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最初に申し上げておきます。普段、漢詩や漢文になじみのない方、
あるいは、漢詩や漢文に苦手意識を持たれている方は、
三番目の記事の現代語訳(意訳)から読んでみて下さい。
私は漢詩や漢文で最も大切なのは、
「そこに何が書かれているか」ということだと考えています。
私は常にその部分に気をつけて現代語訳と解説を書いています。
どんな人にも分かりやすく説明をすることを第一に考えています。
この二つ目の記事では、 文章の解説の続きの部分です。
次の三つ目の記事は、現代語訳と感想の部分になっています。
三つ目の記事
コメント欄はその三つめの、現代語訳と感想の
記事の方にのみ設けています。
この点についてご了承願います。宜しくお願いいたします。 ●解説の続き:
「揣而鋭之、不可長保」
「揣(きた)えて之(これ)を鋭(するど)くするは、
長く保(たも)つべからず。」は、
「鋭くなったものを、さらに鍛えて寸法を揃えて整えるようなことをすると、
長くその状態を保つことはできないのです」
となります。
この部分は、唐の学者の蘇敬(そけい)の注釈を取りました。 (注釈の原文)
錐鋭而揣、不可保其久不折。揣者、銛之使愈鋭也。
(注釈の書き下し文)
錐(きり)の鋭(するど)くして揣(きた)うるは、
其(そ)の久(ひさ)しく折れざるを保つべからず。
「揣(し)」は、銛(もり)の愈(いよいよ)鋭(するど)からしむるなり。
(注釈の現代語訳)
錐(きり)の鋭い先をさらに鍛えて鋭くするのは、
長い間、折れないままの状態を保つことはできないのです。
「揣(し)」は、銛(もり)の先をさらに鋭くするという意味なのです。
(ここまでが注釈の現代語訳です)
器の中の水をこぼさないでいることと、
錐(きり)の先を折れないように保つこと、
その二つのたとえは、大きな財産を得たり、
大きな手柄を上げたりしたときに、
謙虚な態度を保つべきであるということを、
以下に述べていくことになります。
さらに次の文章です。
「金玉満堂、莫之能守」
「金玉(きんぎょく)堂(どう)に満つるは、之を能(よ)く守ること莫(な)し」
「金玉(きんぎょく)」とは、黄金と宝玉のことで、貴重な物のたとえです。
「金や宝玉のような貴重な物が立派な建物に一杯になるほどに
財産を蓄えても、これをうまく保ち続けることはできないのです」
となります。
この部分の注釈は唐の時代の道教の道士(どうし)である
杜光庭(とこうてい)の注釈を採りました。
(注釈の原文)
金玉珍奇、満堂潤屋、必政攻奪之害、豈能保而守之乎。
況人生有限、情欲無厭、既不救其死亡、豈得保乎金玉。
(注釈の書き下し文)
金玉(きんぎょく)は珍奇(ちんき)にして、
堂(どう)を満(み)たして屋(おく)を潤(うるお)せば、
必ず政(まさ)に攻奪(こうだつ)の害あらんとす。
豈(あ)に能く之を保ちて守らんや。
況(いわ)んや人の生は限り有り、
情欲(じょうよく)の厭(いと)うこと無ければ、
既に其(そ)の死亡(しぼう)を救わず、
豈(あ)に金玉(きんぎょく)を保つを得んや。 (注釈の現代語訳)
黄金や宝玉などの宝物はとても珍しいもので、自分の欲望を満たすために
そういうもので立派な建物を一杯にして部屋を潤すようにしていれば、
必ず、誰かがそれを攻め取ってやろうという災難に遭ってしまうのです。
だからどうして、これをよく保って守ることができるでしょうか。
ましてや人の人生には限りがあるのです。
飽きることもなく欲望の限りを尽くしていれば、
それだけですでに死をくい止めることができないのです。
そんな欲望にとらわれた状態では、
どうして貴重な宝物を安全に保つことなどできるでしょうか。
(ここまでが注釈の現代語訳です)
盗み取られる災難から免れないから、
保つことはできない、そう述べています。
「富貴而驕、自遺其咎」
「富貴(ふうき)にして驕(おご)れば、
自(みずか)ら其(そ)の咎(とが)を遺(のこ)す」
「高い身分になって、おごり高ぶるような振る舞いをすると、
自分で後世に残るような過ちを作ってしまうことになるのです」
となります。
これも明の朱元璋の注釈を採りました。
(注釈の原文です)
世之有富貴者、毎毎不能保者何。蓋為因富貴而放肆、高傲矜夸不已。
致生他事、有累身名、是自遺其咎、莫之能保也。
(注釈の書き下し文です)
世の富貴(ふうき)有る者は、
毎々(つねづね)能(よ)く保たざるは何(なん)ぞや。
蓋(けだ)し富貴(ふうき)にして放肆(ほうし)、高傲(こうごう)して
矜夸(きょうこ)することを已(や)まざるに因(よ)りて為(な)すなり。
他事(たじ)を生じるを致し、身名(しんめい)に累(わずら)わさるる有り、
是れ自ら其の咎(とが)を遺(のこ)し、之を能く保つこと莫(な)きなり。
(注釈の現代語訳です)
世の中で高い無分を持つようになった者は、
いつもそれを安全に保つことができないのはなぜなのでしょうか。
それはつまり、高い身分を持つことで思うままに振る舞って、
おごり高ぶって勝手な振る舞いを続け、
得意になって自慢をすることをやめないことによるのです。
それによって、本来関係のないような事が起こってきて、
そこから自分の名誉に関わる面倒事に
巻き込まれるようになってしまうのです。
これが自分で後世に残る過ちを作ってしまい、
高い身分を安全に保つことができない理由なのです。
(ここまでが注釈の現代語訳です)
おごり高ぶった勝手な振る舞いがいろんな面倒事をもたらして、
それをもとに過ちを犯してしまう、そういうことがわかります。
次の文章です。 「功遂身退、天之道」
「功(こう)遂(と)げて身(み)退(しりぞ)くは、天(てん)の道(みち)なり」
「手柄を上げて、身を退くのは、天の道理なのです。」
となるわけですが、ここは細かく見ていかないといけないのです。
『老子』の伝わっている本によっては、
「功成名遂身退」となっている物もありますが、
これは 1973 年の冬に湖南省の長沙市の
馬王堆(ばおうたい)という前漢の時代の墳墓の第三号漢墓から、
絹の布に書かれた二種類の『老子』のテキストが出土された、
「馬王堆帛書(ばおうたいはくしょ)」の
甲本と乙本と呼ばれたものの中には、
甲本は「功述身退」、乙本は「功遂身退」というように出てきます。
「述」は「遂」の仮借字(かしゃくじ)、つまり別の文字を借りて
言い表したものですので、「功遂身退」が旧来の文章であると
考えられます。
「功(こう)成(な)り名(な)遂(と)げて身(み)退(しりぞ)く」
「手柄をとって名声を上げて身を退く」となります。
基本的にそれほど意味は変わらないですが、
注釈の中でこのように書いていた場合も、
最終的な現代語訳では「功遂身退」に従って訳すことにします。
「身(み)退(しりぞ)く」をどう訳すかは特に考えないといけないところです。
唐の玄宗や多くの学者の注釈の多くは、
「職を退いて引退すること」としていますが、
この部分は訳している人たちの身分を考えると、
これをそのまま素直に受け取ってはいけないことがわかります。 大抵の学者は科挙(かきょ)という中央官僚の登用試験に合格して、
高級官僚として高い給料をもらっていて、
引退後も高い退職金をもらって悠々自適な生活ができるのです。
私たち庶民とは決定的に違うところです。
唐の玄宗にいたっては引退をしてもやはり皇族です。
引退後のイメージも全く違うのです。
「身を退いて安楽な生活に入るのは簡単だ」などと
解釈している学者もいますが、我々には全く縁のない考え方です。
現代の私たちにとって、引退後の第二の人生はこれもまた
苦労の多いものですから、そういう部分をきちんと考えた
そんな注釈を選ぶことにしました。
そういう注釈の一つとして、明の太祖、つまり明の初代皇帝の
朱元璋(しゅげんしょう)の注釈があります。
朱元璋は貧しい農民の子として生まれ、家族が飢え死にする中で
彼だけが生き残り、托鉢僧となって苦しい生活をして、
その後、紅巾の乱に参加してその中から頭角を現して、
ついには明の帝国を築いた人物です。
そんな人物ですから、『老子』の解釈にしても彼自身の血の出るような
苦しい体験の中から導き出された言葉による解釈になっていて、
とてもわかりやすく納得のいくものが多かった、そのように思います。
「身(み)退(しりぞ)く」という言葉も、
安易に考えていなかったことがうかがえます。
(注釈の原文)
人以功成名遂身退以戒之。功謂功大也。遂謂遂其志意已。
身退謂当謙、而勿再尚之。非退去也。
(注釈の書き下し文)
人は以(もっ)て功(こう)成(な)り名(な)遂(と)げて
身(み)退(しりぞ)け、以(もっ)て之(これ)を戒(いまし)むる。
「功(こう)」は功の大なるを謂(い)うなり。
「遂(すい)」は其の志意(しい)を遂(と)げるを謂うのみ。
「身(み)退(しりぞ)く」は当(まさ)に謙(けん)にして
再び之(これ)を尚(とうと)ぶこと勿(な)かるべきを謂(い)う。
退去(たいきょ)するに非(あら)ざるなり。
(注釈の現代語訳)
人は「手柄をとって名声を上げて身を退く」ことで、
地位や家柄の上がった自分自身を戒めるのです。
「功(こう)」はその手柄が大きいことを言い、
「遂(すい)」は自分の目標や志となった物事をやり遂げることを言います。
そして、「身(み)退(しりぞ)く」は大事業をやり遂げて
大きな手柄を立てた人は、
周囲に配慮をしてへりくだった態度を取るべきであって、
自分の功績をもう一度蒸し返して、自慢するようなことを
してはいけないということを言うのです。
その職責や身分から立ち退いて隠居をすることではないのです。
(ここまでが注釈の現代語訳です)
手柄を立てて名声が上がった後は、謙虚な態度で周囲に接していく、
という風に説明されていました。
「身(み)退(しりぞ)く」は清の思想家の魏源(ぎげん)なども、
「必ずしも隠居をして山林に住むことを指していない」としています。
現代では仕事を離れることはとても困難な決断なのですから、
今回のこの解釈を採用しました。
最後の「天之道」、つまり「天の道理」のことですが、 この部分の注釈は大体共通しています。
ここでは北宋の詩人の蘇軾の(そしょく)の弟の
蘇轍(そてつ)の注釈を採りました。
(注釈の原文)
日中則移。月満則虧。四時之運。成功者去。天地尚然。而況于人乎。
(注釈の書き下し文)
日は中(ちゅう)すれば則(すなわ)ち移(うつ)り、
月は満(み)つれば則ち虧(か)く。
四時(しじ)の運(めぐ)りて、功を成す者は去る。
天地すら尚(なお)然(しか)り。
而(しか)るに況(いわ)んや人においてをや。
(注釈の現代語訳)
太陽は正午に真南に来た後はそこから移動し、
月は満月になった後は日ごとに欠けていきます。
四つの季節の「春夏秋冬」や「朝昼夕夜」は定まった通りにめぐっていき、
夏の暑い時期、昼の明るい時期もやがては過ぎ去っていくのです。
天地さえもこのようにさかんな時期が去っていくのですから。
ましてや人間ならばなおさらのことなのです。
(だからこそ、人は上り調子でいるときも、いつまでも続くものでは
ないのですから、謙虚な態度でいなければならないのです。)
(ここまでが注釈の現代語訳です)
天体の動きや気候の変化から、常に同じ状況はないということを
説明して、上り調子の時に謙虚な態度でいることこそ、
天の道理である、そのように説明しています。
以上をまとめて、この第九章は、つぎの現代語訳(意訳)になります。
(三つ目の記事に続きます)
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