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2011年3月11日午後2時46分、東北地方太平洋沖地震が発震し、 我々が経験したことの無い魔の巨大津波が全てを飲込んでしまってから3年以上が経過した。 そんな中、この春、一つの鉄道が復興を成し遂げた。 国鉄時代に先行開業していた久慈線(久慈―普代)・宮古線(宮古―田老)・盛線(盛―吉浜)の 未成線を繋げ三陸地方に開通した三陸鉄道である。 北リアス線(久慈―宮古)は昨年のNHK朝ドラ「あまちゃん」で一躍注目され、 南リアス線(盛―釜石)とともに、全線で運行を開始した。 そこでこの三陸鉄道の復興支援の一環として、 現地におカネを落とす目的もあり、現地を訪問してきた。 27日は朝から気温が上がり、宮古でも20℃を大きく上回り、汗が滲むほどの陽気である。 三陸鉄道のホームや改札には、お隣のJR山田線とは違い多くの利用者や支援者で賑わっていた。 運転手に話を聞くとツアー会社の臨時列車などで運行の収拾がつかない状況だそうだ。 (あとで知ったのだが、この日は数時間前に安倍首相が訪問し、田野畑村へ向かったことによる 運行混乱を呼び起こしていたそうだ) お蔭で乗車した列車はお座敷車両を連結した豪華編成。 宮古を出発した列車は北上し、津波の恐ろしさを今に伝える地域を垣間見ながら、 岩手県北東部の都市・久慈市へ向かってリアス海岸線をトンネルと鉄橋で越えて行く。 約2時間の車窓はどれこもこれも印象的で、あの悲劇を齎した海洋は風光明媚な景色を 何事も無かったかのように訪れる者に提供してくれる。 いつの間にか車内はツアー客などを乗せ満員状態になり、 乗客たちは、被災地ならではの車内放送に耳を傾けていた。 【田老(たろう)】 田老駅周辺は三陸鉄道の中でも被災状況が最悪で、駅前は襲いかかってきた津波によって すべて浚われてしまった。建物があったことを物語る基礎部分のみの空き地を見るにつけ 自然と涙が零れ落ちた。 【島越(しまのこし)】 海水浴場で夏には賑わいを見せていた島越駅は三陸鉄道の駅の中で最も激しく被害を受け、 両端のトンネルの間に展開していた駅舎・ホーム・線路・路盤などが全て津波によって 壊滅してしまった。最後まで復旧に時間を要した区間で、今もなお復興に向け人智を尽くしている。 【野田玉川(のだたまがわ)】 野田村にあるお隣の陸中野田駅からこの野田玉川駅一帯も津波の被害が甚大で、 海浜に近い線路は津波によって流されたが、逸早く復興を成し遂げた。 三陸鉄道は毎年、億単位の赤字を出し、望月社長もその存在価値に疑問を呈したこともあるそう。 だが、乗車して初めてここに三陸鉄道があることの存在意義を知った。 地元の方々の温かい微笑みや三鉄社員の弛まぬ努力など、心から嬉しくなることばかり。 復興増税などの使途不明金よりも、現地で地産地消、産業を援けることが最大の復興支援だと いろいろな方に出会う度に心を打たれて止まない。 次回は三陸の銘菓などを紹介したいと思います。 |
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すばらしい旅行をしてこられたのですね〜☆
めったに、見られることのないお写真、ありがとうございます。そうですか?電車乗るとそんなアナウンスが・・・・
こちら、福知山線脱線現場を通るとき、もう何年のたってますが胸が熱くなるの、三陸海岸、、、ホントお気の毒でしたね。。。。
2014/5/7(水) 午前 4:44
有意義な旅をされましたね。
あまちゃん効果もあって今や人気の観光スポットですが
多くの人達の悲しみの影を忘れないようにしたいです。
何に使われたか判らない義援金よりも地元に直接お金を落とすことが
一番の支援だと感じる今日この頃です。
私もいつか三陸鉄道に乗りたいなあ。。。
2014/5/7(水) 午後 3:00
スイーツさん、ご無沙汰しておりました。
三陸鉄道はこの三陸の地でしか再生を果たす土壌が無い分、復興に懸ける思いがJR東とは全く違い、多くの人々の支援によって全通するに至りました。とても嬉しいことですよね^^
福知山線、本当に有り得ないJR西の日勤教育の副次的な大惨事でしたね。私も三田方面から電車でここを通るとき、とても緊張したことを覚えています。。
2014/5/11(日) 午後 10:34
まゆさん、いつも有難うございます。
今は晴れるととても穏やかで風光明媚な陸中海岸も、どこか悲しみの色で包まれている気がします。まゆさんの仰る通り、悲しみの影を忘れないようにしたいですね。
6月から個人所得に対しても復興税が天引きされますよね。ますます日本政府の見える化を義務化せねばなりません。
2014/5/11(日) 午後 10:37