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『日本外史』の十一回目は、平清盛(たいらのきよもり)の父である
平忠盛(たいらのただもり)の話です。
平家が次第に大きく成長していくところです。
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現代語訳と解説は、次の記事に載せています。
次の記事 「日本外史巻之一・其の拾壱(二)」
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●原文
正盛生忠盛。忠盛居伊賀伊勢之間。爲人眇一目。
大治中。山陽南海盗起。忠盛追捕有功。事白河鳥羽二上皇。並有寵焉。
鳥羽上皇建得長壽院。以忠盛董役。役竣。除但馬守。聽昇殿。
舉朝憎之。謀以豐明節會乘暗刺之。
忠盛曰。朝則蒙詬。不朝爲怯。其辱宗一也。乃帶刀而入。
家人平家貞與其子家長。衷甲從焉。吏訶止之。
家貞對曰。主君有戒心。臣將與之同死。吏不得止。
忠盛昇殿。就闇抜刀。刀光外射。衆大畏。不敢發。
及宴。召忠盛命舞。衆歌曰。伊勢瓶子醋瓮。
蓋國音瓶子通平氏。醋瓮通眇也。忠盛愧之。不終宴退。
呼主殿司。脱刀授之而出。
衆劾奏忠盛帶劍上殿。以兵自衞。請正典刑。上皇驚。召忠盛問之。
對曰。臣之家人聞道路之言。尾臣而來。不使臣知。
唯陛下斷其罪。如其佩刀。請問之主殿司。主殿司進刀。木刀塗銀也。
上皇嘻曰。忠盛用意良苦。以死衞君。則武人之習耳。遂無所問。
忠盛累遷以正四位下。刑部卿。卒於仁平中。
●書き下し文
正盛は忠盛を生む。忠盛は伊賀・伊勢の間に居る。人となりは一目眇たり。
大治中、山陽・南海に盗起こる。忠盛は追捕して功有り。
白河・鳥羽の二上皇に事(つか)え、並に寵有り。
鳥羽上皇は得長寿院(とくちょうじゅいん)を建て、
以て忠盛に役を董(ただ)さしむ。
役の竣(おわ)りて、但馬守に除せられ、昇殿を聴(ゆる)さる。
朝を挙げて之を憎み、豊明の節会(とよのあかりのせちえ)を以て
暗に乗じて之を刺さんと謀る。
忠盛曰く、朝すれば則ち詬を蒙り、朝せざれば怯と為す。
其の宗を辱しむるは一なりと。乃ち刀を帯びて入る。
家人の平家貞と其の子家長、甲を衷して従う。吏は之を訶止す。
家貞は対(こた)えて曰く、主君は戒心有り。臣は将に之と死を同にせんとすと。
吏は止むるを得ず。
忠盛は殿に昇り、闇に就いて刀を抜く。刀光は外を射て、
衆は大いに畏れ、敢えて発せず。
宴に及んで、忠盛を召して舞を命ず。衆は歌いて曰く、
伊勢の瓶子(へいし)は醋瓮(すがめ)なりけりと。
蓋し国の音の瓶子は平氏に通じ、醋瓮は眇に通ずるなり。
忠盛は之を愧じ、宴を終えずして退く。
主殿の司を呼びて、刀を脱して之を授けて出づ。
衆は忠盛の剣を帯びて殿に上り、兵を以て自ら衛るを劾奏し、
典刑を正さんことを請う。上皇は驚き、忠盛を召して之に問わしむ。
対えて曰く、臣の家人、道路の言を聞き、臣に尾して来れり。臣をして知らしめず。
唯だ陛下よ其の罪を断ぜよ。其の佩刀の如きは、之を主殿司に請い問えと。
主殿の司は刀を進む。木刀に銀を塗るなり。
上皇は嘻びて曰く、忠盛は意を用うること良に苦(つと)めり。
死を以て君を衛るは、則ち武人の習いなるのみと。遂に問う所無し。
忠盛は以て正四位下の刑部卿に累遷せり。仁平中に於て卒す。
●現代語訳
現代語訳は、この次の記事に載せています。
●語注
※伊賀(いが): 昔の国名の一つで、今の三重県の北西部に当たります。
「伊州(いしゅう)」や「賀州(がしゅう)」とも言います。
※伊勢(いせ): 昔の国名の一つで、今の三重県の大部分に当たります。
「勢州(せいしゅう)」とも言います。
※眇(すがめ): 斜視、やぶにらみのことです。つまり眼筋の障害によって、
物を見る時の左右の視線が平行しなくなっている症状のことです。
※山陽道(さんようどう): 現在の兵庫県と岡山県と広島県に相当する、
播磨(はりま)・備前(びぜん)・備中(びっちゅう)・美作(みまさか)・
備後(びんご)・安芸(あき)・周防(すおう)・長門(ながと)の
八か国を総称した言葉です。
※南海道(なんかいどう):紀伊(きい)・淡路(あわじ)・阿波(あわ)・
讚岐(さぬき)・伊予(いよ)・土佐(とさ)の六か国を総称した言葉です。
※追捕(ついぶ): 追いかけて捕らえることです。
※得長寿院(とくちょうじゅいん): 鳥羽上皇の御願寺(ごがんじ: 天皇や皇族の
発願(ほつがん)によって建てられたお寺)で、平忠盛が建立を監督しました。
忠盛はこの建立の功績によって官位があがって昇殿が許され、
この後の平家の繁栄のもととなります。後に地震で倒壊し、
後白河法皇と平清盛が両者の遺徳を偲んで蓮華王院(三十三間堂)を
建立しました。
※董(ただす): 監督し管理することです。
※但馬(たじま): 昔の国名の一つで、今の兵庫県の北部に当たります。
「但州(たんしゅう)」とも言います。
※守(かみ):四等官で、地方の国の長官である国司(こくし)の第一官のことです。
※昇殿(しょうでん): 昔、清涼殿(せいりょうでん)の殿上の間に上ることを指します。
五位以上の者、および六位の蔵人(くろうど)に許されました。
※豊明の節会(とよのあかりのせちえ): 昔、新嘗祭(にいなめさい)の翌日に
宮中で行われた儀式と宴会のことです。天皇が紫宸殿(ししんでん)に出て
新穀を召し上がり、群臣にも賜りました。音楽や歌舞が行われて、
叙位(じょい: 臣下に位を授けること)などがありました。
「とよのあかり」とも言います。
※新嘗祭(にいなめさい): 宮中の行事の一つで、十一月二十三日
(昔は陰暦十一月の第二の卯の日)に、天皇がその年の新穀を
天地の神に供えて、天皇も新穀を召し上がって収穫の実りを
感謝する行事です。「しんじょうさい」とも言います。
※紫宸殿(ししんでん):平安京の内裏の正殿です。もと天皇が政務をとる
所でしたが、大極殿(だいごくでん)が焼失した後は
即位や節会(せちえ)などの重要な儀式も行われるようになりました。
「ししいでん」とも言います。
※家人(かじん): 日本語では、その家に仕えている家来のことを指します。
※衷甲(ちゅうこう、かぶとをちゅうす): 服の下に鎧を着込むことです。
※訶止(かし): 叱ってやめさせることです。
※戒心(かいしん): 用心のことです。
※瓶子(へいし、へいじ): 酒を入れる甕(かめ)のことです。
※醋瓮(すがめ): 酢を入れる甕(かめ)のことです。
※主殿司(とのもづかさ): 後宮(こうきゅう: 天皇の夫人が住む殿舎)に
仕える者の役職の一つで、後宮の清掃や明かりや薪の管理などを司りました。
この役職はすべて女官です。
※兵(へい): ここでは武器のことです。
※劾奏(がいそう): 役人の罪を天子(天皇)に申し上げることです。
※典刑(てんけい): 昔からの刑罰のことです。
※佩刀(はいとう): 腰に身につけた刀のことです。
※刑部卿(ぎょうぶきょう): 刑部省(ぎょうぶしょう:刑罰や訴訟などを
とりあつかった役所)の長官のことです。
※累遷(るいせん): 地位が上がることです。
●解説
解説もこの次の記事に回しています。
コメント覧はこの記事では省略します。
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