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竹林の七賢の一人で、現在訳している漢詩の『幽憤詩(ゆうふんし)』の
作者である嵇康(けいこう)の、『広陵散(こうりょうさん)』という歌の曲に
まつわる伝説をまとめた漢文を訳しています。
この文章は、宋の時代の(西暦 978 年)年に編纂された百科辞典の、
『太平広記(たいへいこうき)』の巻三百十七の「鬼」の二巻に
載っている稽康(けいこう)に関する文章です。
(嵇康(けいこう)がこの原文では「稽康」と表記されています。
こちらの字は携帯電話等でもきちんと表示されますので、
以下、稽康(けいこう)の表記を使います)
こちらは原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事です。
解説については以下の記事を見て下さい。
コメントもその解説の記事の方に設けてあります。
解説の記事
以上の点をご了承下さい。よろしくお願いいたします。
●原文
稽康灯下弾琴、忽有一人、長丈餘、著黒単衣、革帯。
康熟視之、乃吹火滅之曰:「恥与魑魅争光。」
嘗行、去洛数十里、有亭名月華。投此亭、由来殺人、中散心神蕭散、
了無懼意。至一更操琴、先作諸弄。雅声逸奏、空中称善。
中散撫琴而呼之:「君是何人?」
答云:「身是古人、幽没於此。聞君弾琴、音曲清和、昔所好。
故来聴耳。身不幸非理就終、形体残毀、不宜接見君子。
然愛君之琴、要当相見、君勿怪噁之。君可更作数曲。」
中散復為撫琴、撃節。
曰:「夜已久。何不来也?形骸之間。復何足計?」
乃手挈其頭曰:「聞君奏琴。不覚心開神悟。恍若暫生。
遂与共論音声之趣、辞甚清辯。」
謂中散曰:「君試以琴見与。」
乃弾広陵散。便従受之。果悉得。
中散先所受引、殊不及。与中散誓、不得教人。
天明、語中散。
「相与雖一遇於今夕、可以遠同千載、於此長絶。」
不勝悵然。(出霊鬼志)
●書き下し文
稽康は灯下(とうか)に琴を弾き、忽(たちまち)ち一人 有りて、
長(たけ)は丈餘(じょうよ)にして、黒の単衣(たんい)と
革帯(かわおび)とを著(つ)く。
康(こう)は熟(つらつら)之を視て、
乃(すなわ)ち火を吹きて之を滅(めっ)して曰(いわ)く:
「魑魅(ちみ)と与(とも)に光を争うを恥(は)ず。」と。
嘗て行きて、洛(らく)を去ること数十里、
亭(てい)有り名は月華(げっか)という。
此の亭に投じて、人を殺すに由来(ゆらい)して、
中散(ちゅうさん)の心神(しんしん)は蕭散(しょうさん)として、
了(つい)に懼(おそ)るるの意(い)無(な)し。
一更に至りて琴を操り、先ず諸弄(しょろう)を作す。
雅声(がせい)逸奏(いっそう)し、空中に善(ぜん)と称(しょう)するあり。
中散(ちゅうさん)は琴を撫して之を呼びて、
「君は是れ何人か?」と。
答えて云わく、
「身は是(こ)れ古人にて、此(ここ)に幽没(ゆうぼつ)す。
君の琴を弾くを聞きて、音曲(おんぎょく)は清和(せいわ)し、
昔 好む所なり。故に来たりて聴くのみ。
身は不幸にして非理(ひり)にして就(すなわ)ち終わり、
形体(けいたい)は残毀(ざんき)し、
君子(くんし)に接見(せっけん)するに宜(よろ)しからず。
然るに君の琴を愛すること、当に相い見るべきを要む、
君よ之を怪しみ噁(いか)る勿れ。君は更に数曲を作るべし。」と。
中散は復た琴を撫すを為し、節(ふし)を撃つ。
曰く:「夜は已に久し。何ぞ来らざるや?形骸(けいがい)の間、
復た何ぞ計るに足らん?」 乃(すなわ)ち手に其の頭(こうべ)を挈(さ)げて曰く:
「君の琴を奏(そう)するを聞き、 覚えずして心は開き
神(しん)は悟(さと)る。恍(こう)として暫く生ずるが若し。
遂に与(とも)に共(とも)に音声(おんせい)の趣(おもむき)を論じ、
甚(はなは)だ清辯(せいべん)を辞(の)べん。」
中散に謂いて曰く:
「君よ試みに琴を以て与(とも)に見(まみ)えん。」と。
乃ち『広陵散(こうりょうさん)』を弾く。
便ち従いて之を受く。果して悉(ことごと)く得たり。
中散が先に受くるところを引くも、殊に及ばず。
中散と誓いて、人に教うるを得ず。
天明(てんめい)に、中散に語る。
「相い与(とも)に一たび今夕(こんせき)に遇(あ)うと雖(いえど)も、
遠きを以て千載(せんざい)を同(とも)にし、
此(ここ)に於(おい)て長(なが)く絶(た)えん」と。
悵然(ちょうぜん)たるに勝(た)えず。
(『霊鬼志(れいきし)』に出(い)ず)
●現代語訳
稽康(けいこう)は灯りの下で琴を弾いていると、
知らないうちに一人の人が出てきました。
その人影の背の高さは一丈(いちじょう: 2m25cm)を超えていて、
黒の単衣(ひとえ)の着物を着て、革帯(かわおび)とを
身につけていました。
稽康(けいこう)はじっくりとこの人の姿を視て、
その後に灯りの火を吹き消して、次のように言いました。
「山林に住む怪物と一緒になって光を奪い合うのは恥ずかしいことだ」と。
稽康は以前外出して、洛陽(らくよう)の都を数十里ほど離れて行くと、
月華(げっか)という名前の休息所がありました。
この休息所に泊まって、人を殺して以来、
稽康の気持ちはなおもさっぱりとしてわだかまりを持たず、
今まで物事を恐れる気持ちを持っていませんでした。
日没になってまもなくの頃に、稽康は琴を演奏して、
最初にいろんな音の節や調子を試しに弾いていました。
上品で正しい音楽を声高らかに歌っていた時、
空中に芸を学んだ人と自称する人影がありました。
稽康は琴を手で押さえながら、その人影に呼びかけました。
「あなたは一体誰なのですか?」と。
その問いかけに人影は答えました。
「私は既に死んでいる存在です。以前この場所で死にました。
あなたが琴を弾くのを聞いて、その音楽は、声はとても澄んで、
それそれの音が調和しているのがわかります。
そういう音楽を生前は好んでいたのです。
だからここに聞きに来たのです。
私は生きていることは不幸であって、さらに世の中の道理や
人の情に合わないままに終わってしまい、 肉体は傷ついて壊れてしまい、あなたのような修養の出来た
立派な方に招かれて近づくのにふさわしくない状態なのです。
しかしあなたが琴を愛している様子に、
見に行った方がよいと思うようになりました。
ですからあなたは私の存在を怪しく思って、
喉がつかえて声が出ないほどに怒らないで欲しいのです。
あなたにさらに数曲を演奏して欲しいのです。」と。 それで稽康は再び琴を押さえながら、拍子を取っていました。
そして次のように言いました。
「既に夜が更けて大分時間が経っています。
どうしてこちらへ来ないのですか?
外見の違いなど、どうして考える必要があるでしょうか」
するとその人影が、手に自分の首を持ってやってきて言いました。
「あなたが琴を演奏するのを聞いて、私は気分が明るくなって
心がすっきりと目覚めてきました。うっとりした気持ちが
しばらくの間存在するかのようです。私はこの気分のままで、
音楽の高い境地について論じ合って、
大いに風流な言葉を語り合いましょう」
と。そしてさらに稽康に言いました。
「試しにお互いに琴を持って会いましょう」
と。すると『広陵散(こうりょうさん)』という曲を弾きました。
稽康がすぐにそれに従って演奏し、その結果きちんと
修得することができました。
それから稽康が先ほど教えられたものを再び演奏しようとしても、
今までのようにはできませんでした。
稽康と約束して、人に教えることもできませんでした。
夜明けの頃に、稽康に言いました。
「もう一度今日の夜に再び会ったとしても、
千年ほどの遠い将来にしか一緒に演奏することはできません。
ここでこの音楽は長い間絶えてしまうでしょう。」
稽康は恨めしい気持ちをこらえることが出来ませんでした。
(この話は『霊鬼志(れいきし)』という物語に出て来ます)
●語注
※丈(じょう): 長さの単位で、古代中国の周の時代には、
一尺(いっしゃく: 2.25cm)の十倍で、225cm です。
二メートル二十五センチの長さですね。
※単衣(たんい): ひとえの着物のことです。
※魑魅(ちみ): 山林の精気から生まれるという怪物のことです。
顔は人で身体は獣の姿で、よく人を迷わせると言われています。
※由来(ゆらい): ある物事が発生してから今までの経過のことです。
※中散(ちゅうさん):稽康(けいこう)は中散大夫(ちゅうさんたいふ)
という官職にまでなったために、稽康を指す言葉として使われています。
※蕭散(しょうさん):気持ちがさっぱりとしてこだわりのないことです。
※一更(いっこう): 日没から夜明けまでの時間を五つに分けた
五更(ごこう)の一番目のことです。初更(しょこう)とも言います。
※諸弄(しょろう): 各種の音楽の節や調子のことです。
※雅声(がせい): 上品で正しい音楽のことです。
※逸奏(いっそう): 「高唱(こうしょう)」、つまり声高らかに歌うことです。
※善(ぜん):実はここでは、「芸を学んだ人」を指します。
これは儒学の経典の一つで礼儀作法や儀式をまとめた
『礼記(らいき)』の中の「少儀(しょうぎ)」という巻が原典だそうです。
(この『礼記』の一節は解説の所で訳しています。)
※幽没(ゆうぼつ): 死亡することです。
※音曲(おんぎょく): 音楽のことです。
※清和(せいわ): 声が際だって澄んで、調和が取れていることです。
※非理(ひり): 「非道(ひどう)」、つまり、道理や人の情に
合わないことです。
※形体(けいたい): 肉体のことです。
※残毀(ざんき): 物を傷つけて壊すことです。
※接見(せっけん): 目上の人が相手を呼び寄せて会うことです。
※撃節(げきせつ、ふしをうつ): 拍子を取ることです。
※形骸(けいがい): 外見のことです。
※開心(かいしん、こころをひらく): 気分が明るくなることです。
※清辯(せいべん): 風流な言葉のことです。
※天明(てんめい): 早朝の明け方のことです。
※千載(せんざい): 千年ほどの長い将来のことです。
※悵然(ちょうぜん): 恨めしい気持ちのことです。
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竹林の七賢
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