玄齋詩歌日誌

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漢詩

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偶成  玄齋  (上平聲十三元韻)

舊 識 貧 窮 新 涙 痕  旧識の貧窮 涙痕を新たにするも

不 過 相 示 友 情 温  友情の温きを相示すに過ぎず

迂 儒 未 體 先 賢 語  迂儒 未だ先賢の語を体せずして

百 尺 竿 頭 易 勿 言  百尺の竿頭と 易々しく言うことなかれ



現代語訳:

 旧知の昔なじみの貧しくて苦しい生活に、新しく涙の跡を作ったけれども、

 私は友情の暖かさを相手に示すに過ぎなかった。

 世事に疎い学者よ、まだ昔の賢人の言葉を十分に体得していないのに、

 「百尺の竿頭、一歩を進める」つまり「努力する上にももっと努力しろ、悩む上にももっと悩め」

 などと、軽々しく言ってはならない。 
 

語注:

 ※旧識(きゅうしき): 昔なじみの人のことです。「旧知(きゅうち)」とも言います。

 ※貧窮(ひんきゅう): 貧しくて生活が苦しいことを意味しています。

 ※涙痕(るいこん): 涙の跡のことです。

 ※相示(あいしめす): 相手に向かって示す、という意味です。
   「相」は「お互いに」ではなく、「相手に対して」という意味で使用しています。

 ※迂儒(うじゅ): 迂遠な儒者、つまり世事にうとい学者を意味しています。
   僕自身への戒めの意味で書いています。

 ※体(たいする): 身につける、理解して自分のものとする、という意味です。

 ※先賢(せんけん): 昔の立派な賢人のことです。

 ※百尺竿頭(ひゃくせきのかんとう): 「百尺の竿頭、一歩を進める」の略で、
    努力する上にも更に努力向上していくことを意味しています。
    以下の解説を参照して下さい。

 ※易勿言(やすやすしくいうなかれ): 「軽々しく言ってはならない」という意味です。


解説:

 昔なじみの友人と話をした夜に、偶然に転句と結句が出来たので、

 それに韻を合わせて起句と承句を作りました。

 「偶成」は、偶然出来た詩、という意味です。



 悩み苦しんでいる人を前にして、ふと自分の頭に浮かんだのが、

 「百尺の竿頭、一歩を進める」という言葉です。


 これは中国の宋の時代に編纂された禅宗の歴史書である『伝燈録』にある言葉で、

 百尺の長さの竿の先のような頂点にいる中で、更に一歩を進める、

 つまり自分のいる地点より更に努力向上していく、という意味です。


 努力する上に更に努力を重ねる、悩む上にも更に悩み抜く、

 同様のことが下村湖人の『論語物語』の「自らを限る者」の一節などにもあります。

 この言葉に僕は非常に反省させられて、僕自身の悩みも少し和らいだのですが、

 はたしてこの言葉は僕が軽々しく口にして良いものかと、考えていました。


 僕の方の状況はさほど切迫してはいないものの、悩んだ中にも更に悩んでいて、

 ひとすじの光のようなものが目の前をちらついている、まだまだそんな状況にありながら、

 自分を棚に上げて、無責任に相手に助言することなど到底出来ない、そう思いました。


 そのときは相手の話を親身に聞いて、その後、自分もこういう状況にあるということを

 簡潔に説明した後で、「お互いがんばろうや」と言って再会を期して別れました。

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下村湖人の『論語物語』の「自らを限る者」の一節などにもあります。・・・佐賀は下村湖人の所縁の地です。

辛い時は、やはり気が張っておりますから、どうしても励まされるのがきついときがありますね。
自分の世界は、自分しか見えません。他者から推測するのが難しいというのが本当だと思います。

漢詩は奥が深いですね。傑作ポチです。

2008/10/15(水) 午後 11:50 瑠

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下村湖人には「次郎物語」という小説を書いた人ですか?

2008/10/16(木) 午前 7:46 はせばあ

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おはようございます。
経験した苦しみはお話を聞いて答えがでますが・・
親身に聞いてあげる事が大事とおもいます。
答えは難しいです。。ポチ

2008/10/16(木) 午前 9:59  HOSI 

Ruri さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。

本には下村湖人は佐賀県千代田町の出身だとありますね。
佐賀県には孔子廟の多久聖廟があることでも知られていますね。
儒学が有名な土地なのでしょうね。
今年は多久聖廟の漢詩大会に投稿しました。

僕も励まされるのがきつい時期もありました。
そのときの心境は、第三者には中々見えないものですね。
そのときにどんな言葉を掛けるのか、いろいろと考えてしまいます。

頭の中で考えていることを、漢詩にすることで整理していけたらと思っています。

2008/10/16(木) 午前 11:59 白川 玄齋

はせさん、コメントありがとうございます。
はい、下村湖人は『次郎物語』を書いた方です。

『論語物語』は論語を物語風にした本で、論語をどのように読むかという
手がかりを与えてくれた本です。今も何度も読み返しています。

2008/10/16(木) 午後 0:05 白川 玄齋

ほしさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
僕も経験したものでないことはあまり理解が出来ていないので、
そのときはせめて親身に話を聞こうと思っていました。
答えを出すのはとても難しいと思いました。
これから人生を重ねていくうちに、理解していければと思っています。

2008/10/16(木) 午後 0:09 白川 玄齋

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多久聖廟は、論語のカルタも売っています。
私は日曜日にふらっと、散歩をしに、車を聖廟に
飛ばします。とても静かな森の中です。
私の家から車で20分です。

今日のコメントはとてもよかったですね。^^
ありがとうございます。良き夜をお過ごし下さい。

2008/10/16(木) 午後 9:37 瑠

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玄さん、結句君らしい結論だと思います。これからも大いに斯道を深めてください。傑作

2008/10/17(金) 午前 6:58 [ f u k o ]

Ruri さん、コメントありがとうございます。
車で 20 分の距離ですか。うらやましい環境ですね。
森の中の閑かな聖廟を想像しています。

自分の本音を感情を抑えて話すことが必要だとわかりました。
無用なトラブルを招かないためにも、気をつけていきたいなと思います。
人との距離感をきちっと取れるようなコミュニケーションを
心がけていきたいなと思います。

2008/10/17(金) 午後 2:29 白川 玄齋

不孤さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
僕は現在はどんどん学んでいく時期だと思っていますので、
他の人にアドバイスめいたことを言うのは出来るだけ
避けていきたいなと僕自身を戒めています。
どんどん学んでいって、僕自身の思っていることを
素直に詩にできるようになっていければと思っています。

2008/10/17(金) 午後 2:36 白川 玄齋

私自身にとっては、まさに、「努力する上にももっと努力しろ、悩む上にももっと悩め」ということが必要なのかもしれません

2008/10/19(日) 午後 11:14 ウィル

ウィルさん、コメントありがとうございます。
「努力する上にももっと努力しろ、悩む上にももっと悩め」
という言葉は、今の僕自身にも言えることだと思っています。
重い言葉だと思いますが、僕も日々反省して、努力していこうと思います。

2008/10/20(月) 午後 5:15 白川 玄齋


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