玄齋詩歌日誌

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老子

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最初に申し上げておきます。普段、漢詩や漢文になじみのない方、
あるいは、漢詩や漢文に苦手意識を持たれている方は、
四番目の記事の現代語訳から読んでみて下さい。
 
私は漢詩や漢文で最も大切なのは、
「そこに何が書かれているか」ということだと考えています。
私は常にその部分に気をつけて現代語訳と解説を書いています。
どんな人にも分かりやすく説明をすることを第一に考えています。
 
 
イメージ 1
 
水面
Photo by : clef
http://street34.mond.jp/clef
 
この漢文は『老子』の第八章の翻訳です。
合計で 5,000 文字をはるかに超えていますので、
記事を四つに分けています。
 
 
この三つ目の記事では、個々の文章への解説のさらに続きです。
 
次の四つ目の記事では、現代語訳(意訳)と補足の部分になっています。
 
 四つ目の記事
 
 
コメント欄はその四つめの、
現代語訳と補足の記事の方にのみ設けています。
 
この点についてご了承願います。宜しくお願いいたします。
 
 
 
●解説のさらに続きです:
 
 
次です。「言善信。」は、
 
「言(げん)は信(しん)なるを善(よ)しとす。」です。
これは蘇轍(そてつ)の註釈を採用しました。
 
(原文)
 
円必施旋。方必折。塞必止。決必流。
 
(書き下し文)
 
円(えん)は必ず旋(せん)を施(もち)い、方(ほう)は必ず折(お)る。
塞(ふさ)がれば必ず止まり、決(やぶ)るれば必ず流る。
 
(現代語訳)
 
水が円を描くときは必ずぐるぐると回って描き、
四角形を描くときは必ず折れ目ができます。
 
水をせき止めると必ず流れが止まり、
そのせき止めたところが破れますと、必ずまた流れるようになります。
 
(ここまでが註釈の現代語訳です)
 
 
ここから、「言善信。」、つまり、
「言(げん)は信(しん)なるを善(よしとす
)。」 は、
 
どのような言葉が良いのかというと、
 水が円を描くときは必ずぐるぐると回って描き、
 四角形を描くときは必ず折れ目ができ、
 水をせき止めると必ず止まり、そのせき止めた部分が破れてしまうと、
 必ず流れていきます。そんな一定した流れに従って動く水のように、
 信頼のできる言葉で話すのがよいのです。」
 
という風に訳すことができます。
 
 
次です。「政善治。」「政(まつりごと)は治(おさ)まるを善(よ)しとす」
 
これは呂吉甫の註釈で、次のように解説しています。
 
(原文)
 
其派為川谷、委為清海。
 
(書き下し文)
 
其(そ)の派(わかれ)は川谷(せんこく)となり、
委(すえ)は清海(せいかい)となる。
 
(現代語訳)
 
その水の流れが分かれて谷間を流れる川となり、
そしてその先では清らかな海に流れ込むのです。
 
(ここまでが現代語訳です)
 
 
ここから、「政善治。」「政(まつりごと)は治(おさ)まるを善(よ)しとす」は、
 
「政治は水の流れが谷間の川を流れて、そしてついには清らかな海に
 たどり着くように、落ち着くところに落ち着くような、
 そんな政治をすればよいのです。」となります。
 
 
次です。「事善能。」「事は能(よ)くするを善(よ)しとす。」は、
 
呂吉甫が『老子』の第七十八章を引用しています。その部分を示します。
 
(原文)
 
天下莫柔弱于水而攻堅強者。莫之能矣。
 
(書き下し文)
 
天下は水より柔弱(じゅうじゃく)なるは莫(な)く、
而(しか)るに堅強(けんきょう)を攻めるは、
之(これ)より能(よ)くするもの莫(な)しと。
 
(現代語訳)
 
天下には水よりやわらかくて弱々しいものはないけれども、
そうでありながら、堅くて強いものを攻めるには、
水よりもうまくできるものは無いのです。
 
(ここまでが現代語訳です)
 
 
ここから、「事善能。」「事は能(よ)くするを善(よ)しとす。」は、
 
「物事を行うには、水のようにやわらかくて弱々しいけれども、
 そうでありながら、堅くて強いものをうまく攻めることができる、
 というように、あらゆる物事に適応することによって
 うまく事を運ぶようにすればよいのです。」となります。
 
 
次です。「動善時。」「動くには時(とき)なるを善(よ)しとす。」
 
呂吉甫は、『孟子(もうし)』の「離婁章句(りろうしょうく)下」の一節を
引用しています。ここにたどり着くのに三日かかりました。
何とか由来がわかって、とても嬉しいです。
 
 
(原文)
 
原泉混混。不舎昼夜。盈科而後進。
 
(書き下し文)
 
原泉(げんせん)は混混(こんこん)として、昼夜(ちゅうや)を舎(お)かず。
科(あな)を盈(み)たして而(しか)る後(のち)に進(すす)む。
 
(現代語訳)
 
わき出る水は次々に溢れて尽きることが無く、
昼も夜も関係なくわき出ていきます。
途中でくぼみに出会うとそこを水で満たしていき、
そうしてさらに進んでいくのです。
 
(ここまでが現代語訳です)
 
 
ここから、「動善時。」「動くには時(とき)なるを善(よ)しとす。」は、
 
「動くときには、わき出る水が次々に溢れて尽きることが無く、
 昼も夜も関係なくわき出ていて、途中でくぼみに出会うと
 そこを水で満たしていき、そうしてさらに進んでいく、
 そんな風に困難に出会うと、そこに柔軟に対応するような、
 その時その時に応じた動き方をすればよいのです。」
 
なります。
 
 
「夫惟不争。故無尤。」
 
「夫(そ)れ惟(た)だ争(あらそ)わず。故(ゆえ)に尤(とが)無(な)し。」
 
 
「尤」は「とが」、つまり「災いや失敗、あるいは失敗を責められること」
です。
 
これは呂吉甫の注でよくわかります。
 
 
(原文)
 
要之出于不争。而以居善地為本。故曰夫唯不争。
則天下莫能与之争。故無尤。
 
(書き下し文)
 
要(かなめ)は之(これ)を不争(ふそう)に出(いだ)し、
而(しこ)うして以(もっ)て善地(ぜんち)に居(い)るを本(もと)と為(な)す。
 
故(ゆえ)に曰(いわ)く、夫(そ)れ唯(た)だ争(あらそ)わずと。
 
則(すなわ)ち天下(てんか)に之(これ)と能(よ)く
争(あらそ)うこと莫(な)し。故(ゆえ)に尤(とが)無(な)しと。
 
(現代語訳)
 
この部分の要点は、謙譲の徳を争わないと言うところから導き出して、
それは、「善地(ぜんち)」、つまり水が最後に落ち着くような低い所に
本来高い所がふさわしいものがいることを根本とする、ということです。
 
ですから、「そもそもただ争うことがないのです」と言っているのです。
それで、天下に水と争うことのできる者はいないのです。
ですから、「失敗を責められるような事はない」となるのです。
 
(ここまでが註釈の現代語訳です)
 
以上をまとめて、以下に、本章の現代語訳(意訳)を示します。
この現代語訳の内容は、今までの文章と重複しております。
 
 
(四つ目の記事に続きます。)
 
 四つ目の記事
 

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