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北海道大学の銀杏並木
この写真はゆーみん♪さんのブログから
許可を頂いて使用しています。
秋日偶吟(想君看公孫樹) 玄齋 (去聲七遇韻)
秋 日 想 君 何 可 喩?
仝 如 霜 降 公 孫 樹。
葉 輕 片 片 比 鴻 毛,
嘆 賞 錦 枝 爲 妙 句。
※仝(どう、おなじ)は「同」の昔の字とされています。ここでは、
「前の文字と同じ」という意味で、「喩」の字の代わりをしています。 明治、大正の時代の画家で文人である富岡鉄斎(とみおかてっさい)の 漢詩にこの用例がありました。 書き下し文: 題:「秋日(しゅうじつ)、偶(たまたま)吟(ぎん)ず、 君を想って公孫樹(こうそんじゅ: イチョウ)を看(み)る」 秋日 君を想えば何に喩うべきや? 喩うれば霜降の公孫樹の如し。
葉は軽くして 片々 鴻毛に比べらるるも、
錦枝を嘆賞すれば妙句とならん。
現代語訳: 題:「秋の日に偶然にできた漢詩です。 あなたのことを想いながら銀杏(いちょう)の木を眺めた時を 詠みました」
秋の日にあなたのことを想うこの気持ちを、 何にたとえればよいでしょうか?
たとえるとすれば、それはあたかも霜が降りて葉が黄色く色づいた
公孫樹(こうそんじゅ)、つまり銀杏(いちょう)の木のようなものでしょうか。 黄色い葉の一つ一つを見ても、まるで伝説の鳥の鳳(おおとり)の
毛のように軽いものと比べられますが、 その錦の織物のように美しい枝をほめたたえる時には、
味のあるすぐれた詩句になるのです。 語注:
※公孫樹(こうそんじゅ): 銀杏(いちょう)の木のことです。 なぜ公孫樹かというと、銀杏は木を植えてから孫の代になって 実を食べられるようになることから来ているそうです。 ※仝(どう、おなじ): 「同」の昔の字とされています。ここでは、
「前の文字と同じ」という意味で、「喩」の字の代わりをしています。 明治、大正の時代の画家で文人である富岡鉄斎(とみおかてっさい)の 漢詩にこの用例がありました。 ※霜降(そうこう): 霜が降りることです。霜が降りて葉が色づくと
されています。 ※片々(へんぺん): 葉の一枚一枚、という意味です。
※鴻毛(こうもう): 中国の伝説上の鳥である鳳(おおとり)の毛のことで、
非常に軽いもののたとえに使われています。 ※錦枝(きんし): 錦のように美しい枝のことです。
※嘆賞(たんしょう): 感心してほめたたえることです。
※妙句(みょうく): 味のあるすぐれた詩句のことです。
解説: 銀杏の街路樹の見事な写真を見て、ぱっと思い付いた漢詩です。
僕のお相手の方への想いを、銀杏の木にたとえてみました。 この七言絶句は側体(そくたい)と言いまして、普通のものとは異なり、
普通、漢詩で韻を踏む平声(へいせい)ではなく仄声(そくせい)で
韻を踏んでいます。 素晴らしい銀杏の写真を見て、この気持ちを何にたとえよう、 そう思っていたら、 「こころをばなににたとへん
こころはあぢさゐの花・・・」 萩原朔太郎の『こころ』の詩の冒頭を思い出しました。
この詩は切ない余韻がしてとても好きな詩なのですが、 僕は今回はもっと明るい感じで漢詩を考えていこうと思っていました。 僕は最近、アランという哲学者の『幸福論』という本を読みました。
元々は僕の親友が読んでいた本でした。 その親友は休日も忙しくしていて、そんな中でぼろぼろになるまで
この本を読んで、それを理解することはもちろん、 僕がこの本を読んでいく中で実際にその親友の日々の行動にも 現れていることがわかりました。 僕は人が薦める本は基本的に読むことがないのです。
その本を薦めてくる人がその本に心底惚れ込んで、 その内容をきちんと身につけているくらいでないと 興味が湧かないのです。
いろんな人生についての考え方、哲学的な考え方もそうです。 僕はその考え方が正しいかどうかよりも、 その人自身がその考え方にどれほどコミットしているか、 わかりやすく言えば、その考え方にどれほど惚れ込んで、 自分の骨肉としているか、という所に注目しています。 何年も前の話ですが、他人に対して素晴らしい前向きな考え方を
口にしていながら、本人も知ってか知らずか自分自身にだけ 例外を設けてそれを適用しないような人もいましたが、
そんな人の考え方は僕には全く信用がならないのです。 この『幸福論』の本の中身はとてもポジティブな内容の哲学を論じた エッセイ集です。読んでみれば共感したり苦笑したり反発したり、 読む人によっていろんな反応があると思いますので、 僕個人としては人に勧められる本かどうかは難しい所です。 でも僕は、普段の親友の姿を思い浮かべながら読んでいたので、
少しずつ僕の身体の中にもしみこんできました。 僕が一番気に入っているのは、
「幸福にならねばならない」という章です。 「幸福になるのは、いつだって難しいことなのだ。
多くの出来事を乗り越えなければならない。負けることだってある。 乗り越えることのできない出来事や、ストア派の弟子などの 手に負えない不幸が絶対ある。しかし力一杯戦ったあとでなければ
負けたと言うな。これは至上命令である。幸福になろうと欲しなければ、
絶対幸福になれない。これは、何にもまして明白なことであると、 ぼくは思う。したがって、自分の幸福を欲しなければならない。 自分の幸福を作り出さなければならない。」 アラン『幸福論』神谷幹夫 訳 岩波文庫 より引用。 僕の心の中も熱くなるような一節です。 この一節とともに、僕は『荘子』の人間世篇(じんかんせいへん)
の一節を思い出しました。 福輕乎羽、莫之知載。禍重乎地、莫之知避。 (書き下し文)福は羽よりも軽きも、之(これ)を載(の)せるを
知ること莫(な)し。禍(わざわい)は地よりも重きも、
之を避けるを知ること莫し。
(私訳)幸福は羽よりも軽くて手に取りやすいもののはずなのに、
人々はその幸福を手にとって実行することができないのです。 (人々は幸福が自分の身の近くにあることに気づかずに、 遠くに求めようとしているからです) 身に降りかかる災難は大地よりも重くてわかりやすいものなのに、 人々はこの災難を避けることができないのです。 (人々は利益や名誉を貪欲に追い求めるあまり、 災難を自分の身に近づけてしまっているのです) 僕自身が幸せになろうという事を決めて日々行動することが大切で、 でもその幸福は遠くにあるのではなくて、ごく身近な所にある、 そんなことを考えていました。 この「羽よりも軽い」という所を漢詩に応用していました。 葉の一枚一枚は軽いものでも、集まって一本の樹を形づくれば 一つの壮大な美を形成する、そんな全体の美しさを讃えよう、 そんな想いを何とか言葉にしようとしていました。 日常のいろんな事でもそうですが、 あまり自分勝手に細かいことを穿鑿して考えることなく、 その対象の全体をきちんと見極めた上で、いろんなものの良い所を 見つけていきたいなと、そう思います。 僕自身の問題点をきちんと見つめながら、
日々がんばっていければいいなと思います。 僕自身の幸福をきちんと見つめながら、お相手の方のためにも、 きちんと努力していきたいなと思います。 |
漢詩
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霜降の公孫樹..美しいですね。この詩、現代語だけ読んでも、その詩情が伝わってくる感じがしました。
アランの『幸福論』ボクも一度読みましたが、優しい言葉でひとを勇気づけてくれるような本だと思いました。あと、スタイルがおしゃれだな、と。
荘子に連想がいくところが、玄さんらしいですね。また読みにお邪魔します。
2011/11/4(金) 午前 10:31
gery さん、 izmi さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
ご夫婦二人でブログをされているのですね。よろしくお願いいたします。
僕のお相手の方のことを想って漢詩を作るようになってから、
情感のある漢詩になってきたように思います。
これからも日々きちんとがんばっていきます。
2011/11/4(金) 午前 10:46
ピンパパさん、コメントありがとうございます。
訳も出来るだけわかりやすく伝えられればいいなと思います。
僕のお相手の方への想いをきちんと伝えられるように、
これからも努力していこうと思います。
『幸福論』は僕の心にもとても響いてきました。
常にいろんな事を老子や荘子と比べ合わせるようになってきました。
そうしてお相手の方への漢詩に活かしていければいいなと思っています。
2011/11/4(金) 午前 10:52
?マークが使われているのが とても新しくかんじます。
そして1行目 「秋日 君を想へば・・・・」の響き
秋日 終日が重なり 思いの深さが感じられます。 P!
2011/11/4(金) 午後 2:36
玄さん・・
漢詩に深みが出てきたように思われるのは私だけ感じるのでしょうか・・・
いえいえ・・・きっと皆様もそう感じていることでしょう。
言葉では言い表せないんですが・・・
一人の女性を愛することが、こんなにも人をも変えることがあるのだと・・・素晴らしいです。
幸福論・・・賛否両論あるとは思いますが、私は好きです。
明るい未来に希望を。。。ポチ☆
2011/11/4(金) 午後 7:59 [ さんぼうやま ]
玄様。11*4 誰=なぎさ=渚、岸辺、浜辺、海岸。 エスペラント=plag^o=strando. 英= beach. 独=der Strand. 仏=la plage. 西=la playa. 11*3 謎=シーソー。二つ正解です。
2011/11/4(金) 午後 9:25
玄様、11*4 謎=バケツ。<馬尻。正解でした。 先ほどのは、謎が昨日の解になっていました。失礼しました。
2011/11/4(金) 午後 9:38
ある おかんさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
中国語のサイトなどで漢詩の解説をしているところでは、
疑問文の詩句の場合は疑問符を使ったり、ある所では感嘆符を
使っていたりもしています。見せ方が変化しているのかなと思いました。
秋の日だけでなく、日々お相手の方のことを考えて
漢詩を作っていきたいなと改めて思っておりました。
これからもいろんな事をきちんとがんばっていければいいなと思います。
2011/11/4(金) 午後 9:45
さんぼうやまさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
お相手の方のことを想うようになってから、詩に込める情感はもちろんのこと、
普段のモチベーションまで全く異なるほどに高まってきたのを感じています。
これからもどんどん向上していきたいです。
そんな中で『幸福論』の言葉の一つ一つが心に響いてきました。
この気持ちを大切にして日々過ごしていきたいと思います。
2011/11/4(金) 午後 9:49
えすちゃんさん、コメントありがとうございます。
今回は同じような英単語が重なっていて解釈が難しかったのですが、
辞書を引いている内に理解できてきました。
英文解釈も楽しいですね。また挑戦していきます。
2011/11/4(金) 午後 9:52
えすちゃんさん、コメントありがとうございます。
漢字で実際に「馬尻」と書いている小説もあったように記憶しています。
またこれからも時々クイズに挑戦していきます。
2011/11/4(金) 午後 9:54
玄さん 失礼しました〜!!
不勉強で、始めて漢詩の中で? マークを見たのです。
玄さんの新しい 試みかと思ってしまいました。。。
決して文字化けではないです。
勉強になりました。
2011/11/8(火) 午後 0:01
自分の思いを公孫樹にたとえるというのはすごく新鮮な感じがします。人は自分が幸福になろうと強く思えば、本当に幸せになるのでしょうか。よく、夢は叶うと力強く念じればきっと叶うというのと似ていますが、どうなんだろう?とよくわからないでいます。人生いろいろありますものね。
2011/11/8(火) 午後 1:31
ある おかんさん、コメントありがとうございます。
中国語の漢文や漢詩の本を見てみると、「?」や「!」が
普通にあって、最初はびっくりしました。
勉強する中でいろんな事が分かってきました。
これからもきちんとがんばっていこうと思います。
2011/11/8(火) 午後 5:55
akiko さん、コメントありがとうございます。
僕のお相手の方への想いを、公孫樹の木の輝きに見立ててみました。
いろんな花や木にたとえていきたいなと思います。
あらかじめ、僕は人生経験が薄いので、確定的なことを言うのは
憚られるということを前置きしておきます。その上で述べます。
幸せというものを、むやみに社会的な成功や
お金儲けなどの自分の遠くに求めるのではなく、
自分の身近なところに求めてきちんと幸福を感得した上で
日々きちんと努力していく、それを継続した人にある日やって来る、
ということではないかなと思っています。
かなり前なのですが、友人の知り合いで、かなりダメな人間で、
日々何の努力もせず、もちろん心の中も何ら満たされていない人で、
それなのに、その人の父親が哲学者であるためか、
哲学的なことにだけは変な自信を持っている人が、
僕のためという名目で一方的なお説教をしてきたことがありました。
その人とはそれ以来絶交しました。その友人からも少し遠ざかりました。
(つづく)
2011/11/8(火) 午後 7:55
(つづき)
本当に相手のために行動するためには、
自分の気持ちの中にもきちんとしたものがあって、
向上の意欲を持って日々行動していて、
その上で相手のために行動する必要があるのではと思います。
そういう覚悟を書いたつもりでいます。
ネット上には安易な夢を見ている人たちがいっぱいいて、
目上の人に頭を下げることも知らずに、
ネット上で知識をさらしていれば三顧の礼で迎えてくれると思っている、
世の中を知らない内からすっかり世の中をなめきっている人が結構いて、
そんな人の「夢は絶対叶う」という言葉は完全に嘘だと僕も思います。
本気で夢を叶えようと思えば、その職業にまつわる垢のような部分、
単に好きだというだけでは済まされない部分をきちんと処理できなければ、
それだけの本気がなければ無理だということではないかと思います。
こういう部分もきっちりと見据えていきたいと思っています。
僕は正直、こういう理屈をだらだらと述べるのは好きではないのです。
理屈よりも実際に行動をしていきたいと思っています。
これからも日々謙虚に努力していきます。
2011/11/8(火) 午後 8:00
私のように歳を取ると何事もないのが幸せだと思うのです。
2011/11/9(水) 午後 8:57
はせさん、コメントありがとうございます。
お身体の具合は大丈夫ですか、お大事になさって下さいね。
僕は今はひたすらに出来るだけがんばりたいなと思います。
お相手の方を想って漢詩を作り、努力していくことが、
今の僕の喜びであり幸せであると思っています。
2011/11/9(水) 午後 10:22
こんにちは✿
*霜が降りて葉が黄色く色づいた公孫樹*
とても綺麗な表現ですね。
萩原朔太郎は学生の頃読みました。
懐かしいです✿♪
『幸福論』のお話も心に染みました☆
傑作ポチッ*゜+ *✿ *゜・+♠*゜・+ ♦ *゜・+✿*゜・+ ♦
2011/11/12(土) 午後 4:07
ゆーみんさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
黄葉や紅葉の前触れとして霜が降りるというのは、美しい姿だなと思います。
あなたを想う漢詩のためにいろんな表現を学んでいきます。
萩原朔太郎の詩は、最近読み返しているところです。
昔の漢詩を学んでも、それは自分の漢詩にはあくまでも補助的な
ものにしかならないということを学んでいくと、
逆にあらゆる材料を漢詩に取り込むことも出来るということに気づいてきました。
僕があなたを想う気持ちもその重要な一つなのです。
『幸福論』は親友のバイブルのようなものですが、
僕も重要な本だと思っています。
儒学とも通じるものがあって、とても参考になるのです。
あなたのことを思い浮かべていくだけでもどんどん学習が進んでいきます。
これからも頑張ります。
2011/11/12(土) 午後 4:50