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顔回は孔子から「仁に近い」(この場合の仁は「聖人の道」のような意味での仁です)と言われるほどに学問に取り組みましたが、常に貧しく病弱な中で一生を送り、三十代の若さで亡くなりました。 朱子学を大成した南宋の朱熹(しゅき)らが北宋の四人の儒学者の言行をまとめた『近思録(きんしろく)』には、朱熹が私淑した二程(にてい)と呼ばれた程兄弟(明道(めいどう)・伊川(いせん)の兄弟)の家庭教師であった周濂渓(しゅうれんけい)は、二人に顔回の学問はどういうものであったかを常に考えさせました。 後に弟の伊川は二十歳の頃に通常の科挙を経ずに行われる試験で、正にこの顔回の学問の論文で見事に合格して、官僚としてのスタートを切りました(この論文自体も『近思録』に収録されています)。顔回を考えていくことは、儒学者の重大な課題でもあったのです。 いつも思うのは、貧しくて病弱な暮らしの中で死期を悟ったとき、顔回はなぜ心安らかに過ごしていたのかということです。私は今も入院中で、何度か死が忍び寄るような感覚にただ怯えていました。後に反省して、改めて顔回を考えてみようと思い立ちました。 おそらく学問の中に喜びを見いだしたのだろうと思いました。とりわけ自分の気持ちを吐き出す詩、心を豊かに養う楽(がく: 音楽)、月の満ち欠けのような世の中の盛衰や移り変わりの道理を知る易(えき)に安らぎを見いだしていると、そう考えて儒学の四書五経の五経の中の『易経』を改めて学んでいます。 孔子は論語の中で、生もわからないのに死のことがどうしてわかるのかと言っていますが、儒学者も易の中で死を考えていると考えています。 その一例として、『易経』の離(り)の卦の九三の爻辞(こうじ)を意味をとらえながら訳してみます。 (その二へ続く) |
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こんにちは、


そうですか・・・
とにかく病気になり入院には誰でもが余計な事を考えます。
玄さん前向きに書いてくださいね。
負けてはいけないです、気分の良い時は
書いてくださいね。皆が楽しみにしています。
玄さんは、短歌に俳句、も読める方で読んでくださいね。
これから続き散策しますね。ナイス
2012/9/9(日) 午後 2:30
ほしさん、こんにちは。温かいコメントとポチをありがとうございます。死を本当に身近に考えていくと恐ろしいものだと思いました。今は身体を養いながら心穏やかに過ごしていきます。
2012/9/9(日) 午後 2:53