玄齋詩歌日誌

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源氏物語・桐壺

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いかでなほありと知らせじ高砂の松の思はむことも恥ずかし    『和歌古今六帖』 五 名を惜しむ 3057

いたづらに世にふる物と高砂の松も我をや友と見るらむ    紀貫之(『拾遺集』 雑上 463)



解説


命婦から渡された帝の手紙を読んだ後の、桐壺更衣の母君の言葉が続きます。



ここからが本文です。



「私が未だに命を長らえていることが、とてもたえがたいことだということを身にしみて
 知るようになりまして、『松の思はん』ことさえも、私はとても気恥ずかしい思いを
 いたしましたので、宮中へいつも出入りいたしますことは、なおさらに、遠慮いたしたいという
 気持ちがとても強くなっております。


  (注)『松の思はん』は、以下の短歌の引用です。

   いかでなほありと知らせじ高砂の松の思はむことも恥ずかし    『和歌古今六帖』 五 名を惜しむ 3057

   訳: 何としても私がまだ生きているということを知らせたくない。
    長寿である高砂の松が、まだ生きているのかと思うであろうことが気恥ずかしいのです。


   いたづらに世にふる物と高砂の松も我をや友と見るらむ    紀貫之(『拾遺集』 雑上 463)

   訳: 無意味に現世で時を過ごしているものだと思って、長寿の高砂の松も
    私のことを友と思うのだろうか。


   『高砂の松』は、播磨の国(今の兵庫県高砂市の一地区)に高砂神社があり、
   そこにある根元が一つに合わさった二本の松のことを指しています。

   短歌ではこの長寿の松に託して世を寿ぐ気持ちが詠み込まれることが多いのですが、
   ここでは長生きをすることへの複雑な気持ちが表われています。


 帝のもったいないお言葉を、幾度となく承っておりますが、私自身が宮中へ
 参内いたしますことは、とても決心のできることではございません。
 若宮(源氏)は、どのように理解したのかは存じませんが、ひたすら早く
 宮中へ参内したいという気持ちを見せるようになりました。
 これも父子の情のなせることで、もっともなものだと思い、
 若君を愛しくも寂しくも思うのでございます」

「などと、私が心の中で思っている様子を、帝に申し伝えて下さい。
 私は(夫や娘に先立たれる)不吉な身の上でございますので、
 若宮がここにおられますのも、忌み謹むべきことで、
 また、畏れ多いことでございます」


などと母君は言いました。若宮はすでにお休みになりました。


「若宮様がまたお目覚めになって、その様子を見た後で、詳しく若宮様のご様子を
 帝に申し上げたいのでございますが、帝は私の帰りをお待ちになっていらっしゃる
 でしょうから、それではあまりに夜が更けてしまいますので(日を改めてお会いしたく存じます)」


と言って、命婦は帰りを急ぎました。



ここまでが本文です。


若宮(源氏)が早く宮中へ行きたいと言う気持ちを見せたときに、
原文では桐壺更衣の母君は「かなし」と言っていますが、
この「かなし」は、単に切なく悲しいだけではなく、愛しいという意味も含まれています。

母君はこの若宮の様子に断ちがたい父子の絆を感じ、若宮をたまらなく愛しく思って、
自分は若宮のために一歩身を引かなければという辛い気持ちが込められており、
そのように訳しました。

原文から、母君は単に帝に恨み言を言っているわけではないということを理解して、
僕もしみじみとした気持ちになりました。



次回も命婦を引き留めて、桐壺更衣の母君の言葉が続きます。

母君の夫の遺言から、どんな気持ちで桐壺更衣を送り出したか、という無念さが述べられています。

閉じる コメント(6)

桐壺更衣の母君もつらいですよね。
娘に先立たれて。
でも、光源氏がいるだけ幸せなんでしょうか。

2008/2/2(土) 午後 11:16 ウィル

ウィルさん、コメントありがとうございます。
桐壺更衣の母君は、夫と娘に先立たれて、
そして今また娘の子の源氏と別れなくてはならない、
そんな辛い選択が見える、切ない一節に思いました。
後の源氏の悲しみからすると、孫の源氏をとてもかわいがっていたのでしょうね。
僕も母君のつかの間の幸福だったのだと思いました。

2008/2/3(日) 午前 0:27 白川 玄齋

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幼い子供と別れるつらさは私にも身に沁みて分かります。
ただ私はそれが運命だということで割りきりましたが・・・。
当時の女性にそれが出来るかどうか・・・。

2008/2/9(土) 午後 6:58 はせばあ

はせさん、コメントありがとうございます。
幼い子供と別れる辛さは、相当に厳しいものがあるのですね。
身を切られるような思いを断ち切るのは、相当な強い覚悟なのでしょうね。
この一節は、そんな家族の情を綴るしみじみとした一節に思いました。

2008/2/10(日) 午後 3:56 白川 玄齋

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桐壺の更衣のお母さんは、何歳ぐらいの人だったのでしょうね?
源氏がたいそう可愛かったでしょうね。何か、私はいつも常に桐壺の更衣の味方なのです。薄幸ですもんね。もっと源氏と桐壺の更衣の
お母さんが遊ぶ場面なんかがでてくると、面白かったのになぁなどと
思います。

2008/4/9(水) 午後 7:04 マイラブ

LOVE さん、コメントありがとうございます。
桐壺更衣の母君は、手元の資料では年齢は分かりませんが、
桐壺更衣が二十歳頃で亡くなったことを考えると、
四十代くらいではないかと思います。結構若かったでしょうね。
孫の源氏をとてもかわいがっていたでしょうね。
源氏物語の中では触れられていませんが、
更衣の母君と源氏の遊ぶ場面などを想像すると、
心暖かく、切ない思いをするものだったろうと思います。

2008/4/10(木) 午後 0:48 白川 玄齋


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