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私が英語習得に最高だと思っているひらがなタイムスの記事からい引用します。
”栃木県那須塩原市に1947年にオープンした株式会社パン・アキモトがあります。
現在の代表取締役、秋元義彦さんの父、健二さんが「安心・安全で美味しいパン」をモットーに、地元で愛されるパン店を目指したのが始まりでした。
そして現在、パン・アキモトが開発した「パンの缶詰」が海外で高く評価されています。
「きっかけは1995年の阪神淡路大震災でした。被災地に2000食のパンを運びましたが、日持ちがせず一部は捨てなければなりませんでした。また、乾パンなら日持ちはしますが、長く食べ続けるのはつらいという声も聞きました。」と秋元さん。
ここから、長く保存できてふっくらしたパンを作るための秋元さんの挑戦が始まります。
真空パックや冷凍など、いろいろな方法を試しますが、うまくいきませんでした。
そんな中、出会ったのが缶詰の機械でした。そこで、焼きあがったパンをつめるのではなく、生地を入れた缶ごと焼く方法を思いつきます。
さらに特別な紙に生地をつつみ、パンが内側に張り付かないように工夫しました。
こうして、開発から1年以上かけて「パンの缶詰」が完成しました。
ふたを開けると芳ばしい匂いが広がり、ふっくらとしたパンが現れます。
「初めはあまり売れなかったものの、2004年の新潟県中越地震でメディアに取り上げられ、多くの自治体や企業、一般の方から注文をいただくようになりました」と秋元さんは話します。
そこで大量生産にむけて沖縄に工場をつくりました。将来は輸出したいと考え、すでに日本、アメリカ、中国、台湾で特許を取りました。
また、缶のラベルを変えることで、企業や個人の記念にもなるようにしたり、秋葉原ではアニメなどのキャラクターをラベルに印刷した商品を売り出したりしています。
昨年は宇宙飛行士の食料としても採用されました。
「防災用なので食べる機会がないほうがいい」と話す秋元さんですが、一方で「パン職人としては食べて欲しい」と本音をのぞかせます。
そこで生まれたのが救缶鳥プロジェクト」。3年が正味期限の「パンの缶詰」ですが、自治体や企業に保管されて2年経ち新しいものと入れ替えるとき、古い缶詰を下取りし、飢えに苦しむ国々に送るのです。”
もし、日本が国の政策として海外の最貧国や飢えに苦しむ国々へこういう援助をすれば、それは世界的な貢献ですし、これこそが軍隊ではない最大の安全保障になりますよ。
世界を助ける日本がどこからも攻められるわけがない。
それでは皆様ついてる感謝ありがとうございました!
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この缶パン見たことあります。社長さんがとても人の良さそうな
感じだったのをよく覚えています。
2011/2/14(月) 午後 11:11 [ えびどん ]
ありがとうございます!そうなんですよ。すごくいい人っぽかったです!久々に更新で、お返事遅れました〜!
2011/2/28(月) 午後 6:02 [ - ]