玄齋詩歌日誌

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最初に申し上げておきます。普段、漢詩や漢文になじみのない方、
あるいは、漢詩や漢文に苦手意識を持たれている方は、
この記事の「●現代語訳(意訳)」の部分から読んでみて下さい。
 
私は漢詩や漢文で最も大切なのは、
「そこに何が書かれているか」ということだと考えています。
私は常にその部分に気をつけて現代語訳と解説を書いています。
どんな人にも分かりやすく説明をすることを第一に考えています。
 
 
イメージ 1
夜空
Illusrtated by : 六花工房
http://www.s-nanto.com/snow/
 
 
 
『老子』の第四章の翻訳の後半です。
合計で 5,000 文字を超えていますので、
記事を前半と後半の二つに分けています。
 
この後半は個々の文章への解説の続きと現代語訳(意訳)と、
さらに感想を述べた部分です。
 
前半では原文と書き下し文と、個々の文章への解説の前半部分です。
 
 前半の記事
 
 
コメント欄は、この後半の記事の方にのみ設けています。
 
以上の点についてご了承願います。宜しくお願いいたします。
 
 
 
●前半の解説の続きです:
 
 
七章の後半部分に入ります。

「是以聖人、後其身而身先、外其身而身存。」
 
 
「是(ここ)を以(もっ)て聖人(せいじん)は、」
 
長い間に命を長らえさせることはできないけれども、
聖人はそんな自分というものを持たない天地を見習って、
欲望を少なくしていく中で、
 
「其の身(み)を後(あと)にして而(しか)れども身は先(さき)んじ、
 其の身を外(そと)にして而れども身は存(そん)す。」
 
 
直訳をしてしまうと、「自分自身を人の後ろに立たせておいても、
かえって自分自身が前に出ることになる・・・」などという変な風になって、
一見矛盾するようですが、
 
この部分も清の魏源(ぎげん)の註釈を引きます。
 
 
(原文)
 
聖人、処柔処下。本以先人而後其身也。而人愈貴之。
 
寡欲無求。本以利人而外其身也。而人愈不害之。
 
 
(書き下し文)
 
聖人は、柔(じゅう)に処(お)りて下(ひく)きに処(お)る。
 
本(もと)より以(もっ)て人を先にして
其(そ)の身(み)を後(あと)にするなり。
而(しこ)うして人は愈々(いよいよ)之(これ)を貴(たっと)ぶ。
 
欲(よく)を寡(すく)なくして求(もと)むること無(な)し。
本より以て人を利(り)して其の身を外(そと)にするなり。
而(しこ)うして人は愈々(いよいよ)之(これ)を害(がい)せず。
 

(現代語訳)
 
徳と知恵に優れた聖人は、言動はおだやかで、
へりくだった態度でいます。
ですから聖人はもともと、人を先に行かせて自分をあとにするのです。
だからこそ人々はこの聖人を尊重するのです。
 
さらに聖人は欲望が少なくて欲望から何かを求めることがないのです。
ですから聖人はもともと、自分の利益を犠牲にしても
人のために働くのです。
だからこそ人々はこの聖人に害を与えたりすることがないのです。
 
(ここまでが現代語訳です)
 
 
ですから、
「其(そ)の身(み)を後(あと)にして
 而(しか)れども身は先(さき)んじ」は、
 
つまり、聖人はおだやかな言動で謙虚であるからこそ、
相手は聖人の人柄を認めて尊重し、
 
「其の身を外(そと)にして而れども身は存(そん)す」
 
聖人は自分の利益を犠牲にしてまで人のために働くからこそ、
相手はそれに感謝をして、聖人に害を与えるということがないのです。
となります。意味を丹念に調べていくことで、
決して権謀術数を示すようなものにはならないのです。
 
 
「非以其無私邪、故能成其私。」
 
「其(そ)の私(わたくし)無きを以(もっ)てに非(あら)ずや、
故(ゆえ)に能(よ)く其の私(わたくし)を成(な)す」
 
「其(そ)の私(わたくし)無きを以(もっ)てに非(あら)ずや」、
 
それは聖人が「私(わたくし)」、つまり「自分一人のわがまま勝手な考え」
がないからではないでしょうか。
 
「故(ゆえ)に能(よ)く其の私(わたくし)を成(な)す」
 
ここの「私(わたくし)」は、先ほど言った意味での「私(わたくし)」では
もちろんありません。そのような自分勝手な私欲を満たすものを
老子は決して教えたりはしないのです。
 
ここでは北宋(ほくそう)の詩人の蘇軾(そしょく)の弟である
蘇轍(そてつ)の註釈では、
 
 
(蘇轍の註釈の原文)
 
彼其無私、非求以成私也。而私以之成道、則固然耳。
 
 
(蘇轍の註釈の書き下し文)
 
彼(か)の其(そ)の私(わたくし)無きは、
私(わたくし)を成(な)すを求(もと)むるに非(あら)ず。
 
而(しか)るに私の之(これ)を以(もっ)て道(みち)を成すは、
則(すなわ)ち固(もと)より然(しか)るのみ。
 
 
(蘇轍の註釈の現代語訳)
 
知恵と徳にすぐれた聖人(せいじん)は、「私(わたくし)」が
ないわけですから、聖人が自分勝手な考えを成就させるということを
求めるわけではないのです。
 
聖人が自分の意思により道、つまり自然の道理に従って
きちんと行動をなし遂げるということなのです。
 
つまり本来当然のことを言っているのに過ぎないのです。
 
(ここまでが蘇轍の註釈の現代語訳です)
 
 
つまり、「故(ゆえ)に能(よ)く其の私(わたくし)を成(な)す」とは、
 
聖人は私が無く日々をきちんと過ごして職務に励むことによって、
自然の道理、つまりその時々の状況が必要とする道理に
きちんと行動を合わせることができて、それぞれの人の
日常の中で追求する「道」を成就させることができる、ということです。
 
ここで、日常の中で追求する「道」というのは、詩人であれば詩歌、
書道家であれば書道、社会人であればそれぞれの人の個々の仕事、
そういうものが特別にはない人でも日々の生活を工夫して
きちんと生きること、これらすべてを「道」というのです。
 
欲を少なくして日常の努力を重ねて生きること、
そうすることでそれぞれの人の日常をよりよく生きることができる、
ということです。
 
以上をまとめると、以下のような現代語訳(意訳)になります。
 
(今までの文章と重複します)
 
 
 
●現代語訳(意訳):
 
 
天は長い時間を経て、大地は長い時間持ちこたえて、
どちらも長い命を保っています。
 
天地がよく長い時間を持ちこたえる、その理由は、
自分が生きている事を他のものよりもえこひいきをして
優先させることがないからです。
 
知恵と徳にすぐれた聖人(せいじん)は、
そんな天地にならって行動をしていますが、
だからと言って、天地のような長生きができるような
話にはならないのです。
天地と人とは、本質的に異なるからです。
 
そんな天地と、人との違いはどこにあるのでしょうか。
 
それは、人はたとえ聖人であっても、
「自分」というものをなくすことができない、ということです。
 
人が自分の生命を養うには、物が必ず必要なのです。
どんなに無欲な聖人であっても、何かを食べなければ
生きていけないのです。
 
人が自分の身を保とうとするのであれば、自分の生命をきちんと
大切にしなければならないのです。
たとえ聖人であっても、病気から身を守る必要があるのです。
 
無欲とされる聖人であっても自分の命を保つために物を必要として、
自分の身をきちんと大切にしないといけない、ということです。
人はどこまで行っても「自分」から離れることはできないのです。
 
 
では欲望が少なくなること、聖人が天地を見習うように
無欲に近づくことは、意味がないのでしょうか。
もちろんそんなことはありません。
欲望を少なくすることで、多くの効用があるのです。
ここに一つの効用の例を示します。
 
聖人はおだやかな言動で謙虚であることを心掛けることで、
相手は聖人の人柄を認めて尊重し、
 
聖人は自分の利益を犠牲にしてまで人のために働くことで、
相手はそれに感謝をして、聖人に害を与えるということがないのです。
 
 
このような効用があるのは、それは聖人が「私(わたくし)」、
つまり「自分一人のわがまま勝手な考え」がないからではないでしょうか。
 
だからこそ聖人は自分一人の勝手な考えを持たずに
日々をきちんと過ごして職務に励んでいるのです。
 
そうすることで、自然の道理、つまりその時々の状況が必要とする道理に
きちんと行動を合わせることができて、それぞれの人の日常の中で
追求する「道」を成就させることができる、ということです。
 
ここで、日常の中で追求する「道」というのは、詩人であれば詩歌、
書道家であれば書道、社会人であればそれぞれの人の個々の仕事、
そういうものが特別にはない人でも日々の生活を工夫して
きちんと生きること、これらすべてを「道」というのです。
 
 
欲を少なくして日常の努力を重ねて生きること、
そうすることでそれぞれの人の日常をよりよく生きることができる、
そのように私(老子)は考えているのです。
 
 
 
●感想:
 
 
できる限り丹念に学者の説を調べて訳を進めたい、
そう思って長い時間がかかりました。
ようやくこの章を訳すことができてほっとしています。
 
これからもきちんと種々の註釈を調べながら、
僕自身が納得する訳に仕上げていこうと思います。
 
 
これから今月の課題詩も含めて、連続して漢詩を作ってきます。
翻訳が続いていましたので、どんどん漢詩を作りたくなってきました。
今月もきちんと頑張ります。

閉じる コメント(48)

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☆ 本の扉のチャッチコピーです(^^ゞ



『動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。
ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの総エネルギー使用料は、サイズによらず同じなのである。』

2012/3/19(月) 午後 9:43 [ 56rinyahoo ]

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心に響く言葉ですね・・・
出来そうでそう簡単には出来ません・・・
日々修練です

2012/3/20(火) 午前 8:58 [ 夢想miraishouta ]

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玄さんの教養を発揮していただいて、銘に適当は「言葉」を考えてください
日本、中国を問わず、茶碗、皿、・・・などに銘をつけて、自分で箱書きしようと思っているのです
たくさんの銘が欲しいですねー・・・
どうぞよろしく!

2012/3/20(火) 午前 9:02 [ 夢想miraishouta ]

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この記事で言うなら、「聖人」なんか銘になりそうですね・・・
嫌味になるかも知れませんが、響きのよい言葉だとおもいます

2012/3/20(火) 午前 9:05 [ 夢想miraishouta ]

56rinyahoo さん、コメントありがとうございます。

> 玄齋さんは「ゾウの時間 ネズミの時間」(本川達雄・中央公論新社刊)
> という著書を読まれたことがありませんか。

読んだことがないですね。。。僕の読書は偏っていますので、
読んでいない本の分野が多いです。ベストセラーの類は読んだこともないです。

56rinyahoo さんのご説明の範囲から、論証を考えてみますね。
工学部出身ですので、昔を思い出して何とか頑張ります。

(その2へ続く)

2012/3/20(火) 午前 9:16 白川 玄齋

(その2)

> 『動物のサイズが違うと機敏さが違い、寿命が違い、総じて時間の流れる
> 速さが違ってくる。行動圏も生息密度も、サイズと一定の関係がある。
>
> ところが一生の間に心臓が打つ総数や体重あたりの
> 総エネルギー使用料は、サイズによらず同じなのである。』

「心臓を打つ総数」、つまり「一分間の脈拍 × 寿命」が同じで、
「体重当たりの総エネルギー使用量」、つまり、
「その動物の総エネルギー使用量 ÷ その動物の重量」が
同じだということになりますね。

ネズミの脈はとても速く、ゾウの脈はとても遅い、
そういうことがうかがえますね。

いろんな本があって面白いですね。
僕も少しずついろんな事を学んでいきたいなと思います。
今日もきちんとがんばっていきます。

2012/3/20(火) 午前 9:17 白川 玄齋

夢想miraishouta さん、コメントありがとうございます。

欲望を抑えることと、おだやかで謙虚な言動、人への献身、
僕自身でこの三つを列挙する中で、まだ実行の難しいものが
あるなといつも反省させられます。
相手のためと言いながら、本当に相手のためになっているか、
相手に対して「してあげた」という意識を持たないようにできるか、
こういうところにきちんと力を入れていかなければと思っています。
まだ及ばないところをきちんと反省していこうと思います。

銘ですか。実際の物の写真を見ながら、きちんと考えていきますね。
いろんな銘を考えていきますね。それも楽しそうですね。
響きがよくて意味もよい、そういう言葉を探っていきます。
今日もきちんとがんばっていきます。またブログを訪問しますね。

2012/3/20(火) 午前 9:29 白川 玄齋

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たくさんありますので玄さんが考えてくれた銘から器に応じてピックアップしようと思いますのでAt Randomeにお願いします
適当で結構です
その中にいいものが必ずあるはずです
玄さんの考えてくれる銘ですからね・・・

2012/3/20(火) 午前 10:16 [ 夢想miraishouta ]

夢想miraishouta さん、コメントありがとうございます。
了解しました。では出来次第、メールでそちらに送りますので、
よろしくお願いいたします。できる限りたくさん考えます。

2012/3/20(火) 午前 10:19 白川 玄齋

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はーい!
よろしくお願い致します!

2012/3/20(火) 午前 10:28 [ 夢想miraishouta ]

夢想miraishouta さん、コメントありがとうございます。
先ほど第一弾を送信しましたので、ご確認をお願いいたします。

2012/3/20(火) 午前 11:21 白川 玄齋

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工学部専攻の玄齋さんは、数式を苦にしないので羨ましいです(^^)。

生物界には車輪(プロペラ・スクリュー)がないのですね。次のような記述も面白かったです(^^)。

≪身の回りにある道具類は、良く調べてみると、その原理は生物がとうの昔に発明していたものばかりの中で、車輪は例外的に、人類独自の偉大な薄明なんだ、と学生時代に習って、なるほどと感心した記憶がある。≫

2012/3/20(火) 午後 6:09 [ 56rinyahoo ]

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こんばんは
「欲を少なくして日常の努力を重ねて生きること、そうすることでそれぞれの人の日常をよりよく生きることができる」とありますが、何事にも欲深いテストパイロットには難しい・・・
頓宮寛先生は、如何に生きたか、恥多き人生を反省致します。

2012/3/20(火) 午後 8:59 testpilot

56rinyahoo さん、コメントありがとうございます。
あまり数式ということで数字を敬遠することが無くなっているのは嬉しいです。

スクリューは人間の発明なのですか。初めて知りました。
というよりは、もっと人間の発明の数が多いように思っていました。
案外自然をもとにしているものが多いのだなと改めて思いました。

こういうところももっと謙虚に学んでいきたいなと思います。
いつも 56rinyahoo さんのコメントが僕の刺激になっています。
ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします。

2012/3/20(火) 午後 9:41 白川 玄齋

テストパイロットさん、コメントありがとうございます。
僕も欲望や怒りを捨てきれず、落ち着いて対処できないことを
きちんと反省したいなと思います。
それと同時に、起きてしまったことは決して元に戻らない
ということをきちんと理解して、反省はしながらも、
必要以上に気にとめないようにしようと思っています。
反省点は人それぞれですね。これからもがんばっていきます。

2012/3/20(火) 午後 9:44 白川 玄齋

2012/3/20(火) 午後 9:47 の鍵つきの内緒さん、コメントありがとうございます。
明日は僕もブログを UP していきます。これからも頑張ります。

2012/3/20(火) 午後 9:54 白川 玄齋

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今日もお元気で!
寒いですけどもう終わりみたいですね

2012/3/21(水) 午前 8:00 [ 夢想miraishouta ]

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素人にも入りやすい解説有難うございます。
どれだけの勉強量なのか 想像もつきませんが、
感動をしています。嬉しいです。P!

2012/3/21(水) 午前 10:05 ある おかん

夢想miraishouta さん、おはようございます。コメントありがとうございます。
何が終わるのでしょうか。。。怖いです。。。

2012/3/21(水) 午前 10:25 白川 玄齋

ある おかんさん、おはようございます。
コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
わかりやすく訳と解説を書くために、これからもきちんとがんばっていきます。
今回は他の作業と同時にしていましたので、二週間ほどかかりました。
いろんな註釈を読んで頭の中にたたき込んだあとで、
二時間ほどで書き上げる、それを一章ごとに繰り返しています。
これからもきちんと訳していきます。
次の章もとても面白いです。楽しく訳していきます。

2012/3/21(水) 午前 10:30 白川 玄齋


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