玄齋詩歌日誌

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竹林の七賢

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成都の錦里古街
Photo by : clef
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「竹林の七賢(ちくりんのしちけん)」の一人、嵇康(けいこう)の詩である
『幽憤詩(ゆうふんし)』の翻訳の三回目です。
 
老荘を学ぶ嵇康(けいこう)自身の人生を詠みながら、
「幽憤(ゆうふん)」、つまり当時の世の中への人知れぬ
憤りの気持ちを込めた詩です。
 
今回は、嵇康(けいこう)がしばしば過ちを犯して、
牢屋に行く現状を嘆く部分です。
 
 
 このページは解説の記事です。コメント欄もこちらに設けてあります。
 
 原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事は、以下の記事を見て下さい。
 
 原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事
 
 
 以上のこと、よろしくお願いいたします。
 
 
 
●解説:
 
 
幽憤詩の翻訳の三回目です。
今回は、嵇康(けいこう)がしばしば過ちを犯して、
牢屋に行く現状を嘆く部分です。
 
世間で上手くやっていくことが出来ないことへの反省から、
運命をいかに受け止めるか、という大きな話になっています。
 
嵇康(けいこう)はここでは二箇所で故事を使用しています。
 
 
まず、滄浪(そうろう)は、川の水が青く澄んでいることで、
『孟子』の離婁章句(りろうしょうく)上に出て来ます。
 
 
(原文)
 
孟子曰、不仁者可與言哉、安其危而利其菑、
樂其所以亡者、不仁而可與言、則何亡國敗家之有、
 
有孺子歌曰、滄浪之水清兮、可以濯我纓、
滄浪之水濁兮、可以濯我足、
 
孔子曰、小子聽之、清斯濯纓、濁斯濯足矣、自取之也、
夫人必自侮、然後人侮之、家必自毀、然後人毀之、
國必自伐、然後人伐之、

大甲曰天作孽、猶可違、自作孽、不可活、此之謂也。
 
(書き下し文)
 
孟子曰く、不仁(ふじん)なる者と与(とも)に言うべきや。
其の危うきを安しとし其の菑(わざわい)を利とし、
其の亡(ほろ)ぶ所以の者を楽しむ。
 
不仁にして与(とも)に言うべくんば、則(すなわ)ち何ぞ国を亡(ほろ)ぼし
家を敗(やぶ)ることの有らんや。
 
孺子(じゅし)有りて歌いて曰く、
滄浪(そうろう)の水の清(す)めば、以て我が纓を濯(あら)うべし、
滄浪の水の濁れば、以て我が足を濯うべしと。
 
孔子(こうし)の曰(のたま)わく、小子(しょうし)よこれを聴け。
清ければ斯(ここ)に纓を濯い、
濁れば斯に足を濯えと。自ら之を取るなり。
 
夫(そ)れ人は必ず自(みずか)ら侮(あなど)りて、
然(しか)る後、人は之(これ)を侮る。
家は必ず自ら毀(こぼ)ちて、然る後に人は之を毀つ。
国は必ず自ら伐(う)ちて、然る後に人は之を伐つ。
 
大甲(たいこう)に曰く、天の孽(わざわい)を作(な)すは、
猶お違(さ)くべきも、自ら孽(わざわい)を作すは、活きるべからず
 
とは、此(こ)の謂(いい)なり。と。
 
 
(訳)
 
孟子は次のように言いました。
 
「人は二人いればお互いに相手を思いやる気持ちが出てくるものです。
 これを『仁(じん)』というわけですが、
 この「仁」のない人と共に何かを語り合うことはとてもできません。
 
 そういう仁のない人は、本当は危険な状況なのに安心していたり、
 災難のような状況なのにそれをよいと思っていたり、
 自分の身を滅ぼすようなものを楽しみとしていたりするものです。
 (仁のない人というのは、世の中の道理もわからない人なのです。)
 
 そんな仁のない人と共に何かを語り合うことができるとすれば、
 どうしてそういう人のせいで国が滅びて家がすたれる
 ことなどありましょうか。共に語り合うことなどできないのです。
 
 ある子どもが歌った歌に次のようなものがあります。
 
 『川の水が青く澄んでいたら、それで
  (成人男性の正装の一つである)私の冠のヒモを洗えばよいのです。
  もし川の水が濁っていたら、それで私の足を洗えばいいのです。』
 
 と。
 
 この歌を孔子は以下のように説明しました。
 
 『お前たち、先ほどの歌を聴きましたか。
  水がきれいなときは冠のヒモを洗い、
  濁っていれば足を洗えばよいというのはどういうことなのかと考えると、
 
  水が濁っているか澄んでいるかでその後の人の行為が
  変わっているということです。
 
  つまり、現在の行動の原因は必ず過去に存在する、ということです。
 
  そもそも人というものは自分から侮られるような状況になってから、
  その後にその通りに人がその人を侮るようになるのです。
 
  家というものはその家が自分からすたれてしまうような
  状況になってから、その後にその通りに人がその家がすたれる
  ようなことを言うようになるのです。
 
  国というものはその国が自分から外国に攻められるような
  状況を作ってから、その後にその通りに外国がその国を
  攻めてくるのです。
 
  儒学の経書で昔の聖人の事蹟をまとめた『書経(しょきょう)』の
  大甲(たいこう)の篇には次のように書いています。
 
  『天が人々に降した厳しい災難は、まだ避けることができるけれども、
   自分自身が招いた災難であれば、活路を見いだすことは
   できないのです。
 
  と。
 
  これこそ先ほど述べた言葉を、聖人が述べていたものなのです』
 
 という話なのです。」
 
 
(ここまでが『孟子』の訳です)
 
この、
「滄浪(そうろう)の水の清(す)めば、以て我が纓(えい)を濯(あら)うべし、
滄浪の水の濁れば、以て我が足を濯うべし」
 
(訳)
川の水が青く澄んでいたら、
それで私の冠のヒモを洗えばよいのです。
もし川の水が濁っていたら、それで私の足を洗えばいいのです。

という歌は、もと楚の大臣であった詩人の屈原(くつげん)たちの詩集の
『楚辞(そじ)』の中の「漁父(ぎょほ)」という詩にも出てきますが、
 
その中では、冠のヒモや足を洗う人間の方に視点を移して、
世の中の状況に従って、その中の流れと共に行動する、
という意味で使われています。
 
おそらく嵇康(けいこう)は「漁父」の詩に使われている意味で。
この「滄浪〜」の一節を引用したのだと思います。
 
 
もう一つ、忘憂(ぼうゆう、うれいをわする)という言葉は、
『論語』の述而(じゅつじ)篇の一節にあります。
 
 
(原文)
 
葉公問孔子於子路、子路不對、
 
子曰、汝奚不曰。其爲人也、発憤忘食、樂以忘憂、不知老之將至云爾。
 
 
(書き下し文)
 
葉公(しょうこう)は孔子を子路(しろ)に問う。
子路は対(こた)えず。
 
子(し)の曰(のたま)わく、汝(なんじ)は奚(なん)ぞ曰(い)わざる。
其の人となりや、発憤(はっぷん)して食を忘れ、楽しみて以て憂いを忘る。
老(お)いの将(まさ)に到(いた)らんとするを知らざるのみと。
 
 
(訳)
 
南にある楚(そ)の国の葉県(しょうけん)の長官が
孔子のことを弟子の子路(しろ)に尋ねました。
子路は官職にいる立派な人に対して、師の孔子が
恥をかかないような答えが見つからず、返答することができませんでした。
 
孔子はそんな子路に言いました。
 
「どうしてお前は次のように答えなかったのですか。
 『孔子の人柄は、心を奮い起こして学問に励んで食事をするのも忘れ、
  学問を楽しむことで現状への心配事を忘れることができ、
  自分が日々老いていくことさえも気にとめることもない、
  そんな人なのです』
 
 と。そんな風に素直に答えればよかったのですよ。」と。
 
(ここまでが『論語』の訳です)
 
 
上の論語の言葉には僕も数年前の苦しい時期に励まされました。
どんな苦しいときでも堂々としていよう、そう思えるようになりました。
 
 
「忘憂」はこの後も、東晋(とうしん)の詩人である
陶淵明(とうえんめい)が、『飲酒・其の七』の詩の中で、
 
 
 汎 此 忘 憂 物,  此(こ)の忘憂(ぼうゆう)の物に汎(うか)べて、
 遠 我 遺 世 情。  我が世を遺(わす)るるの情(じょう)を遠くす。
 
 (訳)
 この心配事を忘させてくれる物、つまりお酒に菊の花一輪を浮かべて、
 俗世間を離れる気持ちを一層深くして、忘れることができるのです。
 
 
というふうに使っています。陶淵明は名家の出身で、
曾祖父の陶侃(とうかん)は東晋の有名な武将であることもあって、
若い頃から儒学を修めていて、それが詩句の中にも反映しています。
 
陶淵明が後世に高く評価されたのも、儒学の志をきちんと持って、
その志のために煩悶しながら世の中から離れて詩を作った、
彼の生き様にもあると思います。
 
一方で嵇康(けいこう)は老荘の思想で有名な人ですが、
おそらく儒学もきちんと学んでいるのだと思います。
 
 
僕もこれからも儒学も老荘も、きちんと学んでいこう
という気持ちを強くしました。
これからもいろんな事をきちんと学んでいきます。
 

閉じる コメント(8)

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『嵇康(けいこう)はここでは二箇所で故事を使用しています。』

すばらしい解説文にポチ☆ポチ☆ポチ☆ とても勉強になります(^^)v

2011/12/18(日) 午後 4:37 [ 56rinyahoo ]

56rinyahoo さん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
最近は故事について深く追求して解説をするようになりました。
『論語』や『孟子』は何度も読んでいましたので、
できる限りわかりやすい訳になるように工夫していました。
いろんな知識をその都度きちんとものにしていくように努めています。

2011/12/18(日) 午後 5:01 白川 玄齋

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<本当は危険な状況なのに安心していたり、災難のような状況なのにそれをよいと思っていたり、自分の身を滅ぼすようなものを楽しみとしていたり>…それが自分ではわからないうちに〜産廃のヘドロとなってしまっているであります。
自分を知って律することのなんと難しいことか。傑作。

2011/12/19(月) 午前 2:51 ひろちん。

ひろちんさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
本当に悪い状況に陥っているときは、当人は気づかないのではないか、
改めてそう思いました。なかなか難しいなと僕も思います。
常にこういうことを意識して、生きていくのがよいのではと思います。
僕も日々気をつけていきます。

2011/12/19(月) 午前 11:44 白川 玄齋

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こんにちわ。

漢詩。
長文で読むのに一苦労でしたけど、学校では長文の漢詩を読まないので、すごく勉強になりました。

玄さんのブログを見て、勉強して、学校では漢詩を完璧に出来たら、いいな。
と思います。

2011/12/20(火) 午後 5:31 [ korikori1997 ]

korikori1997 さん、コメントありがとうございます。
其の一から其の三までが一つの漢詩で、さらにその四が続く予定です。
とても長いので、読むだけで大変だと思います。
授業の中で、漢文の基本的なことを覚えていって、
試験で良い点を取って下さいね。
授業の助けに少しでもなればいいなと思います。
早めにこの漢詩の終わりのその四を訳していこうと思います。

2011/12/20(火) 午後 6:58 白川 玄齋

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>天が人々に降した厳しい災難は、まだ避けることができるけれども、
自分自身が招いた災難であれば、活路を見いだすことは
できないのです。

<長文の中で一つでも自分に残るところがある事は読み応えがあります。長い勤めの中でも先輩の言葉の一つでも心に残すようにしていました。

玄さんいつまでも続けてくださいね。

玄さんに出会って源氏物語を教わり今でも読み返しています。ポチ

2011/12/21(水) 午前 11:08  HOSI 

ほしさん、コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
こういう言葉をきちんと覚えていって、
僕自身の心も養っていければいいなと思っています。
『源氏物語』もいつか再開できればいいなと思います。
これからもどんどん学んでいきます。

2011/12/21(水) 午後 2:27 白川 玄齋


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