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親愛なる○○さんへ
(私のブログをずっと見ていた方はおわかりだと思います)。
先ほどの漢詩はあなたに宛てた恋文なのです。
五言古詩一韻到底格(ごごんこしいちいんとうていかく)、一句が五文字で偶数番目の句で韻を踏むという規則だけで、長さも一定していないという、ルールの少ない漢詩の形式です。私の一番得意な漢詩の形式なのです。その詩を長編で綴って、あなたへの想いを縦横に説きました。あなたへの想いを、私の全力を尽くして漢詩にしてみました。
四十二韻、つまり八十四句の長い漢詩です。自慢ではありませんが、これほどの長さを作れるのは限られた人しかいません。私は唐の時代の同じ形式の長い詩を研究していました。その中には五十韻、一百韻というとんでもない長さの詩がありますが、それらは途中で同じ文字で韻を踏んでしまっていたり、通韻(つういん)といって音の似通った別の韻のグループの文字を含めて韻を踏んでしまっていたりしているものも多く、さらにその詩の中身を詳細に見ていくと、韻を踏んで句は続いてはいるけれども、後半へ行くたびに中身が怪しくなって、無理にこじつけるようにぷっつりと詩が終わっている、そんなものが多いのです。きちんとオチを付けられたのは、玄宗と楊貴妃の愛を綴った長編の詩の、「長恨歌(ちょうごんか)」の作者である白居易(はっきょい)の詩など、少数の作品に限られています。特に白居易のオチの付け方は素晴らしく、私は常にここから学んでいます。
私は同じ文字で韻を踏んだり、通韻を使ったりすることなく、四十二文字の異なる字で韻を踏みました。そうする必要は必ずしも無いのですが、私のプライドとして、あなたへの想いの強さを示す証拠の一端として、こうするようにと最初から決めて作っていました。
漢詩の中身は私が繰り返している過ちから始まっています。私の残り少ない命のことなどを考えて、私の心が揺れ動いているときに失言をしてしまい、あなたを悲しませることがありました。あなたの苦しい胸の内、人のためを思って悩み苦しみ、そうして何とかあなた自身を支えている、そんなあなたの苦しい胸の内を、きちんと思い量ることなく、失言を繰り返していたこと、常に反省しています。
そんな私自身を反省させる材料として、易(えき)の言葉があります。易は古代中国の周(しゅう)の時代から伝わった儒教の経典の一つで、そのために『周易(しゅうえき)』または『易経(えききょう)』と呼ばれています。これは占いの本でもあるのですが、古代の賢人たちの知恵の詰まった、世の中の道理を説いた本でもあります。
これを最初に作ったといわれる伝説のある周の文王(ぶんのう)は、人生の激しい苦しみの中でその道理を説いており、単なる倫理道徳のお題目などとは全く異なるものです。その後の世の人生の苦しみを味わい尽くしたような人たちが、その易の中で説かれた言葉を頼りにして、苦難に耐えていった人が多いのです。私も儒学の経典や多くの漢文を読んでいく中で、特にこの易の言葉を日々真剣に学んでいくことで、自分の心を落ち着かせようとしています。占い師になるわけでは決してないですが、漢詩人の教養として、私自身の心を養う材料として、真剣に学んでいます。
私が好きな言葉の一つに「切問近思(せつもんきんし)」という言葉があります。これは論語にある言葉で、経書(けいしょ: 儒教の経典)などに書かれた賢人の言葉を、その場その場にふさわしい適切な質問をして学んでいき、その賢人の言葉を自分の身近な物事から考えていって、それをもとに日々反省する、という儒学の学び方について説いた言葉です。この「切問近思」を実践していく内で、最も私の身に切実に迫ってくるのが易の言葉なのです。 今回の私の過ちを反省させる言葉も、やはり易の言葉の中に見つかりました。その本文と意味を示します。
浚恒、貞凶。無攸利。
(恒(つね)を浚(ふか)くす、貞(てい)なれど凶なり。利するところ無し。) (私訳)常を深くする、つまり自分が正しいと思うことを一方的に
強く主張するという態度であれば、それがたとえ正しい意思で 行われていたとしても結果は凶で、うまくいくことはない。 まさしく今回の私の過ちを言い当てているようでした。あなたに求めることがあまりに急であるために、あなたを傷つける結果となってしまったということです。この点についてきちんと反省し、決して忘れないようにします。
私はお花を眺めるのが好きです。あなたを愛するようになってから、花をあなたに見立てて考えるようになりました。その中でも百日紅(サルスベリ)と菊の中に、あなたの面影を特に思い浮かべることができます。夏の間に長く咲いて、その美しさを独り占めにしている百日紅、冬になっても枯れずに咲いて残っている菊、そんな美しさを保つ花、この花たちを思い浮かべるときに、明るい生命力を持っているあなたのことが思い浮かんでくるのです。快活でさっぱりとしているあなたの性格、私はその部分に特に惚れているのです。あなたが常に明るく元気でいられること、それこそ私が常に願っていることです。 そんなあなたの、私が唯一愛するあなたの心に影を落としているもう一つのことは、私の病気のことについてだと思っています。私の病気を治す特効薬の研究が進められているという話は聞きますが、私の病気に関する日本でも有数の医師に聞いてみたことがあります。私の病気を治すことができますか、と。「それは無理です」と答えが返ってきました。 さらに最近、私の病気について詳しく調べていたときに、私と同じ病気の人が平均何歳まで生きているかという文章を見つけました。その平均年齢に愕然としましたが、同時に泣いている場合ではないと思いました。自分の気持ちを偽ることなく、思った通りに生きなければならない。そのために日々どんな努力も惜しんではならないと、切実に思いました。
その日から私はさらに変わっていき、努力を惜しまない人間に変わっていきました。あなたへの想いを伝える漢詩、残りの時間できちんと極めなければならない。そのために日々あらゆる漢文を読んでいます。中国語のサイトもチェックして、昔の漢文をかき集めて、日々学んでいるのです。それは私のためであり、そしてあなたのためにもなると思っています。
私が好きな言葉のもう一つに、「言筌(げんせん)」という言葉があります。「筌(せん)」とは、細い竹を編んで作った、魚を捕らえるための道具のことです。魚を捕らえるための道具なのですから、魚を捕らえることができなければそれがどんなに立派で美しくても意味がないように、言葉もその目的に従って述べられるべきものであって、その目的にそぐわなければ、どんなに美しい言葉も意味がないということを示す言葉です。 今回の漢詩を作った私の目的とは何か、それはあなたの心をとらえることです。今回の大変長い漢詩、現代に作ることのできる人は非常に限られてくるとは言っても、もしあなたの心に届かないものであれば、それは全く意味のないものなのです。あなたへの私の想いがきちんと届くようにと願い、一言一句に心を込めました。特に後半の三十四句、私の思いをすべて込めました。
この漢詩の道をきちんと極めて、その上であなたをきちんと迎えたい。その決意の程を、覚悟の程を、本気の程を示すために、今回の漢詩を作りました。残りの人生、すべてあなたのために投じたい。そして私の生きた証として、あなたの名前をタイトルに付けた詩集を出したい。そのために私の命のすべてを燃焼させたいのです。私が今後そのために力を尽くすこと、 そのための許可をあなたに求めたいのです。 あなたの気持ちを、あなたの率直でまっすぐな気持ちを聞かせて下さい。ただ一人あなたを愛する私の言葉が、どうかあなたの心に届きますように。 玄齋
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古詩(長い漢詩)
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