玄齋詩歌日誌

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黒い碁石
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こんにちは。これから兵法書の『孫子(そんし)』の翻訳をしていきます。
 
「兵法書(へいほうしょ)」というのは実際の軍隊の動かし方を
説明している書物とされていますが、『孫子』では実際の軍の動かし方を
書いているわけではないです。
 
同じ兵法書でも『六韜(りくとう)』の後半部分には昔の実際の戦車の
動かし方が載っていますが、これは今の世の中では全く役に立たず、
本当に歴史的な資料の意味合いしかないです。
 
 
『孫子』の本文は一見抽象的で、一体何の役に立つのかという疑問が
常に浮かんでくると思います。『孫子』を含めて漢文や古典の文章は
読み方を理解しておかないといけないのです。
 
『孫子』の文章の一つ一つを実際の具体的な状況、一国一城の主として
人の上に立った時、あるいは組織に属している自分自身の状況に
照らし合わせて、
 
「この部分のこの言葉は今の私の状況にとってどのように解釈すべきか」「この部分の言葉をどのように考えるべきか」
 
ということを一つ一つ具体的に考えていくことで、
『孫子』の言葉が生きた言葉として自分の血肉として
身につけることが出来るようになってくるのです。
 
そういうことは『論語』の方が家庭の中などでも具体的な状況を
見つけやすく、そういう読み方の入門編と言うことが出来ます。
そして『孫子』はその応用編となるのです。
 
 
この『孫子』の注釈書、つまり『孫子』を説明する文章を書いた
有名な一人が、三国志でも有名な魏の曹操(そうそう)です。
 
私が改めて説明する必要もないほど兵法に通じていまして、
この『孫子』の注釈もとてもわかりやすく、明快に説いていて、
 
「この部分はこう読む」とか、他の兵法書を引用してのちょっとした説明は
あるものの、歴史的事実を述べて自説を展開することがほとんどない、
という姿勢にとても感動していました。
 
今回もこの曹操の注釈を基本として、いろんな学者の注釈に
当たってみることにしました。
 
今回は北宋の学者の吉天保(きつてんほ)の
『孫子註解(そんしちゅうかい)』の中にある、
いろんな学者の注釈をもとに、訳していきます。
 
今回は、一番最初の篇である「計篇」の概略を、
何人かの註釈をもとに説明をしていきます。
 
 
まず、「計篇」の「計(けい)」とは何かという点です。
まずは曹操の注釈を見てみます。
 
 
(原文)
 
曹操曰、計者、選将、量敵、度地、料卒、遠近、険易、計於廟堂也。
 
 
(書き下し文)
 
計(けい)は、将(しょう)を選(えら)び、敵(てき)を量(はか)り、
地(ち)を度(はか)り、卒(そつ)を料(はか)り、
 
遠近(えんきん)、険易(けんい)、
廟堂(びょうどう)に於(おい)て計(はか)るなり。
 
 
(現代語訳)
 
「計(けい)」とは、軍の指揮官である将軍を選び、
敵の情勢を味方の状況と比較し、戦場となる土地の様子を調べ、
 
兵士達の優劣を比較し、戦場までの距離などの遠い近い、
道のりが険しいか移動しやすいか、などを
 
「廟堂(びょうどう)」、つまり先祖をまつるお堂で軍を動かすために、
勝敗や利害や損得をあらかじめ予測して考えることです。
 

(ここまでが曹操の注釈の現代語訳です)
 
 
戦争が始まる前に勝敗の行方やその結果どうなるか、
ということについて、あらかじめ予測を立てて考えていく、
これが「計(けい)」であるとしています。
 
それを「廟堂(びょうどう)」つまり先祖をまつるお堂で行うのです。
 
『老子』の三十一章でも述べられていますが、
軍事は葬式の礼法に従って行われます。
 
例えば、日本の昔の官職で、左大臣と右大臣では左大臣の方が
位が上なのに対し、左大将と右大将では右大将が上なのは、
 
廟堂での先祖の並べ方を昭穆(しょうぼく)と言いまして、
一番古い先祖を中央にまつり、その次の代を右、三代目を左、
という風にして右と左の二列に並べていく決まりがあり、
葬儀の礼法で右を尊ぶことから来ています。
 
 
そしてこの『孫子』のように先祖をまつる廟堂で
政治の方針を決めることを「廟算(びょうさん)」と言い、
 
廟堂で今回のように計略を立ててあらかじめ
勝敗の予測を立てることを「廟戦(びょうせん)」というのは
ここから来ています。
 
その「廟戦(びょうせん)」を具体的にどのような形で
『孫子』の本文の中で述べていくかについては、
詩人としての方が有名な、唐の末期の政治家の
杜牧(とぼく)の注釈に述べています。
 
 
(原文)
 
計、算也。曰、計算何事。
曰、下之五事、所謂道、天、地、将、法也。
 
於廟堂之上、先以彼我之五事、計算優劣、然後定勝負。
勝負既定、然後興師動衆。
 
用兵之道、莫先此五事、故著為篇首耳。
 
 
(書き下し文)
 
計(けい)とは、算(さん)なり。
曰(いわ)く、計算(けいさん)するは何事(なにごと)ぞ。
 
曰(いわ)く、下の五事(ごじ)なり、
所謂(いわゆる)道(みち)、天(てん)、地(ち)、将(しょう)、法(ほう)なり。
 
廟堂(びょうどう)の上に於(おい)て、
先(さき)んずるに彼我(ひが)の五事(ごじ)を以てし、
 
優劣(ゆうれつ)を計算(けいさん)して、
然(しか)る後(のち)に勝負(しょうぶ)を定(さだ)む。
 
勝負(しょうぶ)既(すで)に定(さだ)まりて、
 
然(しか)る後(のち)に師(いくさ)を興(おこ)して
衆(しゅう)を動(うご)かす。
 
兵(へい)を用(もち)うるの道、
此(こ)の五事(ごじ)に先(さき)んずること莫(な)し、
 
故(ゆえ)に著(あらわ)して篇(へん)の首(はじめ)となすのみ。
 

(現代語訳)
 
計(けい)とは、計算(けいさん)、
つまり、物事の利害や損得を考えることです。
 
何を計算するかといいますと、下の五つのことを計算するのです。
 
つまり『孫子』のこの篇で言うところの、
道(みち)、天(てん)、地(ち)、将(しょう)、法(ほう)のことです。
 
「道(みち)」とは善政を施して信頼を得た上で民衆を動かすこと、
 
「天(てん)」とは天候や気候が戦争にどのように影響してくるかを
考えること、
 
「地(ち)」とは距離の遠い近い、進路の広い狭い、
などの戦争に関わる地理的な条件を考えることで、
 
「将(しょう)」とは優秀で賢明な将軍を任用すること、
あるいは相手の将軍の能力を考えることで、
 
「法(ほう)」とは旗や鐘などの軍を動かす上での目印、
褒美を与えたり刑罰を与えたりすること、
軍の食糧や経費に関することを考えていくことです。
 

先祖をまつるお堂の中で、まず検討するのは
先ほどの五つのことに関する敵と味方の実際の状況を比較し、
どちらが有利でどちらが不利かを計算して、そうして
この戦争に勝つか負けるかがきちんと決まるようにしていくのです。
 
そんな風にして勝負の行く末をきちんと定めたところで、
その後に戦争を仕掛け、兵士や民衆達を戦争に動員するのです。
 
軍を動かすための道理は、この五つのことを考えて
計算していくことより先にすることはないのです。
 
だからこそ、そのことをこうして書いて、
『孫子』のいくつもの篇の最初に置いたのです。
 
 
(ここまでが杜牧の注釈の現代語訳です)
 
 
実際に計算をする内容は、
道(みち)、天(てん)、地(ち)、将(しょう)、法(ほう)という
五つのことだとしています。この五つはそれぞれ本文を解説する回に一つずつ内容を解説していきます。

さて、ここで一つ疑問が生じてくるかもしれません。
実際の戦争の状況は刻一刻と変化していて、
とてもあらかじめ予測するどころではなく、
 
それどころかこういう予測はいわゆる「机上の空論」になってしまって、
役に立たないどころでなく、かえって有害ではないのか、
そういう疑問も生じてくるかもしれません。
 
その部分を北宋の学者の張預(ちょうよ)の注釈が説明しています。
 
 
(原文)
 
或曰、兵貴臨敵制宜、曹公謂計於廟堂者、何也。
 
曰、将之賢愚、敵之強弱、地之遠近、兵之衆寡、安得不先計之。
 
及乎両軍相臨、変動相応、則在於将之所裁、非可以険度也。
 
 
(書き下し文)
 
或(あ)るひと曰(いわ)く、兵(へい)は敵(てき)に臨(のぞ)みて
宜(よろ)しきを制(せい)するを貴(たっと)ぶに、
 
曹公(そうこう)の廟堂(びょうどう)に
計(はか)ると謂(い)うは、何(なん)ぞや。
 
曰(いわ)く、将(しょう)の賢愚(けんぐ)、敵(てき)の強弱(きょうじゃく)、
地(ち)の遠近(えんきん)、兵の衆寡(しゅうか)、
 
安(いずく)んぞ先(さき)に之(これ)を計(はか)らざるを得(え)んや。
 
両軍(りょうぐん)の相(あ)い臨(のぞ)むに及(およ)びて、
変動(へんどう)するに相(あ)い応(おう)じ、
 
則(すなわ)ち将(しょう)の裁(さい)する所(ところ)に在(あ)りて、
険度(けんど)を以(もっ)てすべきに非(あら)ざるなり。
 
 
現代語訳)
 
ある人は以下のように質問をしました。
 
戦争の中では敵に向かい合ってその時々の状況の善し悪しを判断して
敵を制圧することが大切なのに、
 
曹公(そうこう: 曹操のこと)が「先祖のお堂で勝敗を計る」とは、
どうして言えるのでしょうか。
 
 
それに対する答えは以下のようなものです。
 
将軍の賢いか愚かか、敵が強いか弱いか、
戦場となる土地の遠いか近いか、兵士の数の多いか少ないか、
 
これらをどうして先に考えないでいられるでしょうか。
こういう部分はあらかじめ考えておかないといけないのです。
 
一方で、両軍がお互いに向き合ってからは、
その場その場の状況に応じて動く必要があり、
 
これらは将軍がその場で決めなければならないことで、
計算をより厳しい基準で行って予測の精度を上げる
必要があるということではないのです。
 

(ここまでが張預の注釈の現代語訳です)
 
後半に続きます。
 
 後半の記事
 

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