玄齋詩歌日誌

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この記事はモンゴルのチンギス・ハーンに仕えた耶律楚材が詠んだ
菊の漢詩の記事の前半部分です。
 
この前半部分では、その漢詩の原文と書き下し文と
語注を書いています。現代語訳と詳しい解説については、
次の後半の記事を参照して下さい。コメント欄も後半の方にあります。
 
 後半の記事
 
 
以上のこと、ご了承願います。
よろしくお願いいたします。
 
 
 
●原文:
 
 
 「和黄華老人題献陵呉氏成趣園詩」 (元) 耶律楚材

雪 溪 詞 翰 輝 星 斗、  紙 蠹 鹿 家 詩 一 首。
 
湛 念 揮 墨 試 続 貂、  囁 嚅 使 人 難 出 口。
 
丁 年 彭 澤 解 官 去、  遨 遊 三 徑 眞 三 友。
 
悠 然 把 菊 見 南 山、  暢 飲 車 籬 醉 重 九。
 
獻 陵 呉 氏 治 荒 園、  成 趣 爲 名 良 可 取。
 
養 高 不 肯 事 主 侯、  閑 臥 林 泉 了 衰 朽。
 
今 年 扈 従 過 秦 川、  可 憐 尚 有 蕭 条 柳。
 
歸 計 甘 輸 呉 子 先、  麗 詞 已 後 黄 華 手。
 
知 音 誰 聽 斷 弦 琴、  臨 風 痛 想 紗 巾 酒。
 
嗟 乎 世 路 聲 利 人、  不 知 曾 憶 淵 明 否。
 
 
 
●書き下し文:
 
 
題: 「黄華老人(こうかろうじん)の献陵(けんりょう)の
  呉氏(ごし)の成趣園(せいしゅえん)を題する詩に和(わ)す」
 
雪渓(せっけい)の詞翰(しかん) 星斗(せいと)を輝(かがや)かし、
紙蠹(しと)の鹿家(ろくか) 詩一首。
 
湛念(たんねん) 墨を揮(ふる)いて続貂(ぞくちょう)を試み、
囁嚅(しょうじゅ) 人をして口に出ること難(かた)からしむ。
 
丁年(ていねん)の彭沢(ほうたく) 官(かん)を解(と)きて去り、
三径(さんけい)に遨遊(ごうゆう)する真(しん)の三友(さんゆう)。
 
悠然(ゆうぜん)と菊(きく)を把(と)りて南山(なんざん)を見、
東籬(とうり)に暢飲(ちょういん)して重九(ちょうきゅう)に酔う。
 
献陵(けんりょう)の呉氏(ごし) 荒園(こうえん)を治(おさ)め 、
趣(おもむき)を成して名を為(な)し良(まこと)に取るべし。
 
高きを養(やしな)いて肯(あ)えて王侯(おうこう)に事(つか)えず、
林泉(りんせん)に閑臥(かんが)して衰朽(すいきゅう)に了(おわ)る。
 
今年(ことし) 扈従(こじゅう)して秦川(しんせん)を過(よぎ)り、
憐(あわ)れむべし尚(なお) 蕭条(しょうじょう)の柳(やなぎ)有るを。
 
帰計(きけい) 甘(あま)んじて呉子(ごし)の先(せん)を輸(いた)し、
麗詞(れいし) 已(すで)に黄華(こうか)の手に後(おく)る。
 
知音(ちいん) 誰か聴かん断弦(だんげん)の琴を、
風に臨(のぞ)みて想(おも)いを痛(いた)ましむ紗巾(さきん)の酒。
 
嗟乎(ああ) 世路(せろ)の声利(せいり)の人、
知らず曾(かつ)て憶(おも)うは淵明(えんめい)なるや否(いな)やを。
 
 
 
●語注:
 
 
※雪渓(せっけい): 雪で覆われた谷のことですが、
  ここでは金の王朝の時代の文人で
  書家・画家の王庭筠(おうていいん)のことです。
 
※詞翰(しかん): 文人の持つ筆や、文人の書のことです。
 
※星斗(せいと): 北斗七星のことです。
 
※紙蠹(しと): 書物や衣服を食い荒らす「きくいむし」という虫のことです。
  読書家という意味の「本の虫」の意味でも使われます。
 
※湛念(たんねん): 耶律楚材の号である「湛念居士(たんねんこじ)」
  を指しています。耶律楚材は禅にも通じていたそうです。
 
※続貂(ぞくちょう): 他人の立派な仕事を受け継ぐことの謙遜した
  表現です。りっぱなもののあとに粗悪なものが続くことを指します。
  「貂」は、貂蝉(ちょうぜん: テンの尻尾でつくった
  側仕えの家臣の冠の飾り)のことで、転じて、高位の人を指します。
  晋(しん)の趙王倫(ちょうおうりん)の一族一党が、時の皇帝の
  ひいきによってみな高位についていき、あまりに人数が多いので
  テンの飾りが足らず、犬の尾で代用したと、
  晋(しん)の時代の歴史書の『晋書』趙王倫伝にあります。

※囁嚅(しょうじゅ):耳もとで、ひそひそ、ねちねちと
  歯切れ悪く話す様子を指します。
 
丁年(ていねん): 成人の年齢に達した男性のことです。
 
※彭沢(ほうたく): 東晋(とうしん)の時代の詩人である
  陶淵明(とうえんめい)のことです。彼は一時期に
  彭沢(ほうたく)の県令(県知事)になったことから
  そう呼ばれています。
 
※陶淵明(とうえんめい): 陶潜(とうせん)(325〜427)の字(あざな)です。
  東晋の自然詩人です。潯陽(江西省九江)の人です。五柳先生と
  自称し、世に靖節先生と呼ばれました。彭沢(ほうたく)の県令に
  なりましたが、八十余日で辞職し、「帰去来辞(ききょらいのじ)」を
  作りました。酒と菊を愛し、田園生活の実感を詩に描きました。
  後世の文学に与えた影響の大きい人です。
 
※三径(さんけい): 前漢の隠者である蒋詡(しょうく)が庭に三つの道、
  つまり三径(さんけい)を作って、それぞれに松と菊と竹を
  植えたという故事から、隠者が住んでいる家の庭を指します。
 
※遨遊(ごうゆう): 気ままにたのしむことです。
 
※三友(さんゆう): 『論語』の季氏篇にある、
  三つの益のある友という意味を援用したものだと思います。
 
※悠然(ゆうぜん): のんびりとすることです。
 
※南山(なんざん):江西(こうせい)省の九江(きゅうこう)市の
  南部にある「廬山(ろざん)」のことです。すごい名山です。
 
※東籬(とうり): 「垣根の東」という意味ですが、
  菊や陶淵明を登場させるための舞台装置となる言葉です。
  陶淵明の『飲酒 其五』に出てくる言葉です。
 
※暢飲(ちょういん): 好きなだけお酒を飲むことです。
 
※重九(ちょうきゅう): 九月九日の重陽(ちょうよう)の節句のことです。
  この日には、高い丘に登って、、茱萸(しゅゆ: かわはじかみ)の
  実のついた枝を頭にさして、菊の花を浮かべた酒を飲んで
  邪気を除く行事が行われました。九は、易では陽のめでたい数を
  示しています。重九や重陽は九が重なるという意味です。
 
※献陵(けんりょう)の呉氏(ごし): 金の王朝の時代に
  献県(けんけん)にいた隠者(俗世間から隠れ住む賢者)の
  梁子直(りょうしちょく)のことです。ここに田畑を買い、
  成趣園(せいしゅえん)という庭園を造って、
  陶淵明を真似て隠れ住んでいました。
 
※荒園(こうえん): 荒れ果てた土地のことです。
 
※養高(ようこう、たかきをやしなう): 高い志を養うことです。
 
※王侯(おうこう): 身分の高い人のことです。
 
※林泉(りんせん): 俗世間から離れた土地のことです。
 
※閑臥(かんが): 静かに寝て暮らすことです。
 
※衰朽(すいきゅう): 年を取って体が衰えることです。
 
※扈従(こじゅう): 天子(てんし: 皇帝)のそばに付き従うことです。
 
※秦川(しんせん): 長安の都を流れる渭水(いすい)の川のことです。
  ここは唐の王維(おうい)の有名な別れの詩である
  「元二(げんじ)の安西(あんせい)に使(つか)いするを送る」
  の詩が歌われた所でも有名です。そこに生えている柳は
  別れの象徴です。
 
※蕭条(しょうじょう): もの寂しいことです。
 
※帰計(きけい): 官職を辞めて隠居をする計画のことです。
 
※輸(いたす): 全力で取り組むことです。
 
※麗詞(れいし): 美しい詩歌(しいか)のことです。
 
※黄華(こうか): 黄華老人(こうかろうじん)と言われた、
  王庭筠(おうていいん)のことです。
 
※王庭筠(おうていいん): (1151〜1202)宋の時代に北方から攻めてきた
  女真族の国である金の文人で書家で画家のすぐれた人物です。
  権力争いの激しい金の宮廷の中で妨害にあったので、
  自分の官職の任期が終わると辞表を提出し、
  黄華山寺(こうかさんじ)というお寺の近くに田畑を買って
  読書しながら気ままに暮らし、号を「黄華老人(こうかろうじん)」
  とした人です。
 
※知音(ちいん): 春秋戦国時代に、琴の名手の伯牙(はくが)の弾く
  琴の音を聴いて、親友の鍾子期(しょうしき)が伯牙の心境を
  理解したことから、音楽を理解する者という意味から転じて、
  心をよく理解しあった親友のことです。
 
※断弦琴(だんげんのきん): 先ほどの話の続きで、その後に
  鍾子期(しょうしき)が病気で死んでしまうと、伯牙は
  弦を断ち切って二度と琴を弾くことが無かったという話から、
  そんな親友は滅多にいない、ということを示す言葉です。
 
※紗巾(さきん): 薄絹(うすぎぬ)の布のことです。
 
※嗟乎(ああ): 「ああ」、嘆いて発する声です。
 
※世路(せろ): 世の中を生きていく方法のことです。
 
※声利(せいり): 世間の評判と利益のことです。
 
※淵明(えんめい): 語注の「陶淵明」を参照して下さい。
 
※否(〜なるやいなや): 「〜かどうか」という意味です。
 
 
 
以下、後半へ続きます。
 
 後半の記事
 

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