玄齋詩歌日誌

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源氏物語・賢木

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八洲もる国つ御神もこころあらばあかぬ別れの中をことわれ   源氏

天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をば裂くるものかは   (古今集・恋四・七〇一・読人知らず)

国つ神空にことわる中ならばなほざりごとをまづやたださむ   斎宮(六条御息所の娘)

そのかみを今日はかけじと忍ぶれど心のうちに物ぞ悲しき    六条御息所

ふりすてて今日は行くとも鈴鹿川八十瀬の波に袖は濡れじや   源氏

鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず伊勢までたれか思ひおこせん   六条御息所

行くかたをながめもやらむこの秋は逢坂山を霧な隔てそ   源氏


去りぬとも君な忘れそ鈴鹿川 八十瀬の波に身をそぼつとも    玄齋



解説:

以前のブログで掲載したものを再掲しています。


御息所と斎宮が伊勢へ発つ場面です。


(旧暦)九月十六日に、桂川で、斎宮の御祓(おはらえ:禊の儀式)が行われました。
いつもの儀式よりまさって、長奉送使(ちょうぶそうし)や、それ以外に参列する公卿たちも、
格別に世の中の評判が高い者が、帝から任命されておりました。(桐壺)院のご関心のことのほか
篤い事柄であったからでしょう。


  (注)長奉送使(ちょうぶそうし)は、斎宮が伊勢へ向かう際に、野の宮から伊勢まで
   お送りする勅使のことです。中納言か参議から任命されます。


野の宮を起つ日になって、大将殿(源氏)から、いつものように、なごりの尽きない
気持ちを綴った手紙が、御息所の元に届けられました。


「私が心を掛けて思うことも畏れ多い貴方へ」

と表に書いて、木綿(ゆふ)に付けてありました。


  (注)木綿(ゆふ)とは、楮(こうぞ)の皮の繊維で作った糸で、
   幣帛(へいはく:人前に供える紙や糸)として榊の木に掛ける物です。


「鳴神(なるかみ:雷の神)でさえも、愛し合う二人の仲を裂くことなどできましょうか(一首目)。


八洲もる国つ御神もこころあらばあかぬ別れの中をことわれ   源氏

訳:八洲(やしま:日本のこと)を守護する国つ神も、人を思いやる気持ちがあるならば、
 辛い別れをする二人の胸の内を、ご判断下さい。


この後の別れを思うと、辛い気持ちになります」


  (注)この手紙の一節は、以下の歌の引用とされています(二首目)。

  天の原踏みとどろかし鳴る神も思ふ仲をば裂くるものかは    (古今集・恋四・七〇一・読人知らず)

  訳:天つ神の住むという高天原を踏みしめて音を鳴り響かせる鳴神(なるかみ:雷の神)さえも、
   愛し合う二人の仲を裂くことなどできるのでしょうか。


と書かれてありました。とても忙しい最中でしたが、御息所は返事を書きました。
宮(斎宮)からも返事があり、斎宮は女別当(にょべっとう:斎宮に使える女官)に
歌を代筆させました(三首目)。


国つ神空にことわる中ならばなほざりごとをまづやたださむ   斎宮

訳:国つ神がいる空に、お二人の仲の判断を仰がれるならば、(神は)まず、貴方(源氏)の
 いい加減な気持ちを先ず正そうとなさるでしょう。



大将(源氏)は、伊勢へ発つ最後の姿を見たいと思い、参内したいと思いましたが、
御息所に捨てられた男が見送るというのも、体裁の悪いことだと思ったので、参内を思いとどまって、
二条の院の自分の部屋で、しみじみと物思いに耽っていました。


「(斎宮は)十四歳という年齢にしては、優れた貴女におなりになったものだ」

と源氏は強く思いました。このように、普通とは異なる複雑な男女の間柄にこそ、
決まって関心を持つのが源氏の習癖なので、

「もっとよく、斎宮のお顔を見ておくべきだった。斎宮の幼いときのお顔を、見ないままでいたことが、
 今思えば悔やまれる。しかし世の中というものはどのような変化をするかわからないから、
 また斎宮とお会いする機会もあるかもしれないね」


  (注)原文:「世の中定めなければ(世の中はどうなるかわからないので)」とは、源氏が、
   帝の崩御・譲位・斎宮の親族の死去、による斎宮の交代を想定したとすれば、かなり大胆な
   発想です。


などと源氏は思っていました。


上品で美しく、評判のある二人(斎宮と御息所)であったので、見物の物見車が多く出た日でした。
申の刻(午後四時)に、斎宮と御息所は参内しました。

御息所は、斎宮の輿に乗っているときにも、御息所の亡き父の大臣が、娘(御息所)を未来の后にと
思い、今は亡き東宮の後宮に上げた頃はもう昔になって、今の末世になって、内裏を再び眺めてみると、
尽きない気持ちがあふれ、感慨深く思っていました。御息所は十六で東宮の妃になり、
二十で東宮を亡くし、三十になって、今日再び九重(ここのえ:宮中)を見ることになったのです(四首目)。


そのかみを今日はかけじと忍ぶれど心のうちに物ぞ悲しき    御息所

訳:娘の髪を、今日は梳るまい(当時のことを考えるまい)と我慢していましたが、
心の内は悲しい気持ちになりました。

(注)「髪を掻く(髪を梳る)」と「その上を懸く(当時のことを考える)」という掛詞です。


斎宮は十四歳になりました。もともととても美しい方に、御息所がきちんと身なりを整えさせたので、
神聖なほどに美しい姿になっていたのを見て、帝もお心を動かし、別れのお櫛をお与えになる頃に、
悲しく寂しい気持ちを覚えられて、お元気のないご様子になりました。

式が終わり、内裏から退出するのを待っていた、八省院(はっしょういん:八つの中央行政官庁)の
前に連なった、何台もの出し車(いだしぐるま:袖口や裳などを簾から出している車)から出ている
袖口や車の色合いは、普段見慣れない様子に、人々も心惹かれる様子でありました。殿上人たちも、
女房たちとの個人的な別れを惜しむ場面が多く見られました。暗くなってから出発して、二条から
洞院(とういん:平安京の左京の南北に走る大路)を折れたところは、ちょうど二条の院の前でした。
そのとき大将の君(源氏)はとても悲しい気持ちになり、榊の木に歌を挿しました(五首目)。


ふりすてて今日は行くとも鈴鹿川八十瀬の波に袖は濡れじや   源氏

訳:私を見捨てて今日のこの日に旅立っていったとしても、鈴鹿川の幾筋にも別れた瀬の波を見る
 頃には、折々のことを思い出して、貴方の袖は涙で濡れないでおられましょうか。


そのときは夜で暗く、あわただしい最中であったので、次の日に、逢坂の関の向こうから、
御息所の返事がありました(六首目)。


鈴鹿川八十瀬の波に濡れ濡れず伊勢までたれか思ひおこせん   御息所

訳:鈴鹿川の幾筋にも別れた瀬の波に、私の袖が濡れるか濡れないかを確かめに、遠く伊勢にいる
 私を誰が思い出してくれるのでしょうか。


その歌は簡単に書かれていますが、それは、とても風情があって優雅な字でした。

「もう少し親しみの気持ちを添えたら(良い字になるのだが)」

と、源氏は思いました。霧が濃くなって、普通でない明け方の光景を眺めて、
独り言をつぶやきました(七首目)。


行くかたをながめもやらむこの秋は逢坂山を霧な隔てそ   源氏

訳:あの人が去った行く先を眺めることもしないのか、この秋よ、あの人のいる逢坂山を
 霧で隔てないでくれ。


源氏は紫上のいる西の対にも行かずに、ひっそりと寂しく、物思いに耽りながら過ごしていました。
ましてや、伊勢へ発った御息所は、どれほどの物思いの日々を過ごしていることでしょうか。



ついに御息所が去っていきました。御息所は東宮に先立たれ、源氏との恋を失った今、
娘の斎宮だけが心の頼りになったのでしょう。

娘の斎宮は、後に源氏の後押しで東宮(源氏と藤壺の間の子)の妃になります。
源氏も罪の意識を持ち続けているのでしょうね。


次回は源氏の転落を決定づける出来事が起こります。

閉じる コメント(6)

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昔の恋は風情がありましたね。見送りに行こうか行くまいか悩んだり・・・。でも源氏って恰好つけてなあんて・・・。

2007/7/6(金) 午後 2:59 はせばあ

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はせさん、コメントありがとうございます。
御息所も、野の宮では連絡をしないながらもどこかで源氏を待っていて、
源氏は、体裁が悪いからと見送りに行かなかったり、
何とも奥ゆかしい展開ですね。
体裁も構わず見に行く、というのはできなかったのかと、
源氏を少しだけ疑問に思っていました。

2007/7/6(金) 午後 4:02 白川 玄齋

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これは、風流な短歌ですね。昔の人はこういって、ゆったりと時間を
すごしたのですね。一番御息所がかわいそうな気もしますが、東宮と
御息所の子供が結ばれるというのには、なんか、因縁みたいなものを
感じてしまいます。玄さんの短歌が素敵です。ぼぉーっと、昔物語の
絵巻の中に入ったような気分となってしまいました。そしてまた、
それを見物した人も多かったというのは、とても風情があります。

2007/7/16(月) 午前 0:08 マイラブ

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LOVE さん、コメントありがとうございます。多忙で訪問が遅れて済みません。
この時代はゆっくりと時間が流れていたので、
一つの出来事に強い思いを寄せることがあるように思います。
朱雀の帝も、この時から斎宮に恋心を持っていましたが、
源氏を左遷させたことが、斎宮の気持ちを離れさせてしまいます。
やはり大きな因縁があるのでしょうね。
僕の短歌は御息所への源氏の思いを、僕なりに詠んでみました。
僕も毎回一首は詠んでいますので、短歌にコメントを下さるのは、
とても嬉しいです。

2007/7/17(火) 午前 0:29 白川 玄齋

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やはり源氏の君ほどになると身分が邪魔して心のままには動けないのでしょうか。とてもできないことをある時はおやりですのにね。
斎宮のお顔を見ておくべきだったなどと後悔するあたり、色好みの源氏の心うちが、よく出ていると思いました。

〔逢わずとも恋はふみにて育てらるその筆先に涙を添えて〕

玄さんのお歌を読んだ後では消え入りたくなるような歌ですが、詠んでみました。

2007/9/24(月) 午前 4:40 [ - ]

ハルさん、コメントありがとうございます。
源氏は時に大胆になりつつも、公的な場所では自分の恥をさらすのを
遠慮してしまうという、そのような配慮にも考えられますね。
もう御息所の娘の斎宮を気にかけているところに、源氏の性分が出ているようですね。

一首ありがとうございます。
御息所・斎宮の手紙を書く時の心境、あるいは紫上の成長の様子を想像しました。
手紙の字で、源氏は恋人の心境を推しはかる一節は、とても印象的でした。
僕の短歌はいたって我流です。もっと精進していきます。

2007/9/24(月) 午後 0:00 白川 玄齋


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