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初夏偶吟 玄齋 (下平聲八庚韻)
初 夏 報 晨 鷄 語 横
雨 餘 農 畝 曉 雲 晴
幾 望 老 叟 荷 鋤 圃
欲 聽 豐 年 撃 壌 聲
地 震 罹 災 窮 未 脱
民 貧 持 節 盗 無 生
朝 餐 粒 粒 皆 辛 苦
一 食 毎 懷 憂 國 情
書き下し文:
初夏偶吟 玄齋 (下平声八庚韻)
初夏 晨を報ぜんと鶏語横たわり
雨餘の農畝 暁雲晴る
幾たびか望む 老叟 鋤を荷うの圃
聴かんと欲す 豊年 壌を撃つの声
地震え災いに罹りて 窮 未だ脱せず
民貧しくも節を持して 盗 生ずること無し
朝餐 粒粒 皆な辛苦なり
一食 毎に懐う 国を憂うるの情
現代語訳:
初夏に朝を告げようと多くのニワトリが次々に鳴き、
雨上がりの田舎では、明け方の雲が去って晴れてきていた。
遠くを眺めると、何度か年老いた男が鋤(すき)を担いでいる畑が見え、
今年も豊作の年の、古代の帝王の尭(ぎょう)の時代の地面を打ち鳴らして歌う
天下太平をほめたたえる歌を聴きたいものだと思った。
地震による災害にあって、苦しみから未だ抜け出すことが出来ないでいるが、
民衆は貧しくてもきちんと正しい道理を守り、盗難などが発生してはいない。
朝ご飯の一粒一粒は、すべてこのような民衆の苦労の末に出来たものだ。
一度食べるそのたびに、この国を心配する気持ちが心の中に浮かんできていた。
語注:
※報晨(ほうしん、しんをほうず): 朝を告げることです。
「晨(しん)」は朝の意味です。
※鶏語(けいご): ニワトリの鳴き声のことです。
※横(よこ たわる): さかんに起こる様子を示す言葉です。
「鶏語横」でニワトリが次々に鳴く様子を示しています。
※雨餘(うよ): 「雨後(うご)」と同じで、雨上がりのことです。
※農畝(のうほ): 田畑のことで、転じて田舎のことを指して言います。
※暁雲(ぎょううん): 明け方の雲のことです。
※老叟(ろうそう): 年老いた男性のことです。
※荷鋤(かじょ、すきをになう): 農具の鋤(すき)を肩にかけて担ぐことです。
※圃(ほ): 畑、または農夫のことです。
※豊年(ほうねん): 豊作の年のことです。
※撃壌(げきじょう、つちをうつ): 壌(じょう)という土製の楽器を鳴らし、
あるいは、地面を踏んで拍子を取って歌うことです。
これは古代中国の伝説の帝王の尭(ぎょう)の時代を讃えた言葉で、
天下が太平で、民衆が生活を楽しんでいることのたとえです。
※罹災(りさい、わざわいにかかる): 災害にあうことです。
※窮(きゅう): 生活が行き詰まって苦しいことです。
※持節(じせつ、せつをじす): 信念を持って正しい道理を
守ろうとする態度を変えないことです。
※朝餐(ちょうさん): 朝ご飯のことです。
※粒粒皆辛苦(りゅうりゅうみなしんく): 以下の解説を参照して下さい。
※毎(つね に): 「〜するたびに」という意味です。
※憂国(ゆうこく、くにをうれうる): 国のことを心配することです。
解説:
また初夏の田園風景を、今度は七言律詩で詠んでみました。
七言律詩は七文字の八つの句からなる漢詩で、
韻や平仄(ひょうそく)という発音のルールに加え、
三句目と四句目、五句目と六句目を対句(ついく)という
対になった語呂合わせの句にしなければならないというものです。
その三句目から六句目の書き下し文を読んでいただければ、
少しはその対句の語呂合わせの部分が味わえると思います。
この詩型に熟練することが僕の目標の一つとなっています。
ようやく第一号を作ることが出来て少しほっとしています。
これからも何度かチャレンジしていこうと思います。
天下太平の世、そんな光景を思わせるような状況が早く来て欲しいなと、
そんな風に思っています。
七句目の、「粒粒皆辛苦(りゅうりゅうみなしんく)という部分は、
一つの仕事のために苦心して努力していくことを示す言葉の
「粒粒辛苦(りゅうりゅうしんく)」の語源となるものです。
それは 5/22 の朝日新聞の天声人語に載っているように、
東北出身の歌人である斎藤茂吉も、
「粒粒皆辛苦(りゅうりゅうかいしんく)すなはち一つぶの一つぶの米のなかのかなしさ」
などと短歌で詠んでいて有名な言葉です。
そもそもの原典は唐の李紳(りしん)の五言絶句の
「憫農(農をあわれむ)」の其の二です。
鍬禾日當午 禾(いね)を鍬(す)いて 日 午(ご)に当たる
汗滴禾下土 汗は滴る禾下(かか)の土
誰知盤中餐 誰か知らん盤中の餐(さん)
粒粒皆辛苦 粒々(りゅうりゅう) 皆な辛苦なるを
(訳)稲の雑草取りをしていると、正午の時刻になり日は高く昇り、
汗が稲の下の土にしたたり落ちていた。
誰が知っているだろうか、大皿の中のごちそうは、
その一粒一粒が、みな農民の辛い苦しみの上に出来ていることを。
ご飯を食べるたびにいろんな方の苦労が浮かびます。
そんな気持ちを何とか詩の形にしようと思いました。
僕ももっといろんな形で頑張っていかなければならないなと思いました。
追伸:
風景だけでも楽しんでいただこうと、今回も棚田の写真を選んでみました。
棚田の風景は昔の農村を思わせてとても良い光景だなといつも思います。
棚田の写真は、以下のサイトのフリー素材を利用いたしました。
EyesPic - フリー画像素材
http://eyes-art.com/pic/
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やっぱりこんな世の中だからこそ、
コメの一粒も残さないように食べて欲しいですね。
僕はもちろん全部残さず食べてますよ。
2011/5/27(金) 午後 6:41 [ - ]
Waludar さん、コメントありがとうございます。
被災地などでは食糧自体も貴重なものだと思います。
僕も日々の食事を残さないようにしようと思いました。
日常のごく些細な中でも漢詩を考えていけるようになれればいいなと思っています。
2011/5/27(金) 午後 6:49
おお、日常のちょっとしたシーンも漢詩に変えちゃうんですか!
頑張ってくださいね。
2011/5/27(金) 午後 6:51 [ - ]
Waludar さん、コメントありがとうございます。
江戸時代の漢詩などは身近な題材を取った物もいくつか見られます。
そういうものもいつかは作れるようになりたいなと思っています。
また少しずつがんばっていきます。
2011/5/27(金) 午後 7:04
些細な事を表現出来るところがいいと思います。
2011/5/27(金) 午後 7:08 [ - ]
玄さん
今は平常心で、コメントできますよ。律詩が出来上がりおめでとうございました。 尊いお米の一粒にも,心と命があり、その尊さを 民が得るには、 日々、民は感謝。それはなんにでも、言えますね。感激の念を忘れずに…本当にその通りです。見事の律詩に出来上がり、心から感激です。故郷の被災地 が日本全土から、遮断されて、一週間目で妹の生存がわかった時、1回目の物質を運んだ時には、下着と水と、お米とレトルトでした。妹は涙で…米があったら、生きられると…。
私が薔薇の中で、より一層手入れをして、ようやく見事に四年目でお気に入りの薔薇が咲きました。
玄さん
玄さんにお似合いの薔薇のような気がします。画像ではありますが、喜んで頂けたら、幸いです。
ゆっくりで結構ですので、訪問お待ちしています。
2011/5/27(金) 午後 9:52 [ - ]
震災で被災した農村、漁村、山村が早く復興し、生産者と消費者が
お互い笑顔で食事が出来るように!
改めて毎日の食事に感謝しています。
2011/5/27(金) 午後 9:53 [ 栗の木童子 ]
玄さん
こんばんは。
いつも感心ばかりです。すばらしい漢詩になっていますね。
山あいの棚田のお写真と漢詩がとても合っていまして感動しています。
玄さん、何度拝読しましても情景も、地震の被害のことを思って下さる 玄さんの慈しみやさしさが溢れています。
しみじみと何方かが吟じておられるような、朗々とした声が聞こえてきます。大傑作です。
2011/5/27(金) 午後 10:26
Waludar さん、コメントありがとうございます。
花鳥風月も生活の一幕も、きちんと漢詩に作れるようになっていきたいです。
六月の梅雨の漢詩を考える間に、調べてみようと思います。
2011/5/28(土) 午前 8:20
さんぼうやまさん、コメントありがとうございます。
何とか七言律詩が出来てよかったです。
漢詩の形になんとかできてほっとしています。
苦しい状況になってくると当たり前なことの大変さが分かってくるように思いました。
米粒の一つ一つにも感謝していかなければと改めて思いました。
お米一つあれば生きていける、さんぼうやまさんの妹さんの言葉は
とても大切なものに思いました。
生きていけるだけでも感謝、そんな気持ちになりました。
さんぼうやまさんのブログではいつもきれいな薔薇の写真を拝見しています。
四年もお手入れされた薔薇があるのですね。またブログに訪問していきます。
いろんな風景の写真を見ながら、漢詩につなげていければいいなとも思っています。
2011/5/28(土) 午前 9:26
栗の木童子さん、コメントありがとございます。
震災から早く復興して、きちんと食事を楽しめる平穏な状況が
何とか来て欲しいなと思います。農産物の風評被害も心配です。
僕も日々の食事に感謝しつつ、これからも問題を考えていこうと思いました。
2011/5/28(土) 午前 9:36
y5812y さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
震災に対する気持ちを何とか漢詩の形にしたい、
そう思いながら七言律詩を作っていました。
七言律詩自体も今まで作ろうとして何度か失敗しているので、
何とか少しは形になってほっとしているところです。
初夏の時期の棚田のきれいな写真を選んでみました。
幾重にもつながっている水田が何ともきれいだなと思いました。
もっともっと世の中の状況を考えていきながら、
これからも漢詩を地道に続けていこうと思いました。
2011/5/28(土) 午前 9:54
玄さん
訪問して頂きありがとございます。コメントには、優しい、気遣いの言葉は、私にとっても感激です。 観ている庭の花を生かして、父が亡くなった後、遠退いてた、フラワーアレジメを、今日やろうと思います。陶芸も又、開始しました。一生懸命頑張って、気持ちだけでも、豊かにと思いながらいます。私にも言える事ですが、訪問者さんが多く、無理すせずに、ゆっくり、のんびりと,お邪魔してくださいね
2011/5/28(土) 午後 5:58 [ - ]
民の釜戸の話を思い出しちゃいました。。
感動です^^ぽち
2011/5/29(日) 午前 0:54
さんぼうやまさん、コメントありがとうございます。
気持ちだけでも豊かに過ごすことが出来ればいいですね。
ゆっくりとお過ごし下さいね。
僕も無理をしないように気をつけようと思います。
2011/5/29(日) 午前 8:52
まいさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
お久しぶりです。お身体の具合はどうですか。
「民の釜戸」は『日本書紀』の仁徳天皇の話ですね。
宮垣が崩れても、民の炊煙を見て国の豊かなのを喜ぶというところですね。
こういう仁政が早く行われて欲しいなと僕も思います。
日々の食事にも気をつけて、いろんな問題を考えていきたいなと思います。
2011/5/29(日) 午前 9:01
原発だけではなく、震災のことを忘れずに、日々に感謝しようと詩を読んで思いました。
入院をひかえているようなので、無理しすぎないようにお過ごしください。私も一時期、闘病経験者です(入院用品をソラで言えますもん。って自慢にならないけど(笑))今は、普通に暮らせているので、それだけでも有り難いと思っています。玄さんもお体大切に!
2011/5/30(月) 午前 0:36 [ 風の翼 ]
風の翼さん、コメントありがとうございます。
震災や原発の、今の日本で起きていることを考えて、
何とか漢詩の形にしたいなと常に思いながら日々を過ごしています。
普通に今の暮らしがあることにも感謝していかなければと僕も思います。
入院を控えて、少し生活のリズムをゆっくりとしながら過ごしています。
風の翼さんも長い間入院されていたことがあるのですね。
僕も長い入院生活の中で、普通に自宅で生活できることが
どれだけ幸せであるかを痛感しました。
これからも身体に気をつけて過ごしていこうと思います。
2011/5/30(月) 午後 4:44
玄様 こんばんは
トラバ&ポチ ありがとうございます。
すてきな詩ですね。
農家の悲しみを思いやっておられて…。
東北の美しい田園風景が 津波に浸食されたのが哀しいです。
2011/7/4(月) 午後 9:28
ことりんさん、コメントありがとうございます。
これは最初の七言律詩です。何とかチャレンジしてみました。
田園風景が荒らされたのは本当に悲しく思っています。
塩害なども出ていますので、少しずつでもきちんと
回復していければいいなと思います。
2011/7/5(火) 午前 11:44