笠松泰洋の作曲家日記

作曲過程、活動報告、趣味などお話しします

全体表示

[ リスト ]

正直に言うが、自分の中で辻井伸行くんの評価は高くなかった。彼の全盲というハンディキャップが大きく影響して彼の今のピアニストとしてのステータスがあると思っていたし、彼の演奏自体も、印象は良くなかった。と言っても、それは、決して生で聴いたわけでなく、ニュースやワイドショー的なテレビ番組の中に出て来た、主に、2009年のクライバーンコンクールの模様が多かった気がする。テレビの貧弱な薄いスピーカーから聴こえる音は、報道用のマイクで録音したせいもあると、今に思えば想像がつくのだが、音は割れ気味で粗い音色に思えた。力任せに難曲を弾きこなすハンディのあるピアニスト、と思っていた。

 今日、佐渡裕さん指揮のBBCフィルのコンサートに招かれて東京文化会館に行って来た。佐渡さんの所属する事務所(クリスタルアート)に私も所属することになったことで、事務所が呼んでくれたのだった。そしてピアノのソリストが辻井君なのだ。12回の公演はあっという間に完売した、ということだった。実際、東京文化会館は完全に満席で、補助席まで出ていた。私も補助席を頂いた。会場は最近のクラシックではめったにない賑わい。今人気の2人が共演するのだ。堅実に上手いイギリスのオケを引き連れて。
 今日のプログラム、辻井くんはチャイコフスキーのピアノコンチェルトだった。すごく有名な曲だが、とてつもなく難しい曲だ。ラフマニノフのコンチェルトよりずっと難しい。しかも、一つの楽章内でめまぐるしくテンポが変わるので、オケとピアノを合わせるのもとても難しい。名手でも途中、4オクターブの高速進行でこけることがよくある。確かに、全盲でこれを弾く、というのは、とんでもないことだ。いわば、曲芸である。曲芸を見せるコンサートになるのだろう、と思っていた。

 私は、辻井くんの演奏は好きじゃない、とこれまで何人かに言ってきた。事務所の社長にまで言っていた。テレビでちょっと見ただけで。私は謝らないといけない。全く間違っていた。
 チャイコスフキーのピアノの第一音から驚いた。音色がとても美しいのだ。力強い音なのにとても柔らかくて美しい。しかも、強い音から弱い音まで、実に音楽的で立体的。きたない音が一つたりとない。また、どんなに難しい場面でも、正確で揺るぎない。全ての音が音楽的。1楽章の最初に、一度だけピアノが少し先行するところがあったが、後は、オケとピアノはどんなに曲のテンポが変わっても、呼吸がピッタリ。ファーストヴァイオリンが16名という最大級の編成のオケをバックに、しっかりピアノを響かせながら、美しい音が鳴り響く。4オクターブの進行も、完璧。しかも、音楽的スリルでわくわくしながら辻井君が弾いているのが伝わってくる。フレッシュなのに深い。
 気がつくと、彼は、目が見えないのだ、ということは全く関係なく、聴き入っていた。チャイコフスキーの音楽に陶然とし、わくわくしていた。改めて彼が全盲だということを意識して、これは奇跡に立ち会っている気分に、誰もがなってしまうだろうと思った。自分もそう思わざるを得なかったからだ。
これを聴いてしまったら、チケットの完売する理由が分かる。もちろん、演奏後、すごい拍手の嵐となった。関係者に休憩時間に感想を語ると、辻井くんはこの2年くらいで目覚ましい進歩をして、コンクールに優勝した時より遥かに素晴らしい演奏をするようになった、ということだった。
 音楽をやっていて、時々、ある人の演奏が、予想を遥かに超えて素晴らしく変貌していることに出会う。才能が開花した、と都合よく言えばいいのだろうか。努力、研鑽により新しい境地を開拓した、と言えばいいのだろうか。いずれにせよ、才能という言葉だけでは説明できない変化を目の当たりにする経験が過去にもあった。今回は、自分のうかつな判断を恥じるしかない。やはり、音楽は、生の演奏を聴かないと判断できない、ということ、聴かずして判断してはいけない、ということが身にしみたのだった。
 佐渡さんに対する認識も少し変わった。音楽がとても大らかで、オケが伸び伸び演奏している。音楽がとても自然だった。学究的に極めた精緻さとは方向のちがう伸びやかでおおらかな音楽。これは彼の人柄なのだろうか。オケとの相性もあるのだろう。きっと海外での彼の評価の方が国内でより高いのは、海外のオケの方が彼と相性がいいからなのだ、と分かった。後半の「新世界」も、とてもいい演奏だった。
イメージ 1

この記事に

閉じる コメント(4)

顔アイコン

こんにちは。 アメリカから~ 私は辻井伸行くんのファンです。
Please forgive me for not being able to write in Japanese.

I enjoyed reading your posting. It is so good of you to open your mind to re-evaluate the music of Mr. Tsujii. I only wish more people would do the same.
どうもありがとうございました.

2013/4/23(火) 午前 3:15 [ M. L. Liu ] 返信する

顔アイコン

Thanks, M.L.Liu !! I was deeply impressed and moved by his performance. I must keep in mind the fact that music cannot be judged unless we listen to it when played on the spot. Today, I'm going to visit Suntory hall in Tokyo to listen to the second concert by Rachmaninov , Of course soloist is Nobuyuki !!!!!
can't wait!!!!

2013/4/23(火) 午前 9:50 [ syn*og*e ] 返信する

顔アイコン

Kasamatsu-san,

Thank you for your kind response and I am happy that you will be in Suntory Hall tonight for the Rachmaninov. I hope you continue to enjoy the performance of Tsujii-san.

I took the liberty of posting an English translation of your article on my site, here: http://mlliu2006.blogspot.com/2013/04/4202013-yutaka-sado-conducts-bbc.html

I hope it is okay with you.

Thanks again.

2013/4/23(火) 午後 5:16 [ M. L. Liu ] 返信する

顔アイコン

Thanks for posting an English translation of my article. It's perfectly OK with me!!

2013/4/24(水) 午前 0:11 [ syn*og*e ] 返信する

コメント投稿

顔アイコン

顔アイコン・表示画像の選択

名前パスワードブログ
絵文字
×
  • オリジナル
  • SoftBank1
  • SoftBank2
  • SoftBank3
  • SoftBank4
  • docomo1
  • docomo2
  • au1
  • au2
  • au3
  • au4
投稿

開く トラックバック(0)


.


みんなの更新記事