらい、ボロボロに枯れて・・・・・
だいたい、1〜2週間おきごとに、全交換させて頂いたものです。
今回も9月8日のお世話だけで、こんなに枯葉を量産した、ありがたい我が家のお榊様ですが・・・・・
9日、10日も 非常に激しく枯れ・・・・・
左右ともすでに、1〜2本の茎に、数枚の葉しか残っていません。
おそらく私自身を含め、私の周辺で発生した、よほど様々な想念のウズを吸い取り、昇華して下さったのかもしれず・・・・・本当にありがたく、心から感謝しています。
今日にでもまた新しいお榊を購入、明日には交換させて頂きたいと思っています
ちなみに下の写真は、8月末日にお下げした、先月のお榊です
(一対の花瓶にあった分を、まとめてあります)
まだまだ青々として、新芽さえ出てますね〜〜(笑)
当分、洗面所を飾ってくれそうです☆ こうして自然の正直さを拝見するにつけ、やっぱり精神世界と現実世界は、密接に繋がっていて・・・・・
全てをきっちりと反映し、循環しているのだと、考えさせられずにはいられません。
そして「想念」とゆうものが、こうして自然さえ枯らす力を秘めているのだと思う時・・・・・
人類一人一人の「想念の総和」とは、世界中の自然を枯らしたり、再生したりする力さえ、秘めているのではないかと・・・・・自らの襟を、引き締めずにはいられません。
これからも、こうして精神世界と現実世界の接点を見つけ、自分自身の行いを見詰め反省してゆけるよう、様々に試行錯誤して生きたいと思います。
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今更ですが、MYUのブログでは・・・・・・ちょっと不思議な、精神世界のお話が、たびたび登場します☆
プロフィールにもある通り、MYUは子どもの頃から、見えない世界の語らないもの達・・・・・
〜風や光や水や植物や物質のすべてに〜 『命』や『意思』を、感じる、そんな体質でした。
例えば・・・・・ある日の夕方、龍のような、なが〜い雲、発見!
追いかけろ〜〜☆
きゃ〜〜☆ ステキ・・・(うっとり)
今日も一日ありがとう 今日も一日ありがとう
沈みゆく太陽にむかって
田んぼの精霊たちが、大気の精霊たちが
煌めき、踊って、生きる喜びを、生命の讃歌を、謳っている・・・・・
なんて懐かしい、歌なんだろう・・・・・
この世界に、満ち溢れる生命達は、なんて美しく、素晴らしいんだろう・・・・・
夕やけを見て感動すると、私は決まって無意識のうちに、
この歌を↓歌ってしまっています・・・・
『夕やけに拍手』
えええ〜〜!? この歌、やなせたかしさんの、作詞だったのお?
たった今、初めて気が付いたよ
子どもの頃から、あんだけ散々歌ってきたのにい〜〜
でも、どうりで道理か・・・・・(笑)
なんだかとっても、嬉しいな・・・・・
自然のかいた絵は なんて素晴らしいんだ
ルン ルン ルルルン ルン ルーン
夕やけに拍手 夕やけに拍手 ありがとう 夕やけ素適だよ・・・・・
夕陽に向かって、涙をボロボロ流し、歌を謳いながら、写真を撮りまくっている主婦・・・・・
完全にイッちゃってる、変な人です(苦笑)
私がこのモードに入った事に気づくと、夫も息子も、走って逃げて行きます(大笑)
娘だけは、一緒になって写真を撮ってくれます (*^-^*)
私と娘の携帯は、空と雲と太陽と月と、木と花と果物と野菜と・・・・そんな写真で一杯です(笑)
息子も小学生のうちは一緒に撮影してくれたので、彼の携帯も、そんな自然の風景で一杯です☆
以前、夫の実家のテラスから撮影した、龍みたいな雲と太陽
この直後、激しい雷雨となりました。
こうゆう写真が山ほどあるので、これから少しづつ公開していきます
(撮るペースの方が早くて・・・・・昔の傑作は、いずこ〜?)
(2)つづく
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