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事ごとにおもひつめたる年月を 時めくるときおもひ出づるかは 玄齋
継母の思ひかくやは消えざりき 血の通わぬはさてもいちはやし 玄齋
解説:
桐壺院の崩御後の場面です。
年が改まっても、諒闇(りょうあん)なので、世間は新年でも目新しいこともなく、静かでした。
ましてや大将(源氏)は辛い気持ちになって、二条の院に引きこもって過ごしていました。
※諒闇(りょうあん): 天皇がその父母の喪に服する期間(一年間)のことで、
臣下も喪に服します。
年初の除目(じもく: 大臣以外の官職の任命式)の時期には、院がご在位中の時は、改めて
言うまでもないことですが、その後も、源氏の勢力は劣る様子もなくて、二条の院の門のあたりに、
立っている場所もないほどに混雑していた馬や車は、今年はすっかり少なくなって、警護の者や、
宿直の従者たちが夜具の袋を運んでくる姿も、ほとんどありませんでした。間柄の近い
家司(けいし)たちだけが、急ぐほどの仕事もない様子であるのを源氏は眺めていて、
「今年からは、(勢力が衰えて、)このような光景になるのだろうな」
ということが察せられて、風情のない様子に興ざめしていました。
※家司(けいし): 親王家・内親王家・摂関家、あるいは官位が三位以上の公卿の家の
事務をつかさどる職員のことです。四位・五位の者がなります。
源氏の思い人の一人、右大臣家の娘の六の君(朧月夜の君:以下、朧の君)である御匣殿(みくしげどの)
は、二月に、尚侍(ないしのかみ)になりました。院の崩御の後、すぐに尼になった前の尚侍の
代わりに地位に就きました。(朧の君は)時流に乗っている右大臣の娘であり、気品もとても
良い方であったので、後宮に仕えている女性の中でも、とりわけ際立っている方でありました。
※御匣殿(みくしげどの): 貴人の家で、装束を裁縫・調達する女官の長のことです。
冷泉天皇のころから、この位にある女性は、天皇・皇太子の妻妾となることが多く
なっていました。
※尚侍(ないしのかみ): 天皇の側に仕えて、天皇への取り次ぎや、宮中の礼式の事などを
司る女官のことです。女御(にょうご: 天皇の后)・更衣(こうい: 天皇の寝所仕えの女官)
に準じる地位で、大臣の娘が任命されることが多くなっていました。
皇太后(元・弘徽殿の女御)は、(右大臣家の)実家に帰っていることが多く、時々参内するときの
部屋として、梅壺の御殿を使い、元の弘徽殿には、妹の尚侍(朧の君)が住んでいました。
その隣の登花殿は長く使われず陰気な様子でしたが、弘徽殿は晴れ晴れしい雰囲気になって、
女房たちも、限りなく多く仕えるようになって、時流に乗って華やかになっていました。
しかし尚侍の心の中では、源氏との思いがけない出来事(「花宴」の章)を忘れることができずに、
悲しみ嘆いていました。
源氏がこっそりと手紙を送り届けることも、以前と同じ様子でした。
「もし人々の噂になってしまったら、どうなることだろう」
と源氏は思いながら、いつもの癖で、今の状況で、かえって源氏の情念が朧の君のそれよりも
まさっているようでした。
桐壺院がご存命の頃までは、皇太后は遠慮しておりましたが、今になって、厳しい気性を表に出して、
「今まであれこれと、積もり積もった(源氏への)気持ちに報復しなければ」
と思っているご様子でした。
折に触れて、源氏に都合の悪い出来事が起きるようになったので、
「当然、このようになってしまうのだろう」
と源氏は思っていましたが、今まで経験したことのない、世間の辛い仕打ちに耐えられずに、
人との交際もしなくなっていました。
左大臣も皇太后の態度に興ざめして、参内することもなくなりました。亡くなった娘(葵上)を、
この大将の君(源氏)に妻合わせたことを含んでいて、左大臣をよくは思っていませんでした。
左大臣はもともと右大臣との仲は良くなくて、院のご在世中は、左大臣が専横をふるっていたので、
時世が移り、右大臣が得意顔になっているのを、
「まったく、不愉快なことだ」
と左大臣が思うのも、道理というものです。
源氏は、葵上が生きていた頃と同様に、左大臣邸に通って、今まで仕えていた葵上の女房たちを、
非常に親切に扱って、若君(夕霧)を、非常に大切に世話をしていました。
「大将(源氏)のお気持ちはとても愛情深く、畏れ多いことです」
と、左大臣がいっそう源氏をいたわる様子も、娘の葵上が生きている頃と変わりがない様子でした。
今までは源氏は世間のこの上ない寵愛を受け、とても慌ただしい様子で、恋人の元へ忍んでいく
暇もない様子でしたが、今は源氏が通っていたところとの仲は、方々で絶えてしまったものも
多くなっていました。そのほかの、身分の低い恋人たちのところへ忍び歩きで通っていくことも、
つまらないと思っていて、特にはしなくなっていたので、今はかえってとても落ち着いた、
理想的な夫の姿になっていました。西の対の姫君(紫上)の幸福な様子を、世間の人も羨んでいました。
紫上の乳母である少納言も、
「亡きお祖母様の尼上の、お祈りの御利益でしょう」
と考えていました。紫上の父の兵部卿の宮も、思う存分に、紫上と手紙を交わしていました。
紫上の継母の北の方が、
「この上ない方になって欲しい」
と思っている姫君たちは、たいして良い方向には行っておらず、紫上を憎らしいと思っていることも
多く、北の方自身も、心中穏やかではありませんでした。物語にわざとこしらえたような様子でした。
注: 継子が幸せになる物語として、一瞬、「シンデレラ?」と思いましたが、源氏注では
『住吉物語』や『落窪物語』を引いていました。日本の昔話の中にも、このような物語が
あったということですね。
賀茂の斎院は、桐壺院の第三皇女でしたが、桐壺院の喪に服すために引退しました。その代わりに
式部の卿の宮の娘である、朝顔の姫君が斎院に就任することになりました。通常、賀茂の斎院には
内親王(ないしんのう: 天皇の姉妹及び皇女)が就くことになりますが、しかるべき内親王が
おられなかったのでしょう。
大将の君(源氏)は、年月が経っても、いまだに朝顔の姫君に恋心を持っていましたが、
このようなことになってしまって、
「何とも、残念なことだ」
と源氏は思いました。朝顔の姫君の女房の中将のもとへ、源氏が訪れるのも、以前と同じ様子で、
手紙も常に送っていました。
源氏は桐壺院の崩御の後に変わってしまった自分の境遇については、特には何とも思わずに、
恋の展開のむなしさを、気が紛れることがないほどに、あれこれと思い悩んでいました。
とうとう皇太后(元・弘徽殿の女御)の報復が始まりました。母親の代の因縁を、その子にも
及ぼすというのは何とも執念深いですね。桐壺院が存命中は、ずっと隠していた気持ちを、
亡くなった後に爆発させるというのも恐ろしいです。
恋人達が去っていき、源氏は朧月夜の君との逢瀬を重ねています。彼女は皇太后の妹である時点で、
源氏は破滅が待っているということをどれほど自覚していたのだろうかと疑問に思いました。
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皇太后の報復がおそろしいですね。私は朧月夜の君のことはすっかり忘れていました。どんな人だったのでしょうか?この朧月夜の君との
件が原因で、須磨に流されてしまうのだったでしょうか?
いずれにせよ、平安時代の女性は、情もこかった反面、嫉妬もはげしい人もいたのですね。それは今も変わらないかもしれませんが、
今の現代の世の中の方が、殺伐としている気はされます。
2007/7/24(火) 午後 9:36
こんにちは。源氏をめぐる複雑な人間関係のうかがえる興味深い章です。傑作ポチ☆
幸せそうな人がいれば必ず嫉妬する人がいるのは今も昔も変わりませんね。本当に幸せかどうかは当人にしか分からないと思うのですが。皇太后の報復、おそろしいですね。なんだか、底知れぬマイナスのエネルギーを感じます。高貴な源氏の立場がかえって哀れに思えてきます。
2007/7/25(水) 午後 0:01
LOVE さん、コメントありがとうございます。
源氏と朧月夜の君とは、「花宴」の章から関係が続いていました。
この後も二人の関係が続いていることを、執念深い皇太后が知ってしまいます。
そしてどうなるかは、「須磨」の前半の話になります。また見ていただけると嬉しいです。
現代と違ってあまり娯楽のない時代ですから、人と人との関係が
より濃密になり、そのことが執念深い人物を作り上げることもあるのかなと、
この時代のことを考えています。
2007/7/25(水) 午後 2:55
ばんびさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
源氏に対する皇太后、紫上に対する北の方と、
幸せそうな継子に嫉妬する継母という構図が見えますね。
源氏も紫上も、幸せも不幸もあるという状況は、
嫉妬する側には見えにくいのかなと、想像していました。
皇太后は自分の気持ちを、桐壺院の存命中にはずっと押し隠していたことに、
恐ろしいものを感じます。このような人に目をつけられると、
源氏も母の桐壺更衣も、不幸になってしまうのかなと思います。
2007/7/25(水) 午後 3:03
女性の嫉妬心は恐ろしい。平安時代には人事にも口を出していたのですね。天皇とか上皇も女性には勝てなかった・・・ということでしょうか。
2007/7/25(水) 午後 6:47
表示されなかったのでもう一度。
2007/7/25(水) 午後 6:49
こんばんは。
一気に読みました女の嫉妬、報復、綺麗に着飾り生きている心の中はは醜いのですね〜現代より怖さがありますね〜続き楽しみです。
何回か詠ませてください。分かりやすく素晴らしいポチ(^o^)
2007/7/25(水) 午後 8:17
恋の展開のむなしさを知りながら、女性遍歴を重ねていく源氏。男性の性でしょうか?いずれにしても、私にはよくわからないところがあります。いつもながらの力作にポチ!
2007/7/26(木) 午後 1:52
はせさん、コメントありがとうございます。
この時の皇太后は、強大な外戚である右大臣を父に持って、
今まで実権を握っていた桐壺院が亡くなって、誰も口出しのできない
状況になっていますね。それに嫉妬深い性格が加わると恐ろしいですね。
権力を手にした女性として、唐の女帝の則天武后などをモデルにしていたのでしょうね。
2007/7/26(木) 午後 2:38
ほしさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
平安時代の華やかな部分と、暗い部分を同時に感じています。
執念深い性格に権力が加わるとどうなるのか、
これからどきどきしながら、さらに次を訳していきます。
2007/7/26(木) 午後 2:50
akiko さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
源氏は困難な恋にこそ、燃え上がる習性があるように思いますね。
発展の難しい、苦しい恋に燃える源氏の性格は、僕にもわかりづらいところがあります。
これからも丁寧に訳していこうと思います。
2007/7/26(木) 午後 2:55
興味深く読ませていただきました。ポチ
2007/8/1(水) 午後 10:36 [ f u k o ]
不孤さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
源氏の転落の顛末には、僕も興味深く訳しています。
これからも時々読んでいただけるとうれしいです。
2007/8/2(木) 午前 11:59
はじめまして、源氏物語が好きでおじゃましました。見事な解説ですね。感動しました。お気に入りに登録させてください。
私は葵の上、明石の上、藤壺の上が大好きです。
2007/8/21(火) 午後 10:04
めいきょさん、はじめまして。コメントありがとうございます。
しばらく暑さでダウンしていましたが、これからは源氏物語を
週に一回の更新をしていく予定です。
三人とも苦しい運命に遭う女性ですね。この後藤壺の悩みが深まる話です。
また見ていただけると嬉しいです。そちらのブログに訪問いたします。
2007/8/22(水) 午後 6:12
楽しみにしています。ありがとうございました。
2007/8/22(水) 午後 7:29
めいきょさん、コメントありがとうございます。
今日は涼しいので、源氏の続きを訳していきます。
2007/8/23(木) 午前 10:04
危険な恋ほど醍醐味を感じる源氏の君なのでしょう。欠けてゆく月の不安を恋にすり替えていたのかもしれませんね。地位に陰りの見えたときこそ本当の恋にめぐり会えるのかもしれません。紫の上と落ち着いた睦まじい生活をするには、まだまだ求めるものの多いかの君だったのでしょう。すさまじい報復の嵐の兆しが胸をざわめかします。
〔穏やかな暮らしも君には枷となる危険な恋と知ってはいても〕
2007/9/26(水) 午前 6:12 [ - ]
ハルさん、コメントありがとうございます。
源氏は自分の前途に陰りが見えたときに、
真の愛が見えてくるのは切ないですね。
そういった恋愛は、悲劇になることが多いですね。
紫上でなくても、この人と定めてそこに安住することができれば、
もっと楽な生活になっていたでしょうね。それができない源氏なのですね。
報復の兆しが、除目の日から出てきましたね。
皇太后のような方に目を付けられると、悲惨なことになっていくという
その始まりにはどきどきします。
一首ありがとうございます。穏やかな愛に安住できないという、
源氏の宿命とも言える性格が表れていますね。
源氏は危険性をどこまで自覚していたのか、わからないところも
興味深い話ですね。いつもありがとうございます。
2007/9/26(水) 午後 2:41