|
あかつきの別れはいつも露けきをこは世にしらぬ秋の空かな 源氏
おほかたの秋の別れも悲しきに鳴く音な添へそ野辺の松虫 六条御息所
のどかなる時の驕りに身を任せ 別るる時の惜しきものかは 玄齋
解説:
以前のブログで掲載したものを再掲しています。
前回の源氏と御息所の対面の続きです。
周囲の斎宮の潔斎の雰囲気には、気遣いがされましたが、源氏は御簾の中へ体を入れて、
長押(なげし:母屋と廂の境に渡した材木)にもたれかかるように坐っていました。
源氏は、かつては自分の心に御息所はゆだねていると思っていて、実際に御息所も源氏を
想い慕っていた頃には、穏やかな日常に思い上がっていて、御息所のことをそれほどには
想っていませんでした。また、源氏の心の中に、どういう訳か御息所に不名誉が噂されていた頃
(物の怪の騒ぎ)には、急に御息所への想いも醒めて、このように、二人の中が隔たっていました。
その折の、久しぶりの対面で、面と向かって話してみると、昔のことを思い出されて、御息所への
愛しさに、甚だしく思い悩むようになってしまいました。さらに源氏はかつて恋人として愛し合った
過去と、これから先、相手が伊勢へ行ってしまう未来について考え続けて、辛い気持ちを味わって
泣き出してしまいました。女(御息所)の方は、
「そこまでは思うことが出来ない」
と、自分の気持ちを包み隠そうとしましたが、堪えることができない様子でありました。
それに対して、源氏はますます心苦しい気持ちが強くなって、いまだに伊勢への下向を
思いとどまるようにと、御息所に告げていました。
すでに月は沈んで、もの寂しくなった空を眺めながら、源氏が御息所との別れを嘆いているのを見て、
御息所にこれほどまでに重なっていた冷淡さも、消えて行こうとしていました。
御息所は、次第に、
「もはや今となっては(伊勢へ下るしかない)」
と思って、源氏との関係をあきらめようとしていたのが、
「やはり(こうなってしまった)」
と、かえって心が動かされて、伊勢への下向を思い悩むようになってしまいました。
若い殿上人たちは、何人かが連れ立って、立ち去りがたいほど美しい庭のたたずまいに、
本当に風情のある様子を、源氏も感じていました。思い残すことがないほどの想いを、
言葉で交わし合ったこの二人の様子を、完全に伝える方法はないのでしょう。
次第に夜が明けていく空の様子も、わざとこしらえ上げたように感じていました(一首目)。
あかつきの別れはいつも露けきをこは世にしらぬ秋の空かな 源氏
訳:後朝(きぬぎぬ:通いあう男女の朝の別れ)の別れは、いつも早朝の露に濡れる光景と
同じように涙がちになってしまいます。これは何と比べることのない秋の空(のような悲しみ)
なのでしょうか。
と源氏は歌い、帰ることができずに御息所の手をとらえて、(帰るのを)ためらう様子は、
とても心惹かれるものがありました。
秋風がとても冷ややかに吹いて、松虫の鳴きからした声も、いかにもその季節をわきまえているかの
ように聞こえていました。この様子をさほど思うことがないように聞き過ごす、そんなことは
出来ないほどの風情であるのに、それにもまして、源氏と御息所は堪えがたいほどの動揺を感じていて、
簡単には納得のいく歌には出来なかったのでしょう(二首目)。
おほかたの秋の別れも悲しきに鳴く音な添へそ野辺の松虫 御息所
訳:いつもの秋の別れでさえも悲しいのです。それに更に悲しく鳴く声を加えないで下さい、
野辺の松虫よ。
源氏は悔しく残念に思われることが多かったのですが、どうにもならないことなので、
空けていく空も、人目につかないようにときまりが悪く感じながら、帰って行きました。
帰り道では、源氏は涙を流していました。
(注)原文:「道の程、いと露けし」は、帰り道の朝露の景色と、源氏が涙を流すという
二つのことを表現しているのだと思いますが、与謝野晶子の訳でも源氏の涙のみを表現しています。
女(御息所)の方も、気丈に振る舞うことはできませんでした。源氏との別れを惜しむ
気持ちを悲しく思いながら、去った跡をぼんやりと眺めていました。ほのかに見えている
月の陰(に源氏を想い)、依然として残っている源氏の衣の残り香などを、若い女房たちは、
しみじみと思いながら、過ちさえも犯してしまうにちがいない、などと源氏を想い慕う話を
していました。さらに女房たちは、
「どんな道理があったとしても、源氏の君のこのようなご様子を見捨ててまでは・・・」
「(御息所は)別れようとは思わないでしょうね」
などと言いあいながら、この不条理に涙を流していました。
この後に送られた源氏よりの手紙は、いつもよりも細やかで心がこもっていて、それを読んだ御息所は
源氏になびいていく程に気持ちが動かされましたが、すでに決定がなされている今となっては、
もはやこの手紙でもどうしようもないことでした。
男(源氏)は、それほどにも思っていないことでさえも、愛情を示すために大層に言い続ける
ものですが、それにもまして、源氏が並々の人以上に想っていた御息所が、こうして別れて
いこうとするのを、残念にもかわいそうにも、より強く思い悩みながら、今回書いた手紙でした。
(御息所の娘の)斎宮は、子供心に、いまだ整わなかった出発の準備が、こうして整っていくのを、
ただ「嬉しい」とだけ思っていました。
世間の人は、
「(母親が同伴するというのは)平常のことではないな」
ということを、悪く思う者や、母親の愛情ととらえる者などが、いろいろと噂をしていました。
万事において、悪い噂を立てられない身分であれば、気楽であったでしょう。
かえって、世の中の優れている、貴い身分の方のほうが、なんと窮屈に感じられることが
多いのでしょうか。
成り行きに気持ちを任せていたために、かえって深い溝が出来てしまった、それを取り戻すことは、
並大抵のことではない、ということをあらためてしみじみと感じました。
次回は斎宮の下向の場面です。ついに御息所は伊勢へと離れていきます。
|
御息所には、子供がいたのでしたか?御息所は、伊勢に下っていった
あと、どうなるんでしたかね?そこで終わりになるのか、また、何か
源氏を思い出して、つらつらと気持ちを書いていたのか?・・・私は
20年以上も前に読んだので、忘れてしまいました。
2007/7/8(日) 午前 11:03
LOVE さん、コメントありがとうございます。
斎宮は、すでに亡くなった東宮と御息所の間の子供です。
御息所は、伊勢に下った後、娘の斎宮の任期が切れた後、
娘と共に上京して、その後出家します。
その後は、以下を見ていただくとよくわかると思います。
Wikipedia - 六条御息所
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E6%9D%A1%E5%BE%A1%E6%81%AF%E6%89%80
御息所が早々に出家して、源氏との縁を絶ってしまった後は、
もっぱら娘の話が中心になりますね。源氏に娘の後事を託す
ときには、源氏が娘に興味を持つのを少し警戒していた、
という話もあります。
2007/7/8(日) 午後 0:49
自分を想っていてくれる人の心に甘えて、つい等閑にしてしまうことがあります。油断ですね。そうこうしているうちに相手は、いっそ、別れてしまおうと思い定める。
逃げると追いたくなる、惜しくなるのお話ですね。
源氏は正直な人だなあと思います。相手を揺さぶり、揺さぶっている自分にまた盛り上がる。
御息所は、きっと送られた手紙とそのときの源氏の言葉と声を、一生をかけてリフレインするのでしょう。
振り返れる恋愛の相手が源氏であることを類まれな幸せとして。
〔ぎりぎりを思い直せと言う君の乱れるさまを恋とし別れる〕
2007/9/23(日) 午前 7:42 [ - ]
ハルさん、コメントありがとうございます。
長年放っておいた間柄でも、いざ失われようとする時に、ようやく大切さがわかる、
昔も今も人間が犯してしまう過ちの種類は同じなのですね。
源氏は自分の間違いを正そうと、必死な姿は心打たれます。
その源氏の姿を、伊勢に下った日々の中で思い出しているのでしょうね。
源氏が思い乱れる様子に、御息所は相手の真摯さを見たのでしょうね。
ハルさんの一首に、そのような御息所の情景を見ています。
一首ありがとうございます。
2007/9/23(日) 午後 5:45