玄齋詩歌日誌

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古詩(長い漢詩)

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現代語訳:
 
 世の中のことにうとい学者であるこの私は、失敗して後悔することが多く、あなたのことを想って、何度もあわてて落ち着きをなくすことがありました。日々、失言を重ねていって、美しい装いをした美人のあなたを悲しませていたのです。私は普段は穏やかな優しい顔を保っていますが、一度怒ると、易の言葉で言う、おごり高ぶった龍のような態度になり、後で後悔するようなことになるのです。あなたの悩んでいる胸の内を察することができずに、あなたの言葉を受け入れる心のゆとりが少ないのを、恥じることが多いのです。何度も私自身の間違いを責めて反省しているけれども、今のもう少しで危ない状況を迎えそうなのは、そういうことが積み重なってきたことによるものです。
 
 枕元に周易(しゅうえき)、つまり中国の古代の周の時代から伝わった儒教の経典の一つである易の本があります。これを熟読して学ぶことで自分の無知を改めようと思います。そして自分の無知を改めた後で、心の中で思ったことを詩に書き表そうと思います。私の日頃からの自分の想いを、詩を作ろうという気持ちとして蓄えていこうと思います。
 
 ●
 
 三皇五帝(さんこうごてい)と言われる中国古代の伝説上の帝王の時代の後に、『周易(しゅうえき)』は周(しゅう)の国の文王(ぶんのう)によって作られました。三皇(さんこう)と言われる伝説の帝王たちは、雨乞いの儀式を努めるシャーマンの役割を努めていて、その三皇の中の伏羲(ふくぎ)と呼ばれる帝王は、易の占いのしるしである八つの卦(か)を描いたとされています。その後の帝王である神農(しんのう)は、その八つの卦を組み合わせて六十四の卦とし、卦(か)や爻(こう)という占いのしるしを、姫昌(きしょう: 文王の本名です)が卦辞(かじ)や爻辞(こうじ)という形で説明しました。
 
 姫昌は羑里(ゆうり)という土地で、暴君で有名であった殷(いん)の紂王(ちゅうおう)にとらえられたときには、易を紂王の前で実際にやってみせるという苦難を味わいながら、狂気にとらわれて荒っぽい行いをしていた紂王に仕えていました。その後、姫昌は釈放されて西伯(せいはく)、つまり西方の諸国の君主たちの長(おさ)となっていき、人民を慈しむ徳によって政治を、草が生い茂って荒れ果てた土地に行っていきました。その政治は、一般の人々が互いにあぜ道を譲り合うほどに一般の人々への良い影響があるもので、名軍師として知られるすぐれた家臣の、太公望(たいこうぼう)とも呼ばれる呂尚(りょしょう)を得ることもできました。
 
 姫昌は死ぬまでの間ずっと、暴君である紂王に苦しめられて、死ぬときには多くの子どもたちが喪に服しました。その息子のうち、後に武王(ぶおう)となる姫発(きはつ)と、その弟で、後に姫発の子の成王(せいおう)を輔佐する周公(しゅうこう)となる姫旦(きたん)の二人は、特に父の死を悲しんで、父が死んだ後も父が生きている頃と同じように物事を進めていきました。後に姫発は太子(たいし)、つまり姫昌の嫡男(ちゃくなん: 跡取り)を名乗って亡き父の位牌を高く掲げながら、紂王を討伐する兵を挙げて、ついには殷の国を討伐しました。天子(てんし: 帝王)となった太子の姫発は、亡き父の功績を讃えて文王(ぶんのう)と諡(おくりな)をつけました。
 
 ●
 
 文王はその辛く苦しい日々の中で、易に説かれた道理を文章に著していました。天下の道理をすべて説き尽くすために、陰(いん)と陽(よう)という二種類の概念を用いました。陰と陽の二つを示す模様の爻(こう)を使って、三つの爻で八卦(はっか)を、或いはその八卦を二つ重ねた六十四卦(ろくじゅうよんか)というような卦(か)を作ることによって、その形に表れる陰と陽の示す道理を観察し、その卦(か)や爻(こう)に言葉を付け加えることによって、あらゆる物事の吉か凶かを明らかにしていました。つまり、八卦や六十四卦などの卦を作って、その中に爻という模様が生じてくるのは、陰と陽、或いは堅いと柔らかいなどの対比する概念が存在するからであり、そうしてできた卦や爻を説明する卦辞(かじ)や爻辞(こうじ)を実際の状況に照らし合わせてみることによって、人が常に守るべき道理というものが、自然と分かるようになるのです。
 
 文王はそのような言葉によって恐れ慎むことを述べており、易の道理をひっそりと、その言葉の中に隠しました。その言葉は私自身の言動を戒めるのに十分なものであって、その説かれた道理は、一定の法則がないようなこの世の中の動きに応じることができるものなのです。天や自然の道理を楽しんで天から与えられた運命をしっかりと自覚することによって、苦しい境遇にも安らかになる、そんな境地になろうとして、私が苦しみながら学問をする様子は、楚の国の孫敬(そんけい)が夜に勉強の途中で眠ってしまわないように、髪の毛を縄に結びつけて家の屋根を支える梁(はり)に引っかけて勉強するのにたとえられるほどでした。
 
 ●
 
 詩を作りたい私の心の中に、戒めとなる教訓の言葉を蓄えて、私のかねてからの想いを美しい女性であるあなたの前で述べようと思います。
 
 あなたが涙を流しているのは私の失言によるもので、その失言は、常(つね)を深くする、つまり私が自分が正しいということを一方的に主張しているからなのです。あなたに求めることがこのように深くなることによって、
かえって自然に相手を悪く言うことになってしまうのです。
こうして自分のあやまちが明らかになりましたので、きちんと自分の間違いを責めて反省しようと思います。自分の心身にぴったりと身につけるようにしてきちんと覚えて、決して忘れないようにします。
 
 あなたのことを想い慕って、その折々に花を眺めていると、あなたの美しさが他から抜け出ているほどにすぐれているように、多くの花の中から特に美しさにすぐれている一本の花を見るのです。夏の日に長い間ひとりだけ咲く百日紅(さるすべり)の紅い花、冬にも枯れずに残っている野菊の黄色い花。これらの花は私が好きな花なのです。気品のある美しさを、ひとりだけ長い間保っているからです。私はひたすらにあなたのさっぱりした気性、晴れやかな性格を愛しています。そしていつもあなたが健康であることを願っています。
 
 孔子が五十にして知ったという天命(てんめい)つまり天から与えられた運命を、私は三十にして自覚することになりました。私が病気で若くして死ぬことを、どうすることもできないということです。
 
 私はまだ命を保っています。そしてわずかな時間も惜しんで勉強し、書物は床に散らばったままです。あなたの笑顔を見ようと思って、詩を書き付けた小さな紙に、いったい何行ほどの詩を書いたでしょうか。すでにあなたへの手紙は何千もの数を送っています。いつも世界の広さが、二人を妨げることがないようにと願っています。私はさらにこの道、つまり漢詩の道を極めていって、常に自分の名声が上がるようにと求めて努力しています。
 
 ここで、私は自分の将来について語りたいのです。将来はあなたを迎えて、私は新郎になりたいのです。私が長生きをすることを祈りながら、お互いに長生きを祝うためのさかずきを共に酌み交わしたいのです。
 
 私はこの長編の漢詩によって、あなたを想う気持ちを綴ってきました。あなたと、翼を並べて飛ぶオシドリのようになりたいのです。私はあなたへの愛を語るために、私の全力を尽くしました。今のあなたの気持ちはどうでしょうか。お聞かせ下さい。
 
 
 
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