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以下、「嵇康(けいこう)」を「稽康」と表記しています。
これはいろんな環境でもきちんと人名を表示するための措置です。
竹林の七賢の一人、稽康(けいこう)の漢詩の『憂憤詩(ゆうふんし)』の
訳のラストの四回目です。ようやく翻訳が完了して嬉しいです。
老荘を学ぶ稽康(けいこう)自身の人生を詠みながら、
「幽憤(ゆうふん)」、つまり当時の世の中への人知れぬ
憤りの気持ちを込めた詩です。
このページは原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事です。
解説については以下の記事を見て下さい。
解説の記事
コメント欄は解説の記事に設けてあります。
この点について、ご了承願います。よろしくお願いいたします。
●原文:
幽憤詩 其の四 (晋) 稽康
古 人 有 言, 善 莫 近 名。 奉 時 恭 默, 咎 悔 不 生。
萬 石 周 愼, 安 親 保 榮。 世 務 紛 紜, 祗 攪 予 情。
安 樂 必 誡, 乃 終 利 貞。 煌 煌 靈 芝, 一 年 三 秀。
予 獨 何 爲, 有 志 不 就。 懲 難 思 復, 心 焉 内 疚。
庶 勗 將 來, 無 馨 無 臭。 采 薇 山 阿, 散 髪 巖 岫。
永 嘯 長 吟, 頤 性 養 壽。
●書き下し文:
古人(こじん) 言(ものい)うこと有り、善(よ)く名に近づく莫(なか)れと。
時を奉(う)けて恭黙(きょうもく)すれば、咎悔(きゅうかい) 生ぜず。
万石(ばんせき)は周慎(しゅうしん)し、
親(おや)を安(やす)んじて栄(えい)を保(たも)つ。
世務(せいむ) 紛紜(ふんうん)として、
祗(た)だ予(わ)が情を攪(みだ)す。
安楽(あんらく) 必ず誡(いまし)め、
乃(すなわ)ち利貞(りてい)に終わらん。
煌々(こうこう)たる霊芝(れいし)、
一年(ひととせ) 三(み)たび秀(ひい)ず。
予(われ)は独(ひと)り何為(なんす)れぞ、
志(こころざし) 有るも 就(つ)かざるや。
難(なん)に懲(こ)りて復(ふたた)びするを思(うれ)い、
心は内に疚(やま)しければなり。
庶(こいねが)わくは将来に勗(つと)め、
馨(かお)ること無く 臭(にお)うこと無(な)からん。
山阿(さんあ)に薇(わらび)を采(と)り、髪を巌岫(がんしゅう)に散らす。
永(なが)く嘯(うそぶ)き長く吟(ぎん)じ、
性を頤(やしな)い寿(じゅ)を養(やしな)わん。
●現代語訳:
昔の人は、こう言っていました。
「世の中の名誉には近づかない方がよい」と。
天の運命に従って、口数を少なくして慎み深くしていると、
咎(とが)めや後悔が生まれることは無いのです。
かつて臣下としての最高の地位である三公(さんこう)にいた人々は
あらゆる所に注意を行き届かせて言動を慎重にして
さらに父母に孝行をして養って父母を安心させて、
一家の繁栄を保っていたのです。
今の世の中でしなければならない物事は複雑に入り組んでいるために、
単に私の心を乱しているだけなのです。
のんびりとして楽しむ気持ちは必ず戒めていき、
そうして最後には「利貞(りてい)」、つまり
物事の正しい道理をきちんと守っていくことで、
世の中の正しい筋道に従いながら、
きちんと世の中の状況に合うようになるのです。
きらきらと光り輝く霊芝(れいし)というめでたいしるしのキノコは、
一年に三度も伸びて出てくるのです。
その一方で、私は一体どうして、
もともとのこうしたいという気持ちはあっても、
行動を開始することがないのかと言いますと、
状況の難しさに懲りてしまって、
もう一度過ちを犯してしまうのではないかと心配になって、
心の中で後ろめたく思うからです。
願うことならばこれから先は真面目に働いて、
花の香りのように周囲の注目を引くこともなく、
かといって悪臭のように人の迷惑にもならないようにしたいのです。
山道の入り組んだところで蕨(わらび)を取って食糧にし、
岩山に住んで髪の毛を振り乱す、そんな生活を送り、
声を細く長く出しながら人を恨みながらも慕うような悲しい気持ちを
詩に詠む、そんな自分の身を養う方法を実践しながら、
生まれつきに持っているよい性質を養い育てながら、
健康に注意をして長く生きていきたいのです。
●語注:
※古人(こじん): 昔の人のことです。
※奉時(ほうじ、ときをうく): 天が降(くだ)す運命に従うことです。
※恭黙(きょうもく): 口数が少なくて慎み深いことです。
※咎悔(きゅうかい): とがめと後悔のことです。
※万石(ばんせき): 漢の時代の「三公(さんこう)」のことです。
この官職にある人の給料の大きさから来ています。
※三公(さんこう): 臣下の身分での最高の三つの官職のことです。
漢の時代では、天子(てんし: 皇帝)を輔佐する最高の官職の
丞相(じょうしょう)、軍事を司る官の長官である大尉(たいい)、
官吏を監督して取り締まる役所の御史台(ぎょしだい)の長官の
御史大夫(ぎょしたいふ)の三つです。
※周慎(しゅうしん): 注意を行き届かせて慎重にすることです。
※安親(あんしん、おやをやすんじる): 父母に孝行をして養い、
父母を安心させることです。
※保栄(ほえい、えいをやすんじる): 家の繁栄を保つことです。
※世務(せいむ): 国や社会の現状から、今しなければならない
任務のことです。
※紛紜(ふんうん): 複雑に入り混じっていることです。
※安楽(あんらく): のんびりとして楽しむことです。
※煌々(こうこう): きらきらと光り輝いていることです。
※霊芝(れいし): めでたいしるしのキノコのことです。
※何為(なんすれぞ): 「どうして〜なのか」という意味です。
※将来(しょうらい): これから先の時のことです。
※山阿(さんあ): 山道が曲がって入り込んだところです。
山の隈(くま)のことです。
※巌岫(がんしゅう): 「巌窟(がんくつ)」、つまり岩穴のことです。
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