|
『言葉にできない』
この美しい花の写真は、今年の秋九州を訪れた際、宿泊させて頂いた
『ホテルヨーロッパ』 の玄関正面に飾られていた花達です。
甘く新鮮な芳香を放ちながら、色とりどりに咲き誇る
素晴らしく美しい花達。
しかしこの美しい花達を見ても、「何を感じるか」は、
人によって、それぞれです。
この花の美しさと芳香に魅了され、しばらく花の近くに佇んでいた私の側を
玄関を行き交う人々が、この花を見た感想を、自由に口にしてゆくのが聴こえます・・・・・
「綺麗だね」「素晴らしいね」
「贅沢だね」「邪魔だね」
この美しい花を見てどう思うかは、本当に人それぞれ・・・・・
誰もが心は自由なのです。
しかし私は、この花と人間と、世界のすべてを想う時、
言葉に出来ない想いがあふれてきて、胸がいっぱいになってしまいます・・・・・
『今この花々が、ここに存在する事』
ただそれだけの、目の前の現実に
一体どれほどの、愛と苦しみと悲しみと喜びが、存在したのだろう・・・・・
これら美しい花の、ひとつひとつ。
その種や球根を、品種改良して育ててきた、
どれほど大勢の人々の、苦労があったのだろう・・・・・
これら美しい花を、活かす生け方。
華道やフラワーアレンジメントなど、芸術表現の道とは、
きっと果てしなく険しいのだろう・・・・・
花の品種も生け方も、そのひとつひとつ全てが、
親から子へと、代々受け継がれてきた生活の糧であり、芸術であり続けてきたのだ。
そう思うと、言葉に出来ない想いがあふれてきて・・・・・
私の胸は、いつも一杯になってしまいます。
例えばある時、花屋の跡なんか継がないと家を飛び出して
大都会での生活に成功した息子がいたものの
やっぱり年老いた両親と、町の人々の笑顔が忘れられなくて地元に舞い戻り、
より美しい花を育てるためには、土こそ大事と思い至り
泥にまみれた人生を、捧げた人も居た事でしょう・・・
またある時は華道の家元に生まれ、襲名して跡を継ぐのが夢で
幼き頃より、親の愛より師匠としての厳しさが勝る、そんな生活に耐えてきたはずなのに
弟子の中で一番才能ある者が、養子と成り襲名して家元を継いだ。
結局自分は一体何だったのかと、悔し涙に暮れた人も居た事でしょう・・・
そしてこの美しい花たちを、どっしりと受け止める、堂々とした花瓶とテーブル。
その花瓶とテーブルもまた、親から子へと、代々受け継がれてきた芸術であり、
生活の糧であり続けてきたのでしょう・・・・・ つまり今ここに、この美しい生け花が、存在している事実とは
そんな数えきれないたくさんの人々が、『生きた証』 とも言えるのです
いま目の前に存在する、物質すべてに
無数の人間達の、愛と苦しみと悲しみと喜びを想う時
私の心はいつも、言葉に出来ない想いで、あふれてしまいます・・・・・
そしてこの美しい花達が、今ここに存在する事実とは
一体どれほどの、人間以外の生命体達の犠牲の上に、成り立っているのだろう?
私の心は、常にその事をも、思わずに居られません・・・・・
種や球根を管理するための施設。テーブルや花瓶を造るための工場。
それらを建設するため、一体どれほどの生命体達が、犠牲と成ったのか・・・・・
その工場は、森林を開発して、建設されたのだろうか?
切り開かれた森林には、一体どれほどの動物や昆虫や鳥達が、住んでいたのだろう・・・・・
大地には、無数の菌類や微生物達が、生息していたに違いない。
この写真の美しい生け花とは、
そんな無数の生命体達の犠牲の上、
無数の人間の愛と苦しみと悲しみと喜びと伴に
今を美しく咲き誇っている・・・・
私達人間とは、毎日の生活の糧のため、文化芸術など物質的活動のため、
日々一体どれほどたくさんの、地球の仲間たちの命を犠牲にしているのでしょう・・・・・
我々人類の日々の生活とは
こうして地球の仲間たちの、生命の犠牲の上に成り立っている事
私達は常にその事を、忘れてはいけない。
そんな風に、思っています・・・・・
言葉にできない でもそんな想いを伝えたい・・・・・
あなたに逢えて 本当によかった
終わるはずのない 愛が途絶えた
いのち尽きてゆくように
違う きっと違う
心が叫んでる・・・・・
ひとりでは 生きてゆけなくて
また誰かを愛している
こころ哀しくて 言葉にできない
誰のせいでもない 自分が小さ過ぎるから
それが悔しくて 言葉にできない
あなたに逢えて 本当によかった
うれしくて うれしくて
言葉にできない
いま あなたに 逢えて・・・・・ |
愛する心
-
詳細
全1ページ
[1]
コメント(8)
|
今年も秋分の日は実家に出かけ、家族一族でお墓参りに行った事を、書かせて頂きました。
その時の続きなんですが、あるお墓の前でMYUの両親が、息子にとても印象深い話をしてくれました。
9月22日の関東地方は、前夜から早朝にかけて、 どしゃぶりの雨が降りました。
しかし午前8時頃には雨がやみ・・・・・、11時過ぎには晴れ間が見えるくらいとなりました。
傘をささずにお墓参り出来るのは、大変ありがたかったのですが、足元がぬかるんで大変かな・・・・・
3歳の甥や4歳の姪が、走り回って転ばないといいな・・・・・なんて、少し心配していました。
しかし実際に訪れてみますと、整然と区画された寺院内は、通路にも綺麗に石が敷き詰められていて、通路を歩いている限り、ぬかるんで転ぶような場所は、見当たりません。
(あまりに綺麗すぎるのも・・・・・ちょっと複雑ですが^^;)
そして、ほとんどのお墓が、ちゃんと清掃され、お花が供えられていることに、驚きます。
日本人の多くは、本当に綺麗好きで、亡くなった人も大切にして、立派だなあと思います。
しかし中には、草ぼうぼうのお墓や、枯れ果てた花の残骸が、花瓶に残されたままのお墓、
そして囲いも何もない、むき出しの土の上に、ただ角材の柱が立っているだけのお墓などもあります。
みなさん、それぞれ、色々な事情があるのでしょうね・・・・・
お参りも済んで、さて、そろそろ帰ろうと歩きだした時、何を考えたのか、我が家の息子・・・・・
通路の途中にあった、囲いもなにもない、むき出しの土の上に、角材の柱だけが立っているお墓・・・・・
昨夜からの豪雨で水浸しとなり、まるで水たまりの真ん中に柱だけ立ってるような、その場所を・・・・・
ぴよ〜〜んと、飛び越えてしまったのです。
「こらーっ!なんて罰当たりな! その柱の下にも誰かが眠ってるんだから、謝りなさい!!」
私が慌てて厳しく注意すると、「え?そうなの?知らなかった・・・・・ごめんなさい。」
すぐ素直に謝った息子ですが・・・・・すると、MYUの母が急に息子にむかって、
「このお墓をよく見ておきなさい。これが、この人の、一生だったんだよ。」と言い出しました。
「死人は文句を言えないからね・・・・・お墓には、その人の本性が、現れるんだよ。」
すると父が、「生きてる間に我儘放題して、他人様に迷惑かけるとなあ・・・・・こうして死んでから、
淋しい想いをするんだよ。 泣いてくれる人も、花を供えてくれる人も、感謝してくれる人も、誰もいない。
するとなあ、あの世で肩身が狭くて淋しくて・・・・・結局自分が、泣く破目になるんだよ。
だから死んでから後悔しないよう、生きてる間は出来るだけ、他人様に迷惑をかけるんじゃないぞ。」
そう言って、息子の肩を、ポンポンと叩きました。
息子は、とても神妙な顔をして頷き・・・・・水たまりのお墓を、じっと見ていました。
私もつられて、水たまりをよく見てみると・・・・・水たまりの底には、燃えていない長いままのお線香と、
まだ咲いてるお花が数本、散らばり沈んでいました。
(草ぼうぼうではないところを見ると、誰かが除草には来たのかもしれない・・・・でも花瓶も線香立てない所を見ると、土の上にじかに置いていったのだろう・・・・・だからお線香は燃えずに長いまま残っている。
じかに置く理由は何だろう・・・・・それとも除草やお供えは、住職さんが気持ちで行ってるのだろうか?)
私はとりとめもなく、そんな事を考えながら・・・・・お墓を後にしました。
思えばMYUの両親は、私達兄弟が幼い頃から・・・・・お墓参りのたび、機会あるたび、上記のような話を、色々と教えてくれました。そんな父は、口癖のように、いつもこう言います・・・・・
「人の一生なんて、人間の価値なんて、死んでみなけりゃ判らんよ。」
うん、そうだよね・・・・・
誰が正しいか、どんな人間に価値があるか、なんて
今を生きる人間同士が、決めることじゃない。
それは未来の子孫達が、世界の未来が、想うことだよね・・・・・
だから、我儘放題しないよう、他人様に迷惑かけないよう、
一人一人みんなが一所懸命、それぞれ自分の人生を
精一杯生きれば、それでいい。
MYU個人的には、寺院の中で眠るより、海か山に灰をまいてもらい、千の風になって飛びたいなぁ〜
なあんて思ってます(笑) 子ども達にも、そう話していますが・・・・・現在の法律・社会では難しいかも?
こんな話題、普通は親子でしないのかもしれませんが・・・・・我が家では、ごく普通に、アタリマエに、
話し合っています☆ そんなMYUの、子ども達への口癖は・・・・・
最大の親不孝とは、親より先立つ事だよ。
だから親不孝したくなかったら、健康管理に気を付けて、
親より長生きして頂戴ね。
そして親が居なくなった後も、生活に困らないよう
自分の事は、自分できちんとする事。
親は我が子がどんなに可愛くても、
いつまでも生きていては、あげられないんだよ。
命ある者は、いつか必ず死ぬのだから
死んだら説教も聞けないし、ケンカだって出来ないよ
だから生きているうちに、
いっぱい笑って、いっぱい泣いて、いっぱい怒って、いっぱい喜んで
毎日を精一杯、大切に生きようね。
子ども達が、あ〜はいはい☆ お母さんの説教が、また始まった〜〜って、逃げるくらい(笑)
ことあるたび、口酸っぱく、言い聞かせています(笑)
しかしこれは、MYU自身が子供の頃から、さんざん両親に聞かされ続けてきたことでもあり・・・・・
我が子達にも、ぜひ子孫代々に、受け継いで貰いたい・・・・・子を想う、切ない親心なのです。
2012年8月19日 家族旅行にて 「十和田湖に降り注ぐ 美しい光」 Photo By MYU
2012年8月19日 家族旅行にて 「十和田湖の夕陽に黄昏る白鳥」 Photo By SHIRYU
本日も統べての総べてを 今ここに ともにいかしていただいて ありがとうございます
|
|
ドヴォルザーグ作曲 交響曲第9番『新世界より』 第2楽章
SYNPHONIE9 『From the New World』
『 Going Home / Livera 』 原詩:フィッシャー Going home, going home I am going home
帰ろう 家に帰ろう 私はいま故郷に還る Quiet Light, some still day, I am going home.
静かな光 まるでいつかの日のように・・・私は今、ふるさとへ還る It's not far, jest close by, Through an open door
遠くはない すぐそこにある 開け放った扉の向こう Work all done, care laid by, Never fear no more
なすべき事は全て終わった 心配はいらない もう怖れることもない Mother's there expecting me Father's waiting too
お母さんは期待に胸を膨らませている お父さんも待ちわびている Lots of faces gathered there All the friends I new
親戚(ご先祖さま)も集まって 懐かしい友達もみんないる I'm just going homme
私はいま・・・故郷に還る
No more fear, no more pain No more stumbling by the way
恐れもなく 痛みもない 途中でつまずくこともない No more longing for the day Going to run no more
その日の訪れを もう待ち焦がれることもなく あてどなく さ迷ったりもしない Morning Star lights the way Restless dreams all gone
朝の光が行く手を照らし 終わりのない夢から覚める Shadows gone, break of day Real life has begun
闇は去り 夜が明けて 真の人生が、今始まった There's no break, there's no end Just a living on
途切れなく 終わりなく ただ生き続けるだけ Wide awake, with a smile Going on and on
しっかりと目覚めたまま 微笑を浮かべ どこまでも続く Going home, going home I am going home
帰ろう 家に帰ろう 私はいま故郷に還る Shadows gone, break of day Real life begun
闇は去り 夜が明けて 本当の人生が、今始まった I'm just going home
私は今、ふるさと(命の源)に還る |
|
You don't have to worry, worry,
守ってあげたい
あなたを苦しめる 全てのことから
'Cause I love you,
守ってあげたい
昔から大好きな曲のひとつです。
私は毎晩こども達が就寝する時、お休みのお祈りをした後、歌をうたいます
この『守ってあげたい』も、その時うたってあげる事が多い曲です
私はこども達の親として、こども達を「躾」なくてはなりませんので、とても厳しく叱ることがあります。
しかしどんなに厳しく叱りつけ、時にはお尻をたたいた日でも・・・就寝する時は心を込めて、今日一日
こども達が生かされた事への感謝を、言霊として世界に捧げます。そして明日も一日、こども達がすべての命と学び合いながら、世界に生かされる喜びを祝福する言霊を捧げ、歌をうたいます。
私は母親の愛・務め・役割は、日常生活の中でこどもに与え・伝え・現す事を基本としています。
しかし母親ひとりの価値観による躾だけで、こどもを健全に育てる事など、私は絶対不可能であろうと
考えています。いかに全身全霊をかけ、こども達を愛している母親であっても、所詮はひとりの人間であり、たったひとりの人間の、善悪の価値観で満たすことが出来るような・・・子供の命・生命力とゆうものは、決してそんなチャチなものではなく・・・私はこども達の生命に、常に無限の可能性を感じています。
ですからこども達の命と心とは、母の愛だけではなく、父親や祖父母や、親戚やご近所のおじさん方おばさん方、先生、コーチ、友達など・・・すべてのみな様に学び、お互いの気付き合いを頂戴し、照らし合う事で、伸びやかに健全に、成長してゆくのではないかと思っています。
つまりこどもにとって母の愛とは、その未知なる可能性を秘めた生命が進む、人生とゆう名の『道』
を照らす、ひとつの大きな光に過ぎないのであろうと思います。
よってこども達の「命=心=道」を、母親一人が独占する事は叶わず、また母親一人の善悪を押し付ける事も、許されないことである・・・そう思っています。
私自身は、『親』として『人』として、『こども達=未来』に伝えたい『心』を、自分自身の体験や言葉で伝える事 『母の愛=命の命脈の継承』 を、とても大切に思っています・・・と同時に、母親である私以外からも、そのような『心』を、たくさんたくさん受け取ってほしいと願っています。
そしてこども達には、そんなたくさんの世界の愛を感じ、『世界の愛=世界の命脈の継承』を感謝して受け取り・・・与えられた愛を自らの命と心・全身全霊を持って、大きな光へと大切に育んで欲しい・・・
そしてやがて『世界への感謝=世界の命脈への孝行』 を実践せずには居られない・・・
自らの労働・はたらきによる社会貢献が、現状世界を創造する一員・要因である事を自覚し、己のはたらきが世界を生かし、自らも世界と伴に生かされる事に、無上の歓喜と誇りを持つ・・・ そんな大人に育って欲しいと願っています。
その感受性・受容性の「基本」を育むための最善なる媒体として、我が家では乳幼児期から、こども達に絵本を読み聞かせたり、歌をうたい聴かせる『行為』を、とても大切にしてきました。
美しい旋律と、素晴らしい歌詞が織り成す 『音楽』 が、
世界に与える 音と光の煌めきと喜び・・・
美しい絵画と、心に響く言霊たちが、
喜怒哀楽で色と光を奏でる 『絵本』 たち・・・
そんな音楽や絵本を通して、
世界を 愛と勇気と慈しみで包み込む 感動の光を、その喜びを
こども達と分かち合いたい・・・
そんな風に、日々(こども達=未来)と、様々な感動や喜びを分かち合わせて頂いています。
こうして、様々な世界から学ばせて頂ける喜び を教えてあげる事もまた、母親の重要な役割の一つであると思っています。
私は、母親がこどもに毎日口うるさく、「人の話を聞きなさい」と言うよりも、たくさんの心ある表現者達から、「心の声を聴く」 喜びを分かち合わせて頂く、『感動』を教えてあげた方が、はるかに
ちゃんと「人の話を聞く=人の心を知る」人間に、育つのではないかと思っています。
また「人の話を聞く」=「他者の心を知りたい、そこから学ばせて頂きたい」という思いは、いずれ
他人の言葉の表面だけでなく、その内面の本質を感じ取るようにもなると思います。
私は、どんな人にも愛するものや守りたい命があり・・・命である心を持つ人間の本質とは、本来とても美しく優しいものであると信じています。しかし人間とは、自分の心や愛するものや守りたい命を守護したいが為、ついつい他を否定したり、破壊してしまうとゆう、【倒錯した自我=闘争・戦争の仕組み】『を』持つ、哀しい生き物であると思います・・・
しかし同時に、【位置を取り戻した自我=子性・個性とゆう恩寵=命と心を守護する偉大なる神性 】『も』持つ、愛しい生き物でもあると思います・・・・・
そんな人間の愚かさ哀しさ素晴らしさを上手に表現したり・・・全てを慈しみ、愛する、人間本来の優しく美しい心を、垣間見せて頂ける・・・そうゆう心ある表現者たちの作品が、私は大好きです。
心ある表現者たちの愛する対象が、決して人間だけではなく・・・動物であったり自然であったり、すべての命であるところも・・・人間の心=命の本質は、優しさで溢れている事を現していると思います。
ですからこども達とは、日々そんな作品から感動や喜びを感じたり、様々に学ばせて頂いています。
この感動や喜びを、私のブログをご訪問して下さる皆様とも、分かち合わせて頂ければと思い立ち・・・
世界に溢れる素晴らしい楽曲や絵本などの一部を、時々ご紹介させて頂けたらと思います (*^-^*)
今日思い浮かんだコンテンツの名称は、「愛を守る」ですが・・・もしかしたら今後変化してゆくかも?
Daily Motion Yumi Matsutoya 『守ってあげたい』
この動画も大好きなのですが・・・Yahooブログに直接動画を埋め込む事が、出来ませんでした。
まだまだブログ素人なので、すみません・・・
美しい森 気高き鹿 清らかな空気 やわらかな光
が、とても素適な動画です。よかったら是非ご覧下さい〜
|
|
山の中に、一人の赤鬼が住んでいました。赤鬼は、人間たちとも仲良くしたいと考えて、自分の家の前に、
「心のやさしい鬼のうちです。 どなたでもおいでください。 おいしいお菓子がございます。 お茶も沸かしてございます。」 と書いた、立て札を立てました。 けれども、人間は疑って、誰一人遊びにきませんでした。
赤鬼は悲しみ、信用してもらえないことをくやしがり、 おしまいには腹を立てて、立て札を引き抜いてしまいました。そこへ、友達の青鬼が訪ねて来ました。 青鬼は、わけを聞いて、赤鬼のために次のようなことを考えてやりました。 青鬼が人間の村へ出かけて大暴れをする。そこへ赤鬼が出てきて、青鬼をこらしめる。 そうすれば、人間たちにも、赤鬼がやさしい鬼だということがわかるだろう、と言うのでした。 しかし、それでは青鬼にすまない、としぶる赤鬼を、青鬼は、無理やり引っ張って、 村へ出かけて行きました。 計画は成功して、村の人たちは、安心して赤鬼のところへ遊びにくるようになりました。 毎日、毎日、村から山へ、三人、五人と連れ立って、出かけて来ました。 こうして、赤鬼には人間の友達ができました。赤鬼は、とても喜びました。 しかし、日がたつにつれて、気になってくることがありました。 それは、あの日から訪ねて来なくなった、青鬼のことでした。 ある日、赤鬼は、青鬼の家を訪ねてみました。青鬼の家は、戸が、かたく、しまっていました。 ふと、気がつくと、戸のわきには、貼り紙がしてありました。 そして、それに、何か、字が書かれていました。 「赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。 もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。 それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。 さようなら、体を大事にしてください。どこまでも君の友達、青鬼。」 赤鬼は、だまって、それを読みました。二度も三度も読みました。戸に手をかけて顔を押し付け、しくしくと、 なみだを流して泣きました。
(以上 浜田 廣介氏) (ここより、安部浩之 創作)
雲の上から、その様子を見かねて現れたのは、鬼の大将である黒鬼でした。 黒鬼は赤鬼のところに現れ、言いました。 「どうして、そんなにいつまでも泣いているのか」 赤鬼は言いました。 「僕は、人間の友達が欲しいばかりに、本当の友達を失ってしまったよ」 そう言って、またしくしくと、なみだを流して泣くのでした。 黒鬼は 「そうか、それなら、今から青鬼に会いに行くかい?」 と言いました。 赤鬼は泣きながら言いました。 「知ってるの?」 「知ってるよ、雲の上から、すべてを見ていたからね」 「会いたいよ、会いたいよ、どこにいるの」 「家の中さ」 「えっ、家の中?」 「そうさ、目の前の家の中にいる。青鬼だって行くところはないよ。 この貼り紙をして、家でじっとしていればいいと青鬼は思ったんだよ」 赤鬼は、一瞬、苦しい顔をしました 「僕たちが仲良くなって、二人のお芝居がバレると人間の友だちがいなくなる。」 そう思いました。 でも今、本当の友達が一番大切なんだと とにかく、僕の気持ちを伝えたいと、 それが、今できる精一杯の、僕の優しさだと そう決意しました。 赤鬼は目の前の戸を叩きました。 戸は閉ざされたままで、返事はありません。 それでも、赤鬼は泣きながら何度も何度も叩きました。 見かねた黒鬼が 「出てこい!青鬼」 その言葉のあと、実は、戸のそばにいた青鬼がゆっくりと戸を開けて出てきました。 青鬼は、驚くくらい、げっそりとやせていました。 赤鬼は青鬼の姿を見て、ただ、抱きついて 「ありがとう、ごめんね・・・ ありがとう、ごめんね・・・」 と繰り返すばかりでした。 青鬼は言いました。 「違うよ、違うよ、赤鬼くん、鬼はね、いつも人間をおどかすばかりで、鬼と人間は敵だったろう? だからね、人間と仲良くしたいという赤鬼くんの気持ちを、僕はスゴイと思ったんだ。 だからね僕こそ、本当に「ありがとう」なんだ。」 次の日、赤鬼は、家の前に 「心の、みにくい鬼のうちです。」http://www6.ocn.ne.jp/~aber7/oni2.jpg という立て札を立てました。 それを見た人間は不思議に思い、 逆に、いつになく多くの人が集まってしまいました。 赤鬼は 集まってくれた人間に、隠すことなく正直に全てを話しました。 その話を聞いて人間は、しばらく黙り込んでいましたが、 ついに、ある言葉が出ました。 「だましてたんだね」 それから堰(せき)を切ったようにいろんな言葉が出ました。 「芝居を演じたズルい鬼」 「立て札の通り、本当にみにくい鬼だ」 「これまでの優しさも芝居だったのか」 「青鬼がかわいそうだ」 「いや、青鬼は馬鹿だ」 「しょせん鬼は鬼だ」 赤鬼は、何も言えず、ただ 「人間の友だちがいなくなる」 そう思いました。 そう思うと、また、しくしくと涙を流すのでした。 しかし それでも、人間の言葉が止まることはありませんでした。 その時、突風と共に、黒鬼があらわれました。 その力強く、荒々しくも見える姿に人間はたじろぎ、言葉を止めました。 その姿とは裏腹に、黒鬼の言葉はしなやかで・・・ そして、ひとり言のように人間に問いかけました。 「 青鬼は、友だちの願いを叶(かな)えるために犠牲になったよ、 やさしい鬼だ・・・ 友だちが欲しくて寂しがり屋の赤鬼は、人間にあらん限りのふるまいをし そして、青鬼のやさしさを知って、 あやまり、全てを打ち明けたよ、やさしい鬼だ・・・ でも、でも 一体、君たち「人間のやさしさ」、はどこにあるのだろう・・・? 」 「人間のやさしさ・・・?」 人間の誰もが、その言葉を心の中で繰り返しました。 ・・・・・・・・沈黙が続きました。・・・・・ むしろ、黒鬼の堂々たる姿と言葉に、不動の威厳を感じ、神々しささえ感じたのでした。 誰も黒鬼から目を離すことが出来ませんでしたが、 再び、突風が吹きすさび、チリが人の目を奪いました。 そして、黒鬼は突風と共に姿を消していました。 それから、数日後 赤鬼も青鬼も 山から姿を消してしまいました。 この過ぎ去った出来事は ここに集った人間たち1人1人の心に、深く、深く、刻まれました。 その後も、この話題になると、 意見は、まちまちでしたが、 子どもも大人も 自分の「やさしさ」を見つめようとする心は いつまでも変わることはなく、年を重ねました。 そして、事あるごとに人間は、「やさしさ」を大切にしたいと、 赤鬼の家に集い、この出来事を友に伝え、子に伝えました。 そして、赤鬼の住んでいた家の前に 書き換えられることがないよう 石を刻んで立て札をつくりました。 そこには、こう書かれていました。 「心のやさしい鬼のうち いつでも帰っておいで」 この「つづき」の関連項は、ココ
※ この「泣いた赤鬼」は、童話作家 浜田 廣介(はまだ ひろすけ、1893年(明治26年)5月25日 〜 1973年(昭和48年)11月17日)氏の学校教科書にも採用されている有名な作品です。実線以下は、
そのストーリーに安部浩之が創作して加えたものです。
質問メール
「感動しました。今いろんな人にプリントアウトして渡しています。 ところで質問ですが、この奥深い講座からは、ここだけ異質感がありますが、 創作上のメッセージというか、ポイントというか、そういうのありますか?私は・・・(後略)」 回 答
それぞれに感じ取って頂ければ、と思っていますので、「ここがポイントです」。 というのはありません。ただ、創作に通じた経緯としては以下の通りでした。 ある時、小学校 低学年の子供を持つお母さんの言葉に巡り会いました。 「聞いて下さい。うちの子が言うんですよ〜。
「僕はね、女の子に優しくするけど、男の子には優しくしない」 って言うんです。そこで、どうして?と聞くと、 「男の子に優しくするとナメられるから」 と答るんですよ〜。」 とのことでした。それを一緒に聞いていた先生も、半ば笑顔で聞き流していました。
しかし、私はこの話しを聞いて、その子がかわいそうでなりませんでした。 もう、1年以上も前の事ですが、会った事もない、この子の事を想うと、今でも、やりきれない 気持ちになります。
やっと、漢字を覚え始めたような子が、「やさしさ」を加減し、学校で、かけひきしている訳です。 世間では、「子供ながらに、こういうかけひきの中で学んでいくんだ!」 と言われるかもしれません。確かに、そういうことはあるでしょう。 だからこそ、私は思うのです。このときにこそ、
「男であれ女であれ、幼くても年寄りでも、また、いついかなる状況であれ やさしさ」は絶対に貴いんだよ、ナメられようが、その事でつけ込まれようが、 「やさしさ」は、それとは比べものにならないくらい、素晴らしい事なんだ、美しい事なんだ、 自信をもって、男の子にもやさしくしてあげて、その時、君はとっても輝くんだよ」 そう伝えたいのです。そういうムードであるべきだと思うのです。 大人の誰かががこのことを、感じ取って、声高に叫ばなければならないと思うのです。
本講座の「プロローグ」にも記しましたが、「やさしさ」が揶揄されるような、からかわれるような 世であってはならないのです。そういう叫びを含んだやるせない気持ちをかかえている時、
何十年ぶりかに「泣いた赤鬼」に接した訳です。
「あれっ、途中で終わってる」 勝手に、そう思ったのです。 並行して、『泣いた赤鬼』を教材にした授業を参観し、 また、いろいろと「泣いた赤鬼」の教師用指導案に接し、「これは違ってるぞ」と感じたのです。 そして、原作家の故浜田氏に心を合わせするなかで、ある晩、スラスラと1時間ほどキーボードを 叩いたのです。
それが、この「つづき」となりました。もしかしたら、私の苦しみ・悲しみを知って、天が導いてくれたのではないか?そう思ったりもした次第です。 確かに、キーを叩きつつ ・黒は裁きの象徴色、だから黒鬼 (赤(陽・広振幅)と青(青・狭振幅)を混ぜると紫、紫を極めると黒) ・風は気を変える唯一の自然現象、だから突風とともに現れ、突風と友に去る 等々 頭を巡らした部分はあります。しかし、それらは全て「やさしさの気づき」を補完するためのものです。
読まれた方が、ストーリーの中の人間のように、では 「私のやさしさって何だろう」 「今日はやさしい事をしただろうか」 「親へのやさしさって何だろう」等々 1人でも多くの方が自らに問い返していただける「きっかけ」になれば嬉しく思います。 記事転載SAS総合研究所 http://www6.ocn.ne.jp/~aber7/new_page_169.htm
|

>
- 生活と文化
>
- 祝日、記念日、年中行事
>
- その他祝日、記念日、年中行事
全1ページ
[1]





