玄齋詩歌日誌

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舞扇
Photo by : clef
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●原文:
 
 
 讃菅公  玄齋  (下平聲七陽韻)
 
憂 民 憶 句 如 詩 聖   執 政 忘 身 似 禹 王
 
丞 相 建 功 雖 挫 折   忠 魂 不 朽 在 祠 堂
 
 
 
●書き下し文:
 

 題: 「菅公(かんこう)を讃(さん)す」
 
民(たみ)を憂(うれ)えて句(く)を憶(おも)うこと
詩聖(しせい)の如(ごと)くにして
 
政(まつりごと)を執(と)りて身(み)を忘るること
禹王(うおう)に似(に)たり
 
丞相(じょうしょう)の功(こう)を建(た)つるは
挫折(ざせつ)すと雖(いえど)も
 
忠魂(ちゅうこん)不朽(ふきゅう)にして祠堂(しどう)に在り
 
 
 
●現代語訳:
 
 
 題: 「菅原道真(すがわらのみちざね)をほめたたえる漢詩を読みます」
 
民衆の苦しみを心配して、詩句を作る様子は、唐の時代の詩人の、
詩聖(しせい)と讃えられた杜甫(とほ)のようであり、
 
政治を執り行う時に、生死も省みずに取り組む様子は、
殷(いん)王朝の一つ前の夏(か)王朝の初代の帝王である、
禹王(うおう)のようでした。
 
大臣の地位まで上りつめた菅原道真の政治での功績は、
途中でダメになってしまったけれども、
 
菅原道真のそのとても優れた忠義の魂は、永遠に滅びることもなく、
この天満宮のほこらに今も存在しているのです。
 
 
 
●語注:
 
 
※菅公(かんこう): 菅原道真のことです。
 
※詩聖(しせい): 杜甫のことです。李白を詩仙ということに対比して
  言われる言葉です。
 
※執政(しっせい、まつりごとをとる): 政治を執り行うことです。
 
※忘身(ぼうしん、みをわするる): 自分の生死さえも省みずに、
  努め励むことです。
 
※禹王(うおう): 殷王朝の一つ前の夏王朝の初代の帝王です。
 
※丞相(じょうしょう): 元々漢の時代の官職の名前で、
  天子(てんし: ここでは天皇のこと)を補佐する最高の官職を指します。
  菅原道真は菅丞相(かんじょうしょう)という呼び名もあります。
  ちなみに菅原道真の最高位は右大臣でしたが、
  死後に太政大臣の地位を追贈されました。
 
※建功(けんこう、こうをたつ): 功績を上げることです。
 
※挫折(ざせつ): 物事が途中でダメになることです。
 
※雖(いえども): 「〜だとしても」という意味です。
 
※忠魂(ちゅうこん): 忠義のために死んだ人の魂のことです。
  ここでは、菅原道真の忠義の魂のことです。
 
※不朽(ふきゅう): 非常に優れていて、永遠に滅びないことです。
 
※祠堂(しどう): 神様を祀るほこらのことです。
 
 

●解説:

今回は私が所属している大阪天満宮にある漢詩の会の、
「浪速菅廟吟社(なにわかんびょうぎんしゃ)」の
創立百三十周年の記念のための漢詩の一つです。
菅原道真(すがわらのみちざね)をほめたたえる歌になっています。
 
菅原道真は五十九代目の天皇の宇多(うだ)天皇に重用されて、
「寛平の治(かんぴょうのち)」という善政が行われ、
後の時代の理想となっておりました。
 
その後、醍醐(だいご)天皇の御代には右大臣まで上りつめたものの、
当時左大臣であった藤原時平(ふじわらのときひら)の讒言によって、
太宰府に左遷されてその地で亡くなったという悲劇の人です。
 
その後、醍醐天皇と村上天皇の治世は
延喜・天暦の治(えんぎ・てんりゃくのち)という後代の
理想の治世とされる政治が続いたのですが、
それはこの「寛平の治(かんぴょうのち)」にならったものとされています。

道真の死後、藤原時平が急死したり、御所に雷が落ちるなど
奇怪な事件が頻発したので、これは道真が雷神になって祟りを起こした
ということになって、北野天満宮を建立して道真の霊を祀りました。
この天満宮が全国に置かれていった一つがこの大阪天満宮なのです。
 

道真は若いころに地方に赴任した際に民衆の苦しみを知り、
それを漢詩にしておりました。山上憶良の貧窮問答歌や、
唐の詩人の杜甫(とほ)の姿にイメージが重なってきます。
 
政治に真面目に取り組む様子を、殷(いん)王朝の一つ前の
夏(か)王朝の初代の帝王である、禹王(うおう)の姿に重ねていました。
 
禹王の二つ前の帝王の堯(ぎょう)が、禹の父親に洪水の治水対策を
任せても全くできなかったために、天の支配者である天帝(てんてい)が
その父親を処刑し、その息子の禹に事業を任せました。
 
その後、身を極限まで苦しめるような禹の奮闘によって、
ようやく治水事業が完成しました。
そんな姿を菅原道真に重ねていました。
 
 
私の家の近くにも小さな天満宮があって、時折お参りしておりました。
受験の神様ですが、大学受験は地元の通学しやすい場所を受けて
合格した程度だったのですが、
 
その後、師匠の誘いで漢詩の会に入り、菅原道真を讃える漢詩を
作るようになった今の状況に、とても感激しています。
 
漢詩を始めたことで、ようやく私の漢文の勉強が役に立ってきて、
病気でずっと家の中にいる今でも、生きる意味を感じることができて、
ほんの少しでも心穏やかな日々を送ることができています。
 
天神さん、つまり菅原道真との深い縁を感じています。
これからもしっかりと天神さん(菅原道真)の恩に報いたい、
そういう当時の気持ちを詠んでおりました。
これからもしっかりとがんばっていきます。
 
 
五首の課題のうち二首を仕上げました。
残り三首、しっかりと作っていきます。

閉じる コメント(15)

時々歴史で習った名前が出て来彼方様の長い文面に懐かしさをおぼえました。
歴史で杜甫とりほと云う名前です。
菅原道真は学びの神として、子供の頃習字など持ってお参りに行った覚えがあります。
何故か寒い頃の様な気がします、高い石段をのぼっていきました。
此方様に来る時は自分の知識のなさがはずかしく、お出でにならなかったらご遠慮しています。
ぼち☆〜〜〜

2012/6/22(金) 午後 3:50 [ - ]

みなよさん、こんにちは。コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
杜甫と李白、漢詩を学ぶ時に最初に覚える名前ですね。
杜甫は民衆の苦しい日々を漢詩にしておりましたので、
その姿が、讃岐に赴任した時の民衆の苦しい様子を
漢詩に詠んでいた道真に重ね合わせていました。
僕も小学生のころは、近くの天満宮で行われた年始の書道大会に
毎年挑戦しておりました。書道大会では銅賞も取れなかったので、
道真とは縁がないのかなと思っていましたら、天満宮を通じて漢詩を習い、
記念の年に道真を賞讃する漢詩を作るというのは良いなと思っています。
これからもしっかりと勉強をして元気に過ごしていきます。

2012/6/22(金) 午後 6:18 白川 玄齋

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創立百三十周年の記念
天満宮,菅原道真、所々に知っている名前があり漢詩の世界は玄さんに教わり、学のない私ですが、うなずきながら読ませて頂いています。時間が出来ましたのでまた寄らせて頂きます。☆

2012/6/22(金) 午後 6:40  HOSI 

こんにちは。
玄齋さん 天満宮の解説ありがとうございました。

知らなかったことを知るって 楽しいですね。
これからもよろしくお願いします。
(^_^)v

2012/6/22(金) 午後 6:56 [ 大阪グレースボクシングジム ]

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今晩はいつも特に嬉しいコメントありがとうございます。小学校の遠足は高尾駅の直ぐ近くにある「菅公の銅像」でした、そこにもお金が無くて行けませんでしたが18歳から8年ほど縁があり近くに住みました!応援の☆ポチですよ!

2012/6/22(金) 午後 7:26 [ 清水太郎の部屋 ]

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京都の北野天満宮は修学旅行生の人気スポットだそうです、受験対策の神頼み。
まあ自分で出来る努力をせずに頼んでもダメでしょうけどね^^ 傑作。

2012/6/23(土) 午前 1:53 ひろちん。

ほしさん、おはようございます。コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
漢詩の会の創立百三十周年に菅原道真の漢詩を作ることができて嬉しいです。
解説もわかりやすいものにしていくことを心がけていきます。
じっくりと見ていただいて嬉しいです。
今日もしっかりとがんばっていきます。

2012/6/23(土) 午前 8:55 白川 玄齋

ヤマガタさん、おはようございます。コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
漢詩の会とも深い関わりがありますので、菅原道真については詳しく調べてきました。
こういうところもわかりやすくしていくことをこれからも心がけていきます。
いろんな事を知るのは僕もとても楽しいです。
こちらこそよろしくお願いいたします。
今日もしっかりとがんばっていきます。

2012/6/23(土) 午前 8:58 白川 玄齋

清水太郎さん、おはようございます。コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
清水太郎さんも菅公に縁があるのですね。
僕は漢詩に巡り合わせてくれた菅公に少しは恩返しをしたいなと思いました。
こういう機会に菅公を讃える漢詩を作ることは嬉しいです。
これからもしっかりと頑張っていきます。

2012/6/23(土) 午前 9:18 白川 玄齋

ひろちんさん、おはようございます。コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
北野天満宮、僕も受験のシーズンには行きました。
受験に関してはやはり自分の努力がものを言いますね。
その上で心を落ち着けるのにお参りするのが一番だと思いました。
受験よりも深いところで菅公に関わっているのがとても嬉しいです。
今日一日もしっかりとがんばっていきます。

2012/6/23(土) 午前 9:34 白川 玄齋

課題詩は残り二首です。
明日もしっかりとがんばっていきます。

2012/6/23(土) 午後 9:59 白川 玄齋

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天神さん 各地にあるようですね。玄さんが漢詩にかかわる
ご縁の元なんですね。
課題があると 偏らなくていいでしょうか?
苦手は無いかもしれませんが、頑張って色んな詩を詠んでくださいね。P

2012/6/25(月) 午後 0:14 ある おかん

お出で下さいましたので叉寄せて頂きました。
今自分のコメントを見てふっと気が付いた事に触れてみます。
自分の書いた習字田舎の一月十五日の幸の神の日に
火にくべて空に舞い上がると頭が良くなるとか?
古い事を思いだしてしまいました・・・・・。

2012/6/26(火) 午前 10:10 [ - ]

ある おかん さん、おはようございます。
コメント + 傑作ポチ、ありがとうございます。
天満宮は全国各地にあります。僕が漢詩を始めるきっかけですので、
師匠と天満宮と菅原道真を大切にするようにしていきます。
ある程度テーマが絞られていた方がかえって作りやすいですので、
こうして課題に取り組めることも嬉しいです。
これからも元気に学んでいこうと思います。

2012/6/26(火) 午前 10:21 白川 玄齋

みなよさん、おはようございます。重ねてコメントをありがとうございます。
それは「左義長(さぎちょう)」という風習で、全国的に行われているそうです。
一月十四日の夜 or 一月十五日の朝に、刈り取り跡の残る田などに
長い竹を数本組んで立て、そこにその年飾った門松や注連飾り、
あるいは書き初めで書いた物を持ち寄って焼き、
その火で焼いた餅を食べるというものだそうです。

その中で、書き初めを焼いた時に炎が高く上がると字が上達すると
言われているそうです。僕も自分の勉強をしっかりとしていきます。

2012/6/26(火) 午前 10:26 白川 玄齋


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