|
『言葉にできない』
この美しい花の写真は、今年の秋九州を訪れた際、宿泊させて頂いた
『ホテルヨーロッパ』 の玄関正面に飾られていた花達です。
甘く新鮮な芳香を放ちながら、色とりどりに咲き誇る
素晴らしく美しい花達。
しかしこの美しい花達を見ても、「何を感じるか」は、
人によって、それぞれです。
この花の美しさと芳香に魅了され、しばらく花の近くに佇んでいた私の側を
玄関を行き交う人々が、この花を見た感想を、自由に口にしてゆくのが聴こえます・・・・・
「綺麗だね」「素晴らしいね」
「贅沢だね」「邪魔だね」
この美しい花を見てどう思うかは、本当に人それぞれ・・・・・
誰もが心は自由なのです。
しかし私は、この花と人間と、世界のすべてを想う時、
言葉に出来ない想いがあふれてきて、胸がいっぱいになってしまいます・・・・・
『今この花々が、ここに存在する事』
ただそれだけの、目の前の現実に
一体どれほどの、愛と苦しみと悲しみと喜びが、存在したのだろう・・・・・
これら美しい花の、ひとつひとつ。
その種や球根を、品種改良して育ててきた、
どれほど大勢の人々の、苦労があったのだろう・・・・・
これら美しい花を、活かす生け方。
華道やフラワーアレンジメントなど、芸術表現の道とは、
きっと果てしなく険しいのだろう・・・・・
花の品種も生け方も、そのひとつひとつ全てが、
親から子へと、代々受け継がれてきた生活の糧であり、芸術であり続けてきたのだ。
そう思うと、言葉に出来ない想いがあふれてきて・・・・・
私の胸は、いつも一杯になってしまいます。
例えばある時、花屋の跡なんか継がないと家を飛び出して
大都会での生活に成功した息子がいたものの
やっぱり年老いた両親と、町の人々の笑顔が忘れられなくて地元に舞い戻り、
より美しい花を育てるためには、土こそ大事と思い至り
泥にまみれた人生を、捧げた人も居た事でしょう・・・
またある時は華道の家元に生まれ、襲名して跡を継ぐのが夢で
幼き頃より、親の愛より師匠としての厳しさが勝る、そんな生活に耐えてきたはずなのに
弟子の中で一番才能ある者が、養子と成り襲名して家元を継いだ。
結局自分は一体何だったのかと、悔し涙に暮れた人も居た事でしょう・・・
そしてこの美しい花たちを、どっしりと受け止める、堂々とした花瓶とテーブル。
その花瓶とテーブルもまた、親から子へと、代々受け継がれてきた芸術であり、
生活の糧であり続けてきたのでしょう・・・・・ つまり今ここに、この美しい生け花が、存在している事実とは
そんな数えきれないたくさんの人々が、『生きた証』 とも言えるのです
いま目の前に存在する、物質すべてに
無数の人間達の、愛と苦しみと悲しみと喜びを想う時
私の心はいつも、言葉に出来ない想いで、あふれてしまいます・・・・・
そしてこの美しい花達が、今ここに存在する事実とは
一体どれほどの、人間以外の生命体達の犠牲の上に、成り立っているのだろう?
私の心は、常にその事をも、思わずに居られません・・・・・
種や球根を管理するための施設。テーブルや花瓶を造るための工場。
それらを建設するため、一体どれほどの生命体達が、犠牲と成ったのか・・・・・
その工場は、森林を開発して、建設されたのだろうか?
切り開かれた森林には、一体どれほどの動物や昆虫や鳥達が、住んでいたのだろう・・・・・
大地には、無数の菌類や微生物達が、生息していたに違いない。
この写真の美しい生け花とは、
そんな無数の生命体達の犠牲の上、
無数の人間の愛と苦しみと悲しみと喜びと伴に
今を美しく咲き誇っている・・・・
私達人間とは、毎日の生活の糧のため、文化芸術など物質的活動のため、
日々一体どれほどたくさんの、地球の仲間たちの命を犠牲にしているのでしょう・・・・・
我々人類の日々の生活とは
こうして地球の仲間たちの、生命の犠牲の上に成り立っている事
私達は常にその事を、忘れてはいけない。
そんな風に、思っています・・・・・
言葉にできない でもそんな想いを伝えたい・・・・・
あなたに逢えて 本当によかった
終わるはずのない 愛が途絶えた
いのち尽きてゆくように
違う きっと違う
心が叫んでる・・・・・
ひとりでは 生きてゆけなくて
また誰かを愛している
こころ哀しくて 言葉にできない
誰のせいでもない 自分が小さ過ぎるから
それが悔しくて 言葉にできない
あなたに逢えて 本当によかった
うれしくて うれしくて
言葉にできない
いま あなたに 逢えて・・・・・ |
過去の投稿日別表示
-
詳細
2012年12月06日
全1ページ
[1]
コメント(8)
全1ページ
[1]




