Batman: The Ultimate Review

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Batman/The Shadow

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今年初レビューはこれ。DCと、映画など他の媒体での作品をコミカライズして出版しているDynamiteが送る、2大ダークヒーローのコラボシリーズ。The Shadowの新シリーズが2017年夏にスタートするのに合わせて去年刊行されていたこのシリーズはかなり人気となり、現在続編が刊行中。私は基本バットマン単独作しか読まないため、最初このシリーズが始まると聞いたとき、とりあえず一号だけ買ってみようか、と手に取って見たら、ノンストップの面白さで、現行の続編までなぜか買い続けている。今回のシリーズは既にハードカバーが発売されているので、まだの人はぜひ手にとっていただきたい。面白さはお墨付きです(笑)
 
さてこのShadowというキャラクター。おおもとは1930年のラジオドラマをきっかけで、ラジオドラマのヒットにより、The Shadowの名を冠したパルプマガジンとして刊行されるようになった。その後、コミック、映画等、様々な媒体で人気を博していく。Shadowは人間の心を惑わすことで、自分の存在を消し、犯罪者に裁きを与えるダークヒーローなのだが、誰あろう、このキャラに影響を受けたのが、バットマンの生みの親の一人、Bill Fingerである。バットマンの最初のコミック、The Case of Chemical Syndicateも、Shadowの作品をかなり意識して作ったと、後に彼自身も認めている。初期のバットマンの作品では、殺人も厭わず、普通に銃を使って犯罪者を撃ち殺していたことを考えると納得できる。その後、Shadowは何回かバットマン作品にも登場しており、バットマンを助けたり、事件の解決に一役買っていたりする。もしかしたら、The Shadowの存在がなかったら、バットマンも生まれなかったのかもしれない。
 
では、今回の作品のあらすじに触れていく。(ちなみに、今回のライターは、Scott Snyder & Steve Orlando, アートはNight of Monster Menなどを手掛けたRiley Rossmoで、これが実はカッコイイ。コマ割りも独特なので、アートにも注目していただきたい)あるアーカムアサイラムで働く職員が殺された。その名はLamont Cranston。バットマンはその殺人事件現場で、ある赤いスカーフを纏ったスーツ姿の男と戦う。 Shadowと名乗るその人物は、ブルースの過去も含め全て知っていると言い残し、消えていく。その男が犯人だと勝手に確信したバットマンは、Shadowと被害者のCranstonについてもバットコンピュータで調査を始めるが、Shadowの正体は100年前に死んだLamont Cranstonだと知る。その事実に驚愕しながらも、バットマンの捜査はやがて彼を、かつての師、Henry Ducardへ導くが、なんと彼がThe Shadowだった・・・?バットマンは否応なくShadowと彼の敵である Stagの長年にわたる戦いの渦に引きずり込まれていく。Stagは力を求め、Shadowを生み出したShamba-laの扉を開ける鍵として、善の心を持つバットマンの心臓を狙う。 その戦いの中で、バットマンはShadowが課した自分自身の運命を理解していく・・・自分が実はShadowとなるべき存在だったことに・・・
 
Shadow とバットマンは確かに共通点が多い。どちらも自分のアイデンティティを隠し、犯罪者を追う。自分の人間性を一部捨てながらも、自分がもともと持つ闇にのみこまれそうになりながらも、闇を味方にし、悪と戦っていく。一番の大きな違いは、彼らの悪を裁く方法と、彼らが持つ力である。Shadowの場合は、敵をひたすら殺していき、バットマンは極悪人ですら、自らの手で殺すことを絶対にしない。そして、Shadowの持つ力は、別の次元から来るものだ。実は彼はこの作品では、バットマン/ブルースの過去全てを知るという設定になっている。バットマンに彼が語る通り、もともと昔から誰彼構わず殺人しかしてこなかった彼がさらなる力を求めた。その力を叶える場所はShamba-laという場所だった。そこで、彼はその多くの罪の重さにとって魂を押しつぶされるか、自分のような殺人者を追う者となるかと問われた彼は、後者を選び、望む力を手に入れた。人間の心を惑わせることで、影として永遠に生き、自らと同じ境遇であった殺人者を葬り去ること。そのため、誰にでもなり替わることもでき、その上でブルースを影ながら支え、正義のファイターとして育て上げたのは自分であると主張している。確かに彼は様々な偽名を持ち、一番有名な偽名がLamont Cranstonなのだが、それは彼が人間界に生きるための手段であるのだろう。ただ、彼はこの長きにわたる戦いの中で、もともとの人間性を失っていく・・・
 
この作品のテーマは大きく二つあると思われる。一つ目には、先にも書いた通り、 Shadowとバットマンの正義のとらえ方の違いだ。Shadowは犯罪者は雑草であるととらえ、殺していくことでしか解決策はないと考えている。Stagについても、長年の戦いの中で、何百回も殺してきた、と言っている。Stagはジョーカーを組んで、他のヴィランも集めて、バットマンを殺そうとする。なぜなら、StagShadowの力を得ようと、Shamba-laへの入り口を探し求めており、その場所に入るには、ブルースの心臓が必要だったからだ。そのゴッサムヴィランに囲まれながら、Shadowは、私であれば既に全員殺していたはずだ、今戦うべき敵は20人ではなく2人であったはずだ、と言っている。犯罪者は、ただ増えるだけだから、と。実際Shadowはためらいもなくジョーカーを撃ち、瀕死の重傷を負わせている。もちろん、バットマンはジョーカーを救いに行くのだが、そのせいでStagに刺されるのである。なぜそんなことをするのか、と詰め寄るShadowに、バットマンは全ての命が大事なんだ、と言う・・・バットマンは、おそらく悪の根絶を望んではいるものの、殺人によって達成することはできないと考えているのだ。特に、バットマンは後に別の例を引き出して、犯罪者は死ぬべきだとするShadowの主張に反論している。実際、ShadowStagが不死身だと考え、ひたすら殺してきたのだが、バットマンは、Stagは不死身ではない、ただ同じ格好をした者の集まりだ、替えが何人もいるだけだ、と彼に言っている。「お前の正義というものがそんなに単純でなければ、不死身ではないとわかったはずだ。お前が殺すだけ、お前は敵を生み出してきたのだ。」と。彼が救い続け、誰の命でも大事にするのは、悪を単純になくすという行為よりも、その根本の悪を「理解し、治療したい」という思いがあるからではないのだろうか。Shadowは悪を文字通り「消す」のは、彼は彼で「人に潜む邪悪を知っているからこそ」で、それは自分がかつてそうだったから、ともいえる。救済は不可能と考える者と、その悪を抱える人間を信じようとする者の対照。だからこそ、この二人が生み出す関係性がまた興味深いのだろう。
 
また、もう一つのテーマは、バットマン作品でも多くテーマになっている「人間性」であろう。Shadowのエージェントとして彼を良く知る人物がいる。Margo Laneという女性である。彼女は、(Shadowによると)Shadowになる前の自分を知っていたのではと。ただ彼女曰く、「ShadowにはCranstonの人間性は感じられない、既にShadowという存在にのみこまれてしまったのだ」としている。もちろん、これはバットマンにも共通する部分である。彼は殺さないとはいえ、正義のためにひたすら戦い続ければ続けるほど、昼間の顔の方が仮面となっていき、偽の人生と成り果てていく。「ブルース」という顔がバットマンを隠すだけの存在という意味しかもたなくなっていくのだ。Shadowはおそらく力を使うたび、犯罪者を殺すたびに、結局自分の魂を犠牲にしているのかもしれない。一方で彼はどこかにまだ人間性を持っており、また求めているのだろう。たとえ殺人を繰り返そうが、彼は結局Margoをずっと気にかけてはおり、救出に奔走する。ただ私が思うに、彼女をなおさら救おうとするのは、彼女こそが自分自身の救いになるのではと考えていたからかもしれない。続編では、結局救えなかったMargoの死を悼み、自分はShadowのままでしかいられない、自分のことを本当に知る者はいなくなってしまったと言っている。この姿と力ですら、呪いであると。
 
バットマンもある意味で呪いであり、病気はあるだろう。ただ、やはりここではどう生き、どう選択し、どう与えられたものを使うかによるのだろう。バットマンは、Stagに刺された際にほぼ瀕死状態となり、Shamba-laの力で助けられる。Shamba-laの力を操る師たちに、永遠に悪と戦えるよう、永遠の命とShadowが持つ以上の力を授けようと言われるのだが、バットマンは断るのである。ブルースはいつか死なねばならない。だが、バットマンは生きるのだ。新しい顔で。私のようなちっぽけな個人よりも大きな存在となるのだ。死がなければバットマンは存在できない、と。バットマンは、人間だからバットマンであり、おそらく限界なき力を手にしたとき、彼はバットマンという存在ではなくなるのだろう。もちろんバットマンにも力への望みはあるのだろう。でも彼は彼がどうあるべきか、わかっている。彼は彼以上の存在になるべきではない、と。
 
最後にジョーカーの描かれ方だけさらっとふれておく。今回の描かれ方は最近のシリーズに多いシリアスな感じではなく、コミカルさ+狂気のいいバランスがとれており、ちょっと昔のジョーカーらしさがある。バットマンの軽妙なやりとり(バットマン「Stag. Joker」ジョーカー「俺様の名前を先に言え!」などなど)が多いので、そこも面白さのひとつ。
 
Shadowはバットマンに、自分が一体誰なのか告げずに去っていくが・・・その彼のアイデンティティの探索は続編に続くということで・・・また彼らの道はどこかで交差する!

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この号、Batman #24は、数回再販され、売り切れが続いたと言う。でもなかなかこんなロマンチックなバットマンの表紙に出会うことはなかなかないだろう。Second Printingでは、バットマンのMarry me.の吹き出し付きの表紙で、またまた大人気となった。前のinterlude扱いのRooftopsでは、バットマンとしての義務、そして彼が求めるものとは何か、というテーマにフォーカスされていた。バットマンは、どう生きるべきなのか。自分のために生きてもいいのか。その答えが、今回の作品にある。

Gotham GirlのClaireは、バットマンがベインから取り戻したPsycho-Pirateのおかげで、恐怖の感情から解放された。Claireはバットマンに聞く。私はこれからどうすればいいの?どう生きればいいの?ヒーローか、それとも普通の人として生きるのか。そのバットマンとClaireの問答は、バットマンにも自分の生き方を見直させるきっかけとなる...

I am Suicide では、バットマンとして生きることが彼に残された唯一の道であるという解釈であった。今回Claireに、あなたは自分のこの人生、好きなの?と聞かれ、バットマンは、好きかどうかは関係ないと答えている。
I am not Batman because I like being Batman. I’m Batman because I’m Batman.
そう、バットマン以外の人生など、存在しない。彼の望みすら関係ない。バットマンであることは、Rooftopsを踏まえると、あくまで彼の義務である。バットマンでなければならないから、その活動をやるしかない。そして、彼は、バットマンでい続ければならない。そうでなければ、自分でいられないから。

バットマンでいることに理由などない。選択すら許されなかった。彼はよくヒーローと呼ばれる。でも彼こそ、ヒーローになることを望んでヒーローになったわけでもなく、またヒーローという言葉すらふさわしいのかとも疑問に思うこともある。彼はヒーローという呼称も嫌いだ。No Man’s Land vol.3で、自分はあくまでも探偵であり、ヒーローは後世の人々によって名付けられる呼称である、というバットマンのセリフがあるが、まさしく彼のヒーローに対する考え方を表すものだ。彼は名誉や評判を求めて活動を行なっているわけではない。誰かに賞賛されたいわけでもない。あくまで、彼はゴッサムに仕える存在なのである。だから、彼にとってみればバットマンでいることの「義務」が優先され、それ以外のことをすることなど、「許されない」のだ。

ただバットマンでいることが幸せか。Claireの問いに、バットマンは、幸せではない、と言う。彼は完璧を求めるあまり、いつか自分が(Gothamと同じく)堕ちること、失敗することを恐れている。バットマンは、バットマンであるがゆえに、普通の人間を超越する存在でなければならないと思っている。ただ、その完璧主義が、バットマンの人間性を消し去っていくことになる。失敗を受け入れること。恐怖を受け入れ、戦うこと。それが大事なのだ。
We get to fight that fear. We have the chance to be brave.
Claireのその言葉は、Psycho-Pirateの恐怖を乗り越えた者として、バットマンにまっすぐ届く。バットマンだって、弱さがある。バットマンだって、人間なのだ。だから、彼の望むことがある。彼が本当はやりたいことがある。バットマンとしての義務ではなく、彼(ブルース)自身の望むこと。ブルースが必要とすること。バットマンとしての義務だけをやることが生きることではない。それを彼が理解するのだ。それが、最後の彼の決断に繋がる。バットマンという建前を捨て去る瞬間だ。

バットマン。キャットウーマン。ブルース。セリーナ。仮面の人生と普通の人間としての人生。その人生が一つになる。最初にキャットウーマンと船で会った時、彼女が盗んだダイヤ。バットマンはそれを買い、持ち続けていた。この時のために。それが「自分が求めたこと」だったから。やっと彼は自分の感情に向き合ったのだ。仮面を脱ぎ、ブルースがセリーナに言う、Marry me. 最後の美しいページに描かれる二人を見た瞬間、なぜか涙した。やっと、バットマンとしても、ブルースとしても、幸せになっていいのだ、と思ったから。

バットマンとしての人生。ブルースとしての人生。その二つの人生は完璧に分かれていなければならない。ただこの作品では、必ずしもそうではない選択肢を提供してくれた気がする。彼だって、自分のために生きてもいいのではないのか。義務と望みは、両立することも出来るのでは、と。ただ思うのだ...いつまで、この関係が続くのかと...Every Epilogue is a Prelude...
終わりの始まり...?

ということで、今年も読んでいただきありがとうございました。来年も引き続きレビューをちまちま書いていきたいと思いますので、よろしくお願いします。

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Rebirth: Batman (I am Bane)

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かなり間が空いてしまって申し訳ない・・・やっとレビューをきちんと書く時間がとれたので、このまたも興味深い作品をレビューしたいと思う。
 
さてトムキングのBatmanシリーズ、今回はI am Bane (Batman #16-20)となる。I am Gotham, I am Suicideに続くこの作品だが、メインはなんといっても、バットマンvs ベインの戦いだ。I am SuicidePsycho-Pirateを取り戻すことに成功したバットマン。Psycho-Pirateはどんな感情でも他人に植えつけることができ、彼のみがGotham Girlを治すことができる。彼女の治療に必要なのは5日間。5日間は誰にも邪魔されない環境が必要だった。ただVenomからの依存をPsycho-Pirateを使って断ち切ろうとしていたベインは、再び彼を取り戻そうとバットマンを執拗に狙う。ファミリーと、バットマンに近しい者たちが狙われる中、バットマンとベインの運命の戦いの火ぶたが切って落とされる・・・
 
さて、Rebirth の最初のシリーズから共通しているこのI am ~というフレーズ。バットマンとは何者なのか。ゴッサムであり、生を捨てた者だと定義づけられてきた今回のシリーズに、トムキングはヴィランの名前を持ってきたのだ。バットマンはどうベインと共通してくるのか、または違うのか。そして、GothamSuicideの大きなテーマであった、「死」。Gotham冒頭でバットマンは墜落する飛行機を何とか助けようとしながら死を覚悟し、Suicideでは、バットマンとしての人生としての道のりが、死そのものであると定義づけられた。Baneのテーマは、個人的には「生」だと思う。そしてバットマンであることの意味の再発見でもあるのではと。ということで、今回は、「バットマンの再生」をテーマにレビューしていこうと思う。
 
さて、冒頭、ちょっとテーマから逸れるかもしれないが、ぜひ触れておきたい場面がある。読んだ方はもう知っているだろう。ゴッサムには、なんとBat Burgerというハンバーガー屋さんがある!冒頭、ロビンたち(とデューク)がブルースとその店で待ち合わせをしている。店員がバットマン関連のコスプレをしていて、そしてメニューもバットマンやヴィランにちなんだものが。Night-Wings (手羽先か?)Robin Nuggets (ナゲット・・・)Riddle-Me-Fishとか、どんな魚が出てくるかすら不明・・・またフライドポテトもJokerizeできる。(要は特製の緑と赤のパウダーかなんかなのだろう・・・どんな味だ?)ただ、レジのバットマンに仮装した男性は、ブルースにうっかり、ポテト、ジョーカー仕様にしますか?と聞いてしまったことから、逆にブルースがものすごく不機嫌になっている(笑)また、某ハンバーガーチェーンのように、Bat-Mite Mealというおもちゃ付きのセットもある。ディックが(本人の希望を完全に無視して笑)ダミアンのために注文しているのだが、どうやらフィギュアがついてくるようで、私が逆に欲しいぐらいだ。(しかも何が面白いかって、ダミアンが開封しながら「これがレッドフードだったら誰か殺すからな」と言った途端にレッドフードフィギュアだったという笑)この辺の会話が全て面白いやりとりばかりなので、ぜひぜひ読んでほしいのだが、とりあえず好きなポイント2つをあげる。一つはディックが、わざわざこのハンバーガー屋を待ち合わせ場所に選んだことに対し、「アルフレッドのキュウリサンドイッチに飽きちゃったしね」と言うのだが、ブルースが「それをアルフレッドが聞いた暁には、我々はおしまいだろうな」みたいなことを言っている・・・うん、想像に難くはない・・・悲惨な食事しか出ないんだろうなあ・・・もう一つは、ロビンの死に対する問答である。この会話自体が明るい場面で話されているため、言葉が実際に持つ重みがかなり軽減されている。結局ロビンってみんな(一度は)死ぬべきなのか。実際、(翻訳は残念ながら出そうにないが)、この時点ではDetective Comicsの方で、ティムは「死んだ」ことになっている。無論ダミアンも、ジェイソンも死んで生き返ってきた者たちだ。そしてここではディックも。デュークは、今回でも本人が言っている通り、「ロビン」ではない。もともと、バットマンはデュークを「ロビン」としてトレーニングするのではなく、「何か新しいことを考えている」と言っていた。(ちなみにこの後に出る予定の新シリーズのタイトル通り、彼はSignalというコードネームがつけられるようだ)私は、Detective Comicsのレビューでも少し書いた気がするが、ロビンは死ぬことでしか意味づけられないのだとしたら、それはバットマンにとって、一番可哀そうなのではないのかと思う。バットマンは、ブルースとして家族を失い、だからバットマンとして、(たとえそれが血がつながっていなくても)「ファミリー」を形成するのである。ロビンは、バットマンにとって、持てるはずのない家族を持てる唯一の方法なのである。彼は既に失うことに対して耐えられないはずなのに、ロビンとしても失うのであれば、そしてそれがいかに自分のせいでないにしても、彼は常に彼らの死を悼み、自分を責め続けるはずだ。そして、特に今のタイミングでは、ティムの「死」がバットマンにとって一番大きな影を落としている。実際、Detectiveでは、Colonyのドローンを自分に狙わせることで、多くの命を救ったティムだが、バットマンは自分が救えるはずだったと思っている。(だいたい、いつもバットマンは間に合わないパターンである)だから、誰も自分のために死んではならない。バットマンは、ベインと何があっても戦うな、とロビンたちに強く言い含めるのである・・・
 
もちろんこのパターンは別の作品でも多く見られる。バットマンが他のファミリーを守りたいがために、自分から距離を置こうとする。そしてだいたい失敗に終わる。それが全く彼らを守ることにならないから。彼らを守ろうとするのなら、実際は自分の近くに置こうとするものなのだが、バットマン自身の犠牲の精神がそうさせるのである。そしてもちろん、ロビンはそんな命令など無視をするわけだが、それが全て仇となる。ベインはケイブに侵入し、ディック、ジェイソン、ダミアンをつるす。結局バットマンはスーパーマンの孤独の要塞へ彼らを昏睡状態のまま運び、スーパーマンに守らせる。(ここで、Okay.としか言わないクラークは、バットマンがファミリーを守りたいがゆえのあまりにも極端なやり方に半分賛成していないような雰囲気もある)一方、デュークは一人で、ゴードンの助けに向かい、ベインにつかまってしまい、セリーナやBronze Tigerなども含め、ベインの人質となってしまうのだ。ただ、もちろんバットマンは勝算があった。キャットウーマンという切り札が。キャットウーマンは逆に、バットマンとベインが戦っている間に、人質を助け出し、ベインの手下を片付ける。(ケイブにつるされていたロビンにI am Baneと血で書いてあったのだが、そのお返しで、I am Catと手下の体に書いたセリーナもまたしゃれっ気がある)
 
ここで、繰り返し、というモチーフにも触れたい。トムキングは、セリフでも多くの同じセリフを多用する傾向がある。これは前のシリーズから、(そして今のシリーズでも)ずっとあるものだ。彼の場合、これが実は単調な繰り返しではなく、毎回、その繰り返されるセリフが微妙に強調される意味が違い、そのシーンごとに全く違った効果を生み出すことがあり、そこが面白いところだ。ただ、この繰り返し自体は、Rebirthそのものの大きなテーマとしても捉えられるのではないのかとさえ思える。特にRebirth #1でカレンダーマンの蘇りのサイクルがあり、そのサイクルは、ただの繰り返しではなく、さらに彼は強くなって帰ってくるのである。バットマンもデュークに語るが、敵が毎回強くなるのであれば、自分たちもより強くなればいい、と。ロビンの死の繰り返し、そしてバットマンのトラウマの繰り返し、そして毎回繰り返されるヴィランとの戦い・・・それが全てバットマンを強くするものだと考えられるのであれば。
 
一つ興味深い点がある。バットマンの挑戦に応じ、バットマンがPsycho-Pirateをかくまっているアーカムアサイラムの門をくぐるわけだが、ベインが次々と、ヴィランと対峙しながら、自分の存在意義とアイデンティティを彼らに主張していく。ここでカレンダーマンに再度焦点を当ててみる。ここでも繰り返し、再生のテーマがある。ベインは、Psycho-Pirateと一緒にSanta Priscaにいたときが平和であった、I was done!(私はそれで終わりだった、満足していたとも解釈できる)と言うのだが、いいや、終わりではない、とカレンダーマンは言う。ベインとバットマンの戦いは、終わることがない、と。ベインがカレンダーマンを倒したのち、カレンダーマンがTune in tomorrow…Same Bat time… Same Bat channel…と言うのだが、これはあのバットマンの66TVシリーズのエピソードの終わりの決まり文句でもある。あのシリーズも、確かに同じパターンの繰り返しである。だいたい2エピソードで構成され、前半はバットマンとロビンの危機で終わり、後半で彼らがヴィランを捕まえるのである。その繰り返しがドラマの醍醐味でもあった。
 

だからバットマンとベインの戦い(Part 5)もそうだ。この辺は最高のバットマンのセリフだらけなので、ぜひ読んでいただきたいが、バットマンの死は毎回、どの作品でも言及されている。死の罠にかかり、毒で死にそうになったり、重傷を負ったり、おぼれ死にそうになったり、洗脳されたり・・・でも、彼は確かに死ぬことはない。”Every Night. Over, and over, and over. For so many years. ‘This is theend, Batman!’ Every. Damn. Night. And yet… I’m still here.” そう、彼はどうなろうが、ボロボロだろうが、オメガビームを浴びようが、時空に飛ばされようが、自殺行為のミッションを行おうが、彼はいつでも戻ってくる。これである。これがバットマンなのだ。なぜ繰り返しが単調にならないのか。これが読者がバットマンに求めていることだから。バットマンだったらやってくれると信じているから。彼なら、さらに強くなって帰ってくるから。

 
ベインとバットマンのオリジンも、挫折と前進の繰り返しではある。ベインは、バットマンと戦っている間、いかにバットマンの他のヴィランと違うか強調しており、(ジョークでもなく、謎々でもなく、鳥でも、猫でもペンギンでもなく・・・と並べ立てている)最後には、コスプレを楽しむ金持ちの男でもないと言い放つ。ただ、そこで挿入されているオリジンは、意外と共通性が見られる。同じく両親を目の前で失い、一方は恵まれた豪華な邸宅で、もう一方は希望など何もない牢獄で、自分の生きる目的を見出し、自己を研鑽していくのである。彼らの違いはその目的である。ベインは、自分に歯向かう者に対して、打ち勝つこと(conquering)を目的としているのに対し、バットマンは犯罪者と戦う(warring)ことを目的としている。バットマンが目指しているのは、ここでは「完全なる勝利」ではないのと同時に、私心/復讐で戦いに身を捧げるのではなく、公の目的のために、よりよい社会のために捧げるわけである。そして力をどこに求めるか。バットマンはここでは集団に力を求め、ベインはVenomという薬に頼った。つながりと人工物。ここで彼らの人間性にも違いが出てくる。バットマンの人間性は、集団から、ファミリーから学ぶものだ。ベインは人間というよりもモンスターに近くなっているのは、そのせいなのだろう。
 
バットマンは、ただ全ての繰り返しのために戦っているわけではない。そしてその道は常に死でもない。ベインは勝ち、負けしかとらえようとしない。彼は「共感」という感情がないからである。そこがバットマンがベインよりも上であるところだ。バットマンがベインと戦うのは、自分のためもなく、死ぬためでもない。よりよい善のためでもなければ、勝利のためでさえもない。彼はGotham Girlを救うため。彼は、だからこそ、ベインと違う。だから、I’m Batman.なのだ。全てのトラウマ、悲劇、過去と死、喪失、孤独、そして、他人を思うことから来る強さ、そしてあきらめずに前進し続けること。その全てが、あのセリフに込められている。だから、ベインはバットマンに勝てるわけがないのである。
 
最後のマーサとの会話は、バットマンであり続けることが死しかないことではないと思わせるものだ。バットマンは人を救える。バットマンは前に進み続けられる。それは、常に悲劇でなければならないというわけではない。そこに、I am Gotham, Suicideからずっと根底にあった「死」からの彼自身の救いもあるのかもしれない。
 

さて、最後に。これだけ触れておく。ベインがバットマンと戦うために、リドラーにPsycho-Pirateの牢の鍵を開けさせているが、そこでリドラーがTell him I still remember ourWar of Jokes and Riddles.と言っている。そう、これが次のシリーズの前触れ・・・バットマンが経験した一番記憶に残る事件とは・・・そのうちまたまた面白いこの作品もレビューしたい!

 
次回、Every Epilogue is a Prelude.をレビューいたします。

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