玄齋詩歌日誌

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朱家角鎮(しゅけかくちん)の城皇廟(じょうこうびょう)の本殿(中国・上海)
朱家角は宋(そう)の時代に水路の要所にできた水の街です。
Photo by (c) Tomo.Yun
http://www.yunphoto.net
 
 
「竹林の七賢(ちくりんのしちけん)」の一人、嵇康(けいこう)の
詩である『幽憤詩(ゆうふんし)』の翻訳の二回目です。
 
老荘を学ぶ嵇康自身の人生を詠みながら「幽憤(ゆうふん)」、つまり
当時の世の中への人知れぬ憤りの気持ちを込めた詩です。
 
 
 このページは解説の後半の記事です。
 
 原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事と、
 この解説の前半部分の記事は、以下の記事を見て下さい。 
 
 原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事
 
 解説の前半の記事
 
 
 コメント欄はこの解説の後半の記事に設けてありますが、
 解説は前半の記事から読むことをおすすめします。
 いきなり解説の後半から読むと何の話かわかりづらいですので。
 この点について、ご了承願います。
 
 
 
●解説の続きです:
 
 
(解説の前半の続きです)
 
詩句の中の、「柳恵(りゅうけい)」とは、始皇帝が中国を統一する前の、
春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)という時代の、
魯(ろ)の国の家臣の「柳下恵(りゅうかけい)」という人です。
 
魯の国といえば孔子や孟子の祖国で、その国の昔のすぐれた家臣
ということですから、いろんな儒学の文献に出てくるのです。
 
柳下恵の本当の名前は展禽(てんきん)と言います。
「柳下(りゅうか)」は主君からもらった領地の名前で、
「恵(けい)」は諡(おくりな: 死んだ後に功績をたたえて付けられる名前)
だそうです。
 
柳下恵は『孟子』の中では、何度も出て来ます。
 
「汚君(おくん)を悪(にく)まず、小官(しょうかん)を
辞(じ)せざる者は柳下恵(りゅうかけい)なり」
 
(訳)
悪い君主の下にいても運命を憎むことなく仕え、つまらない官職を
与えられても辞退せずにその官職をやり遂げていきました。
そんな人が柳下恵なのです。
 
あるいは、
 
「柳下恵の風(ふう)を聞く者は、薄夫(はくふ)は敦(あつ)くなり、
鄙夫(ひふ)は寛(かん)となる」
 
(訳)
柳下恵の話を聞いた人は、薄情な人であったならば人情が厚くなり、
心のせまかった人であれば寛大な人となるのです。
 
当時の模範となった人である事が分かります。
 
しかし孟子は、柳下恵という人はとてもすぐれているので、
目標として設定するにはあまりに大きい存在だとして
君子(くんし: 修養の出来た立派な人)の目指すところではないと、
そのようにも述べています。
 
野球でたとえるならば、外野フライをファインプレーで捕るのではなく、
最初から落下地点で待ちかまえて楽に捕れるようにしなさい、
ということを言いたいのだと思います。
 
詩句の中の「孫登(そんとう)」とは、
 
三国時代の孫登(そんとう)は二人いて、
一人は呉(ご)の孫権(そんけん)の息子で、
もう一人は嵇康(けいこう)が出会った隠者です。
今回は後者の方です。
 
隠者(いんじゃ)とは、俗世間を離れて住んでいる立派な人のことです。
 
直接、『三国志』の魏(ぎ)の国の歴史をまとめた魏書(ぎしょ)の
第二十一巻を見てみました。
中国語のサイトで見つけた本文には漢文の注釈がついています。
以下の原文は、その『三国志』の本文の箇所の注釈の原文です。
 
 
●原文
 
『魏氏春秋』曰、
 
初,康採薬於汲郡共北山中,見隠者孫登。
康欲与之言,登黙然不対。踰時将去,
 
康曰:「先生竟無言乎?」
登乃曰:「子才多識寡,難乎免於今之世。」
及遭呂安事,為詩自責曰:「(今回の詩句が続きます)」
 
 
●書き下し文
 
『魏氏春秋(ぎししゅんじゅう)』に曰(いわ)く、
初め、康(こう)は薬を汲郡(きゅうぐん)共北(きょうほく)の
山中に採(と)り、隠者(いんじゃ)の孫登(そんとう)を見(み)る。
 
康(こう)は之(これ)と言(ものい)わんと欲するも、
登(とう)は黙然(もくねん)として対(こた)えず。
 
時(とき)を踰(こ)えて将(まさ)に去(さ)らんとするとき、
 
康の曰(いわ)く、「先生(せんせい) 竟(つい)に言うこと無きか?」
 
登の乃(すなわ)ち曰く、「子(し)の才は多くして識(し)ること寡(すく)なし、
今の世を免(まぬが)るること難し」
 
呂安(りょあん)の事に遭(あ)うに及(およ)びて、詩を為(つく)りて
自(みずか)ら責(せ)めて曰(いわ)く、「(今回の詩句が続きます)」
 
 
●現代語訳
 
歴史書の『魏氏春秋(ぎししゅんじゅう)』によると、
 
初め、嵇康(けいこう)は薬草を汲郡(きゅうぐん)の共北(きょうほく)
という土地の山の中で取っていたときに、
隠者(いんじゃ: 俗世間から離れて住む立派
な人のこと)の
孫登(そんとう)を見かけました。
 
嵇康(けいこう)は孫登に話しかけようとしますが、
孫登は黙ったまま返事をしませんでした。
そのまま時間が経ってしまったので、その場を去ろうとしたときに、
 
嵇康(けいこう): 「先生、何かおっしゃりたいことはありませんか?」
 
孫登: 「あなたは才能豊かだけれども物事の道理を知ることが少ない。
  だから今の世の中を無事に過ごすことはできないでしょう」
 
のちに、親友の呂安(りょあん)の問題で、大将軍の司馬昭(しばしょう)に
処刑されるときに、 詩を作って自分の過ちを責めて、
次のように詩句を作りました。「(今回の詩句が続きます)」
 
(ここまでが訳です)
 
 
ここで、「親友の呂安(りょあん)の問題」というのは、
嵇康(けいこう)の親友であった呂安(りょあん)は、
その兄の呂巽(りょそん)が自分の奥さんと密通していたことで
兄を訴えたのですが、その兄の方は逆に親不孝の罪で
呂安を訴えてきました。
 
ここで嵇康(けいこう)は呂安を弁護しようと
していたけれども、それまでに嵇康(けいこう)を恨んでいた
鐘会(しょうかい)が大将軍の司馬昭(しばしょう)に
呂安は風俗を乱す行いをしていると言って嵇康(けいこう)を陥れて
道連れにさせて、嵇康(けいこう)と呂安は死罪になった、ということです。
 
(司馬昭(しばしょう)は、諸葛孔明と五丈原(ごじょうげん)で対決した
司馬仲達(しばちゅうたつ)の次男です。)
 
この「柳恵(りゅうけい)」と「孫登(そんとう)」の話を通じて、
 
以前の嵇康(けいこう)は悪い君主に仕えたり、
つまらない官職もいとわない、という一見すると節操のないような
魯(ろ)の国の家臣の柳下恵(りゅうかけい)を
恥ずかしく思っていたわけですが、
 
今の嵇康(けいこう)は、
隠者(いんじゃ)の孫登(そんとう)に言われた、
「あなたは才能は豊かだが学ぶことが少ないので、
災難を避けることはできないでしょう」
 
という言葉を思い出して、今から処刑されようとしている
自分の身の上を恥ずかしく思っていました。
 
ということなのだとわかります。
 
この二人の話を引き合いに出した部分を考えてみますと、
『三国志』の注釈の中で、『幽憤詩(ゆうふんし)』は
嵇康(けいこう)の辞世の句(じせいのく: 死ぬ前に作る詩句)
であることを示しているのかなと思いました。
 
こうしていろんなところで脱線して調べていくことで、
とても僕自身の勉強になっています。
 
これからも一語一語をきちんと学んでいこうと思います。
とても楽しいです。これからもがんばります。

閉じる コメント(10)

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孫登の申した言葉は、ぐっと来ますね。あなたは才能豊かだけれども物事の道理を知ることが少ない。
だから今の世の中を無事に過ごすことはできないでしょう。道理は、真理という意味でしょうか・・。
良き師走をお過ごしください。
傑作★

2011/12/11(日) 午後 11:23 瑠

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某国には、物事の道理のほかに政治駆け引きの道理があるのでしょうか。
民はとても困っています…。傑作。

2011/12/12(月) 午前 2:52 ひろちん。

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おはようございます。

なかなか 一度拝読させて戴いただけでは理解できずに、繰り返し
嵇康の1,2を読ませて戴きました。
これだけのことを訳されてこうして文に纏められて、玄さんの素晴らしさを改めて感じ入っています。
また 次の項目を待たせて戴きますね。傑作です!!

2011/12/12(月) 午前 7:45 風花

Ruri さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
孫登の言葉の中の「道理」はこの場合、「人事(じんじ)」、
つまり世間でのこととか、人の心の機微とかを含んでいると思います。
嵇康(けいこう)は本人の知らないところで鐘会(しょうかい)に
非礼な態度を取って憎まれていたことで、讒言を受けて処刑されてしまう、
そういう部分に孫登は警告をしていたのだと思います。
僕自身もしっかりとこの孫登の言葉を覚えておこうと思います。
これから来年に向けても、日々きちんと努力していこうと思います。
これからもがんばります。

2011/12/12(月) 午前 9:46 白川 玄齋

2011/12/11(日) 午後 11:24 の鍵つきの内緒さん、コメントありがとうございます。
昨年の病苦から始まって、震災などの暗い出来事の中でも
僕個人としては明るい話題もある、そんな一年でした。
これからもさらに前向きに過ごしていこうと思います。

2011/12/12(月) 午前 9:55 白川 玄齋

ひろちんさん、コメントありがとうございます。
毛沢東の事蹟は明の太祖である朱元璋(しゅげんしょう)の手法と
重なるところがありますから、歴史書や兵書の言葉を学んで
その当人の現在の状況から考えていって、
政治を行う道理を考えていくということが実際にあったと考えています。
政治の実際の現場に関わっている人たちが、ちょっとした時間に
漢文の書籍を読んでいき、実務の中で考えていく、
そういう状況になれば改善されていくのかなと、時々思います。
僕自身もさらに考えていけるようにがんばっていきます。

2011/12/12(月) 午前 10:11 白川 玄齋

y5812y さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
今回は書いていくうちにどんどん長くなって、
10,000 文字を越えるくらいになってしまいました。
老荘を学んでいた詩人ですが、詩句の中には歴史書や韓非子など
いろんなところを理解しているということがわかり、
僕もさらに学んでいこうという気持ちになっています。
これからも詩句の中のいろんな要素を把握しながら、
きちんと訳していければいいなと思います。
これからも毎日がんばっていきます。

2011/12/12(月) 午前 10:18 白川 玄齋

こんにちは〜♪
いいですね!!
こうした仕事をする人は
少なくなってきました。。。。。
頑張ってくださいね。
先日、出版社から論語の本をいただき、
いま、読み返しています。

今日も素敵な日を。。。。。
ぽち。

2011/12/12(月) 午後 1:00 -

吉祥天さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
漢詩や漢文を訳しながらいろんな事を結びつけて考えるのは楽しいです。
これからもきちんとがんばっていこうと思います。
『十八史略』に、六朝時代の宰相(誰だか忘れました。。。)の中に、
政務の合間に生涯のうちで『論語』一冊だけを愛読していた
人がいたのを思い出しました。僕も『論語』をきちんと読み返そうと思います。
今週もしっかりがんばっていきます。

2011/12/12(月) 午後 1:56 白川 玄齋

2011/12/12(月) 午後 7:14 の鍵つきの内緒さん、コメントありがとうございます。
先ほどはすみません。もっと心に余裕を持っていこうと思います。

2011/12/12(月) 午後 8:46 白川 玄齋


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