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雨夜の品定めの続きです。左馬頭(さまのかみ)の恋の打ち明け話の続きで、
嫉妬深い妻と喧嘩をして家を出てきた後の結末です。
ここからが本文です。
「陰暦十一月下の酉の日に行われる加茂の臨時の祭りのための、
奏楽の練習が宮中で行われる日の、夜が更ける頃に
ひどく霙(みぞれ)が降る折のことです。
あちらこちらで奏楽の練習をしていた人々が宮中を退出する頃に、
私は改めて考えてみますと、まだ他に帰る家というものは、
あの女のもと以外にはありませんでした。
こんな日に宮中の宿直の部屋で寝るのも寒いものだし、風流な愛人のもとに
行くのも、この季節の寒々とした情趣を味わうことを優先させられて、
落ち着かずに寒い思いをさせられることだろう、と思われました。
そこであの女はどう思っているだろうかと、様子を見るついでに、
衣についた雪を払いながら、未熟な女にみっともなくも
爪に噛みつかれたけれども、そうであったとしても、
今夜のような寒い日に訪れれば、数日以来の恨みも
きっと解消されるだろうと思っておりました。
それで入っていきますと、灯火を薄暗くして壁の方へ向け、
柔らかく厚くふくらんだ衣が、大きな籠に掛かっており、
夫を迎えるために引き上げておく
帷子(かたびら: 壁の仕切りとして用いられた布)の
垂れ絹を引き上げており、今夜にはきっと私が来るだろうと、
待っていた様子なのです。
私はやっぱりそうだと思っていい気になっていたのですが、
当の女自身がいないのです。
私の世話をする女房たちだけがここに残っておりまして、
『奥様は、ご実家に今夜戻っておしまいになりました』
と答えたのです。
女が人の気をそそるような上品な歌も詠んで残しておかずに、
気取った手紙も書き残しておくこともせずに、
実家の中に閉じこもっている様子を薄情に感じて、
がっかりした気持ちになりました。
それで私は、私をあんなに意地悪く自由にさせなかったのは、
女に自分を嫌いになって下さいという気持ちがあったからだなどと、
それほどまでには思えなかったことまでも、不愉快な気持ちのままに
考えておりました。
しかし私が着るための物が、普段よりも配慮をしてくれている
色合いや仕立て方などが、格別すばらしいものでしたので、
そうはいってもやはり私を見捨てた後のことまでも、
そっと配慮していたことが窺われるのです。
こういうわけですから、まさかこのまま私を見捨てることはないだろうと
思いまして、よりを戻そうとあれこれと言っておりますと、
相手の方はすっかり別れる様子でもなく、私に探させるために
隠れるようなこともなく、きまりが悪い様子を見せないように返事もしながら、
単に、
『以前と同じ通りの様子でしたら、見のがして許すようなことはできません。
あなたが今までの態度を改めて、落ち着いた様子になられたのでしたら、
元通りになりましょう』
などと言ってきました。それに対して私はそうであったとしても、
まさか私に対する気持ちがなくなるようなことはないだろうと
思っておりましたので、しばらくの間懲らしめてやろうという気持ちになって、
『今後はそのように改めよう』
とも言わずに、話を長引かせているうちに、女はひどく悲しみ嘆いて、
ついには亡くなってしまいましたので、私は事態を軽く見過ぎていたと、
今さらながらに後悔をしているのです。
妻として頼りにできる人というのは、きっとそれほどにしてくれる者で
なければならないものだと、今でもその女のことを思い出しています。
ちょっとした戯れごとや本当に重要な事柄までも、相談のしがいがあって、
染色の神である龍田姫(たつたひめ)というのも不似合いとも言えないほどですし、
織り姫の技術にも見劣りしないほどの裁縫の方面での腕前を備えていて、
立派なものでした 」
(注)龍田姫(たつたひめ): 秋を支配する女神のことです。
「龍田山(たつたやま)」を神格化したもので、龍田山は平城京の西にあり、
西の方角は五行説で秋に当たることと、この山の紅葉が美しいことから、
その紅葉はこの女神が織りなすと信じられていました。
と左馬頭は言って、とても寂しい様子で妻のことを思い出していました。
それに対して中将(頭中将)は、
「その織り姫の裁縫の技術の方はひとまず置いておくとしても、
その七夕の長い夫婦の縁に対してはあやかりたいものですね。
本当に、その龍田姫の山を紅葉で錦に染める腕前には、
それに及ぶ者はありませんね。龍田姫はちょっとした花や紅葉でも、
その時その時の色合いがその場にふさわしくなくて、
はっきりとした色になっていないものは、見栄えのしない間に
露のようにはかなく消えていくようにするのですからね。
このような龍田姫のような深い配慮のある女性がいるからからこそ、
この世は生きるのが難しいとは一概には決めることができないのでしょうね」
と、その女性を賞賛していました。
ここまでが本文です。
男が問題を軽視してどっちつかずの態度でいるうちに悲劇が起こるというのも、
源氏物語で何度か出てくる話です。
こういう時の男女の心の動きを理解するのは難しいなと思います。
僕はもっと人生経験も積み上げて人の心の機微をも理解できるように
していきたいなと思いました。
次回は左馬頭がその頃通っていた風流な愛人の話です。
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このころのロマンスはは凄かったですね^^ぽち
2009/10/19(月) 午後 7:46
玄さん♪
こんばんは。以前より凄く読みやすく解説ですね、2節続けて読みました。ポチあちらにもポチです。本当にお上手になりました素晴らしいです。
男性が気のない態度が今で言いますストレスでお病気ですね。
亡くなりよさがわかりましたね、昔も現在も女の悲しみは同じですね。
2009/10/19(月) 午後 7:57
男というのは浮気っぽいのに、さて別れたとなると今度は未練が残る。どうにもはっきりしない生き物ですな。傑作。
2009/10/20(火) 午前 1:13
まいさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
この部分は夫婦の別れの修羅場を見るようでした。
昔から夫婦の間の争いがあったのだとわかりますね。
こういう部分も興味深いですね。
2009/10/20(火) 午前 10:38
ほしさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
他の人が読んでも理解しやすいようにと、修正を重ねました。
わかりやすく読んでいただけると嬉しいです。
今も昔も、つれない一言一言が、ひどく相手を傷つけるのですね。
後悔先に立たずと言うことですね。
僕も言動には気をつけていこうと思います。
2009/10/20(火) 午前 10:42
ひろちんさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
浮気っぽいからといっても、妻のことを捨てることもない、
修羅場になった後になって別れたくないという気持ちが出てくる、
そんな風にはっきりしないというのは罪深いなと思いました。
2009/10/20(火) 午前 10:45
このころの源氏たちは、10代後半から20代そこそこですよね?若いお兄ちゃんたちがこうした女性の話題にうつつを抜かすのは今も昔も同じでしょうね。(笑)
2009/10/24(土) 午後 1:01
ウィルさん、コメントありがとうございます
手元の資料では、源氏が十七歳の頃とありますね。
そういう若い頃には、恋愛沙汰の話で盛り上がるものなのでしょうね。
今も昔も、こういうところは共通しているのが面白いところですね。
この本文の夫婦喧嘩のくだりも、現代を見るようなところもありますね。
2009/10/24(土) 午後 3:15