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「竹林の七賢(ちくりんのしちけん)」の一人、嵇康(けいこう)の詩である
『幽憤詩(ゆうふんし)』の翻訳の三回目です。
老荘を学ぶ嵇康(けいこう)自身の人生を詠みながら、
「幽憤(ゆうふん)」、つまり当時の世の中への人知れぬ
憤りの気持ちを込めた詩です。
このページは原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事です。 解説については以下の記事を見て下さい。
解説の記事
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この点について、ご了承願います。よろしくお願いいたします。
●原文:
幽憤詩 其の三 (晋)嵇康
諮 予 不 淑, 嬰 累 多 虞。 匪 降 自 天, 寔 由 頑 疏。
理 弊 患 結, 卒 致 囹 圄。 対 答 鄙 訊, 縶 此 幽 阻。
実 恥 訟 免, 時 不 我 与。 雖 曰 義 直, 神 辱 志 沮。
澡 身 滄 浪, 豈 雲 能 補。 嗈 嗈 鳴 鴈, 奮 翼 北 遊。
順 時 而 動, 得 意 忘 憂。 嗟 我 憤 歎, 曾 莫 能 儔。
事 与 願 違, 遘 茲 淹 留。 窮 達 有 命, 亦 又 何 求。
●書き下し文:
予(われ)に諮(はか)りて淑(よ)からず、
嬰累(えいるい)して虞(おそ)れること多(おお)し。
降(くだ)すに天よりするに匪(あら)ず、
寔(まこと)に頑疏(がんそ)なるに由る。
理は弊(やぶ)れて患(うれ)いは結び、
卒(つい)に囹圄(れいぎょ)を致す。
対(むか)いて鄙(いや)しきの訊(たず)ねるに答え、
此の幽阻(ゆうそ)に縶(つな)がる。
実に訟(しょう)の免(まぬが)るるを恥じ、
時は我と与(とも)にせず。
義直(ぎちょく)と曰(い)わるると雖(いえど)も、
神(しん)辱(はずかし)められて志(こころざし)は沮(はば)まれる。
身を滄浪(そうろう)に澡(あら)い、
豈(あ)に雲(くも)の能(よ)く補(おぎな)わんや。
嗈嗈(ようよう)と鴈(かり)鳴(な)き、
翼(つばさ)を奮(ふる)いて北遊(ほくゆう)す。
時に順(したが)いて動き、
意を得て憂いを忘る。
嗟(ああ)我(われ)憤歎(ふんたん)し、
曾(かつ)て能(よ)く儔(ともづれ)とする莫(な)し。
事と願いとが違(たが)い、
茲(ここ)に淹留(えんりゅう)に遘(あ)う。
窮達(きゅうたつ)は 命(めい)有(あ)りて、
亦(ま)た又(ま)た何(いず)くにか求(もと)めん。
●現代語訳:
人々が私に相談してきて、その結果いい人だと思って慕われることはなく、
過ちを犯して困難に遭うことで心配する事が多いのです
悪い状況に遭うのは天が決めた運命によるものではなくて、
本当に私の愚かさや、だらしなさによるものなのです。
私の中の道理はすたれてしまって心配事が次々に起こってきて、
ついには私は牢屋に入るまでになってしまいました。
身分のいやしい取り締まりの役人と向かい合って、
その者の訊問に答えているような現状で、
私はこの世の中の計り知れない困難な状況の中に
つながれているのです。
私は本当に、この訴訟を免れるのが精一杯な状況を恥ずかしく思います。
世の中の流れは、私とは一緒になってくれないのです。
世の中の道理に従って素直でまっすぐだと言われるけれども、
私の心は恥ずかしくなって、自分の思い通りにはならずに
邪魔が入るのです。
自分の身を青く澄んだ水で洗うのに、
どうして雲が私の助けになることがありましょうか。
(環境に合わせて運命に従い、その時の成り行きに身を任せるだけです)
群れた雁(かり)がいっせいに鳴き、
翼を大きく広げて北の方へ飛んでいきます。
彼らはその時その時の状況に順応して動くだけで、
そういう状況に満足して、心配事がないのです。
(そういう存在に私(嵇康(けいこう))もなりたいものです)
ああ、わたしは現状に怒って嘆くばかりで、
以前からも私とよく友人となるものはいませんでした。
私の願望と実際の状況が食い違い、
今の、物事が行き詰まって前に進まない状況に出会ってしまいました。
世の中での成功や失敗というものは天からの運命による
部分があるので、どうしてこれを無理に求めようとするでしょうか。
(世の中の成功と失敗に一喜一憂することなく、
ただ、自然の道理に従うだけです)
●語注:
※嬰累(えいるい): 過ちを犯して辛い目に遭うことです。
※頑疏(がんそ): 愚かで頭が鈍く、ものぐさでだらしがないことです。
※囹圄(れいぎょ): 牢屋(ろうや)のことです。
※幽阻(ゆうそ): 世の中の奥深くて計り知れない困難な状況のことです。
※義直(ぎちょく): 世の中の道理に従って素直でまっすぐであることです。
※滄浪(そうろう): 青々と澄んだ水のことです。
※嗈嗈(ようよう): 鳥が一緒になって鳴く様子を表す言葉です。
※北遊(ほくゆう): 北の方へと旅してまわることです。
※得意(とくい、いをえる): 自分の思いのままに行動することです。
※忘憂(ぼうゆう、うれいをわする): 哀しみや心配をしないように
することです。東晋(とうしん)の詩人の陶淵明(とうえんめい)の詩
にも出てきますが、もともとは『論語(ろんご)』述而(じゅつじ)篇に
出てくる言葉です。
※憤歎(ふんたん): 怒って嘆くことです。
※淹留(えんりゅう): 滞って前に進まないことです。
※窮達(きゅうたつ): 「窮通(きゅうつう)」、つまり、
困窮(こんきゅう: 生活に苦しむ)と
栄達(えいたつ: 一家が栄えて、高い地位に進むこと)のことです。
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竹林の七賢
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