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偶成 玄齋 (下平聲一先韻)
早 朝 求 爽 氣, 未 明 醒 安 眠。 一 刻 勤 學 時, 攜 書 坐 燈 邊。
詩 歌 作 幾 首, 箴 言 冩 何 篇。
夢 中 似 三 昧, 宿 志 保 幾 年。
羞 未 得 寸 職, 憶 此 窮 愁 牽。
愁 緒 惜 寸 陰, 只 管 尋 先 賢。
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論 語 一 讀 罷, 志 學 忽 動 顛。
韓 非 泥 法 術, 老 荘 溺 三 玄。
機 心 常 盈 襟, 妄 想 欲 窺 仙。
於 佛 亦 不 異, 唯 覺 煩 悩 纏。
不 解 一 切 空, 万 事 怖 如 烟。
公 案 一 無 得, 漫 弄 野 狐 禅。
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浅 學 如 此 拙, 解 迷 先 儒 編。
終 生 苦 學 人, 宋 儒 程 伊 川。
求 道 却 作 敵, 多 敵 志 學 堅。
七 十 窮 途 死, 可 慕 不 恨 天。
易 理 足 持 節, 志 著 易 傳 宣。
學 傳 已 忘 憂, 終 日 得 乾 乾。
道 心 僅 知 得, 存 心 欲 無 遷。
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呻 吟 病 躯 裏, 佳 人 在 眼 前。
慕 情 恒 念 頭, 戀 戀 其 嬋 妍。
喜 迎 相 思 時, 應 深 此 奇 縁。
詠 詩 境 地 新, 慈 愛 胸 裡 鮮。
道 心 有 衣 食, 此 語 俄 豁 然。
勤 學 想 人 後, 憂 鬱 漸 少 痊。
願 是 更 盡 心, 養 生 両 健 全。
書き下し文:
題「偶成(ぐうせい)」 早朝の爽気を求め,未明 安眠より醒む。 一刻 学に勤むるの時,書を携えて燈辺に坐す。
詩歌 幾首をか作り,箴言 何篇をか写す。
夢中なること三昧に似たるも,宿志 幾年をか保たん。
未だ寸職を得ざるを羞じ,此を憶えば 窮愁 牽かる。
愁緒に寸陰を惜しみ,只管に先賢に尋ねんとす。
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論語 一読して罷み,志学 忽ち動顛す。
韓非の法術に泥み,老荘の三玄に溺る。
機心 常に襟に盈ち,妄想 仙を窺わんと欲す。
仏に於ても亦た異ならず,唯だ煩悩の纏わるを覚ゆ。
一切の空なるを解せず,万事 烟の如くなるを怖る。
公案 一つも得る無きも,漫りに野狐禅を弄す。
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浅学なること此の如く拙なるも,迷いを先儒の編に解けり。
終生 苦学の人,宋儒の程伊川なり。
道を求むれば却って敵を作り,敵多きも学を志すこと堅なり。
七十 窮途に死し,天を恨まざるを慕うべし。
易理 節を持するに足りて,志を易伝を著して宣ぶ。
易を学べば已に憂いを忘れ,終日 乾乾たるを得たり。
道心 僅に知るを得て,心を存して遷ること無からんと欲す。
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呻吟する病躯の裏,佳人 眼前に在り。
慕情 恒に念頭,其の嬋妍たるに恋々たり。
喜びて迎える相思の時,応に此の奇縁を深めるべし。
詩を詠ずれば境地 新たに,慈愛 胸裡に鮮やかなり。
道心に衣食 有り,此の語 俄かに豁然たり。
学に勤めて人を想うの後,憂鬱 漸く少しく痊ゆ。
願わくは是れ更に心を尽くして,生を養いて両つながら健全ならんことを。
現代語訳: 題:「偶成(ぐうせい)、つまりたまたまできた詩」 早朝の澄み切った爽やかな空気を求めて、 夜明け前に、安眠から目覚めました。
それから僅かの時間の間が、勉強に努め励む時間です。
私は自分の本を抱えて、机の明かりのあたりに座ります。 そんな時間に詩歌は何首も作り、
自分の戒めとなる教訓の言葉を何篇ほど写したでしょうか。 勉強に夢中である様子は心の安定した状態に似ていますが、
最初の志を、何年保つことができたでしょうか。 まだ少しの仕事も得ることができないのを恥ずかしく思って、
このことを思うと、貧しい苦しさの愁いに心が引っ張られてしまいます。 そんな愁いの中で少しの時間も惜しんで、
ひたすらに昔の賢人に、道理を尋ねようとしていたのです。 ●
論語はひととおり読んだだけでやめてしまい、
私の学問に志す気持ちは、いつのまにかあわて騒いでしまいました。 秦の始皇帝にその思想を褒めたたえられた韓非子(かんぴし)の
厳しい法律と論功行賞によって世の中を動かすという考え方に とらわれてしまったり、
老子や荘子や易の、一見、神秘的な考え方に溺れたりしていました。
物事を企む気持ちが、常に胸の内にあり、仙人の道をうかがい知ろうと、 現実離れした考え方にとらわれたりしていました。
仏教のことを学ぶときも同様で、変わることはありませんでした。
ただ自分の気持ちに心の迷いがまつわりつくのに気づくだけでした。 「一切空(いっさいくう)」という、一切のものは因縁から生まれてきて、
実体はないという、仏教の基本的な考え方をきちんと理解できずに、 すべての物事が煙のようにはかないことを恐れるだけでした。 「公案(こうあん)」という、禅宗で出される悟りの境地を得るために
出される問題を一つも解くことができないというのに、 「野狐禅(やこぜん)」、つまり、まるで悟りの境地を得たかのように、 むやみに禅の言葉をもてあそぶ状況でした。 ●
僕の学問は浅くて、このように稚拙なものでしたが、
自分の迷いを昔の立派な儒学(じゅがく)の学者の本によって ふりほどくことができました。 その人は一生、苦しみながら学んだ人で
宋(そう)の時代の儒学者の、程伊川(てい いせん)です。 彼は道理を探し求めるときにかえって多くの敵を作ってしまい、
そんな敵の多い中でも学問を志す気持ちを堅く守っていました。 七十歳ほどで、苦しい境遇の中で亡くなりましたが、
そのことで天をうらむことがなかったのは、慕わしく思えるところです。 儒学の経典の周易(しゅうえき: 古代中国の周の時代から伝わった
易(えき))の道理を学んで、信念を持って道理を守るのに十分であり、 自分の志を周易の解説を書いて述べています。 その解説を学ぶことによって、すでに愁いを忘れることができ、
易の言葉の中にある、「終日乾乾(しゅうじつけんけん)」、つまり 一日中、努力に励むという気持ちになることができました。 道理を求めようという気持ちを、少しだけ知ることができるようになって、
自分の元々持っている気持ちが、他のところへ行かないようにと 願うようになりました。 ●
苦しみにうめく病気の体の中で、
一人の美しい女性が、目の前にやってきました。 彼女を慕う気持ちがつねに頭から離れることがなく、
そのあでやかな美しさに、思いこがれる気持ちが募っていました。 お互いがお互いを思うようになる時を喜んで迎えることができ、
この不思議な縁をさらに深めようとするようになりました。 詩を詠むと新たな境地になり、
慈しみ愛する気持ちが、自分の胸の中で鮮やかに浮かんできました。 このとき、最澄(さいちょう)が言った、「道心(どうしん)に衣食(えじき)有り」、
つまり、道を志す気持ちをきちんと持っていれば、
ほかの身の回りのことなども何とかなる、
という言葉に対する疑いの気持ちが、 このときになってさらりと解けていくように思いました。 学問に努め励んで、恋人を思い慕うようになってからは、
憂鬱な気持ちもだんだん少しずつ癒えてくるのを感じています。 今はさらに心を尽くして努め励み、
自分の身体を養って心身どちらも健全であることを願っています。 ここまでが現代語訳です。
このあとの記事で、語注と解説の記事を分けています。
コメント覧は解説の方のブログ記事に載せています。
そちらでコメントしていただくために、こちらのコメント覧は外しておきます。
漢詩の語注の記事 - 先ほどの漢詩「偶成」の語注です。
漢詩の解説とコメント覧の記事 - 先ほどの漢詩「偶成」の解説です。
(コメント覧はこちらに設けました)
ということになりましたので、よろしくお願いいたします。 |
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