玄齋詩歌日誌

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こちらは「綸言(りんげん)汗(あせ)の如(ごと)し」という言葉のもととなる『易経』の一節を解説したものです。先日ツイッター上に書いたものをまとめています。

※語源として、前漢の歴史書の『漢書』 の劉向 (りゅうきょう)伝を引いているものがありますが、実際にはその中での『易経』の引用がもとです。

今回の記事は三つに分かれています。こちらは最初の記事です。

(一)政治家の言を戒める言葉に「綸言(りんげん)汗(あせ)の如(ごと)し」というものがあります。これは君主が約束を違えるようなことがないように、君主は言葉を慎重に選ばなければならないことを意味する言葉です。

(二)まず、「綸言(りんげん)」とは四書五経の五経のうちの、昔の礼法や制度をまとめた『礼記(らいき)』の一節に出てきます。「綸(りん)」は太い糸のことです。その一節には次のように書いてあります。

(三)礼記の一節です。「君主の言葉が細い糸のようなものでも民衆に届けば尾ひれがついて太い糸のようになります。ましてや君主の言葉が太い糸のようなものであれば、民衆に届けば太い綱のようになるのです。ですから君主は言葉を慎重に選ばないといけないのです」

(四)次に、「汗(あせ)の如(ごと)し」ですが、これは諸説ありますが、正確には『易経』の渙(かん)の卦の一節の解釈から来ています。有名なのが三人の学者の解釈です。

(五)その一節は「渙汗其大号」、書き下し文は「渙(かん)なれば其(そ)の大号(だいごう)を汗(あせ)にす」です。共通している解釈は、

(六)「渙(かん)」は「散る」という意味で民心が離れているような国難を指します。「大号(だいごう)」は政治のトップが大号令をかけることです。

(七)一人目は、前漢の皇族である劉向(りゅうきょう)の解釈です。彼は高祖劉邦の弟の玄孫にあたる人で、有名な著作に『戦国策(せんごくさく)』や『説苑(ぜいえん)』があります。前者は戦国時代の語源となった書です。

((2/3)に続きます)

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